精霊魔女のレクイエム

百門一新

文字の大きさ
上 下
45 / 97
2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編

45話 役所の臨時職員ジュゼ

しおりを挟む
 ヴィハイン子爵邸を出た後、この町で起こり始めている異変の前後にわたって数日、敷地内まで入って建物を間近で見ているという役所の担当者『ジュゼ』を探す事になった。

 テキパキと動き出したスティーブンの判断で、一旦役所に引き返した。対応に当たってくれた女性職員は、臨時枠で勤めているその男の名前をフルネームで教えてくれた。

 ジュゼ・バティス。
 その女性職員の話だと、彼は二十二歳の、華奢で細身の身体をした男だという。寒がりなところもあって、いつも大きめのサイズのカーディガンやジャケットを着ているのだとか。

 病気療養中という事もあるのだろう。さすがに住所までは……と、個人情報なのでという言い分で断られてしまった。勝手にやるのでどの区域の人間であるのかを教えて欲しい、とスティーブンが言って、彼が北区の人間である事が分かった。

 役所を出た足で、そのままバルツェの町の北へと向かった。

 町人が『北区』と呼んでいるところは、他の区に比べて人々の数も少なめで長閑な印象が強かった。するとジュゼ・バティスを知っているかと尋ねて早々、早速知っている者に当たった。

「ジュゼさんなら知ってるよ。かなり頭が良くて、一時、俺の息子の家庭教師をやってもらっていたんだ。今は、大きな町の学校に通っているんだけどな」

 おかげで入学試験に合格出来たんだよ、と野菜を荷車に乗せた中年男が愛想良く言った。

 メイベルがフードを深く被って見守る中、話しかけていたスティーブンが「そうなんですか、それは良かったですね」と対人向けの顔で言って紳士風に笑う。

「実は、ジュゼさんとお話したいと思いまして」
「彼は兄が婚約者と同棲を始めてから、一人で暮らしているんだ。農業仲間が持っていた小さな空き家を借りていてさ。ここから先の北区組合を越えて、しばらく進んだところにその家があるよ」
「ありがとうございます」

 言いながら、スティーブンが紳士の挨拶の礼を取る。それから別れの挨拶の前に、気持ち良く会話してくれた町人の彼に、世間話のように社交辞令を振った。

「お兄さんは結婚予定ですか。それはめでたいですね」
「あ……実はその、数ヶ月前にあった嵐で、婚約者は亡くなってしまったんだよ……。神様も残酷だよなぁ。倒壊した家からお爺さんを助けに入った彼女の頭に、運悪く木材が、さ……」

 歯切れ悪く言葉が途切れた。

 続きの詳細を聞かずとも、何があってどういう状況になったのかは察せた。スティーブンが、簡単に投げる話題じゃなかったなと反省した様子で、「すみませんでした」と頭を下げる。

「俺はそんな事も知らず……」
「ああ、いや、こちらこそ雰囲気を悪くしてしまってすまなかった。ジュゼさんは、とてもお兄さん想いのいい子でね。心臓が弱いのに毎日様子を見に行って、おかげで今はお兄さんの方も元気でやっているよ。ほんと、仲のいい兄弟なんだ」

 男はそう言うと、それじゃ、と荷車を押して去っていった。

「死……、か」

 じっと話を聞いていたメイベルは、思案げにぽつりと呟いた。気付いたスティーブンが、見送っていた目を彼女へと向ける。

「どうした?」
「いや…………、考えてみれば『死界』に近い状況とも考えられるな、と」

 メイベルは、独り言のように囁きを落とした。よく聞こえていなかった彼に目を戻すと、「とりあえず向かうんだろ?」と言って、歩く事を促した。

               ※※※

 親切な男と別れてから、示された道を真っ直ぐ進んだ。

 しばらくすると、話にあった通り『北区組合』と書かれた建物が見えてきた。そこを越えると小さな家がぽつぽつと建っていて、やがて『ジュゼ・バディス』と書かれた名札のある一軒の小さな家に辿り着いた。

 単身暮らし向きの、ワンフロアといった小振りな家だった。門扉はなく、道沿いにすぐ玄関がある。小さな窓には、質素な色合いのカーテンが引かれていた。

「すみません。ジョゼ・バディスさんいらっしゃいますか?」

 名札を確認してから、スティーブンが扉をノックした。

 しばし待ってみたものの、中からの応答はなかった。メイベルは建物をぐるりと回って、一つしかない玄関横の窓の前で立ち止まって彼に言った。

「家の中には誰もいないみたいだな。人の気配はしない」
「ってなると、不在なのか?」

 明るい日差しも出ているというのに、窓もカーテンも閉め切られているので、その可能性が高い。

 そう考えていた時、近くを通った五十歳くらいの逞しい男が「おや?」と足を止めた。

「あんたら、ジュゼに何か用があるのか?」

 そう声を掛けられて、二人は振り返った。農業の従事者なのか、動きやすい作業着と長靴スタイルの大きな男だった。首には、汗を拭っているタオルをかけている。

 スティーブンが「はぁ、まぁ」と返答に迷っていると、男が、人に対しては全く警戒心のないバルツェ民らしい陽気さを見せた。

「なんだ、ジュゼのお客さんだったのか。だいたい倒れた後は食事が細くてさ、体力がガクンと落ちるから、その後はたいてい体力を戻すために少し歩いたりしてるよ」
「ああ、という事は、今はちょうど散歩に出掛けている感じなんですかね」

 スティーブンが、なるほどという顔で言う。

 すると男が、首から引っ掛けた作業用のタオルで額の汗を拭いつつ、「そう、そう」と元気良く同意してきた。

「畑仕事をしているお兄さんのところに顔を出したりもしているから、時間は不定期なんだけどな。昨日見掛けた時は、夕涼みがてら散歩しているみたいだったぜ」

 もしタイミングが合えば、兄の家で会えるかもしれないなと男は口にした。体調が悪い時は、話しついでにご飯を作って食べさせる事もよくあるのだとか。

 さすがに、兄弟水入らずのところにお邪魔するわけにも行かない。

「いえ、急ぎの用ではないので……またタイミングを見計らって訪ねようと思います」

 兄の家を紹介しようかと提案されたスティーブンは、ぎこちなく苦笑を浮かべてやんわりと断った。男が歩いて行くのを見送った後、吐息交じりにこう言った。

「顔が分からない状態で、外を出歩かれたら探すのは難しいしな」

 やれやれと首の後ろを撫でさすり、仕方ないかと彼は呟く。

「話を聞くのは、また後回しだな」
「寄り道ついでにこなそうとしていたのに、残念だったな」
「返しが淡々としすぎて、馬鹿にされているのかなんなのか分からねぇな、おい」

 メイベルは薄ら笑いを浮かべたまま、視線を向けず「さぁな」と適当に答えた。

 話を聞くというのが失敗に終わった二人は、当初立てていた予定通り、屋敷内について現状と過去を比較すべく一旦その場を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...