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2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編
45話 役所の臨時職員ジュゼ
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ヴィハイン子爵邸を出た後、この町で起こり始めている異変の前後にわたって数日、敷地内まで入って建物を間近で見ているという役所の担当者『ジュゼ』を探す事になった。
テキパキと動き出したスティーブンの判断で、一旦役所に引き返した。対応に当たってくれた女性職員は、臨時枠で勤めているその男の名前をフルネームで教えてくれた。
ジュゼ・バティス。
その女性職員の話だと、彼は二十二歳の、華奢で細身の身体をした男だという。寒がりなところもあって、いつも大きめのサイズのカーディガンやジャケットを着ているのだとか。
病気療養中という事もあるのだろう。さすがに住所までは……と、個人情報なのでという言い分で断られてしまった。勝手にやるのでどの区域の人間であるのかを教えて欲しい、とスティーブンが言って、彼が北区の人間である事が分かった。
役所を出た足で、そのままバルツェの町の北へと向かった。
町人が『北区』と呼んでいるところは、他の区に比べて人々の数も少なめで長閑な印象が強かった。するとジュゼ・バティスを知っているかと尋ねて早々、早速知っている者に当たった。
「ジュゼさんなら知ってるよ。かなり頭が良くて、一時、俺の息子の家庭教師をやってもらっていたんだ。今は、大きな町の学校に通っているんだけどな」
おかげで入学試験に合格出来たんだよ、と野菜を荷車に乗せた中年男が愛想良く言った。
メイベルがフードを深く被って見守る中、話しかけていたスティーブンが「そうなんですか、それは良かったですね」と対人向けの顔で言って紳士風に笑う。
「実は、ジュゼさんとお話したいと思いまして」
「彼は兄が婚約者と同棲を始めてから、一人で暮らしているんだ。農業仲間が持っていた小さな空き家を借りていてさ。ここから先の北区組合を越えて、しばらく進んだところにその家があるよ」
「ありがとうございます」
言いながら、スティーブンが紳士の挨拶の礼を取る。それから別れの挨拶の前に、気持ち良く会話してくれた町人の彼に、世間話のように社交辞令を振った。
「お兄さんは結婚予定ですか。それはめでたいですね」
「あ……実はその、数ヶ月前にあった嵐で、婚約者は亡くなってしまったんだよ……。神様も残酷だよなぁ。倒壊した家からお爺さんを助けに入った彼女の頭に、運悪く木材が、さ……」
歯切れ悪く言葉が途切れた。
続きの詳細を聞かずとも、何があってどういう状況になったのかは察せた。スティーブンが、簡単に投げる話題じゃなかったなと反省した様子で、「すみませんでした」と頭を下げる。
「俺はそんな事も知らず……」
「ああ、いや、こちらこそ雰囲気を悪くしてしまってすまなかった。ジュゼさんは、とてもお兄さん想いのいい子でね。心臓が弱いのに毎日様子を見に行って、おかげで今はお兄さんの方も元気でやっているよ。ほんと、仲のいい兄弟なんだ」
男はそう言うと、それじゃ、と荷車を押して去っていった。
「死……、か」
じっと話を聞いていたメイベルは、思案げにぽつりと呟いた。気付いたスティーブンが、見送っていた目を彼女へと向ける。
「どうした?」
「いや…………、考えてみれば『死界』に近い状況とも考えられるな、と」
メイベルは、独り言のように囁きを落とした。よく聞こえていなかった彼に目を戻すと、「とりあえず向かうんだろ?」と言って、歩く事を促した。
※※※
親切な男と別れてから、示された道を真っ直ぐ進んだ。
しばらくすると、話にあった通り『北区組合』と書かれた建物が見えてきた。そこを越えると小さな家がぽつぽつと建っていて、やがて『ジュゼ・バディス』と書かれた名札のある一軒の小さな家に辿り着いた。
単身暮らし向きの、ワンフロアといった小振りな家だった。門扉はなく、道沿いにすぐ玄関がある。小さな窓には、質素な色合いのカーテンが引かれていた。
「すみません。ジョゼ・バディスさんいらっしゃいますか?」
名札を確認してから、スティーブンが扉をノックした。
しばし待ってみたものの、中からの応答はなかった。メイベルは建物をぐるりと回って、一つしかない玄関横の窓の前で立ち止まって彼に言った。
「家の中には誰もいないみたいだな。人の気配はしない」
「ってなると、不在なのか?」
明るい日差しも出ているというのに、窓もカーテンも閉め切られているので、その可能性が高い。
そう考えていた時、近くを通った五十歳くらいの逞しい男が「おや?」と足を止めた。
「あんたら、ジュゼに何か用があるのか?」
そう声を掛けられて、二人は振り返った。農業の従事者なのか、動きやすい作業着と長靴スタイルの大きな男だった。首には、汗を拭っているタオルをかけている。
スティーブンが「はぁ、まぁ」と返答に迷っていると、男が、人に対しては全く警戒心のないバルツェ民らしい陽気さを見せた。
「なんだ、ジュゼのお客さんだったのか。だいたい倒れた後は食事が細くてさ、体力がガクンと落ちるから、その後はたいてい体力を戻すために少し歩いたりしてるよ」
「ああ、という事は、今はちょうど散歩に出掛けている感じなんですかね」
スティーブンが、なるほどという顔で言う。
すると男が、首から引っ掛けた作業用のタオルで額の汗を拭いつつ、「そう、そう」と元気良く同意してきた。
「畑仕事をしているお兄さんのところに顔を出したりもしているから、時間は不定期なんだけどな。昨日見掛けた時は、夕涼みがてら散歩しているみたいだったぜ」
もしタイミングが合えば、兄の家で会えるかもしれないなと男は口にした。体調が悪い時は、話しついでにご飯を作って食べさせる事もよくあるのだとか。
さすがに、兄弟水入らずのところにお邪魔するわけにも行かない。
「いえ、急ぎの用ではないので……またタイミングを見計らって訪ねようと思います」
兄の家を紹介しようかと提案されたスティーブンは、ぎこちなく苦笑を浮かべてやんわりと断った。男が歩いて行くのを見送った後、吐息交じりにこう言った。
「顔が分からない状態で、外を出歩かれたら探すのは難しいしな」
やれやれと首の後ろを撫でさすり、仕方ないかと彼は呟く。
「話を聞くのは、また後回しだな」
「寄り道ついでにこなそうとしていたのに、残念だったな」
「返しが淡々としすぎて、馬鹿にされているのかなんなのか分からねぇな、おい」
メイベルは薄ら笑いを浮かべたまま、視線を向けず「さぁな」と適当に答えた。
話を聞くというのが失敗に終わった二人は、当初立てていた予定通り、屋敷内について現状と過去を比較すべく一旦その場を後にした。
テキパキと動き出したスティーブンの判断で、一旦役所に引き返した。対応に当たってくれた女性職員は、臨時枠で勤めているその男の名前をフルネームで教えてくれた。
ジュゼ・バティス。
その女性職員の話だと、彼は二十二歳の、華奢で細身の身体をした男だという。寒がりなところもあって、いつも大きめのサイズのカーディガンやジャケットを着ているのだとか。
病気療養中という事もあるのだろう。さすがに住所までは……と、個人情報なのでという言い分で断られてしまった。勝手にやるのでどの区域の人間であるのかを教えて欲しい、とスティーブンが言って、彼が北区の人間である事が分かった。
役所を出た足で、そのままバルツェの町の北へと向かった。
町人が『北区』と呼んでいるところは、他の区に比べて人々の数も少なめで長閑な印象が強かった。するとジュゼ・バティスを知っているかと尋ねて早々、早速知っている者に当たった。
「ジュゼさんなら知ってるよ。かなり頭が良くて、一時、俺の息子の家庭教師をやってもらっていたんだ。今は、大きな町の学校に通っているんだけどな」
おかげで入学試験に合格出来たんだよ、と野菜を荷車に乗せた中年男が愛想良く言った。
メイベルがフードを深く被って見守る中、話しかけていたスティーブンが「そうなんですか、それは良かったですね」と対人向けの顔で言って紳士風に笑う。
「実は、ジュゼさんとお話したいと思いまして」
「彼は兄が婚約者と同棲を始めてから、一人で暮らしているんだ。農業仲間が持っていた小さな空き家を借りていてさ。ここから先の北区組合を越えて、しばらく進んだところにその家があるよ」
「ありがとうございます」
言いながら、スティーブンが紳士の挨拶の礼を取る。それから別れの挨拶の前に、気持ち良く会話してくれた町人の彼に、世間話のように社交辞令を振った。
「お兄さんは結婚予定ですか。それはめでたいですね」
「あ……実はその、数ヶ月前にあった嵐で、婚約者は亡くなってしまったんだよ……。神様も残酷だよなぁ。倒壊した家からお爺さんを助けに入った彼女の頭に、運悪く木材が、さ……」
歯切れ悪く言葉が途切れた。
続きの詳細を聞かずとも、何があってどういう状況になったのかは察せた。スティーブンが、簡単に投げる話題じゃなかったなと反省した様子で、「すみませんでした」と頭を下げる。
「俺はそんな事も知らず……」
「ああ、いや、こちらこそ雰囲気を悪くしてしまってすまなかった。ジュゼさんは、とてもお兄さん想いのいい子でね。心臓が弱いのに毎日様子を見に行って、おかげで今はお兄さんの方も元気でやっているよ。ほんと、仲のいい兄弟なんだ」
男はそう言うと、それじゃ、と荷車を押して去っていった。
「死……、か」
じっと話を聞いていたメイベルは、思案げにぽつりと呟いた。気付いたスティーブンが、見送っていた目を彼女へと向ける。
「どうした?」
「いや…………、考えてみれば『死界』に近い状況とも考えられるな、と」
メイベルは、独り言のように囁きを落とした。よく聞こえていなかった彼に目を戻すと、「とりあえず向かうんだろ?」と言って、歩く事を促した。
※※※
親切な男と別れてから、示された道を真っ直ぐ進んだ。
しばらくすると、話にあった通り『北区組合』と書かれた建物が見えてきた。そこを越えると小さな家がぽつぽつと建っていて、やがて『ジュゼ・バディス』と書かれた名札のある一軒の小さな家に辿り着いた。
単身暮らし向きの、ワンフロアといった小振りな家だった。門扉はなく、道沿いにすぐ玄関がある。小さな窓には、質素な色合いのカーテンが引かれていた。
「すみません。ジョゼ・バディスさんいらっしゃいますか?」
名札を確認してから、スティーブンが扉をノックした。
しばし待ってみたものの、中からの応答はなかった。メイベルは建物をぐるりと回って、一つしかない玄関横の窓の前で立ち止まって彼に言った。
「家の中には誰もいないみたいだな。人の気配はしない」
「ってなると、不在なのか?」
明るい日差しも出ているというのに、窓もカーテンも閉め切られているので、その可能性が高い。
そう考えていた時、近くを通った五十歳くらいの逞しい男が「おや?」と足を止めた。
「あんたら、ジュゼに何か用があるのか?」
そう声を掛けられて、二人は振り返った。農業の従事者なのか、動きやすい作業着と長靴スタイルの大きな男だった。首には、汗を拭っているタオルをかけている。
スティーブンが「はぁ、まぁ」と返答に迷っていると、男が、人に対しては全く警戒心のないバルツェ民らしい陽気さを見せた。
「なんだ、ジュゼのお客さんだったのか。だいたい倒れた後は食事が細くてさ、体力がガクンと落ちるから、その後はたいてい体力を戻すために少し歩いたりしてるよ」
「ああ、という事は、今はちょうど散歩に出掛けている感じなんですかね」
スティーブンが、なるほどという顔で言う。
すると男が、首から引っ掛けた作業用のタオルで額の汗を拭いつつ、「そう、そう」と元気良く同意してきた。
「畑仕事をしているお兄さんのところに顔を出したりもしているから、時間は不定期なんだけどな。昨日見掛けた時は、夕涼みがてら散歩しているみたいだったぜ」
もしタイミングが合えば、兄の家で会えるかもしれないなと男は口にした。体調が悪い時は、話しついでにご飯を作って食べさせる事もよくあるのだとか。
さすがに、兄弟水入らずのところにお邪魔するわけにも行かない。
「いえ、急ぎの用ではないので……またタイミングを見計らって訪ねようと思います」
兄の家を紹介しようかと提案されたスティーブンは、ぎこちなく苦笑を浮かべてやんわりと断った。男が歩いて行くのを見送った後、吐息交じりにこう言った。
「顔が分からない状態で、外を出歩かれたら探すのは難しいしな」
やれやれと首の後ろを撫でさすり、仕方ないかと彼は呟く。
「話を聞くのは、また後回しだな」
「寄り道ついでにこなそうとしていたのに、残念だったな」
「返しが淡々としすぎて、馬鹿にされているのかなんなのか分からねぇな、おい」
メイベルは薄ら笑いを浮かべたまま、視線を向けず「さぁな」と適当に答えた。
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