精霊魔女のレクイエム

百門一新

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2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編

40話 取締局の魔法使い達と、教授と『助手』

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 代表のように一人の魔法使いが進み出てきて、メイベルとスティーブンの正面に立った。

「突然失礼した。我らは第二十三本部の取締局、第七小隊だ」

 魔法使いの男が、ローブのフードを後ろへとやってそう名乗ってきた。歳は四十代くらいだろうか。ローブ越しでも大きな身体が見て取れ、随分戦い慣れた者である事を感じさせた。

 厳つい顔には大きな傷跡があり、魔法専門という印象はないくらいに屈強そうだった。彼がこの魔法使い達のリーダーであるのか、他の者は後ろで待機の姿勢を取っている。

 魔法使いは国単位ではなく、各国の協定によって戦力に隔たりがないよう、土地の規模で均等区分されている。それは魔法戦力の傾きによる戦争発展を警戒して、「魔法使いは国の政治への影響力を持たない」事が決められたうえでの対応策の一つだった。

 第二十三本部は、大都会ルーベリアを含む、この国の一部までを管轄している大きな魔法使い組織団の一つだ。支部を構えている都会だとその明記を嫌でも目にする事があり、スティーブンはその大本の本部であると察して嫌な表情を浮かべた。

 すると、その深まった顰め面を見て、その魔法使いの男が社交辞令のように戦士の礼を取ってこう言った。

「『教授』、先程は緊急だったゆえ、一部の部下が『規定よりも以下』の低空飛行をした件については、お許し頂きたい」
「あ? なんで俺を知っているんだ」
「我らは任務のために動いており、かの有名な『スティーブン教授』が来訪した事も把握している」

 つまりは警察や軍と同じく、乗り継いだ列車といった個人情報も入手したという事だ。勝手に調べられたとあって、スティーブンはますます嫌な顔をする。

「気分を害してしまったのなら申し訳ない。だが、それにはきちんとした理由があるのだ。そちらが、どういう経緯があってあの男を追いかける事になったのかは知らないが、我々が追っていたあの男は『無法魔法使い』である」
「無法魔法使い……?」
「左様。だから、強い理由がなければ、追うのはやめて頂きたい」

 スティーブンが、訊き慣れない言葉だという表情を浮かべて不快そうに眉を寄せた。その様子を見て取った男が、ざっと手短に説明した。

 無法魔法使いというのは、まれに現われる唐突に魔法の才が開花する者のことだ。通常の数倍の魔力量を持っているという特徴があり、大気や空間にも影響を与えてしまう恐れがあるレベル4以上の魔法発動が感知された場合、速やかに保護し教育を受けさせることになっている。

「レベル四?」
「魔法ってのは、強さに応じてレベル分けされているんだよ」

 隣で彼が疑問の声を上げるのを聞いて、しばらく黙っていたメイベルはそう口を挟んだ。
 魔法使いは、魔法による事故と暴走を防ぐため、階級によって行使できる魔法の種類に制限が設けられている。魔法は繊細で、制御の術をもたないまま発動されたら使い手だけでなく周囲にも牙をむく。

 そう補足説明する彼女を見下ろしていたスティーブンは、聞き終えたところで「なるほどな」と理解の言葉を口にして魔法使いへ目を戻した。

「つまり『無法魔法使い』ってのは、例外なくその強力な魔法があっさり使えちまうわけか。でも中身はド素人なんだし、そうそうデカい魔法なんて何度もしないだろ。それなのにわざわざ小隊で追うのか?」
「先程も述べたが、あの者は危険なのだ。禁書の保管庫に侵入し本を数冊盗み出した以降、大きな魔法発動も数回感知され、こうして追手を撒く魔法の質も各段に上がっている。だから我らも小隊で本格的に動き、この地でようやく追いつめたわけだが――」

 そこで一度言葉を切って、男が強面の顔をむっとさせた。眉間に皺が寄ると、途端に威圧感が三割増しになって警察部隊が軍人にしか見えなくなる。

「このバルツェで、のらりくらりと逃げられ続けている」

 思い出すような間を置いた後、彼がそう白状した。

 その時、スティーブンの横からメイベルの声が上がった。

「ちょっと待て、それはおかしいだろ『魔法使い』。普通なら魔力の痕跡で追える。お前らは魔法使いで、その手のプロが取締局あんたらだろう」
「どんなトリックがあるのか、全く追えんのだ」
「――」

 その返答を受けたメイベルは、ピタリと質問を追っての追求をやめていた。

 これといって表情には何も出ていない。けれど彼女を見下ろしたその魔法使いの男は、すぅっと威圧的に目を細めた。

「何か、知っているか『』」


 メイベルは迷わずそう答え、眉一つ動かさないまま「私の方からも質問がある」と続けた。

「【呪いの屋敷】の異変について、お前らは関与していたりするのか?」
「否。我々は『魔法使いの捕縛』をメインに組まれた小隊である。

 これでいいか助手、と魔法使いが淡々と言う。

 既に調べられ、魔法の痕跡がないと確認されている案件だ。メイベルはそう思いながら「回答をどーも」と心も込めずに返し、あっさり引き下がった。

「それではさらばだ、『教授』」

 そうリーダーらしき魔法使いの男が口にした途端、他の魔法使いたちと揃って一斉に箒へまたがって上空へ舞い上がった。そして彼らは、あっという間に西の方角へと向かって飛んでいき、見えなっていった。

「あの魔法使いは、精霊だと分かっていて私を『助手』と呼んだ」

 魔法使い達が飛んでいったのを見届けたところで、メイベルは空を仰ぐスティーブンにそう声を投げた。

「つまり彼らは、お前が受けた依頼の件には一切無関係で、それでいてお前やフォード委員長らが所属しているような『学会側』とぶつかってしまうような騒ぎにはしたくない、ってことなんだろう」

 魔法嫌いと学者嫌い。双方は昔から馬が合わず、対立が続いている。

 メイベルがそう考えるそばで、スティーブンが一気に疲労感を覚えたような表情を浮かべた。首の後ろを撫でさすると、彼女の緑の頭を見下ろして「なぁ」と言う。

「あいつらは、この土地で起こっている怪奇現象やら呪い騒ぎの内容を知っているんだろ? 一体いつからここにいるのかは知らねぇけど、へたするとその『無法魔法使い』ってのも、少なからず無関係じゃないかもしれないって憶測くらい出てもよくないか?」
「『フォード委員長』も言っていただろう、魔力の痕跡が無い、と。だからあの魔法使い達も、無関係だと判断した」

 だが結論が早急だったな、とメイベルは含むように呟いた。気付いたスティーブンが、少し背を屈めて、自分よりも随分低い位置にあるその思案気な横顔を覗き込む。

「なんだよ、なんか思い当たる節でもあんのか?」
「お前がさっき口にしたように、無法魔法使いの来訪のタイミングによっては、全くの無関係というわけではなくなるかもしれん。私は、魔法使いによる魔法の痕跡が無くなってしまう、という事象については、一つ心当たりがある」

 メイベルは、そう言うと彼の方へ視線を返した。

「あの男の足元から出た黒いモノからは、僅かに異界のモノの『匂い』がした。魔力は感じられなかったが、既に契約している精霊を持っているような気がする――そうすると考えられる可能性としては、【いにしえの悪精霊】だ。あれらは、存在しているだけで
「削る? 食うんじゃなくてか」

 そう問われたメイベルは、少々説明しにくいなという表情を浮かべた。そういや魔法に関してはド素人以下だった、と思い出しつつも、協力者として寄越されている以上役目を果たすようにこう述べた。

「なんというか、アレらはマイナスエネルギーの固まりで、普通の精霊と違って『個』がないんだ。影が集まって一つの形をなしている感じだな。自我や好奇心は一割に満たなくて、気紛れに人間界こっちのせかいに来ることがある」

 とはいえ、と口にして、説明に交えていた手をゆっくりと降ろした。思案気に足元を見下ろすと、私情の読めない金色の精霊の目でぼんやりと見つめつつ続ける。

「【いにしえの精霊】との契約には、デカい魔力取引に加えて『』がいる。恐らく精霊と契約していると見て推測していくにしても、これ以上の事に関しては、その『無法魔法使い』を手伝っている精霊を見てみないことには、なんとも言えん」
「貴重な魔法関連の本を盗んだと言っていたし、それで魔法について学んで精霊と契約までしたって事か?」

 スティーブンは、頭の中で整理しながら首を捻る。

「魔法の痕跡が消える話が本当だとすると、場合によってはその魔法使いが絡んで起こっている現象も、あるかもしれないってことだよな」

 それを聞いたメイベルは、「いや、それは可能性の範囲内の一つというだけだ」と彼の続く憶測を遮るように口を挟んだ。

「その現象について情報を集めてみないことには、それも含めて推測の検討に入れるかどうかの判断は出来ない」
「不思議現象なのにか?」
「言っておくが、魔法で出来ること、精霊魔法によって起こせることはクッキリ分かれている。それでいて【人間による呪い】と【心霊】の怪奇は、そのどちらでも出来ない事をする。だが知識も力もない素人が見ても、どちらであるのか判断するのは難しい」

 だから魔法使いは、そういったことも含めて学んでいくのだ。なんでも不思議の一括りにしてしまうと、未知の現象であるという認識で留まってしまう。

 それが彼らと一般人の違いだ。そう続けられた説明を聞いて、スティーブンは「ふうん」と片眉を引き上げた。

「なんだか授業を受けている気分だ」
「魔法使いの『授業』は、こんなものじゃないぞ。それに膨大な知識の大半は字として残すことをされていないから、彼らは師匠から口頭でそれを引き継いで行く」

 一年、専門の教育期間でミッチリ基礎を叩き込まれた後、彼らは師匠を持って教えを受ける。それから一定のレベルに達して初めて『見習い魔法使い』となり、師匠の元、もしくはどこかへ所属して数年の実務経験を重ねた後、ようやく試験を受ける資格を得て『魔法使い』となる。

「魔法使いになったあとは、階級を上げていくためにまた試験を受けていくことになるな。功績などで上から実力を認められると、自動的に階級が上がっていくシステムだ」
「…………そんな魔法使い事情なんて知りたくねぇよ」

 つらつらと続く説明に、スティーブンはげんなりとした。やめだ、と言わんばかりに片手を振ったのに気付いて、メイベルは「おっと」と言って話を戻した。

「なんにせよ、取締局の連中はとくに頭が固い者揃いだ。魔法の痕跡がないと聞いた時点で、ここで起こっている件に関しては、微塵にも考えに入れていないだろうと思う」
「魔法の痕跡が残らないってのは、魔法使いには知られてないのか?」
「さっきの男くらい『若い魔法使い』が知っているのは、稀だな。【古(いにしえ)の悪精霊】の出現は、極めて少ない。ジジイクラスでも二割把握しているかどうか、あとは結構長生きしている最高位魔法使い達くらいか」

 ジジイクラスって……、とスティーブンが物言いたげにメイベルを見た。しかし、彼は言い方については諦めたように息を吐くと、気を取り直した声を出した。

「とすると、やっぱり実際に起こっている現象の情報を集めるのは必要か」
「とはいえ、屋敷の方を見てくるのが先だな。ここで誰かに話を聞くのは難しそうだ」

 言いながら、メイベルは外れていたフードを被り直した。

 その様子に気付いて、スティーブンは今更のように「あ」と周りを見やった。人々がよそよそしく距離を開け、小さくざわめいている反応を目に留めると、チラリと眉を寄せる。

「…………別に、俺はすぐにそうするとは言ってねぇ。屋敷に行くついでの聞き取り調査だっつっただろ」

 彼はぶっきらぼうにそう言うと、胸クソ悪くなったとでも言わんばかりに「とっとと行くぞ」と踵を返した。

 その時、「あのッ」とどこからか声が飛んできた。

 こちらに向けられた言葉であるらしいと気付いて、メイベルとスティーブンは振り返った。

 そこにいたのは、茶袋を抱えたそばかす顔の少年だった。年頃は十代後半くらいだろうか、華奢な細い身体にはエプロンをしている。くるっとした癖毛の短髪頭、顔立ちは未青年じみていて幼い。

 一体どこのどいつだと見つめていると、彼がもう一度「あの!」と大きな声を上げて、目を輝かせてきた。

「本物の精霊さんですか!?」

 真っ直ぐ問い掛けられたメイベルは「あ?」と喧嘩を売るような声で、スティーブンは「はぁ?」と怪訝な声を上げて、二人はほぼ同時に顔を顰めたのだった。
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