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2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編
38話 バルツェの役所にて
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翌日、ホテルの一階にあるレストランで朝食をとってすぐ、メイベルはスティーブンに連れられて外に出た。
ヴィハイン子爵邸の保存管理の責任は、役所が任されている。敷地内への立ち入りと入館許可、そして鍵をもらうため二人はまずそこへ足を運んだ。
「ようこそおいでくださいました、スティーブン教授。話はフォード委員長から伺っております」
対応にあたってくれたのは、ケビンと名乗った三十代に入ったばかりくらいの男だった。相談窓口の奥にある個室席に案内すると、早速手続きを進めながら話してくれた。
「既にご存知かと思いますが、役所側は館内への立ち入りは許可されていません」
少しだけ地方訛りが入った、優しげな口調でケビンは言う。
「俺らは役所仕事の合間、週に三回、門扉の鍵を持って敷地内へと入り、建物の周囲を歩いてチェックする程度ですね」
「それでも構わない。異変が起こった前と後、外側と周辺で何か気付いた事はないか担当者に話を聞きたいんだが、今いるか?」
「すみません。実をいうと屋敷の件については、専任の担当者というものがないのですよ」
スティーブンの問い掛けに対して、ケビンが申し訳なさそうに答えた。
当時の歴史や呪いの噂が残され、誰もが気味悪がっている屋敷だ。どうやら二週間ごとに担当を替えて対応にあたっているらしい。ちょうど異変が起こる前と後にわたって担当していたのは、ジュゼという男だという。
「じゃあ、そいつから話を聞いてみようか」
スティーブンがそう案を口にした途端、またしてもケビンが「すみません」と謝ってきた。
「そのジュゼですが、彼はしばらく休みを取っているのです。いつもの感じだと、恐らく役所への出勤再開は来月くらいになるかと」
「『いつもの感じ』?」
それまで黙っていたメイベルが、思わずといった様子で言葉を繰り返した。聞き手に徹して何も喋るな・勝手に動くな・余計な事はするな大人しくしてろッ――と、彼女は役所へ突入する前スティーブンに言われていた。
助手だと紹介されていたケビンは、「あ、意外と声も随分若い……」と呟いてメイベルを見た。フードで隠れて顔がよく確認できないでいる彼女を、しげしげと見つめた彼に気付いて、スティーブンが注意をそらすように「それで?」と声を掛けた。
「その『いつもの感じ』ってのは、何なんだ?」
「え。ああ、ジュゼは元々身体が弱くてですね……。正確に言うと、彼はウチの臨時職員として働いてもらっているんです」
ケビンが、スティーブンへと目を戻して話し出した。
そのジュゼという男は、町長の友人の子であるらしい。幼少時代に母を失い、学生時代に父が事故で亡くなってからは、兄が家業の農仕事をしながら一人で面倒をみた。それを町長が案じて、学校卒業後に役所仕事を斡旋したのだという。
学生時代から大変優秀で、役所員となってからも素晴らしい仕事っぷりだった。心臓が悪くなければ、最年少昇進もあっさりやってのけてしまっていただろう、とケビンは語った。
「正規雇用の件だけでなく、昇進についても推薦の声が掛かっているんですよ。でも本人が気にして、辞退し続けているんです」
そう話す彼の視線は、手元に落ちてしまっていた。先輩後輩としての付き合いだけでなく、一人の友として気にかけて心配している様子が伝わってきた。
「勿体ない話です。気を付けて生活していれば発作も起こりませんし、もしかしたら少しずつでも心臓を強くしていける療法があるかもしれない……。そうでしょう?」
希望はあるはずですよねという目を向けられて、二人は黙り込んだ。
こちらを見たケビンは、今にも泣きそうな微笑みを浮かべていた。その慈愛溢れる眼差しと表情からは、ジュゼを大切に想っている事が伝わってきたから、縋るような希望に軽々しいお世辞を返す事は出来なかった。
その後、彼が申請書を持って一旦席を外した。戻ってきたケビンから、印の押された許可書と鍵を受け取って、スティーブンとメイベルは役所を後にした。
※※※
「まだ時間も早いし、屋敷に向かう道中でジュゼの事を訊いてもいいな」
役所を出てから数分、思案顔でゆっくり歩いていたスティーブンが言った。
「こういう小さな町だと案外、隣近所が顔見知りってのはよくある。もしかしたら、屋敷を見る前に話が聞けるかもしれない」
「それ、運任せみたいなもんだぞ――時間を効率的に使いたいってことか?」
「元々俺は、役所で話を聞けると想定していたんだ」
その時点で時間のロスである、と言わんばかりの顰め面と声色だった。
調査の進展によっては早く帰れるのだから、メイベルも異論はない。異変が始まった前後の屋敷の様子を見ている人間だ。近くを歩いてたまたま異変を見聞きした人間を捜すよりは、まずその彼から話を聞く方が手っ取り早いだろう。
とはいえ、この方向に『ジュゼ』の手掛かりがあるのかは別問題である。こここから真っ直ぐの方角にあるという、町と隔つような木々に囲まれた【呪いの屋敷】を思いながら、メイベルは隣を歩く彼を横目に見上げた。
「やっぱり運任せだな」
「方角的に言えば確率は四分の一だろ、これでも俺は『引き』が強かったりする」
スティーブンが、目も向けず顰め面でそう答えてきた。
「なるほど、過信な――」
「うるせぇ。何もしないまま移動時間をくうよりマシだろ」
よそを見たメイベルの隣で、彼もまた横を向いて不機嫌そうに言った。
ヴィハイン子爵邸の保存管理の責任は、役所が任されている。敷地内への立ち入りと入館許可、そして鍵をもらうため二人はまずそこへ足を運んだ。
「ようこそおいでくださいました、スティーブン教授。話はフォード委員長から伺っております」
対応にあたってくれたのは、ケビンと名乗った三十代に入ったばかりくらいの男だった。相談窓口の奥にある個室席に案内すると、早速手続きを進めながら話してくれた。
「既にご存知かと思いますが、役所側は館内への立ち入りは許可されていません」
少しだけ地方訛りが入った、優しげな口調でケビンは言う。
「俺らは役所仕事の合間、週に三回、門扉の鍵を持って敷地内へと入り、建物の周囲を歩いてチェックする程度ですね」
「それでも構わない。異変が起こった前と後、外側と周辺で何か気付いた事はないか担当者に話を聞きたいんだが、今いるか?」
「すみません。実をいうと屋敷の件については、専任の担当者というものがないのですよ」
スティーブンの問い掛けに対して、ケビンが申し訳なさそうに答えた。
当時の歴史や呪いの噂が残され、誰もが気味悪がっている屋敷だ。どうやら二週間ごとに担当を替えて対応にあたっているらしい。ちょうど異変が起こる前と後にわたって担当していたのは、ジュゼという男だという。
「じゃあ、そいつから話を聞いてみようか」
スティーブンがそう案を口にした途端、またしてもケビンが「すみません」と謝ってきた。
「そのジュゼですが、彼はしばらく休みを取っているのです。いつもの感じだと、恐らく役所への出勤再開は来月くらいになるかと」
「『いつもの感じ』?」
それまで黙っていたメイベルが、思わずといった様子で言葉を繰り返した。聞き手に徹して何も喋るな・勝手に動くな・余計な事はするな大人しくしてろッ――と、彼女は役所へ突入する前スティーブンに言われていた。
助手だと紹介されていたケビンは、「あ、意外と声も随分若い……」と呟いてメイベルを見た。フードで隠れて顔がよく確認できないでいる彼女を、しげしげと見つめた彼に気付いて、スティーブンが注意をそらすように「それで?」と声を掛けた。
「その『いつもの感じ』ってのは、何なんだ?」
「え。ああ、ジュゼは元々身体が弱くてですね……。正確に言うと、彼はウチの臨時職員として働いてもらっているんです」
ケビンが、スティーブンへと目を戻して話し出した。
そのジュゼという男は、町長の友人の子であるらしい。幼少時代に母を失い、学生時代に父が事故で亡くなってからは、兄が家業の農仕事をしながら一人で面倒をみた。それを町長が案じて、学校卒業後に役所仕事を斡旋したのだという。
学生時代から大変優秀で、役所員となってからも素晴らしい仕事っぷりだった。心臓が悪くなければ、最年少昇進もあっさりやってのけてしまっていただろう、とケビンは語った。
「正規雇用の件だけでなく、昇進についても推薦の声が掛かっているんですよ。でも本人が気にして、辞退し続けているんです」
そう話す彼の視線は、手元に落ちてしまっていた。先輩後輩としての付き合いだけでなく、一人の友として気にかけて心配している様子が伝わってきた。
「勿体ない話です。気を付けて生活していれば発作も起こりませんし、もしかしたら少しずつでも心臓を強くしていける療法があるかもしれない……。そうでしょう?」
希望はあるはずですよねという目を向けられて、二人は黙り込んだ。
こちらを見たケビンは、今にも泣きそうな微笑みを浮かべていた。その慈愛溢れる眼差しと表情からは、ジュゼを大切に想っている事が伝わってきたから、縋るような希望に軽々しいお世辞を返す事は出来なかった。
その後、彼が申請書を持って一旦席を外した。戻ってきたケビンから、印の押された許可書と鍵を受け取って、スティーブンとメイベルは役所を後にした。
※※※
「まだ時間も早いし、屋敷に向かう道中でジュゼの事を訊いてもいいな」
役所を出てから数分、思案顔でゆっくり歩いていたスティーブンが言った。
「こういう小さな町だと案外、隣近所が顔見知りってのはよくある。もしかしたら、屋敷を見る前に話が聞けるかもしれない」
「それ、運任せみたいなもんだぞ――時間を効率的に使いたいってことか?」
「元々俺は、役所で話を聞けると想定していたんだ」
その時点で時間のロスである、と言わんばかりの顰め面と声色だった。
調査の進展によっては早く帰れるのだから、メイベルも異論はない。異変が始まった前後の屋敷の様子を見ている人間だ。近くを歩いてたまたま異変を見聞きした人間を捜すよりは、まずその彼から話を聞く方が手っ取り早いだろう。
とはいえ、この方向に『ジュゼ』の手掛かりがあるのかは別問題である。こここから真っ直ぐの方角にあるという、町と隔つような木々に囲まれた【呪いの屋敷】を思いながら、メイベルは隣を歩く彼を横目に見上げた。
「やっぱり運任せだな」
「方角的に言えば確率は四分の一だろ、これでも俺は『引き』が強かったりする」
スティーブンが、目も向けず顰め面でそう答えてきた。
「なるほど、過信な――」
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