精霊魔女のレクイエム

百門一新

文字の大きさ
上 下
34 / 97
2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編

34話 教授と精霊助手、バルツェの町へ 上

しおりを挟む
 バルツェを通過する最後の列車に間に合い、夕刻よりもだいぶ早い時刻に到着した。

「地下屋敷、ねぇ……。そもそも人工的じゃなくて魔法作だろ、そんなもの見た事がないからイメージが掴めん」

 人の少ない駅を出たところで、一旦足を止めてホテルまでの道のりが載った地図を広げつつ、スティーブンが今更のように資料を読み込み込んだ感想を口にした。三十分もない短い区間走行の中で、彼は黙々と集中して全ての資料を読み終えていた。

「【呪いの屋敷】で登録されているヴィハイン子爵邸。双子屋敷という言い方もされていて、敷地内に地下が出来ていて、そこにもう一つ全く同じ屋敷があった、と。今もなお地上のものと違って劣化もせず、埃の一つさえ被っていない」

 情報を整理するように言葉を続けたスティーブンが、「というかな?」と言って疑問の目を向けた。

 そこには、数歩先に立つメイベルの姿があった。彼女はローブのポケットに両手を入れ、農具用の荷馬車やボコボコ音を立てて走る自動車、まばらに町人が行き交う様子を眺めている。

「地下屋敷は幻覚でもなくんだろ? そんなものを魔法で作ることって、出来んのか?」
「精霊と『取り引き』をしてデカい魔法をやれば、それくらいの規模の地下空間を一つ作るくらいは容易だ。屋敷に関しては、具現化したんだろう。だとしたら、それはもうだ」

 そう教えたら、後ろから「はぁ?」という反応が聞こえた。

 メイベルは、ようやく彼の方を振り返ると、深く被ったフードの下から金色の精霊の目で見つめ返した。意味分からんぞ、と彼の表情から見て取ってこう言った。

「人間の魔法ってのは、基本的に世界の法則で発動する。でも精霊の魔法ってのは、『でたらめな奇跡』を起こすみたいなもんなんだよ。たとえば火、それは空気がないと起こせない。けれど精霊は、たとえ水の中だろうがそうしてしまえる」
「それは有り得ないだろ。火は水で消えちまうんだから」
「だから、その『有り得ない』を可能にしてしまえるんだよ。まず、魔法使いはそれを学ぶ。自分達では不可能な魔法を起こすため、彼らは精霊の力を借りるのであって――」

 そう口にしたメイベルは、ふと気付いたように言葉を切った。

 少し思案気な表情をしているのを見て、スティーブンが顰め面で「どうしたんだよ」と言いながら歩み寄る。

「途中で説明を中断されたら、気になるだろうが」
「――と、言われてもな」

 目の前まで来た彼を見つめ返して、首を少し傾げる。

「さっき言った通り、魔法使いが始めに習うものの一つなんだ」
「ふうん。それで?」
「それでって……それでもお前、聞きたいの?」

 今度はメイベルの方が、疑問なんだがという表情を浮かべていた。てっきり毛嫌いもあって拒絶反応が出ると思っていたから、教えてもこの反応であるのも意外だった。

 するとスティーブンが、ますます眉間に皺を作って距離を詰めてきた。

「ここで中断される方が嫌だ。分かりやすい『たとえ』を交えて続けるつもりだったんだろ? とっとと説明しろ」
「学者って、みんなこんな面倒な奴ばっかなのか?」

 毛嫌いはしているけれど、分からないままは気持ち悪いということなのだろうか。協力者として寄越されているから、彼がいいというのなら、こちらとしては魔法について簡単に語るのも構わないのだが。

 メイベルはよく分からんなと思いつつも、手ぶりを交えて説明した。

「その地下屋敷だが、まず、人間が地下空間を作ろうとしたら、土を処理するための魔術も組み込まなければならない。それをどの元素で消失させるのか、それとも分散し大地へ戻すのか――魔法だって頭で考えて、魔法陣を組み立てるというわけだ」
「とすると、精霊の魔法が使われていた屋敷の件の場合、その分の手間はあまり要らなかったってことか?」
「だいたい手順の七割くらいは不要になる。精霊は文字通り、。だからどんなに年月が過ぎようとも、その土がその空間に返って来ることはない」

 話を聞いたスティーブンが、しばし頭の中で情報を整理するような間を置いた。

「『魔法も頭で考えて組み立てる』、か……空間って言い方からすると、埃も被らずそのままなのは、土を退かしたのと同じ原理が、そのまま作用しているという解釈でいいのか?」
「理解が早いな、その通りだ。精霊は単純に土を消して、その当時の空気や状態をんだろう。だから環境状態においては、時間が止まっているようなもんだ」

 棺桶を運び出せた事、その中にある死体が遺骨化していた事から、空間維持という強力な魔法や、時を止める魔法などは使われていないと分かる。

 そう考察を話すメイベルを、スティーブンが少し感心した様子で見下ろしていた。そもそも精霊は。精霊の魔法で『ふた』をされて隠されていた理由の一つとしては、単純に、死体から出る匂いを遮るためだった可能性も考えられた。

「とはいえ、地下屋敷を作るような魔法は、今の時代ではもうされていない……と思う」
「珍しく曖昧な発言だな?」
「実を言うと、資料から察するに、それは古い精霊しかやらないような大規模魔法だと感じた。そういった高位精霊たちは、こっちで『遊びつくして』みんな精霊界に引きこもった」

 これは私の推測になるが、と前置きしてメイベルは指折り続ける。

「たとえば、屋敷が入るほどの地下空間となると【土地の大精霊】だろ。それから、なんでも複製してしまう【異空間の大精霊】、そして全てを現実のものにしてしまえる【創造の大精霊】――と、かなり大掛かりで大規模な魔法と契約が行使されたんだろうと思う」
「…………突っ込みたい事は山ほどあるが、やっぱり魔法だとか精霊については聞きたくないような気がしてきた」

 じわじわと脅威を覚えたような表情を浮かべて、スティーブンがぼそりと言う。

「もしかして子爵は、かなりの魔法使いだったりするのか? 資料の家族構成を見ても、魔法使いとの繋がりは見られなかったんだが……」
「代償はかなりのものだが、魔法使いでなくとも契約する方法はある。――まぁなんによせ、今も朽ちることなく存在し続けている不思議な地下屋敷は、精霊と人間作の立派な歴史的財産ってことさ」

 その契約事情の云々については説明せず、メイベルはあっさり話を締めた。もうしまいだと伝えるように雰囲気を変えて、「で?」と問い掛ける。

「ホテルはどっち方向だ。お前の質問タイムのせいで足留めをくらっているわけだが、このままつっ立っているのも飽きたぞ」
「くッ、事実で言い返せないのが癪だ」

 ようやく、片手に持っていた地図の存在を思い出したようだった。直前までのうまい説明に流されていたスティーブンは、ちょっと悔しそうな声で「右だ」と答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...