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1部 精霊少女と老人 編
26話 休日×役所のリック
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休日。まだ日差しも強くない穏やかな朝、メイベルは一軒の小さな家の庭にいた。ぽつぽつと家があるだけの緑多い住宅街は、店も開いていない時間とあってとても静かだ。
エインワースの広々とした庭とは違う、一人住まい用のこじんまりとした敷地には雑草も多くある。植木鉢も複数あり、手製の花壇には何種類かの鑑賞花が植えられている。
ごちゃっとした印象のある素人感満載のそこには、――家の主である役所のリック・ハーベンの姿があった。
彼は普段のスーツ姿ではなく、楽な簡易シャツに作業ズボンという格好をしていた。つい先程、唐突に訪問された彼は水が出ているホースを持ったまま、ようやくゆっくりと顔を向ける。
「えぇと……、何故ここへ?」
「休日で役所にいないからだ」
メイベルは視線も返さず、そう答えた。花壇の前にしゃがみこんだ姿勢で、どこかしげしげと十数本ずつ植えられている花々を眺めたまま続ける。
「そもそも、数日に一回ウチを尋ねている『監視人』の癖に、私がここに来たら駄目とかないだろ」
指摘されたリックは、ぎこちない笑顔で花壇に目を戻した。
ホースの先から降り注がれる水が、朝の陽ざしにキラキラと反射している。少しの霧飛沫が、ひんやりと肌に触れるのが心地いい。
「苦情が寄せられているんじゃないか?」
その様子を眺めたまま、ふっとメイベルが問い掛ける。
リックは、チラリとその緑の頭を見下ろした。言葉を探すような視線を、放水へ移動させてから口を開く。
「いえ、まぁその……今のところ『通報』はありません」
相談は寄せられているが、魔法協会へ駆除依頼を出すようにという要望ではない、と。
メイベルは、ひとまずの現状を理解した。そんな彼女を、やっぱり気になるなというようにリックがチラリと見やる。
「疑問なのですが、どうしてそんな事を尋ねるんです?」
「この前、見習いの魔法使いたちと少しやりあった」
「え!?」
馴染みのない世界だ。彼は、呆けとも関心とも取れない息をもらして「魔法使い、ですか……」と口にする。
「そういえば、たまに人外と魔法使いが『ぶつかる』という話は聞きます。とはいえ、さすがにココでは、たまに空を飛んでいくのを見掛ける程度で、この土地に降りることも滅多にないはずなのですが……」
「違法訓練だよ。人界と精霊界の狭間で、派手な魔法をドカドカと放って騒音被害を出していた」
そう教えてやると、リックが「ああ、なるほど」と言った。これまでと反応が違うと気付いて、メイベルは金色の精霊の目を向ける。
「それには覚えがあるみたいだな」
「僕が勤めたばかりだった頃、違法訓練による騒ぎが一度ありましたよ。魔法教会のお偉い人がきて、迷惑を掛けたと頭を下げていました」
魔法や精霊にも馴染みがない土地の人間にとって、見えないのに破壊音だけがするというのは謎現象だろう。当時、災害の前触れ、または祟りじゃないかと騒がれたらしい。
「困ったものですよねぇ。確か二百年前、全ての地方条例にも盛り込まれたくらい大問題になったんですよね? その『狭間』とやらを勝手に踏み荒らされた大精霊の怒りも買ったとか」
そう問われたメイベルは、興味もなさそうに立ち上がった。ローブの裾についた土埃を、十二、三歳ほどにしか見えない手で払う。
「そんなのは知らん」
「へ……? 知らないんですか? たった二百年前の話ですよ」
隣の花壇へホースを向けつつ、リックが目を丸くして訊き返す。
「二百年前のその風景も事情も、私は見聞きしていない」
メイベルは、そっけなく言って歩き出した。踵を返した際、柔らかな緑の髪がふわりと揺れていた。
「あっ、ちょっと待ってくださいよ。どこへ行かれるんですか?」
「安心しろ、これからエインワースと合流するから単独行動にはならない。だから『監視』だって必要ないぜ」
言いながら、後ろへ手を振って教える。
リックが「別にそこまで監視しようとは思っていないのですが……」と、複雑そうな表情を浮かべた。そんな彼を、メイベルは肩越しに見やる。
「これからエインワースの『友人』の、頑固ジジイのところに美味い紅茶を飲みに行くんだ」
水やりの手を止められないでいる彼に、あっさりそう言った。
エインワースの広々とした庭とは違う、一人住まい用のこじんまりとした敷地には雑草も多くある。植木鉢も複数あり、手製の花壇には何種類かの鑑賞花が植えられている。
ごちゃっとした印象のある素人感満載のそこには、――家の主である役所のリック・ハーベンの姿があった。
彼は普段のスーツ姿ではなく、楽な簡易シャツに作業ズボンという格好をしていた。つい先程、唐突に訪問された彼は水が出ているホースを持ったまま、ようやくゆっくりと顔を向ける。
「えぇと……、何故ここへ?」
「休日で役所にいないからだ」
メイベルは視線も返さず、そう答えた。花壇の前にしゃがみこんだ姿勢で、どこかしげしげと十数本ずつ植えられている花々を眺めたまま続ける。
「そもそも、数日に一回ウチを尋ねている『監視人』の癖に、私がここに来たら駄目とかないだろ」
指摘されたリックは、ぎこちない笑顔で花壇に目を戻した。
ホースの先から降り注がれる水が、朝の陽ざしにキラキラと反射している。少しの霧飛沫が、ひんやりと肌に触れるのが心地いい。
「苦情が寄せられているんじゃないか?」
その様子を眺めたまま、ふっとメイベルが問い掛ける。
リックは、チラリとその緑の頭を見下ろした。言葉を探すような視線を、放水へ移動させてから口を開く。
「いえ、まぁその……今のところ『通報』はありません」
相談は寄せられているが、魔法協会へ駆除依頼を出すようにという要望ではない、と。
メイベルは、ひとまずの現状を理解した。そんな彼女を、やっぱり気になるなというようにリックがチラリと見やる。
「疑問なのですが、どうしてそんな事を尋ねるんです?」
「この前、見習いの魔法使いたちと少しやりあった」
「え!?」
馴染みのない世界だ。彼は、呆けとも関心とも取れない息をもらして「魔法使い、ですか……」と口にする。
「そういえば、たまに人外と魔法使いが『ぶつかる』という話は聞きます。とはいえ、さすがにココでは、たまに空を飛んでいくのを見掛ける程度で、この土地に降りることも滅多にないはずなのですが……」
「違法訓練だよ。人界と精霊界の狭間で、派手な魔法をドカドカと放って騒音被害を出していた」
そう教えてやると、リックが「ああ、なるほど」と言った。これまでと反応が違うと気付いて、メイベルは金色の精霊の目を向ける。
「それには覚えがあるみたいだな」
「僕が勤めたばかりだった頃、違法訓練による騒ぎが一度ありましたよ。魔法教会のお偉い人がきて、迷惑を掛けたと頭を下げていました」
魔法や精霊にも馴染みがない土地の人間にとって、見えないのに破壊音だけがするというのは謎現象だろう。当時、災害の前触れ、または祟りじゃないかと騒がれたらしい。
「困ったものですよねぇ。確か二百年前、全ての地方条例にも盛り込まれたくらい大問題になったんですよね? その『狭間』とやらを勝手に踏み荒らされた大精霊の怒りも買ったとか」
そう問われたメイベルは、興味もなさそうに立ち上がった。ローブの裾についた土埃を、十二、三歳ほどにしか見えない手で払う。
「そんなのは知らん」
「へ……? 知らないんですか? たった二百年前の話ですよ」
隣の花壇へホースを向けつつ、リックが目を丸くして訊き返す。
「二百年前のその風景も事情も、私は見聞きしていない」
メイベルは、そっけなく言って歩き出した。踵を返した際、柔らかな緑の髪がふわりと揺れていた。
「あっ、ちょっと待ってくださいよ。どこへ行かれるんですか?」
「安心しろ、これからエインワースと合流するから単独行動にはならない。だから『監視』だって必要ないぜ」
言いながら、後ろへ手を振って教える。
リックが「別にそこまで監視しようとは思っていないのですが……」と、複雑そうな表情を浮かべた。そんな彼を、メイベルは肩越しに見やる。
「これからエインワースの『友人』の、頑固ジジイのところに美味い紅茶を飲みに行くんだ」
水やりの手を止められないでいる彼に、あっさりそう言った。
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