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1部 精霊少女と老人 編
24話 アップルパイと、町の正義の少年団
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訪問ベルが鳴っても、大抵は『妻』任せ。そんなエインワースが自分から対応するのは、いつも郵便配達屋だと決まっていた。
「エリクトールから手紙が来たよ」
「ふうん。そうか」
エインワースが、嬉しそうに玄関から戻ってくる。待ちきれなかったのか、既に開封して取り出した便箋を読み進め出していた。
それに対して、手紙の送り主を知らされたメイベルは不機嫌だった。
「どうしたんだい、メイベル? 気分でも悪いのかい?」
食卓に腰を戻した彼が、不思議そうに見つめる。
「今、機嫌が最悪になった」
「ふうむ。よく分からないけれど、もしかして昼食のエンドウ豆を落とした件かな――おや、エリクトールが『困り事が解消された、ありがとう』と書いてあるけれど」
そう言うと、手紙の文面を見せてきた。メイベルは、頑固ジジイの性格が分かるような右肩上がりの達筆を横目に留め、また少し面白くなさそうに眉間の皺を深くした。
「エインワースが言っていた通り、彼は『ちょっとした事』で悩まされていた。だから、私が少しだけ手を貸して原因を取り除いてやった。それだけだ」
「先日も詳細は教えてくれなかったね。もしかして庭仕事だったりする? 彼、花や野菜を育てるのがとても苦手なんだ」
まるで音信不通だったとは思えない様子で、エインワースが笑って語る。その表情をじっと見つめて、メイベルは「――そのようなもんだ」とだけ答えた。
機嫌が随分いいようで、エインワースは午後休憩用にアップルパイを作ると言い出した。彼が自分の大きなエプロンを着て、食卓の上とキッチンで行う作業の様子を、メイベルは食卓で頬杖をついてただただ眺める。
「『奥さん』も、それが好きだったんだな」
「おや、分かるのかい?」
美味しい煮林檎の匂いが漂う中、ふっと口にした。こちらを振り返ったエインワースが、嬉しそうに笑って問い掛けてくる。
「精霊は『鼻』もいい。エインワースが切る林檎も、生地をこねている時も、とても丁寧で優しい『匂い』がする」
「私が元々得意だったのが、アップルパイだったんだ。そのあとに、彼女からカボチャパイを教えてもらった。生地の作り方は、私の方が上手だといつも褒めていたよ」
彼は話しながら、蓋をしたパイ生地の縁部分を繋ぎ合わせ、続いてそこにフォークを押し付けて柄を入れていく。
「なんだ、二枚も焼くのか?」
「メイベルが、いつも美味しそうに沢山食べてくれるからね」
「――そうか」
口から出そうになった言葉は、メイベルの喉の奥へと引っ込んでいった。
だって、こんなに『優しさ』が詰まった温かくて美味しいものなんて、精霊界にはないから。それは、想いと時間を積み重ねた人間だからこそ作れる味で、暖かさを注がれた野菜も穀物も、全て深い味わいがあって美味だった。
「…………頑固爺さんの紅茶が、飲みたいな」
そういえばと思い出して、ぽつりと口にした。
エインワースが、一旦手を止めてこちらを振り返った。
「ふふふ、帰ってきた時は、散々愚痴っていたのにねぇ」
「紅茶だけはとても美味かった」
「その不貞腐れた眉の感じと、男の子口調からすると、君の持ち前の照れ隠しか――いたっ」
また『風に軽く叩かれ』て、彼がちょっとだけ頭を下げる。その後ろ姿に指を向けているメイベルは、こめかみに青筋を立てていた。
「いちいち私を観察して理解を深めるな。ここは素直に誤解しておけよ」
「無理だよ。大切な家族だもの、君を誤解するなんて出来そうにない」
見掛けの態度や言葉ではないのだろう。
メイベルは、結構聡く手鋭い奴なんだよなと舌打ちした。そもそもそんなもの、あの頑固爺さんを友だと言い切る男に通用するはずもない。
「…………ちッ、敏いやつ」
「ぼそりと言っているけど、聞こえてるよ。全く、君って素直じゃないよねぇ――いたっ」
そうやって二つのアップルパイがセットされ、後は焼き上がるのを待つばかりとなった。キッチンの上を丁寧に片付けながら、エインワースが優しげにこう言った。
「ふふっ、今度一緒に彼の紅茶を飲みに行こうか。とても丁寧で、優しい味がするんだ」
そう声を掛けられたメイベルは、目をそらして「――ついていってやってもいい」とだけ答えた。
一時間もすると、リビングまで美味しい匂いが立ちこめていた。もう少しだけ冷まそうかと、先に紅茶の用意を整えようとした時、訪問を知らせるベルが鳴った。
玄関を開けてみると、そこには背丈が頭二個分低い一人の少年がいた。
「町の正義の少年団が、悪い精霊を退治しに来てやったぞ!」
開口一番に言いながら、人様にビシリと指を突き付けてそう宣言してくる。
ソレを見下ろすメイベルは、心底ウザそうな表情を浮かべていた。置いてきたエインワースに紅茶の用意をさせず、自分がやってあいつを出せば良かったなと思う。
「露骨に『何コレ』みたいな反応するなよ! ビックリするとか警戒するとは、もうちょっと違う反応があるだろッ」
「その価値はない」
数日前、本気で退治にかかってきた魔法使い見習いとやりあったからな。
メイベルは、そう比べて真剣な顔で見つめ返した。ズバッと言われた少年が、「俺、無価値なの!?」と叫んで飛び上がった。
「なんてヒッデェ事を言う【悪い精霊魔女】なんだッ。俺たち少年団が来たからには、退治させてもらうからな――」
「お前一人しかいないけど」
まるで集団での来訪のように言われて、そう指摘し返した。
疑問の表情を浮かべた少年が、指された方を振り返る。そこでまたしても騒がしい感じで、「うぎゃっ」と言って飛び上がった。
「リチャードとケニーが、いない……!?」
「置いていかれたんだな。団結力のない正義のヒーロー団だ、どんまい」
「何も知らない癖にズバッて言うなよ! あの二人は副団長なんだぞ!」
「んじゃ『薄情者の副団長』二名」
メイベルは、指を二本立てて言う。
少年が、うぐぐ見た目女の子の大人げない精霊だ……と呟きながら葛藤するように震えた。そして、ガバリと顔を上げ、再びしっかり指を突き付けた。
「俺はッ、この町の正義の少年団の団長マイケルだ! 一人でだって、悪い精霊を退治してやるんだからな!」
その時、エプロン姿のままエインワースが顔を出した。
「こら、マイケル。話は聞こえていたけれどね、私の『妻』になんてことを言うんだい」
困ったように見つめる彼に、マイケルがパッと目を向けて「エインワースの爺ちゃん!」と大きな声で言った。先程と打って変わって、かなり人懐っこい表情を浮かべている。
「元気にしてたか? ウチの母ちゃんが、最近お店で見ないって口にしていたぞ」
「ありがとう、私は元気だよ。メイベルが買い物を頼まれてくれていてね、すごく助かっているんだ」
「めいべる?」
そう口にしたマイケルが、もしやというようにチラリと目を向ける。
メイベルは、半眼で彼を見つめていた。一度も視線を返してこない彼女に気付いて、エインワースが高い位置にある頭を、少し下げてからこっそり耳打ちした。
「メイベル、大丈夫かい? ここ数日睡眠が長いし、やっぱり少し体調が悪いんじゃないのかい?」
「また面倒なのが来たと思ってな……」
メイベルは詳細を答えず、今の心境だけを口にした。
しばし、エインワースが考えるように顎に手をあてた。警戒して睨みつけているマイケルと、それを面倒臭そうに見つめ返しているメイベルを見比べた後、思い付いたようにピンっと人差し指を立てた。
「そうだ、マイケル。せっかく来てくれたんだ、アップルパイを食べていかないかい?」
「えっ、爺ちゃんのアップルパイを食べていいの!?」
マイケルが訪問の目的を忘れたように「やったぜ!」と叫ぶ。それとは正反対の温度差で、メイベルはエインワースが得意げに立てている人差し指を見ていた。
「エリクトールから手紙が来たよ」
「ふうん。そうか」
エインワースが、嬉しそうに玄関から戻ってくる。待ちきれなかったのか、既に開封して取り出した便箋を読み進め出していた。
それに対して、手紙の送り主を知らされたメイベルは不機嫌だった。
「どうしたんだい、メイベル? 気分でも悪いのかい?」
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「今、機嫌が最悪になった」
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そう言うと、手紙の文面を見せてきた。メイベルは、頑固ジジイの性格が分かるような右肩上がりの達筆を横目に留め、また少し面白くなさそうに眉間の皺を深くした。
「エインワースが言っていた通り、彼は『ちょっとした事』で悩まされていた。だから、私が少しだけ手を貸して原因を取り除いてやった。それだけだ」
「先日も詳細は教えてくれなかったね。もしかして庭仕事だったりする? 彼、花や野菜を育てるのがとても苦手なんだ」
まるで音信不通だったとは思えない様子で、エインワースが笑って語る。その表情をじっと見つめて、メイベルは「――そのようなもんだ」とだけ答えた。
機嫌が随分いいようで、エインワースは午後休憩用にアップルパイを作ると言い出した。彼が自分の大きなエプロンを着て、食卓の上とキッチンで行う作業の様子を、メイベルは食卓で頬杖をついてただただ眺める。
「『奥さん』も、それが好きだったんだな」
「おや、分かるのかい?」
美味しい煮林檎の匂いが漂う中、ふっと口にした。こちらを振り返ったエインワースが、嬉しそうに笑って問い掛けてくる。
「精霊は『鼻』もいい。エインワースが切る林檎も、生地をこねている時も、とても丁寧で優しい『匂い』がする」
「私が元々得意だったのが、アップルパイだったんだ。そのあとに、彼女からカボチャパイを教えてもらった。生地の作り方は、私の方が上手だといつも褒めていたよ」
彼は話しながら、蓋をしたパイ生地の縁部分を繋ぎ合わせ、続いてそこにフォークを押し付けて柄を入れていく。
「なんだ、二枚も焼くのか?」
「メイベルが、いつも美味しそうに沢山食べてくれるからね」
「――そうか」
口から出そうになった言葉は、メイベルの喉の奥へと引っ込んでいった。
だって、こんなに『優しさ』が詰まった温かくて美味しいものなんて、精霊界にはないから。それは、想いと時間を積み重ねた人間だからこそ作れる味で、暖かさを注がれた野菜も穀物も、全て深い味わいがあって美味だった。
「…………頑固爺さんの紅茶が、飲みたいな」
そういえばと思い出して、ぽつりと口にした。
エインワースが、一旦手を止めてこちらを振り返った。
「ふふふ、帰ってきた時は、散々愚痴っていたのにねぇ」
「紅茶だけはとても美味かった」
「その不貞腐れた眉の感じと、男の子口調からすると、君の持ち前の照れ隠しか――いたっ」
また『風に軽く叩かれ』て、彼がちょっとだけ頭を下げる。その後ろ姿に指を向けているメイベルは、こめかみに青筋を立てていた。
「いちいち私を観察して理解を深めるな。ここは素直に誤解しておけよ」
「無理だよ。大切な家族だもの、君を誤解するなんて出来そうにない」
見掛けの態度や言葉ではないのだろう。
メイベルは、結構聡く手鋭い奴なんだよなと舌打ちした。そもそもそんなもの、あの頑固爺さんを友だと言い切る男に通用するはずもない。
「…………ちッ、敏いやつ」
「ぼそりと言っているけど、聞こえてるよ。全く、君って素直じゃないよねぇ――いたっ」
そうやって二つのアップルパイがセットされ、後は焼き上がるのを待つばかりとなった。キッチンの上を丁寧に片付けながら、エインワースが優しげにこう言った。
「ふふっ、今度一緒に彼の紅茶を飲みに行こうか。とても丁寧で、優しい味がするんだ」
そう声を掛けられたメイベルは、目をそらして「――ついていってやってもいい」とだけ答えた。
一時間もすると、リビングまで美味しい匂いが立ちこめていた。もう少しだけ冷まそうかと、先に紅茶の用意を整えようとした時、訪問を知らせるベルが鳴った。
玄関を開けてみると、そこには背丈が頭二個分低い一人の少年がいた。
「町の正義の少年団が、悪い精霊を退治しに来てやったぞ!」
開口一番に言いながら、人様にビシリと指を突き付けてそう宣言してくる。
ソレを見下ろすメイベルは、心底ウザそうな表情を浮かべていた。置いてきたエインワースに紅茶の用意をさせず、自分がやってあいつを出せば良かったなと思う。
「露骨に『何コレ』みたいな反応するなよ! ビックリするとか警戒するとは、もうちょっと違う反応があるだろッ」
「その価値はない」
数日前、本気で退治にかかってきた魔法使い見習いとやりあったからな。
メイベルは、そう比べて真剣な顔で見つめ返した。ズバッと言われた少年が、「俺、無価値なの!?」と叫んで飛び上がった。
「なんてヒッデェ事を言う【悪い精霊魔女】なんだッ。俺たち少年団が来たからには、退治させてもらうからな――」
「お前一人しかいないけど」
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「リチャードとケニーが、いない……!?」
「置いていかれたんだな。団結力のない正義のヒーロー団だ、どんまい」
「何も知らない癖にズバッて言うなよ! あの二人は副団長なんだぞ!」
「んじゃ『薄情者の副団長』二名」
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少年が、うぐぐ見た目女の子の大人げない精霊だ……と呟きながら葛藤するように震えた。そして、ガバリと顔を上げ、再びしっかり指を突き付けた。
「俺はッ、この町の正義の少年団の団長マイケルだ! 一人でだって、悪い精霊を退治してやるんだからな!」
その時、エプロン姿のままエインワースが顔を出した。
「こら、マイケル。話は聞こえていたけれどね、私の『妻』になんてことを言うんだい」
困ったように見つめる彼に、マイケルがパッと目を向けて「エインワースの爺ちゃん!」と大きな声で言った。先程と打って変わって、かなり人懐っこい表情を浮かべている。
「元気にしてたか? ウチの母ちゃんが、最近お店で見ないって口にしていたぞ」
「ありがとう、私は元気だよ。メイベルが買い物を頼まれてくれていてね、すごく助かっているんだ」
「めいべる?」
そう口にしたマイケルが、もしやというようにチラリと目を向ける。
メイベルは、半眼で彼を見つめていた。一度も視線を返してこない彼女に気付いて、エインワースが高い位置にある頭を、少し下げてからこっそり耳打ちした。
「メイベル、大丈夫かい? ここ数日睡眠が長いし、やっぱり少し体調が悪いんじゃないのかい?」
「また面倒なのが来たと思ってな……」
メイベルは詳細を答えず、今の心境だけを口にした。
しばし、エインワースが考えるように顎に手をあてた。警戒して睨みつけているマイケルと、それを面倒臭そうに見つめ返しているメイベルを見比べた後、思い付いたようにピンっと人差し指を立てた。
「そうだ、マイケル。せっかく来てくれたんだ、アップルパイを食べていかないかい?」
「えっ、爺ちゃんのアップルパイを食べていいの!?」
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