精霊魔女のレクイエム

百門一新

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1部 精霊少女と老人 編

22話 精霊と頑固ジジイ 下

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「エインワースがあちこちを歩き回るには、デカい図体もあって足に負担がかかりすぎる。休み休みゆっくり歩く事は出来るが、――もう走れないとは知ってる」

 エリクトールの発言を聞き流して、メイベルはそう言った。

 自分でケアをしていて、数ヶ月に一回は、予備の痛み止めをもらいつつ大都市の立派な病院でみてもらう。そこには昔、リハビリを担当してくれた腕のいい人もいるのだとか。

 そう思い返していると、エリクトールが「まぁいい、分かった」と投げやりに言った。

「手紙の件は検討しておく」
「しっかり頑張れ、そんでエインワースを安心させろ」

 片手を振ってぞんざいに返した。

 そんなメイベルを、彼は少し不思議そうに見つめた。

「よく分からん奴だな……、そうしていると『エインワースを不器用にもきちんと気に掛けている人間』に見える」
「精霊は、人間と同じ目線で物を考えない」
「ふうん? まぁいい。ワシもこうして話を聞いてくれる相手も久しい。お前さんは精霊でもあるし、ついでといっちゃなんだが、最近ワシがどうしたものかと思っている『奇妙な悩み事』を聞いてくれねぇか?」

 そう言われたメイベルは、とくに表情に出さないまま「ふうん、まぁいいけど」と返した。彼に考えている風だと思わせるようにして視線をそらす。

 どうやら『本当に困り事もあった』らしい。

 少し別件でも気掛かりがあるみたいだと言っていた、エインワースの勘と推測は当たったようだ。あの爺さんは普段からのんびりとしている癖に、どこか頭の切れる底の知れないところもある。そう考えながら、問い掛けた。

「それで? その奇妙な悩み事ってのは、なんだ?」
「先月あたりから、夜になると自宅の周りから妙な音がしてな。おかげで、すっかり睡眠不足だ。それが影響して、作品の制作にも影響が出とる」
「ふうん――どんな物音だ?」
「まるで大きな何かがぶつかったり、弾けたり砕けたりする音だ。しかし、

 そう語ったエリクトールが、ふと思い出したように「ちょっと待ってろ」と言った。席を立って一旦工房を出て行ったかと思うと、数分もしないうちに戻ってくる。

 彼は、正方形のくすんだ紙をテーブルの上に置いて、こう言いながら椅子に座り直した。

「家の周囲の緑地は、ワシの敷地でな。歩いてみたらこの紙きれがあった」
「――」

 これは予想外だったな。

 そうは思ったものの顔には出さず、メイベルはその『紙切れ』を手に取った。その僅かな間を察した様子で、エリクトールが訊く。

「覚えがあるものなのかい、精霊?」
「…………まぁな、おおよそ推測は付いた。夜に勝手な騒ぎを起こしている連中を、この問題は解決する」

 話を聞きながら、彼はよく分からない様子で「ふうん?」と言う。

「問題が解決してくれれば有り難い話だが……、一度引き返すんだろう? 事が起こるのは、いつも夜だ。エインワースに知らせてから、大丈夫そうであれば外出させてもらえばいい」
「いや、このまま行く」

 その紙をローブの内側のしまい、メイベルはキッパリそう答えた。

「現場は目と鼻の先なんだ。この紙の気配を辿れば、数分とかからない」
「おいおい、新婚の嫁が遅くまで帰らないというのは勧められんぞ」
「夜まで待たずとも『夜の世界』へは行ける。私は『夜の精霊』だからな」

 説明を受けたエリクトールが、ますます顔を顰める。

「そりゃ一体どういう事だ?」
「魔法使いってのは、わざわざその時間まで待って活動したりしない。時間が固定された次元へ渡って『試し打ち』やら『召喚』に挑戦したりする」
「つまり、この煩い騒音被害は魔法使いのせいだという事かい」
「その通りだ」

 そうそっけなく答えて、メイベルは立ち上がる。

 エリクトールは、腕を組んで「分からんな」と首を捻った。

「ワシは魔法だとか、精霊界だとか言われてもよく知らん。音はあるのに、本人がいないって状況が
「事が起こっているのは、この次元ではなくて。人界と重なるようにして、いくつもの世界が存在している。そこで勝手に動き回っている連中を追い払えば、
「ほぉ。そりゃ不思議なもんだな」

 自分なりにやや納得した様子を見て、メイベルはくいっと口角を引き上げた。

「紅茶、美味かったよ。じゃあな『画家の頑固シジイ』」

 そう言って片手を振り、踵を返す。
 エリクトールが、呆れた表情を浮かべた。来た時もいきなりだったが、帰る時もバッサリだなと口にしてから、扉を出て行こうとする背中に声を掛けた。

「お前さんは、人の名前を覚えられない精霊なのかい。ワシは【頑固ジジイ】ではなく、【エリクトール】だ」

 メイベルは、扉を開けたところで振り返った。金色の精霊の目が、静かにその老人を見据える。

「あんたが【エリクトール】だとは知ってる。わざと呼んでいないだけだ」
「はぁ? 何故名前を呼ばないんだ」
「――さぁ、何故だろうな」

 そう誤魔化して、メイベルはその場を後にした。

               ※※※

「『エインワースの爺さん』に教えないまま動くつもりかい?」

 建物を出たところで、ふっと声を掛けられた。
 そこにいたのは、頭に兎耳のついた【子宝を祝う精霊】グリーだった。気付いたメイベルは、鬱陶しそうに目を向ける。

「やっぱり、ここへ来たか」
「当然だよ。だって僕らは、

 グリーは笑みを浮かべる。人とは違う、底の読めない精霊の微笑みだ。

「君が望むのであれば、僕らはたとえ人間との契約中であったとしても。そして『君ら』が生命を脅かされる危害を与えられそうになったら、僕らは契約に縛られている身だろうと

 メイベルは、しばらくグリーと見つめ合っていた。表情には出さないまま、こっそり手を握り締める。

「だから私は強くなったんだ。好きでもないのに相手の魔法まで『取り込んだ』」
「そうだろうね」

 この地で出会ったばかりだというのに、グリーはあっさりとそう言う。

「でも良かったじゃない、君に魔法の素質があったと分かって、きっと『みんな』喜んだ事だろうね。そうすればまた一つ減る」

 人間の魔法が使える精霊は少ない。扱える種族は決まっていて、性質によっては無詠唱でそれを起こせたりもする。
 眉を寄せた不機嫌な表情のまま、メイベルはローブをひるがえして歩き出した。緑の髪がさらりと揺れるのを、グリーがどこか楽しげに眺めながら後に続く。

「見守りは不要だ。帰れ兎野郎」

 木々に突入したところで、目も向けず言い放った。

「え~、それは分からないじゃない。だってあの紙って、魔法協会のものでしょ? 無知な連中が君に手を出そうとして、

 メイベルは、そこでピタリと足を止めた。そのまま見つめ返されたグリーが、少年の外見に不似合いな、大人の笑顔をにっこりと浮かべる。

だよ。僕らは『君らの事なら』、なんだって知っておく権利がある」

 それを聞いたメイベルは、胡散臭いやつめと思って「ふん」と鼻を鳴らした。

「【子宝を祝う精霊】の癖に、けだもののように殺しでもするつもりか?」
「するよ。僕らはソレを【精霊王】と【精霊女王】から許されている」

 知っている事を何故訊いてくるの、と彼は実に不思議そうに笑う。

 その事に疑問を覚えないのは、彼が生粋の精霊だから。生命や寿命については、人間とは違う感覚で『理解』して『考えて』いる。


――眠れ、眠れ、愛しい全ての可愛い我が『子』…………


 ああ、まさに呪いだ。
 メイベルは、ぎゅっと拳を握り締めた。

「相手は『無申請で違法訓練中の魔法使い』だ。それくらい、私だけで十分――だから帰れ兎野郎」

 きつく言い放った。するとグリーは、微塵にもダメージになっていないような、まるで妹を見つめるような慈愛たっぷりの微笑みを浮かべて「いいよ」と答えた。

 メイベルが再び歩き出しても、もう彼は付いてこなかった。
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