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1部 精霊少女と老人 編
19話 結局のところ、振り出しに戻る距離感
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気持ちのいい朝だ。空には太陽が昇り、白んでいた空はすっかり目に心地の良い青を見せていた。
エインワース宅でも、他の家と変わらない朝の光景があった。
トントントン、とリズム良く食材を切る音。スープがぐつぐつと音を立てる鍋からは、食欲をそそる匂いが上がって食卓に漂っている。
なんでもない朝の光景だった。スティーブンは、キッチンと食卓があるそこへ到着したところで、不思議に思って立ち止まってしまう。あの頃にはなかった、キッチンに立っているローブの上からエプロンという小さな後ろ姿をしばし眺めた。
「おはよう、スティーヴ。よく眠れたかい?」
食卓で新聞を広げていてエインワースが、気付いて声を掛けた。老眼鏡を降ろす様子を目に留めて、スティーブンは照れたようにチラリと目を落とす。
「うん。おはよう、爺さん」
メイベルは、その様子を脇目にスープを食卓へ置いた。つい、戻る足を止めてじっと見ると、ジロリと睨み返された。
「おい、その目を向けてくるな。少しは隠すという配慮をしろ」
「正直、気持ち悪いなって」
表情そのままの言葉を述べた。
言われたスティーブンは、こめかみにピキリと青筋を立てた。しかし、エインワースが「仲がいいなぁ」と嬉しそうに言うのを見て、一旦怒りを抑え込んだ。
「くっ、今は我慢するんだ俺。爺さんのそのイイ笑顔をもう少し見ていたい……!」
こりゃダメだな、とメイベルは片手を振ってキッチンへと向かう。「お前って、損な性格してるよなぁ」と呟きながら、朝食の用意を仕上げるべく作業に戻った。
それを睨みつけようとした彼は、ふと思い出した様子でやめた。思案気に眉を寄せて首を捻る。
「おかしいなぁ……、俺が朝までぐっすり眠っていたなんて」
「しっかり眠れたようで良かったよ」
エインワースが、新聞を下のボックスに押し込みつつそう言った。
「何せ、朝一番の列車で帰るんだろう? また少しの列車旅になるだろうから、きちんと食べていきなさい」
「…………っ!」
うっかり感動したスティーブンが、そのまま椅子に腰かけた。その気配を背中で察して、メイベルは薄ら笑いで「阿呆だな」と呟いた。
朝食メニューが全てテーブルに並べられたところで、三人での食事が始まった。
「こういう朝食も久しぶりだ。つか、爺さんの緑豆スープが懐かしい……」
「感動しているところ悪いが、残念だったな、孫。それは半分私が調理したものだ」
「ごほっ」
スティーブンが咽た。
「なんでテメェが手伝ってんだよ。そこは久々な俺に配慮して、手を出さないでおくとかしろよ」
「仕方ないだろう。エインワースはエンドウ豆の下処理だけじゃなくて、仕上がるまでの二工程先の作業も苦手なんだ」
すると、その様子を見ていたエインワースが、「ふふっ」と楽しそうな笑みをこぼした。
「スティーヴ、メイベルとは仲良く出来そうかい?」
そう声を投げ掛けられて、スティーブンがこの世の終わりのような顔で「は」と祖父を見た。焼き立てのハーブのパンを手に取ったばかりの姿勢のまま、こればっかりはすまない爺さん、という目でこう答える。
「俺はコレを新しい祖母だと認めてないし、――そもそも真顔で人の名前を忘れる奴を、祖母だと思いたくない」
「あらまぁ」
一体どういう事だい、とエインワースが目を向ける。横顔に視線を受け止めたメイベルは、しれっとエンドウ豆スープを口にする。
「メイベル。君、記憶力はそう悪くないだろう?」
「見聞きした覚えのないニュアンスの名前で、口に馴染みがない」
「ほぉ。つまりウチの孫が『初めてのスティーブン』というわけかい?」
「いちいち考察するの、面白いか?」
メイベルは、エンドウ豆だけを口に放り込んでから横目に視線を返した。エインワースが何も言わず、温かな微笑を浮かべているのを見て、
「――そうか」
そう一方的に相槌を打ち、柔らかくほぐしてある鳥肉のサラダを彼の方へ寄せた。
だって君は、何も話さないから。
そう彼の目が語っているのが分かった。
それは向こうだって同じだ。互いが訊き出すことは滅多になく、そういった話をすることだってない。
「…………」
ああ、なんだ、私が『そうしているから』か。
メイベルは、ふと、そう気付いて納得した。だからこそ、――やっぱり変な男だと思った。
エインワース宅でも、他の家と変わらない朝の光景があった。
トントントン、とリズム良く食材を切る音。スープがぐつぐつと音を立てる鍋からは、食欲をそそる匂いが上がって食卓に漂っている。
なんでもない朝の光景だった。スティーブンは、キッチンと食卓があるそこへ到着したところで、不思議に思って立ち止まってしまう。あの頃にはなかった、キッチンに立っているローブの上からエプロンという小さな後ろ姿をしばし眺めた。
「おはよう、スティーヴ。よく眠れたかい?」
食卓で新聞を広げていてエインワースが、気付いて声を掛けた。老眼鏡を降ろす様子を目に留めて、スティーブンは照れたようにチラリと目を落とす。
「うん。おはよう、爺さん」
メイベルは、その様子を脇目にスープを食卓へ置いた。つい、戻る足を止めてじっと見ると、ジロリと睨み返された。
「おい、その目を向けてくるな。少しは隠すという配慮をしろ」
「正直、気持ち悪いなって」
表情そのままの言葉を述べた。
言われたスティーブンは、こめかみにピキリと青筋を立てた。しかし、エインワースが「仲がいいなぁ」と嬉しそうに言うのを見て、一旦怒りを抑え込んだ。
「くっ、今は我慢するんだ俺。爺さんのそのイイ笑顔をもう少し見ていたい……!」
こりゃダメだな、とメイベルは片手を振ってキッチンへと向かう。「お前って、損な性格してるよなぁ」と呟きながら、朝食の用意を仕上げるべく作業に戻った。
それを睨みつけようとした彼は、ふと思い出した様子でやめた。思案気に眉を寄せて首を捻る。
「おかしいなぁ……、俺が朝までぐっすり眠っていたなんて」
「しっかり眠れたようで良かったよ」
エインワースが、新聞を下のボックスに押し込みつつそう言った。
「何せ、朝一番の列車で帰るんだろう? また少しの列車旅になるだろうから、きちんと食べていきなさい」
「…………っ!」
うっかり感動したスティーブンが、そのまま椅子に腰かけた。その気配を背中で察して、メイベルは薄ら笑いで「阿呆だな」と呟いた。
朝食メニューが全てテーブルに並べられたところで、三人での食事が始まった。
「こういう朝食も久しぶりだ。つか、爺さんの緑豆スープが懐かしい……」
「感動しているところ悪いが、残念だったな、孫。それは半分私が調理したものだ」
「ごほっ」
スティーブンが咽た。
「なんでテメェが手伝ってんだよ。そこは久々な俺に配慮して、手を出さないでおくとかしろよ」
「仕方ないだろう。エインワースはエンドウ豆の下処理だけじゃなくて、仕上がるまでの二工程先の作業も苦手なんだ」
すると、その様子を見ていたエインワースが、「ふふっ」と楽しそうな笑みをこぼした。
「スティーヴ、メイベルとは仲良く出来そうかい?」
そう声を投げ掛けられて、スティーブンがこの世の終わりのような顔で「は」と祖父を見た。焼き立てのハーブのパンを手に取ったばかりの姿勢のまま、こればっかりはすまない爺さん、という目でこう答える。
「俺はコレを新しい祖母だと認めてないし、――そもそも真顔で人の名前を忘れる奴を、祖母だと思いたくない」
「あらまぁ」
一体どういう事だい、とエインワースが目を向ける。横顔に視線を受け止めたメイベルは、しれっとエンドウ豆スープを口にする。
「メイベル。君、記憶力はそう悪くないだろう?」
「見聞きした覚えのないニュアンスの名前で、口に馴染みがない」
「ほぉ。つまりウチの孫が『初めてのスティーブン』というわけかい?」
「いちいち考察するの、面白いか?」
メイベルは、エンドウ豆だけを口に放り込んでから横目に視線を返した。エインワースが何も言わず、温かな微笑を浮かべているのを見て、
「――そうか」
そう一方的に相槌を打ち、柔らかくほぐしてある鳥肉のサラダを彼の方へ寄せた。
だって君は、何も話さないから。
そう彼の目が語っているのが分かった。
それは向こうだって同じだ。互いが訊き出すことは滅多になく、そういった話をすることだってない。
「…………」
ああ、なんだ、私が『そうしているから』か。
メイベルは、ふと、そう気付いて納得した。だからこそ、――やっぱり変な男だと思った。
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