14 / 97
1部 精霊少女と老人 編
14話 祖父と孫の久々の再会
しおりを挟む
都市内から離れた緑豊かな田舎町、ルファに到着したのは、夕刻よりも随分早い時刻だった。一泊分の旅行鞄を片手に持ったスティーブンは、数年振りの地だというのに、疲弊感たっぷりの表情を晒していた。
「最悪な列車旅だった……」
げんなりとした様子で、彼が言う。
列車を降りてから、ようやくフードを外せたメイベルは、道案内するようにやや前を歩き出すと「短い列車旅で情けないぞ」と声を投げた。
「あっという間に到着したじゃないか」
「その間、お前は購入した大量の弁当を消費するのに忙しかったからな。きっと時間経過すら頭から吹っ飛んでんだろうよ」
信じられん、全部一人で食いやがった……あと時間が経つにつれて超目立っていた……スティーブンは顔を押さえて呻きながら、メイベルの後に続くように足を進めた。
彼の祖父であるエインワースは、玄関脇の縁側のゆらゆらと揺れる椅子に腰かけていた。
こちらを見るなり、彼が子供みたいな印象のある丸い目を少し見開いた。それから背を椅子から起こすと、明るい調子でピンっと人差し指を立てる。
「まさかこんなに早く到着するとは思わなかったよ。ははは、うっかり居眠りをしていた」
「エインワース、だからそのノリの軽い感じの指の仕草、ちょっとヤめた方がいいぞ……」
メイベルはそう言いながら、スティーブンが通過した小さな門扉を閉めた。エインワースが「よいしょ」と言って立ち上がり、久しぶりに来た孫を歓迎した。
「よく来たねぇ、スティーヴ。また少し大きくなったんじゃないかい?」
「いや身長は伸びてないよ。というか、二年前に来た時も既に大人だった――」
「はははっ、私は二十五歳まで身長が伸びたよ」
「――爺さん、俺もう二十七歳なんだが」
スティーブンが真剣な表情で、自分と同じくらいの背丈がある祖父を見てゴクリと息を呑む。
久しぶりに顔が見られて嬉しいようだ。メイベルは、エインワースがとても喜んでいるのを感じた。無茶ぶりに付き合わされているスティーブンも、どことなく照れて仏頂面をしている風で「でも元気そうで良かった」と続けている。
力強い握手で訪問の歓迎と列車旅を労った後、エインワースはメイベルに向き合った。
「メイベルも、長旅お疲れ様」
「長旅でもないぞ。ルーベリアの都市から出ている列車よりも、短い時間だ」
メイベルが淡々と答えるのを聞いて、彼は「そうかい」とにこやかに相槌を打った。まるで十二歳ほどの孫にも見える小さな彼女の緑の頭を、ぽんぽんと撫でる。
「おい。子供扱いするなよ、エインワース」
「え~、コレはおつかいを褒める感じなのだけれど――駄目だったかい?」
「お前の大きな手で身長を縮められている感じがして、嫌だ」
「おやまぁ。それは困ったねぇ」
エインワースは、考える風で言って視線をよそにそらす。けれど引き続き頭をぽんぽんとされていて、メイベルはこめかみにピキリと青筋を立てた。
「ならその手を止めろ。そして孫が来てくれたからといって、はしゃぐ気分をそうやって私に向けるな」
「いたっ」
頭をポンポンと叩いていた祖父の様子を見て、スティーブンはやや思案気に顰め面を浮かべていた。顎に手をあて、口の中で「まるで『妻』というよりは、『家族』に接しているみたいな……」と小さく覚えた違和感を呟く。
その時、手を軽く払われてしまったエインワースが、彼の方を向いた。
「改めて紹介しよう、私の妻『メイベル』だ」
気を取り直すように、にっこりと笑ってそう言う。
先程まで懐かしさもあって雰囲気が柔らかかったスティーブンが、途端にピリピリとした空気を発して祖父を見つめ返した。
「こっちの役所から知らせが来ていたけどさ、……爺さん本気か? 相手は精霊で、しかも【精霊に呪われしモノ】だぞ」
鋭い声を返されたエインワースは、相変わらず意図の読めない穏やかな微笑みを浮かべていた。スティーブンは納得いかない眼差しを、数秒もしないうちに困惑へと変える。
メイベルは、どうしたもんかなと思いながら、少し面倒そうに視線をそらした。
ここ数日、一緒に暮らして分かった事がある。かなり長生きしているせいか、元々の性格が成熟してそうなっているのか、彼は精霊がやる『言葉遊び』のように極力嘘などつかないでいるのだ。そして、必要であれば言葉にせず沈黙で語る。
まぁ、それは自分も同じか。
そう思って、メイベルは小さく息をもらした。彼らに目を戻すと、さてどう出るのかなと自分より少し若いエインワースの様子を見守る。すると彼が、話題ごと空を変えるように『孫』にこう切り出すのが見えた。
「実はね、うっかり居眠りをしていたせいで、夕飯の支度がほとんど進んでいないんだ」
「は……?」
「メイベルと一緒に手伝ってくれるかい? スティーヴ」
愛称を呼ぶその声は、とても落ち着いていて愛情深かった。
二年ぶりに目の前にして、その声を聞けたスティーブンに断れるはずはなく――彼は直前のことも構わずキリリとした目をすると、「何をすればいいんだ?」と尋ね返していた。
「最悪な列車旅だった……」
げんなりとした様子で、彼が言う。
列車を降りてから、ようやくフードを外せたメイベルは、道案内するようにやや前を歩き出すと「短い列車旅で情けないぞ」と声を投げた。
「あっという間に到着したじゃないか」
「その間、お前は購入した大量の弁当を消費するのに忙しかったからな。きっと時間経過すら頭から吹っ飛んでんだろうよ」
信じられん、全部一人で食いやがった……あと時間が経つにつれて超目立っていた……スティーブンは顔を押さえて呻きながら、メイベルの後に続くように足を進めた。
彼の祖父であるエインワースは、玄関脇の縁側のゆらゆらと揺れる椅子に腰かけていた。
こちらを見るなり、彼が子供みたいな印象のある丸い目を少し見開いた。それから背を椅子から起こすと、明るい調子でピンっと人差し指を立てる。
「まさかこんなに早く到着するとは思わなかったよ。ははは、うっかり居眠りをしていた」
「エインワース、だからそのノリの軽い感じの指の仕草、ちょっとヤめた方がいいぞ……」
メイベルはそう言いながら、スティーブンが通過した小さな門扉を閉めた。エインワースが「よいしょ」と言って立ち上がり、久しぶりに来た孫を歓迎した。
「よく来たねぇ、スティーヴ。また少し大きくなったんじゃないかい?」
「いや身長は伸びてないよ。というか、二年前に来た時も既に大人だった――」
「はははっ、私は二十五歳まで身長が伸びたよ」
「――爺さん、俺もう二十七歳なんだが」
スティーブンが真剣な表情で、自分と同じくらいの背丈がある祖父を見てゴクリと息を呑む。
久しぶりに顔が見られて嬉しいようだ。メイベルは、エインワースがとても喜んでいるのを感じた。無茶ぶりに付き合わされているスティーブンも、どことなく照れて仏頂面をしている風で「でも元気そうで良かった」と続けている。
力強い握手で訪問の歓迎と列車旅を労った後、エインワースはメイベルに向き合った。
「メイベルも、長旅お疲れ様」
「長旅でもないぞ。ルーベリアの都市から出ている列車よりも、短い時間だ」
メイベルが淡々と答えるのを聞いて、彼は「そうかい」とにこやかに相槌を打った。まるで十二歳ほどの孫にも見える小さな彼女の緑の頭を、ぽんぽんと撫でる。
「おい。子供扱いするなよ、エインワース」
「え~、コレはおつかいを褒める感じなのだけれど――駄目だったかい?」
「お前の大きな手で身長を縮められている感じがして、嫌だ」
「おやまぁ。それは困ったねぇ」
エインワースは、考える風で言って視線をよそにそらす。けれど引き続き頭をぽんぽんとされていて、メイベルはこめかみにピキリと青筋を立てた。
「ならその手を止めろ。そして孫が来てくれたからといって、はしゃぐ気分をそうやって私に向けるな」
「いたっ」
頭をポンポンと叩いていた祖父の様子を見て、スティーブンはやや思案気に顰め面を浮かべていた。顎に手をあて、口の中で「まるで『妻』というよりは、『家族』に接しているみたいな……」と小さく覚えた違和感を呟く。
その時、手を軽く払われてしまったエインワースが、彼の方を向いた。
「改めて紹介しよう、私の妻『メイベル』だ」
気を取り直すように、にっこりと笑ってそう言う。
先程まで懐かしさもあって雰囲気が柔らかかったスティーブンが、途端にピリピリとした空気を発して祖父を見つめ返した。
「こっちの役所から知らせが来ていたけどさ、……爺さん本気か? 相手は精霊で、しかも【精霊に呪われしモノ】だぞ」
鋭い声を返されたエインワースは、相変わらず意図の読めない穏やかな微笑みを浮かべていた。スティーブンは納得いかない眼差しを、数秒もしないうちに困惑へと変える。
メイベルは、どうしたもんかなと思いながら、少し面倒そうに視線をそらした。
ここ数日、一緒に暮らして分かった事がある。かなり長生きしているせいか、元々の性格が成熟してそうなっているのか、彼は精霊がやる『言葉遊び』のように極力嘘などつかないでいるのだ。そして、必要であれば言葉にせず沈黙で語る。
まぁ、それは自分も同じか。
そう思って、メイベルは小さく息をもらした。彼らに目を戻すと、さてどう出るのかなと自分より少し若いエインワースの様子を見守る。すると彼が、話題ごと空を変えるように『孫』にこう切り出すのが見えた。
「実はね、うっかり居眠りをしていたせいで、夕飯の支度がほとんど進んでいないんだ」
「は……?」
「メイベルと一緒に手伝ってくれるかい? スティーヴ」
愛称を呼ぶその声は、とても落ち着いていて愛情深かった。
二年ぶりに目の前にして、その声を聞けたスティーブンに断れるはずはなく――彼は直前のことも構わずキリリとした目をすると、「何をすればいいんだ?」と尋ね返していた。
0
お気に入りに追加
183
あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

当然だったのかもしれない~問わず語り~
章槻雅希
ファンタジー
学院でダニエーレ第一王子は平民の下働きの少女アンジェリカと運命の出会いをし、恋に落ちた。真実の愛を主張し、二人は結ばれた。そして、数年後、二人は毒をあおり心中した。
そんな二人を見てきた第二王子妃ベアトリーチェの回想録というか、問わず語り。ほぼ地の文で細かなエピソード描写などはなし。ベアトリーチェはあくまで語り部で、かといってアンジェリカやダニエーレが主人公というほど描写されてるわけでもないので、群像劇?
『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる