精霊魔女のレクイエム

百門一新

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1部 精霊少女と老人 編

11話 三人が解く博物館の謎現象

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 館内のカフェ広場に上がった音に気付いて、スティーブンとトムもそちらに目を向けた。
 首から許可証を下げた制服の男性職員が、カフェと展示フロアの入口の間に均等間隔で置かれた三つの展示台に向かって、カラカラとカートを押している姿があった。

「戻す時には、問題ないんだっけか」

 スティーブンが、椅子の背に片腕を回した楽な姿勢で足を組みんだ。珈琲を飲みつつ、作業の様子を見やってそう言う。

 それを聞いたトムが「そうだけど」と答えながら、なんとも言えない表情を向けた。

「ちょっと君、品がないよ……」
「そんなのを俺に求められてもな」
「はぁ。君ね、そんなに見目は悪くないんだから、憧れている女性たちが見たら好感度が下がるような態度は、やめた方がいい」
「俺に寄ってくる女は、大抵はお前狙いだよ」

 スティーブンは面倒になって、目も向けないまま適当に返す。

 展示台の上に置かれていたガラスケースが、職員の手で下げられた。一旦各展示フロアへ戻っていった彼らが、再び別のガラスケースに入った展示物を持って出てきた時、メイベルはそちらを凝視してカチャリとフォークを置いた。

 金色の精霊の目を少し見開いて、瞳孔を開かせている。先程と打って変わって真剣な雰囲気を目に留めたスティーブンが、ふとテーブルの上の様子に気付いて「ごほっ」と咽た。

「途中で手を止めるくらい真剣なのかと思いきや、テメェきっちり全部食ってんじゃねぇか!」
「煩いぞ、――孫」
「だから名前を覚えろよッ、つか言葉を返すなら人の目を見て話せってんだ……!」

 見かねたトムが「まぁまぁ、落ち着きなよスティーヴ」と言って、それからやや驚きを隠せない目をテーブルに流し向ける。

「あの小さい身体のどこに、大量のケーキが消えているんだろう…………。精霊だから、人間の胃とは違っているのかな?」

 メイベルは彼らの話を聞き流して、ある展示台の前にカートを停めた男性職員を見ていた。フロアへと続く入口から、ふわりと半透明の薄らとした何かが出てくるのが見えて、なんだろうなと思って目を凝らす。

「なぁ、あんた『トム』って言ったっけ? ここに展示されている古い品物には、詳しい?」

 展示台の方を軽く指して、メイベルは尋ねた。

 唐突に問われたトムが、不思議そうに視線を返す。ここにくるまでの流れでそうであると少しくらい分かってもよくないか、とマイナス五度の空気を放つスティーブンに気付くと、困ったような微笑みを浮かべてメイベルにこう答えた。

「職業柄、詳しい方だよ」
「ならさ、この館内に『結婚祝いに使われていたとされる陶器類』はある?」
「あるよ。その中でも、とても美しいままの形で発掘されたものがあって、最近、大手博物館から貸出が許可されて特別展示されているんだ」
「ふうん? ねぇ……それって、縦と横の線で出来た紋様が付いていたりする?」

 メイベルは、あちらへと目を戻しながらそう問う。

 思い当たるのか、トムはやや難しそうな表情を浮かべた。

「まぁ、そうだけれど」
「なら、それに関わりがある代物で、私がこれからあげる項目にあてはまる物があれば、教えて欲しい」
「へ? ちょっと君、それ一体どういう――」
「三色の紐が織り込まれた飾り太縄、音が鳴らなくなった錆びれた鈴。恐らくは、で、茶色」

 そう口にしているメイベルの金色の精霊の目は、どこかをじぃっと真っ直ぐ見ている。

 それを察したスティーブンが、あげられた言葉を素早く頭の中で整理するように、顎に手をあてて口の中で反芻した。ふと、チラリと眉を寄せる。

「――…………『入れ物』か……?」

 ほんの数秒思案したところで、彼が頭に浮かんだ事を口にした。疑問でしかないという顔をしていたトムが、それを聞いて「もしや?」と言って記憶を辿る。

 メイベルは、展示台に新たなガラスケースを設置する職員の上を、ふわふわと浮いている『半透明の女の子』を観察していた。

 それは、たっぷりの木色の髪をしていて、大きな古い鈴が付いた三色の太い縄を少し巻き付け、二つに分けていた。くびれのない古風なスカートの裾部分には、縦と横の線だけで作られたような柄が帯状に入っている。

 精霊ではないし、人間の魂というわけでもない。初めてみるタイプだったが、女の子から漂う微弱な気配には、人の手で作られた『守り』を感じた。

 メイベルがそう考えていると、スティーブンが手を解いて顔を上げた。

「やっぱりアレ意外には考えられないな」

 思案を終えた様子で、自分で確認するように言ってからこう続ける。

「あの時代の、縦横の線で『夫婦柄』が入った皿の中で、トムが言う『欠ける事なくキレイなまま残されている』物は一つしか心当たりがない。あれは、確か発見されている――恐らくは、一緒に展示されてあるんだろう?」

 スティーブンに目を向けられて、トムは「ああ、その通りだ」と答えた。

「どちらも貴重な物だからね。とはいえ、まさか箱の方に原因があるのかい?」
「こいつが上げた特徴は、まんまあの木箱と一致するだろ」
「うーん、でもどういう事なんだろうね。呪いとかではないんだろう?」

 トムに言葉を投げられたメイベルは、すぐに「呪いとは違う」と言った。

「あれは作り手の『守りたい気持ち』と、もらった人の『大切にしたい気持ち』が形になっているモノだ」
「へぇ? 君の目には、どういう風に見えているんだい?」
「幽霊みたいに透明な女の子に見える」

 そう教えてあげたら、彼がまたしても少し目を見開いた。

「『女の子の姿に見える』? それなのに、どこをどうしたら結婚祝いの皿にいきつくんだい?」
「まずは気配から推測、そして外見的な特徴から絞り込む。当時の衣装からも年代は推定出来るし、ああいった模様も、当時の文明特有の物であると分かっていたら尚更だ」

 トムは、呆気に取られたようにメイベルを見ていた。スティーブンも、呆けた様子で薄いブルーの目を向けている。

 メイベルは、浮遊している『女の子』が、男性職員に何か言いたそうにして手を伸ばすのを見て席を立った。

「古い道具が、大切にされて『守護の力』を持つ場合がある。それがわざわざ本体を離れるのは、手助けを必要としている何かしらの理由があるからだ」

 真っ直ぐ見つめたまま向かい始めてすぐ、その女の子が、気付いたように手を引き戻して視線を返してきた。

 メイベルは、カフェエリアを出る手前で足を止めた。展示物を入れ替えした男性職員が、そのままカートを押して去っていく。女の子がフロアの方を指差して、それから何やら両手を動かしてパクパクと口を動かしているのを眺めた。

「君が見えているという『女の子』は、なんて言ってるの?」

 そばにきたトムが、足を止めてそう尋ねた。

 カフェのカウンター側では、スティーブンが銀行から引き落としてくれと手短にやりとりを済ませていた。彼がこちらへと向かってくる足音を聞きながら、メイベルは「ふむ」と言って首を傾げる。

「声を持っていないらしい。ジェスチャーで伝えようとしているけど、――うん、さっぱり分からん」

 そう断言した途端、女の子がショックを受けたように動きを止める。まるでその反応を推測でもしたのか、隣に立ったスティーブンが呆れた目を向けてこう言った。

「お前はさ、精霊の癖に繊細さが圧倒的に足りない気がするというか……少しは読み取ろうとする努力が必要なんじゃね?」
「紅茶をあれだけ雑に不味くする奴に言われたくない」
「まだそのネタを引っ張るのかよ!」

 叫んだスティーブンは、自分の声が響き渡るのを聞いてハッと口を閉じた。カフェ側の客の一部の視線を背中に受けたまま、一旦落ち着かせるように目頭を揉みほぐす。

「ふぅ……なるほど、分かった。どうにか読解する。それで、そいつは一体どんなジャスチャーをしているんだ?」

 彼が目頭を押さえたまま、声量を落としてそう言った。

 トムが「おや」という目を友人に向けた。そんな中、メイベルはこちらの会話は聞こえているらしい『浮遊している女の子』が、今度はゆっくりと手を動かすのを見て、無表情のまま淡々と自分の手を軽く動かして真似した。

「フロアを指して、それからこうやって動かしてる」
「おい、今の動きはなんだよ、紐か?」
「彼女は首を横に振ってるから、その質問の答えは『ノー』だな」

 そのメイベルとスティーブンのやりとりを見て、トムは掌に拳を落とした。

「つまり僕らの会話に関しては、向こうに聞こえている訳か。今の仕草からすると、もしや箱かなと思うのだけれど――どうかな?」
「首を縦に振った。という事は、伝えたい何事かについては『箱であるらしい』な」
「つまりなんだ、自分の本体がどうにかなっているから、助けてくれってやつなのか?」

 スティーブンが顰め面で言って、随分低い位置にあるメイベルのフード頭に目を落とす。

「『守り手』は自身の保身では動かない」

 メイベルはそう言って、手真似を止めた。「とすると」と思案の言葉を続ける。

「放っておけばその木箱が、収納する『大事な皿』を守れなくなるダメージを受けるかもしれない、という事なんじゃないか?」
「でも僕が見た限りだと、木箱はキレイな状態で展示されていたよ。本体自体もかなり頑丈そうな作りだった」
、問題がなかったんだろう。ああいう展示品は、人間が『キレイな状態に保つ努力をしている』もんだ。だがその人間が気付かないヘマをしないという保証はあるのか? たとえガラスケースの中に収められていたとしても、『保管状態が悪いのが続けば』木箱にもじわじわダメージが溜まるもんだぞ」

 メイベルは、教師のように言ってトムを見上げる。すると彼が、遅れて気付いたように「あ」と言い、それから「まいったな」と頭をかいた。

「スティーヴ、この子はんだね」
「ったく、精霊の癖に人間界の知識が深いのも、どうかと思うけどな。――置かれている場所が、そこに置かれている木の箱は、自身の重さが不安定に掛かって微量ながらダメージになる。それは湿気なども加わって時間を掛けて変質し、人間の目でも気付けるほどになった時には、

 スティーブンが首の後ろを撫でさすりながら、そう言って溜息をこぼした。

 トムが苦笑して声を掛ける。

「それ、最悪の『最終パターン』だね」
「ったく、一体どういう風に展示されてんだよ」
「僕が見に行った時は、何も問題なかったけれどね。確かにケアするのは人間だから、この精霊が言う通り、小さなミスに気付かないまま放っておかれている事だってあるのかもしれないし――ひとまずは入ってみようか」

 トムはそう言うと、二人を中央の展示フロアへ誘った。歩き出しながらメイベルがチラリと視線を寄越すと、ふわふわと浮かんだ女の子も付いてきた。
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