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1部 精霊少女と老人 編
8話 スティーブンと押しかけ婆さん
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「………で? なんでお前が、しれっと当然のようにそこにいる?」
「里帰りの支度を手伝うためだ」
「だから行かねぇよ!」
きちんと整頓された上品な室内にて、スティーブンは青筋を立てて振り返った。
そこには、上品な二人掛けソファに、だらしなく仰向けになっているメイベルの姿があった。彼女は肘当てに両足を乗せた姿勢のまま、その怒鳴り声に「あ?」と品なく応える。ソファの上に広がった緑の髪が、さらりと音を立てていた。
「おかげで、相談にきた依頼者が帰っちまったじゃねぇかよ!」
「そりゃ災難だったな。彼女、よほどお前の顔がタイプじゃなかったらしい」
「原因はテメェだあああああああ!」
スティーブンは、しれっと答えて天井に視線を戻したメイベルを見て、ブチリと切れて怒鳴り声を上げた。
ここは、大都会の一角にある彼の事務所だ。建物の五階フロアを全てスティーブンが所有しており、中央階段を上がって正面玄関が仕事用のオフィス、そして階段裏手にある扉の方が生活用住居になっている――らしい。
気難しい大学教授らしい事務所内は、広々としていて安価ではない家具で揃えられていた。個室の応接室や、仮眠用の続き部屋、資料室、寝泊まり出来るシャワールームまで完備しており、それぞれの扉も凝ったデザイン仕様で貴族階級の客も満足しそうな仕上がりだった。
メイベルは彼の怒鳴る声を聞きながら、まるで子供みたいだなと思った。エインワースと違って、かなりからかい甲斐のある彼に、ニヤリと笑って見せる。
「どかせるものなら、どかしてみればいい」
「くッ、今すぐ魔法協会に『こいつを退かしてくれ』と依頼してぇ……!」
依頼者に帰られた彼が、扉前に立ったまま悔しそうに顔を押さえる。魔法使いに頼るのも絶対嫌なのに、それくらい自分をソファから退かしたいらしい。
そう推測したメイベル、「ははは、愉快愉快」と棒読みで言った。この手の人間であれば、行動は単純で至極分かりやすい。彼は絶対に『自分を触らない』だろう。
すると、スティーブンが疲れた様子で、向かいのソファにドカリと腰を下ろした。
「なんだ、仕事するんじゃなかったのか?」
「テメェがいたら仕事にもならねぇ」
彼はテーブルの上で手を組むと、そこに額を押し付けて深い溜息を吐いた。ややあってから、ジロリと殺気立った目を向ける。
「一体何が目的だ、【精霊に呪われしモノ】」
鋭い声だった。メイベルはチラリと顔を向けると、無表情のまま淡々と唇を動かして、リラックスしたような口調で言葉を掛けた。
「『婆さん』として、『孫』に里帰りしろと誘っているだけだよ」
「そんなはずがないだろう」
そう口にしたスティーブンは、ギリッと奥歯を噛む表情を浮かべた。
「どうやって爺さんに取り入った? あの人は、亡くなった婆さんを深く愛してた。どう迫って口説き落としたのかは知らないが、よくもあの人を『魅了』しやがったな」
この姿でどうしろと。
とは、メイベルは口にしなかった。ただ、じっと話を聞いていた。彼が『魔法で今は子供の姿をしている』と思っているのを、わざわざ訂正する気はない。
「――俺は、爺さんを、お前になんて殺させやしない」
そう告げた強い眼差しには、心の底からの憎しみが孕んでいた。組まれた手は固く握りしめられ、ずっと考えていたその誓いを改めて立てるように口許にあてられている。
メイベルは、その目をただ眺めていた。余程エインワースが大切なのだろう。だから少し考えると、誘い方を変えてみる事にした。
「それなら、爺さんと直接話せばいい」
「俺に【精霊の魔法】が解けないと知って、馬鹿にしてんのか?」
「さぁな。私は最初に言ったよ、ただ孫の様子を見に来た婆さんだ、と」
「嘘付け。だって悪精霊であるお前は、人間を糧――」
その時、扉を叩く音がした。
スティーブンがハッとして、慌てた様子で立ち上がった。突然の事でかなり切羽詰まっていたのか、唐突にズカズカと歩み寄ってきたかと思ったら、その直後にメイベルは上体を引き上げられて座らされ、荒々しくフードを頭に被せられていた。
思わず「ぐぇっ」と色気のない声が出た。直前にガシリと掴まれた肩と、フード越しに引き続きしている大きな手の温もりに金色の目を丸くする。咄嗟に手を伸ばしかけたものの、上から彼の声が降ってきてピタリと止めた。
「隠しとかねぇと、また客に逃げられるだろ!」
ぐいぐいとフードを引っ張って降ろす彼が、そう怒ったように言って、今度は片手でぎゅっぎゅっと頭に押し付けてきた。仕上がりを目で確認してから、「これでよしっ」と口にする。
「おい。緑の髪をしっかり隠しとけよ、そんで大人しくしてろ」
スティーブンはそう念を押すと、スーツの前ボタンをしめながら、再びノック音が上がった扉へ「はいはい、今開けますからッ」と答えて足早に向かった。
その様子を、メイベルは呆気に取られて目で追ってしまった。
「…………絶対に触らないと思ったんだけどな」
つい、そう呟いた。
変な人間だ。そこは、エインワースとどことなく似ている気がした。
「里帰りの支度を手伝うためだ」
「だから行かねぇよ!」
きちんと整頓された上品な室内にて、スティーブンは青筋を立てて振り返った。
そこには、上品な二人掛けソファに、だらしなく仰向けになっているメイベルの姿があった。彼女は肘当てに両足を乗せた姿勢のまま、その怒鳴り声に「あ?」と品なく応える。ソファの上に広がった緑の髪が、さらりと音を立てていた。
「おかげで、相談にきた依頼者が帰っちまったじゃねぇかよ!」
「そりゃ災難だったな。彼女、よほどお前の顔がタイプじゃなかったらしい」
「原因はテメェだあああああああ!」
スティーブンは、しれっと答えて天井に視線を戻したメイベルを見て、ブチリと切れて怒鳴り声を上げた。
ここは、大都会の一角にある彼の事務所だ。建物の五階フロアを全てスティーブンが所有しており、中央階段を上がって正面玄関が仕事用のオフィス、そして階段裏手にある扉の方が生活用住居になっている――らしい。
気難しい大学教授らしい事務所内は、広々としていて安価ではない家具で揃えられていた。個室の応接室や、仮眠用の続き部屋、資料室、寝泊まり出来るシャワールームまで完備しており、それぞれの扉も凝ったデザイン仕様で貴族階級の客も満足しそうな仕上がりだった。
メイベルは彼の怒鳴る声を聞きながら、まるで子供みたいだなと思った。エインワースと違って、かなりからかい甲斐のある彼に、ニヤリと笑って見せる。
「どかせるものなら、どかしてみればいい」
「くッ、今すぐ魔法協会に『こいつを退かしてくれ』と依頼してぇ……!」
依頼者に帰られた彼が、扉前に立ったまま悔しそうに顔を押さえる。魔法使いに頼るのも絶対嫌なのに、それくらい自分をソファから退かしたいらしい。
そう推測したメイベル、「ははは、愉快愉快」と棒読みで言った。この手の人間であれば、行動は単純で至極分かりやすい。彼は絶対に『自分を触らない』だろう。
すると、スティーブンが疲れた様子で、向かいのソファにドカリと腰を下ろした。
「なんだ、仕事するんじゃなかったのか?」
「テメェがいたら仕事にもならねぇ」
彼はテーブルの上で手を組むと、そこに額を押し付けて深い溜息を吐いた。ややあってから、ジロリと殺気立った目を向ける。
「一体何が目的だ、【精霊に呪われしモノ】」
鋭い声だった。メイベルはチラリと顔を向けると、無表情のまま淡々と唇を動かして、リラックスしたような口調で言葉を掛けた。
「『婆さん』として、『孫』に里帰りしろと誘っているだけだよ」
「そんなはずがないだろう」
そう口にしたスティーブンは、ギリッと奥歯を噛む表情を浮かべた。
「どうやって爺さんに取り入った? あの人は、亡くなった婆さんを深く愛してた。どう迫って口説き落としたのかは知らないが、よくもあの人を『魅了』しやがったな」
この姿でどうしろと。
とは、メイベルは口にしなかった。ただ、じっと話を聞いていた。彼が『魔法で今は子供の姿をしている』と思っているのを、わざわざ訂正する気はない。
「――俺は、爺さんを、お前になんて殺させやしない」
そう告げた強い眼差しには、心の底からの憎しみが孕んでいた。組まれた手は固く握りしめられ、ずっと考えていたその誓いを改めて立てるように口許にあてられている。
メイベルは、その目をただ眺めていた。余程エインワースが大切なのだろう。だから少し考えると、誘い方を変えてみる事にした。
「それなら、爺さんと直接話せばいい」
「俺に【精霊の魔法】が解けないと知って、馬鹿にしてんのか?」
「さぁな。私は最初に言ったよ、ただ孫の様子を見に来た婆さんだ、と」
「嘘付け。だって悪精霊であるお前は、人間を糧――」
その時、扉を叩く音がした。
スティーブンがハッとして、慌てた様子で立ち上がった。突然の事でかなり切羽詰まっていたのか、唐突にズカズカと歩み寄ってきたかと思ったら、その直後にメイベルは上体を引き上げられて座らされ、荒々しくフードを頭に被せられていた。
思わず「ぐぇっ」と色気のない声が出た。直前にガシリと掴まれた肩と、フード越しに引き続きしている大きな手の温もりに金色の目を丸くする。咄嗟に手を伸ばしかけたものの、上から彼の声が降ってきてピタリと止めた。
「隠しとかねぇと、また客に逃げられるだろ!」
ぐいぐいとフードを引っ張って降ろす彼が、そう怒ったように言って、今度は片手でぎゅっぎゅっと頭に押し付けてきた。仕上がりを目で確認してから、「これでよしっ」と口にする。
「おい。緑の髪をしっかり隠しとけよ、そんで大人しくしてろ」
スティーブンはそう念を押すと、スーツの前ボタンをしめながら、再びノック音が上がった扉へ「はいはい、今開けますからッ」と答えて足早に向かった。
その様子を、メイベルは呆気に取られて目で追ってしまった。
「…………絶対に触らないと思ったんだけどな」
つい、そう呟いた。
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