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夕食でみんな絶望したみたいです(旦那様どうして違和感を抱かないの)
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結局、夕食の支度が整ったと呼ばれにくるまでロジャーと横になっていた。
彼は疲れがたまっていたのか、口にしていたような『走り回る』はせず、目を閉じて数秒後には寝息が聞こえてきた。そこにはフェリシアもほっとした。
イヴァンも『愛犬との遊び』は、どうなるのか心配していたらしい。
「さすがに外の目もありますから」
「……あくまでそこなんですね」
それよりも就寝時間を心配して欲しいとは思った。
とはいえ、イヴァンに次のことを聞いて何も言えなくなったのも、事実だ。
「この二年、旦那様はろくに休んでくれませんでしたから。久しぶりに眉間の皺もない寝顔を見られて、安心しました」
「いつもうなされたり……?」
「たまに苦しくて夜中に起きられておいでです。ジャスミンは、老衰だったのです――弱っていくことを旦那様はそばで見守り、最後の二週間はつきっきりでした」
想像してフェリシアは胸が締め付けられた。
(私と同じだわ)
両親にお願いして祖父の家に泊まり込み、祖父と共に祖母のそばに居続けた。
言葉を交わし、眠りを見守っている間は手を握っていた。
低くなった祖母の体温を感じながら、つらかったのを覚えている。
神様が祖母を連れて行ってしまうのだと悟った。つらいけれど、だからこそ最後までそばにいてあげなくてはと思えた。
「旦那様は夜もぐっすり眠れるだろうと確信いたしました。あなたがいてくれることによって身体も心も休まることを、私は期待しているのです」
イヴァンは、ブランケットを整えながら言った。
(彼のことを家族のように大切にしているのね……)
少年時代から見守ってきたのかもしれない。
あまり知らない屋敷の家使用人たちの中で、イヴァンのことを少し知れたような気がした。
(うぅっ、でも就寝のことだけは止めて欲しいのですけれどっ)
そこは鬼だ、とフェリシアは思わずにはいられない。
◇◇◇
夕食の時間が訪れた。
この国は春から日照時間が長くなるようで、夕暮れの明るい中で食卓はとても早く感じた――が、それは〝戻ってきた愛犬〟が原因だったらしい。
「しっかり栄養がつくものを食べさせないと。それから風呂は、ブラッシングも時間をかけて丁寧にな」
「……は、い」
答えるメイド長の笑みが引きつっているのに気付いて欲しい、とフェリシアは思った。
フェリシアは客人のごとくロジャーの夕食に同席された。
出されたのは、もちろん人間向けのメニューだ。
しかもメイド服はかなり浮くのだが、ロジャーはまるで違和感も覚えていないみたいだった。
「遠慮しなくていい。お前が好きな肉もたくさんある、どんどん食べないと。迷子になっていた間はあまり食べられなかっただろう」
「は、はい、そうします……」
いただきますと手を合わせても、まずはスープとパンを胃に入れても、ロジャーはまったく気にする様子がない。
「お前は枕が好きだったよな、温かい湯も好きで――」
ロジャーは美しい所作で食べ進めながらも語る。
彼のお喋りは止まる気配がない。それは普段にはない光景のようで、料理を運んでくる者たちもちらちらと彼のほうを見ていた。
フェリシアは、まるで愛犬自慢を聞かされている気分になってきた。とはいえ、普通に話しかけ、会話が成立していることがもっとも不思議でならない。
「普通、ここでご理解するはずなんですがね」
そばについていたイヴァンが冷静な指摘を挟んだ。
「よかったです、私と同じ感覚の人がいたようで」
「恐らく全員思っていることでしょう。エリーゼがあのように動揺して、食器を鳴らすミスは初めて見ました」
エリーゼというのは、彼と同じく大旦那様たちの屋敷から共に来たメイドだ。今はここでメイド長を勤めている。
「ご覧の通り旦那様は頭のネジが一本外れている状態なのです。ですから〝夜〟もご安心いただければと」
旦那様をそんなふうに言っていいものだろうか。
(いえ、彼なりにこの状況には困ってはいるみたい)
ちらりとイヴァンを目に収めたフェリシアは、彼が理解しがたいと言わんばかりに、顔の中心に皺を寄せているのを見た。
それはそうだ。外で女性を犬扱いしているのを見られたら大変だろう。
(よく分からない女性をそばに置いている状況も頭が痛いのかも)
食後は大変だった。離れるのを嫌がったロジャーをイヴァンに押さえてもらい、フェリシアはメイドたちと走ってその場をあとにした。
戻った初日だからという理由で湯浴みまで突入されたら困る。
「わ、私、この先大丈夫なのかしら……」
「お任せください、今夜を含めわたくしたち全員で死守しますわ」
みんなで生活用にと与えられたフェリシアの部屋に向かう。
メイドたちが扉の外で見張りとして待ってくれている中、フェリシアは湯浴みを手早く済ませた。家を出てからさっと入るのは慣れたものだ。
「あの、……終わりました」
部屋の外に出ると、メイドたちが振り返る。
「こちらも異常なしですわ」
凛々しい面持ちで言われた瞬間、まるで軍隊みたいだとフェリシアは感想を抱く。
「イヴァン様がうまいこと説得して、旦那様も素直に湯浴みへ向かわれたようです」
「着替えはこちらで準備しなくて本当によろしかったですか?」
「は、はい」
フェリシアは数少ない持ち物の一つである夜着のスカート部分を、ぎゅっと握る。
それは春先の季節に的して肌があまり露出しないものだ。飾り気もないので妹からは『もっと可愛いものを着ましょうよ』と誘われていたが、普段からこういうものばかりでよかったと思う。
待っていたメイドたちが寝室へと案内に入る。
長い廊下を歩きながら、窓の向こうに広がる夜の暗さもあって不安が増していく。
「……と、殿方の前に寝間着を晒すなんて」
そこにいたメイドたちは年齢が近かったからか、同情の目をしてきた。
「何かガウンでもお持ちしましょうか?」
「それともクッションはいかがです?」
「ちょっと、クッションなんて大きなアイテムをフェリシア様が選ぶわけ――」
「クッションをお願います。それも、一番大きなものを」
ぴたりと静かになったメイドたちの目が、同じ方向を向く。
フェリシアは真剣な表情で見つめ返していた。
それが心の支えになれるのならと、一人のメイドが近くの部屋に入ってクッションを持ってきてくれた。
それはフェリシアの身長の七割にもなる大きさがあった。
疑問に思いつつ、素直に受け取って両腕で抱き締める。もふもふとした触感で、いったいなんの高級素材が使われたらこんなクッションが仕上がるのか気になった。
「こんなに大きなクッションがあるのが驚きでした」
「ああよかったです、疑問を抱かれないくらい緊張されているのかと思いましたわ。ジャスミン様が好んでいたのです。それで、いくつかお昼寝をされる場所に置かれています」
「なるほど」
フェリシアは両腕に何度か力を入れ、ぎゅっきゅっとクッションの感触を確かめる。
(もちもちふわふわなものが好みだったのかしら?)
ほんと、中身はいったい何素材なのだろう。
「それから、ご緊張もあるかと思いますが、旦那様は服装のことなんて目に入らないと思いますわ。メイド衣装にも反応しておりませんでしたし」
実のところ、彼女たちは途中で『おかしい』と気付いて、終わることを期待していたところもあったそうだ。
しかしながらロジャーは、一度湯浴みで別れるとイヴァンに言い聞かせられた途端に立ち上がったほどだ。それから彼の『旦那様を全力で止める』が始まったわけだが――。
「確かにそうですね」
ロジャーはフェリシアの恰好なんて、見ない。
そう考えれば少しは心も軽くなる。それと同時に、やはりロジャーという淑女にゼロ距離な失礼な男に対して、やはり悪い感情が出てこないことも自覚した。
「とても大切にしていらした愛犬だから、二年が経っても、旦那様の心の傷はまだ癒えていないのでしょうね」
呟いたフェリシアに、メイドたちが気にした様子で顔を見合わせる。
彼には、こんな形でも助けが必要なのかもしれないと、フェリシアは感じた。イヴァンが大切にしている旦那様にフェリシアを同行させることを決めたのも、きっとそうなのではないだろうか。
視線を向けると、メイドたちが表情を引き締めた。
「旦那様をご理解いただき感謝申し上げます」
彼女たちに揃って告げられた一言の感謝に、フェリシアは覚悟を決める。
メイドたちも実のところイヴァンと同じ気持ちなのだろう。
彼は疲れがたまっていたのか、口にしていたような『走り回る』はせず、目を閉じて数秒後には寝息が聞こえてきた。そこにはフェリシアもほっとした。
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とはいえ、イヴァンに次のことを聞いて何も言えなくなったのも、事実だ。
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言葉を交わし、眠りを見守っている間は手を握っていた。
低くなった祖母の体温を感じながら、つらかったのを覚えている。
神様が祖母を連れて行ってしまうのだと悟った。つらいけれど、だからこそ最後までそばにいてあげなくてはと思えた。
「旦那様は夜もぐっすり眠れるだろうと確信いたしました。あなたがいてくれることによって身体も心も休まることを、私は期待しているのです」
イヴァンは、ブランケットを整えながら言った。
(彼のことを家族のように大切にしているのね……)
少年時代から見守ってきたのかもしれない。
あまり知らない屋敷の家使用人たちの中で、イヴァンのことを少し知れたような気がした。
(うぅっ、でも就寝のことだけは止めて欲しいのですけれどっ)
そこは鬼だ、とフェリシアは思わずにはいられない。
◇◇◇
夕食の時間が訪れた。
この国は春から日照時間が長くなるようで、夕暮れの明るい中で食卓はとても早く感じた――が、それは〝戻ってきた愛犬〟が原因だったらしい。
「しっかり栄養がつくものを食べさせないと。それから風呂は、ブラッシングも時間をかけて丁寧にな」
「……は、い」
答えるメイド長の笑みが引きつっているのに気付いて欲しい、とフェリシアは思った。
フェリシアは客人のごとくロジャーの夕食に同席された。
出されたのは、もちろん人間向けのメニューだ。
しかもメイド服はかなり浮くのだが、ロジャーはまるで違和感も覚えていないみたいだった。
「遠慮しなくていい。お前が好きな肉もたくさんある、どんどん食べないと。迷子になっていた間はあまり食べられなかっただろう」
「は、はい、そうします……」
いただきますと手を合わせても、まずはスープとパンを胃に入れても、ロジャーはまったく気にする様子がない。
「お前は枕が好きだったよな、温かい湯も好きで――」
ロジャーは美しい所作で食べ進めながらも語る。
彼のお喋りは止まる気配がない。それは普段にはない光景のようで、料理を運んでくる者たちもちらちらと彼のほうを見ていた。
フェリシアは、まるで愛犬自慢を聞かされている気分になってきた。とはいえ、普通に話しかけ、会話が成立していることがもっとも不思議でならない。
「普通、ここでご理解するはずなんですがね」
そばについていたイヴァンが冷静な指摘を挟んだ。
「よかったです、私と同じ感覚の人がいたようで」
「恐らく全員思っていることでしょう。エリーゼがあのように動揺して、食器を鳴らすミスは初めて見ました」
エリーゼというのは、彼と同じく大旦那様たちの屋敷から共に来たメイドだ。今はここでメイド長を勤めている。
「ご覧の通り旦那様は頭のネジが一本外れている状態なのです。ですから〝夜〟もご安心いただければと」
旦那様をそんなふうに言っていいものだろうか。
(いえ、彼なりにこの状況には困ってはいるみたい)
ちらりとイヴァンを目に収めたフェリシアは、彼が理解しがたいと言わんばかりに、顔の中心に皺を寄せているのを見た。
それはそうだ。外で女性を犬扱いしているのを見られたら大変だろう。
(よく分からない女性をそばに置いている状況も頭が痛いのかも)
食後は大変だった。離れるのを嫌がったロジャーをイヴァンに押さえてもらい、フェリシアはメイドたちと走ってその場をあとにした。
戻った初日だからという理由で湯浴みまで突入されたら困る。
「わ、私、この先大丈夫なのかしら……」
「お任せください、今夜を含めわたくしたち全員で死守しますわ」
みんなで生活用にと与えられたフェリシアの部屋に向かう。
メイドたちが扉の外で見張りとして待ってくれている中、フェリシアは湯浴みを手早く済ませた。家を出てからさっと入るのは慣れたものだ。
「あの、……終わりました」
部屋の外に出ると、メイドたちが振り返る。
「こちらも異常なしですわ」
凛々しい面持ちで言われた瞬間、まるで軍隊みたいだとフェリシアは感想を抱く。
「イヴァン様がうまいこと説得して、旦那様も素直に湯浴みへ向かわれたようです」
「着替えはこちらで準備しなくて本当によろしかったですか?」
「は、はい」
フェリシアは数少ない持ち物の一つである夜着のスカート部分を、ぎゅっと握る。
それは春先の季節に的して肌があまり露出しないものだ。飾り気もないので妹からは『もっと可愛いものを着ましょうよ』と誘われていたが、普段からこういうものばかりでよかったと思う。
待っていたメイドたちが寝室へと案内に入る。
長い廊下を歩きながら、窓の向こうに広がる夜の暗さもあって不安が増していく。
「……と、殿方の前に寝間着を晒すなんて」
そこにいたメイドたちは年齢が近かったからか、同情の目をしてきた。
「何かガウンでもお持ちしましょうか?」
「それともクッションはいかがです?」
「ちょっと、クッションなんて大きなアイテムをフェリシア様が選ぶわけ――」
「クッションをお願います。それも、一番大きなものを」
ぴたりと静かになったメイドたちの目が、同じ方向を向く。
フェリシアは真剣な表情で見つめ返していた。
それが心の支えになれるのならと、一人のメイドが近くの部屋に入ってクッションを持ってきてくれた。
それはフェリシアの身長の七割にもなる大きさがあった。
疑問に思いつつ、素直に受け取って両腕で抱き締める。もふもふとした触感で、いったいなんの高級素材が使われたらこんなクッションが仕上がるのか気になった。
「こんなに大きなクッションがあるのが驚きでした」
「ああよかったです、疑問を抱かれないくらい緊張されているのかと思いましたわ。ジャスミン様が好んでいたのです。それで、いくつかお昼寝をされる場所に置かれています」
「なるほど」
フェリシアは両腕に何度か力を入れ、ぎゅっきゅっとクッションの感触を確かめる。
(もちもちふわふわなものが好みだったのかしら?)
ほんと、中身はいったい何素材なのだろう。
「それから、ご緊張もあるかと思いますが、旦那様は服装のことなんて目に入らないと思いますわ。メイド衣装にも反応しておりませんでしたし」
実のところ、彼女たちは途中で『おかしい』と気付いて、終わることを期待していたところもあったそうだ。
しかしながらロジャーは、一度湯浴みで別れるとイヴァンに言い聞かせられた途端に立ち上がったほどだ。それから彼の『旦那様を全力で止める』が始まったわけだが――。
「確かにそうですね」
ロジャーはフェリシアの恰好なんて、見ない。
そう考えれば少しは心も軽くなる。それと同時に、やはりロジャーという淑女にゼロ距離な失礼な男に対して、やはり悪い感情が出てこないことも自覚した。
「とても大切にしていらした愛犬だから、二年が経っても、旦那様の心の傷はまだ癒えていないのでしょうね」
呟いたフェリシアに、メイドたちが気にした様子で顔を見合わせる。
彼には、こんな形でも助けが必要なのかもしれないと、フェリシアは感じた。イヴァンが大切にしている旦那様にフェリシアを同行させることを決めたのも、きっとそうなのではないだろうか。
視線を向けると、メイドたちが表情を引き締めた。
「旦那様をご理解いただき感謝申し上げます」
彼女たちに揃って告げられた一言の感謝に、フェリシアは覚悟を決める。
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