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プロローグ/妹に婚約者になるはず人だった彼をとられて

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 予想はしていたことだった。

 令嬢なのに二十三歳になっても嫁ぎ先が見つからなかった。困っていたところ、兄がこちらより家格が高い婚約者の伝手でモンクロフト伯爵家の四男であり、事業家の男性をどうにか紹介してもらえたのは春先のことだ。

 けれど、ハンサムな三十代のオリバー・モンクロフトが家に訪れた時、妹ととてもいい感じだったのを見た時から――。

 その光景に、落胆と共にフェリシアは予感を抱いたのだ。

 フェリシア・コルコッティは、センディーバ王国の国境から近くの大きな町に屋敷を持つ、コルコッティ子爵家の長女だ。新緑の目は都会的な女性の色ではあったが、父親譲りのウェーブが入った濃い赤茶色の髪は、社交界ではどうも目立たないとは彼女も自覚していた。

 何せ、いつも目立っていたのは年の離れた妹、シエンナだった。

 そのせいで、いよいよフェリシアは控えめな性格になった――とも言える。

 フェリシアは二十歳の時、自分から社交の場を逃げ出したようなものだ。ちょうど父が腰を痛め、完治までは二、三年のリハビリが必要だと医者に言われた。そこで経営の主導をほぼ兄が任せられ、フェリシアは父をサポートすることを名乗り出て家のことを母に任せ、三人で仕事を進めた。

 そして、気付けば二十三歳になっていたのだ。

 美人で器量も良くて、社交的な十六歳の妹シエンナ。
 それに対して七歳年上の姉であるフェリシアは、パーティーに出席しても、壁の花の令嬢だった。

 だから、ハンサムな事業家オリバー・モンクロフトが、妹を選ぶのも当然だと、彼女自身受け入れてはいた。

 けれど納得と同時に――もう、限界だった。

『すまないなフェリシア、オリバー・モンクロフト殿はシエンナと婚約することになった。お前のために、アルディオ家もせっかく紹介してくれたというのに……』

 妹とオリバーは、たった一日で話に花を咲かせるほど打ち解けていた。

 きっと気が合ったのだろう。お喋りではなかったフェリシアは、彼女こそオリバーの妻に合う女性だと思った。

 そうして――フェリシアの推測通り、彼と婚約したのは妹のほうだった。

『いえ、いいんですお父様。私には、高望みのお方でしたから』

 けれど現実的な納得と、心の整理がつくかどうかは話が別だ。自部への紹介だったのに、ま妹が自分に紹介されたがごとく、オリバーに好奇心たっぷりに目を輝かせて走り寄った光景が、フェリシアの胸をぎしりと軋ませた。

 両親の良いところを受け継いだような美しさを持った、可愛い妹。
 いつでも彼女は人々の注目の的に立っていた。
 その現実を前にして、仕方ないかという気持ちも込み上げた。妹が幸せになったくれるのなら、それでいい。

 けれど結婚ができる年齢になってすぐ彼女が嫁いだのは、少なからずフェリシアはショックではあった。

 事業家のオリバーが、フェリシアにとっては初めて個人的にも話した殿方というせいもあったのかもしれない。

『私は、君のような女性を好ましく思うよ』

 遠慮がちに微笑む彼を、好ましく思った。

 でも挨拶のすぐあとに、妹のシエンナが積極的に走り寄ったのを見て――フェリシアは自分から期待に蓋をした。

 彼に会う前は、両親のためにも、どこかの貴族の家に嫁がなければとは思っていた。

 だが、ようやく紹介を受けたオリバーのことがだめになった時に、結婚なんて無理なのだろうと思えた。

 兄は、しばらく家にいればいいと言ってくれた。

 でもフェリシアは、いずれ結婚する兄のお荷物になりたくなかった。

『お父様とお兄様との仕事で、仕事の暮らしもいいなと思えたのです』
『フェリシア……』
『私、家を出ますね』

 お願いします、させてくださいとフェリシアは頼み込んだ。

 家のことは兄が継ぐので、実家にフェリシアの居場所はない。

 自分で、見つけるしかないのだ。縁談の一つももらえなかった子爵令嬢。けれど仕事をしているとなれば、その印象も変わってくるだろう。

 シエンナとオリバーの結婚式は、大きな事業を成功させている彼らしい立派なものだった。

『姉は二十三歳で、まだ結婚もしていないとか』
『妹はあんなに綺麗なのに姉のほうは地味だから……』
『伯爵家で、しかもかなり稼いでいる事業家だろう。さすがはシエンナだよな』
『こっちの都会では、一番の玉の輿結婚じゃないか?』

 妹の結婚式は予想していた通り、フェリシアには肩身の狭い場だった。

 すべて事実なので、彼女はあくまで始終落ち着いて聞いていた。

 大切な妹の、晴れ姿と門出を見送るのがあくまで今回の自分の目的だったから。

(ああ、シエンナ、とても綺麗だわ)

 確かに対照的な姉妹だったが、それでもフェリシアは、自分がいくところや欲しがるものを欲して真似をするシエンナを、可愛く思っていた。

 大切な妹と何度も比べてしまう生活を予感したら、離れるのが最善だと思えたのだ。

 そう、妹も来られない、遠い場所へ。

 オリバーのことで、愛していた妹に嫌な感情は抱きたくなかった。

 そうしてシエンナの結婚式を見届けたのち、フェリシアは逃げるようにそのまま列車に乗って、隣国のルシェスハウンド王国を目指した。

 結婚の年齢幅も広く、とくに女性が働くことに対して良好的な国でもあった。


 目的は、そこで働くことだ。
 一人でも生きていけるのだと、そう家族に証明するためにもまずは仕事と暮らしを確保する。

 ――はずだったのだけれど、おかしなことになった。

「会いたかったよ僕のジャスミン!」
「いやぁああああああ!?」

 隣国に到着し、長旅だった列車を降りて一息吐いただけだ。

 そうしたら犬の名前を連呼した初対面の美男子に、あろうことか抱き締められている。
 レディとして、この距離感はアウトだ。

「旦那様! それは人間です!」
「違う! 僕の愛犬だ!」

 どこをどう見たら『犬』になるのか。

 けれどフェリシアは、その執事に『旦那様は錯乱中』と聞かされ、そのうえ伯爵様だと知って、とにかく眩暈を覚えるほどの衝撃と疲労感たっぷりの隣国初日を迎えるこになってしまうのだった――。
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