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見渡す限り、周囲一面を低い海が覆っている。どこまでも広がる海岸線に、岩肌や砂地を透明に浮かび上がらせて、穏やかな波がきらきらと波打つ。
ひどく透明度の高い海だ。
ブルー、グリーン、翡翠のような……美しく澄んだすべての青を滲ませるエメラルドの輝きを放ちながら、波の彼方ではっきりとした色彩の青空が眩しく広がっている。
それもまた、目を突く明るさではない。一つの絵画の中にすっぽり紛れ込んでしまったかのように、その光景は美しくもはっきりと輪郭を描いてそこにあった。
これは夢だ。いつしか見る幻だ。
海の匂いがする風は、ゆったりと流れている。時間の感覚がひどく曖昧で、絵の中に収まった自分が、どこまでも同じ景色の中に揺られているような気さえした。
水面を揺らしながら、二頭の水牛がゆっくりと歩いていくのだ。
彼は今、その背にまたがっていた。下から上がる澄んだ水音が、耳に心地いい。
どちらも巨大な水牛だ。広い背中に盛り上がった筋肉が、規則正しく動いて歩む足取りはどっしりと安定している。彼が乗る水牛のやや先を、別の立派な水牛が足元の低い海をキラキラと蹴散らして進んでいて、その背には揺れる男の後ろ姿があった。
これは夢だ、幻だ。
なぜなら、こんなにも安らげる場所を彼は知らなかった。ふと思い出したように夢で見るその風景は、目が覚めると途端に遠く薄れてしまう情景――。
いつものことだ。いつもの夢だ。
けれど彼は、目覚めに近づくと、前方をいく男に「待ってくれ」と声をかけずにいられなかった。どうしてかは分からないけれど、その男が向こう側で浮かべている表情や、彼からの言葉の一つでも欲しくて仕方がない瞬間があるのだ。
今夜も結局は、何も進展のないまま重々しい現実へと引き戻された。
夢から覚めて目を開いてみれば、そこには見慣れた低い天井を背景に、心配そうにこちらを覗きこむ女の顔があった。
「アラタ。うなされていたけど、大丈夫?」
そう問い掛けられたアラタは、重い瞼を二度ほど開閉した。しばらく記憶を手繰り寄せて考え、ようやく自分が置かれている状況を思い出す。
俺はこいつを知っている。経済学部のジャジャ馬で、まあまあ美人だと評判もある安藤ナナカ……そう思い返して、はぁっと呆れたように溜息をこぼした。
「勝手に上がって来るなって、俺は何度も言わなかったか?」
「今は、そんなことを言っている場合でもないでしょう?」
安堵しつつも、ナナカが文句を返した。それでも普段のようなきつい印象の目もせず、のっそりと起き上がるアラタを心配げに見つめていた。
「本当に大丈夫?」
「平気さ」
大学一年生の数ヶ月だけ、恋人関係にあったナナカをちらりと見もせず、アラタはベッドで上体を起こしたまま頭痛を覚える頭に手をやった。
どのくらい時が経っているのか、彼の中ではまだ実感が戻って来ないでいた。
するとナナカが、「まったくもう」と言って立ち上がった。そのまま慣れたようにカーテンを開けると、朝も遅い時刻の強い日差しが窓から差し込んできた。
アラタは、時間の経過感覚を戻そうと辺りに目をやった。壁にかかっているカレンダーが目に留まって、今日から八月のページに変わったのだと気付いた。
ひどく透明度の高い海だ。
ブルー、グリーン、翡翠のような……美しく澄んだすべての青を滲ませるエメラルドの輝きを放ちながら、波の彼方ではっきりとした色彩の青空が眩しく広がっている。
それもまた、目を突く明るさではない。一つの絵画の中にすっぽり紛れ込んでしまったかのように、その光景は美しくもはっきりと輪郭を描いてそこにあった。
これは夢だ。いつしか見る幻だ。
海の匂いがする風は、ゆったりと流れている。時間の感覚がひどく曖昧で、絵の中に収まった自分が、どこまでも同じ景色の中に揺られているような気さえした。
水面を揺らしながら、二頭の水牛がゆっくりと歩いていくのだ。
彼は今、その背にまたがっていた。下から上がる澄んだ水音が、耳に心地いい。
どちらも巨大な水牛だ。広い背中に盛り上がった筋肉が、規則正しく動いて歩む足取りはどっしりと安定している。彼が乗る水牛のやや先を、別の立派な水牛が足元の低い海をキラキラと蹴散らして進んでいて、その背には揺れる男の後ろ姿があった。
これは夢だ、幻だ。
なぜなら、こんなにも安らげる場所を彼は知らなかった。ふと思い出したように夢で見るその風景は、目が覚めると途端に遠く薄れてしまう情景――。
いつものことだ。いつもの夢だ。
けれど彼は、目覚めに近づくと、前方をいく男に「待ってくれ」と声をかけずにいられなかった。どうしてかは分からないけれど、その男が向こう側で浮かべている表情や、彼からの言葉の一つでも欲しくて仕方がない瞬間があるのだ。
今夜も結局は、何も進展のないまま重々しい現実へと引き戻された。
夢から覚めて目を開いてみれば、そこには見慣れた低い天井を背景に、心配そうにこちらを覗きこむ女の顔があった。
「アラタ。うなされていたけど、大丈夫?」
そう問い掛けられたアラタは、重い瞼を二度ほど開閉した。しばらく記憶を手繰り寄せて考え、ようやく自分が置かれている状況を思い出す。
俺はこいつを知っている。経済学部のジャジャ馬で、まあまあ美人だと評判もある安藤ナナカ……そう思い返して、はぁっと呆れたように溜息をこぼした。
「勝手に上がって来るなって、俺は何度も言わなかったか?」
「今は、そんなことを言っている場合でもないでしょう?」
安堵しつつも、ナナカが文句を返した。それでも普段のようなきつい印象の目もせず、のっそりと起き上がるアラタを心配げに見つめていた。
「本当に大丈夫?」
「平気さ」
大学一年生の数ヶ月だけ、恋人関係にあったナナカをちらりと見もせず、アラタはベッドで上体を起こしたまま頭痛を覚える頭に手をやった。
どのくらい時が経っているのか、彼の中ではまだ実感が戻って来ないでいた。
するとナナカが、「まったくもう」と言って立ち上がった。そのまま慣れたようにカーテンを開けると、朝も遅い時刻の強い日差しが窓から差し込んできた。
アラタは、時間の経過感覚を戻そうと辺りに目をやった。壁にかかっているカレンダーが目に留まって、今日から八月のページに変わったのだと気付いた。
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