上 下
29 / 44

(六章)まさかの護衛騎士と 上

しおりを挟む
 コンラッドの方から、挨拶の声がぎこちなく上がった次の瞬間、リリアの体から溢れ出していた放電がピタリと止まる。

 昨日に続いて、まさかそこにいるとは思っていなかった。

 え、なんでまたここにいるの?

 学院に通っているのは十代の男女と、そして講師だけのはずだ。そうぐるぐると考えている間にも、遠くから様子を窺っていた令嬢令息達が、「おぉ」と声を上げた。

「さすが、殿下の護衛騎士様」
「というかさ、あの半妖令嬢の反応……」
「本気で恋しているんじゃ……?」

 周りから、そう疑う囁き声も聞こえてきた。本当に好みの男性なのではないかと、そんな話もチラチラ出始めて、リリアは途端にぶわぁっと頬を染めた。

「えぇと、昨日はごめんなさいっ」

 なんだか無性に恥ずかしくなってきて、見つめ合っているのにいたたまれず、焦ってあわあわと言葉を切り出した。

「あのっ、そもそも『好み』だとかなんとかいうのが誤解なんです。狸のあの子は、実はあやしで、色々と暴走して、勝手に動いちゃったというか」

 口にすればするほど、我ながら言い訳じみて聞こえてくる。

 リリアは、どんどん歩み寄ってくる『騎士様』に耳まで真っ赤にした。慌てて述べている彼女を、フィンが足元から「えぇぇ」と見上げている。

 とうとう、彼が目の前にきてしまった。

 見ればみるほど、小説の表紙や押絵のヒーローを彷彿とさせた。読んでいた際の妄想のまま出てきたような男性で、リリアはもう頭の中がパンク寸前になった。

「わ、わわわ私っ、実在の人物に決して胸焦がしていたわけじゃないんです――っ!」

 パニックになったリリアの口から、とんでもない言葉が言い放たれた。

 瞬間、見守っていた者達が「ん……?」と冷静な面持ちになった。あれ、もしや、と視線を交わし合った彼らの目が、ふと、お供だという狐にいく。

 ぴんっときたフィンが、賢さ全面押しでシュパッと右前足を上げた。

「『れんあいぼん』というやらです!」

 直後、全員の意識がそちらに向いて、別の意味でざわっとなった。

 顔に熱が集まったリリアは、そんなことも聞こえていない。うわああああごめんなさいとなぜか謝る始末で、そんな彼女にひとまず彼は慎重に声をかける。

「その、はい、何かご事情があるんだろうなというのは、分かっていますから。だから少し落ち着きましょう。ね?」

 この騎士様、めちゃくちゃいい人……。

 顔良し性格良し。近くで見ると、しっかり鍛えられていて筋肉もある。リリアは、つい余計なキュンポイントまでガッツリ見て、気付けば差し出されていた手を取っていた。

 案外素直だ。そう言わんばかりに、彼が続いてにこっと笑う。

「少し場所を移動しましょうか」
「は、はい」

 それでいて、スマートに気を利かして助けてくれるところも、また素敵な騎士だ。

 リリアは手を引かれるまま、フィンと共にその場を後にした。


 向かったのは、近くにあった中庭の一角だった。学院の本建物の外廊下に沿っていて、背の高い緑で遮られている。

 授業の合間の、ちょっとした休憩時間によく利用する場所だ。

「こうしてお話しするのは初めてですね。僕は、第二王子殿下、サイラス様の護衛騎士コンラッドと申します」

 お互い、ベンチの端と端に腰掛けたところで名乗られた。

 やはりサイラスの騎士であったらしい。そうすると、こちらの存在は前から知っていたのだろう。リリアはそう考えながら、遅れて簡単に自己紹介を返した。

 狐のフィンが、近くに座って見守っている。

 リリアが名乗った後、コンラッドは追って何も言ってこなかった。でも、それは気遣っているのであって、本当は説明を求められているのだろうというのを、リリアは彼の視線に感じた。

「あの、実は――」

 騒がせた反省を抱いていたので、俯くと、ぼそぼそと事実を打ち明けた。

 化け狸との経緯では、サイラスも最後は関わったと知って、少し目を丸くされた。しかし昨日の一件については、なんとなく察していたようだ。

 リリが密かに楽しんでいる読書趣味について、コンラッドは驚きを見せなかった。恥ずかしいのなら自分の胸に留めておこう、とまで約束してくれた。

「バカ王子とは大違いだわ……」

 つい、リリアは優しさに感動して言った。

「あの、殿下も笑ったりしないと思うのですが……嗜みとしては、一般的かと」
「ううん、絶対にバカにして笑うに違いないわっ」

 女の子らしいところを可愛い、なんて思われることも想定せず、リリアはそう言ってのけた。フィンが欠伸を一つもらしたところで、ふと思い出す。

「そういえば、騎士様は『アグスティーナ』というお名前の令嬢をご存知ですか?」

 あの令嬢達が、はじめ口にしていた名前だ。それでいて去り際、あのリーダーらしい美少女が、その本人であるらしいと気付いた。

「『騎士様』って……どうぞ『コンラッド』とお呼びください」

 やや肩を落としたコンラッドが、気を取り直すように顎に手をあてて考える。

「僕がくる直前まで、話していたんですよね。確か、教えてくれた生徒が、そう口にしていましたから」

 話していたというか、一方的に色々嫌味を言われただけの気がするけれど……。

 そんなリリアの心境を察知したのか、コンラッドが「うっ」と思案の言葉も詰まらせて、深刻そうな顔をした。

「もしかして、何か言われました……?」
「あ、いえ、別に。そこまでたいしたことは、何も」
「言い方に棘がありますね……。実はアグスティーナ嬢は、ここ数年、殿下のお相手の候補として、高く支持を受けている公爵令嬢なのです」

 なるほど、それで『あなたは相応しくない』などと言われるわけか。

 敵意をいっぱい向けられたのは、そのためであったらしい。確かに、思い返してみると美しさと教養に溢れ、正当な婚約者候補と言われても全く違和感はない。

「うん。王宮でがんがんやっていけそうな、腹黒さを感じたわ」

 リリアは、そこで納得した。フィンが「確かに―」と、呑気な相槌を打った。

 そこで納得されてしまうと複雑だ。しばし黙り込んだコンラッドが、控えめながら咳払いをして述べる。

「お嬢様もご存知かと思いますが、殿下は生まれながら強い魔力を持っておられました。そのため、近付ける者もほとんどいませんでした」
「魔力にあてられて、耐性がない人間だと失神してしまうんでしょう?」
「そうです。しかしここ最近は、ある程度は抑えられるまでになっています」
「えっ、そうなの?」
「はい。滅多に失神級の魔力酔いは起こしません。そのことも要因していますが、アグスティーナ嬢は魔法使いも輩出している家系の娘で、どの令嬢よりも耐性があるのです」

 家柄もよく、教養もある。

 そう続く説明を聞きながら、リリアはふと気付く。

「ああ。それで『彼女こそ相応しい人』とでも言われているわけね」

 これまでの社交でも、着実に支持と支援をもらいながら、貴族の妻として相応しい下積みまで行っている令嬢。

 そんな相手に、そもそも対抗されるような立場ではない。

 はじめから恋愛やら結婚に関して、リリアには勝ち目がないのだ。

 ――田舎貴族だけれど伯爵令嬢。しかし、リリアは〝半分人外〟である。

「私、結婚なんてしないのにね」

 ぽつりとリリアの呟きが落とされた時、フィンがぎょっと目を向けた。

「この婚約も、ただの政治的な理由でされているだけで。……あと数ヶ月後には、みんな気付くんだわ。誰にも望まれていない子なんだって」

 言葉を出したリリアは、一緒にぽろぽろと涙までこぼしてしまっていた。

 かなり意外だったようだ。フィンだけでなく、コンラッドも大変驚いた様子で、半ば腰を上げる。

「ど、どうしたんですか? なぜ泣くんですか」

 慌てたようにハンカチで、頬に伝う涙を拭われる。

 どうして、こんなところで泣いてしまったのか分からない。でも、実感して、それを言葉に出してしまった途端に、昔からの涙腺の弱さが出てしまったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

結婚式の日取りに変更はありません。

ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。 私の専属侍女、リース。 2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。 色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。 2023/03/13 番外編追加

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

男装の公爵令嬢ドレスを着る

おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。 双子の兄も父親の騎士団に所属した。 そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。 男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。 けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。 「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」 「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」 父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。 すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。 ※暴力的描写もたまに出ます。

処理中です...