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(六章)リリアと王子 上

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 最悪だ。あの場にいた全員に、自分が恋愛小説で激推しのタイプが知られてしまった。

「もうっ、なんでこんなことになるのよ――――っ!」

 飛んで屋敷まで一直線に帰ったリリアは、自室のベッドに顔を埋めて、反省(?)中だった。あんな動揺なんて、これまで見せたことないのに、一生の不覚だ。

 そのそばで、引き寄せた椅子に腰掛けて、アサギが相手をしている。

「唐突な発言だったようですし、小説の好みのヒーローである、と正確に知られたわけでもないかと」
「いたたたたっ、痛いですアサギ様!」

 はぁ、と溜息を吐くアサギは、その膝の上に狸姿のカマルを乗せて、無駄に伸びるほっぺたをぎゅうぎゅうにつまんで引っ張っていた。

「そもそも、あなたは、なんでまた本来の狸の姿で行ったんです? そのせいで、余計に目立ったんですよ」
「人間に化けるのを忘れてて」
「バカですね」
「痛い痛い!」

 ぎゃあぎゃあカマルが騒ぐ。

 リリアは、ベッドに顔を押し付けたまま、くぐもった呻きを上げた。

「もう学院に顔を出せない……絶対後ろ指を差される……」

 しかも、あの場所にはサイラスもいた。

 もう最悪である。あとで、結構お前も乙女ちっくな夢を見るんだな、フッ――なぁんて笑われたら、どうしよう。

「うぅ、カマルってば、余計なことしてくれちゃって……」
「俺、何かしました?」
「したわよ!」
「いてっ」

 恋成就の幸福いっぱいの彼にイラッとして、リリアはその頭に手刀を落とした。

 ――でも、ほんと、妄想していた『騎士様』だったのは、認める。

 くそぉ、とリリアは複雑な胸中だった。あの騎士服の所属紋、そして後ろにサイラスもいたことから、彼の騎士であるのは間違いない。

 社交の場では見掛けなかったけど、別行動だったのかしら?

 それとも、自分が気付かなかっただけなのか。

 お見合いの時には見掛けなかったから、そのあとに付いた騎士であるとは推測できるけれど。

「つまり、『先に知っていたら、福眼だったのにチクショー』と思うくらいに、まさに小説の挿絵から出てきたような『ヒーロー騎士』だったわけですね」

 カマルを離したアサギに、ズバッと言われてリリアは返答に窮した。

「べ、別に、結婚したいだとか、そんなことは思ってないわよ」

 大切なことだと思って、リリアは咳払いしたのち、ベッドの上で正座してそう言った。

「ただの憧れなの。こんな小説のヒーローなんて、いるのかしらって思っていたから」
「実在しているのを見られて良かったじゃないですか。案外、ああいう本って、実在している人物を見て、ネタにされて書かれた可能性もありますよね」
「うん、そうかもしれないわね。私、尊敬してるわ」

 一人、部屋の中にいてもワクワクさせてくる。そんな素敵な作品を書いて、それをこうしてここで読むことができて、リリアは読める幸せを噛み締めている。

 床に降りたカマルが、ちょっと毛並みが乱れた頭を直しながら、リリアを見上げた。

「じゃあ、俺、姫様には新作の『れんあいしょうせつ』?とやらを、プレゼントした方が良かったですかね」
「言い方があやしいですが、間違ってはいません」
「カマル、メイちゃんにも聞いてみたら、教えてくれると思うわ……」
「そっか! 俺、じゃあそろそろ行きますね!」

 悪いやつではないのだ。一生懸命ただし、真っすぐだし、純粋だし……ちょっとそのへんで、考え方にズレがあるだけで。

 それに本日は、彼にとってめでたい入籍日だ。

 リリアが諦め気味に伝えれば、カマルが満面の笑みを浮かべた。ぴょんっと窓枠に飛び乗ると、そのまま「よいしょ」と妖怪国へと続く〝入り口〟を開いて、飛び込んでいった。

 そのまま、静かに〝入り口〟が閉じていく。

「それで学院での一件ですが」

 見送ったアサギが、視線をリリアへと戻して言った。

「嫌なら、行かなければよろしいではないですか。もう姫様は基礎も修了されていますし、あと数ヶ月分。それくらいなら、ウチでも勉強はできますよ?」
「それは私が負けた感じがして、プライドが許せないから、無理」

 負けてやらねぇと決めたのは、今朝の今日だ。

 久しぶりの学院の出席で、じろじろと見れ、ひそひそと言われた。それだけで効果があってダメージを受けて来なくなったらしい、なんて言われるのを想像すると許せない。

 リリアは、ベッドの上でがばっと立ち上がると、手に拳を作った。

「私っ、明日の授業分も頑張るわ!」

 そして感情の揺れで雷撃が出ないよう、ばっちりコントロールしていくのだ。サイラスを見返すくらいの、立派な大妖狐になるために!

 それを見たアサギが、はいはいと言って立ち上がる。

「ちょっと心配なので、明日学院に行かれる際には、〝里〟からお供狐を一匹派遣しますね」

             ※※※

 ――リリアが、騒いでいたその一方。

 学院からの帰りの馬車内で、コンラッドは大変困っていた。

 胃がギリギリする。それもこれも、学院で遭遇した一騒ぎのせいである。

 あのあと、周りから色々と質問も飛んで、サイラスは不機嫌だった。だんまりを決め込まれている車内の空気が、とても重い。

「なぜ、こんなことに……」

 そのまま視察の用事があったので、学院まで迎えにいった。合流して、手配していた馬車へ向かっていたところ、唐突に一匹の丸々っとした〝狸〟が飛び出してきたのだ。

 ――正直、なんだ、これ、と咄嗟の反応もできなかった。

 大都会で見掛けないはずの狸。わーい、と警戒心もなく真っ直ぐ飛んでくる、野生失格のキラキラと輝くつぶらな瞳をした、狸。いいもの食べているんだろうなと思わせる、もっふもふな丸い体……。

 動物に懐かれた記憶もなくて、どう対応していいのが分からなかった。

『兄さん。こっちですぜ!』
『えっ、狸が喋った!?』
『いいからいいから!』

 そう言って、調子のいい狸に、ぐいぐい引っ張られた。

 ――狸は『いいから』と言っていたけれど、全然よくなかった。

 引っ張り出された先にいたのは、第二王子の婚約者である、半妖の伯爵令嬢リリア・レイドだった。

 なぜ、僕は例の婚約者に紹介されているのだろうか。

 コンラッドは、全く意味が分からなかった。

 混乱して考えていると、唐突に狸が、好みの異性のタイプなのだかとかなんとか、元気いっぱい大きな声で言い出して、いや頼むからやめてくれと思った。

 遠くからチラリと顔を見たことはあったが、あんな正面からリリア・レイドの姿とお顔を見たのは、はじめてだった。

 真っ赤になった顔が、大変愛らしい令嬢だった。噂で散々「傲慢っぽい」だとか、「冷たい」だとか聞いていたけれど、近くで見る限り、そういったことは感じなくて。

 あ、これ、殿下と同じツンタイプなのでは、と正直思ったりもした。

 つまりプライドが高い。でもサイラスを見慣れているコンラッドからすると、リリアの方はかなり素直そうで、感情が直結しているような頭の狐耳もあって、愛らしさを覚えた。

 将来、彼女の護衛もできるのなら、喜んで引き受けるだろう。

 ――まだまだ、行き先は不穏であるけれど。

「あの、殿下……その、なんだかすみません」

 コンラッドは、続く沈黙にいたたまれなくて声を出した。

「えぇと、彼女があれですよね。僕に剣と魔法の教えをお願いしてきた時に言っていた、レイド伯爵家の令嬢で、ご婚約者様」

 護衛騎士という立場もあって、社交の場から遠目では何度か拝見している。でも、そのうえでの台詞を言ったら、ますます機嫌を悪化させそうでコンラッドは口を慎んだ。
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