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三章 半妖令嬢と王都と学院

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 第二王子、サイラスと最悪な初対面を果たして一年が経った。

 リリアは、彼と会うことがないまま十三歳になった。その間に、サイラスはめきめきと魔法力を磨き、誕生日と同時に最強の魔法使いの名を得ていた。

「……なーにが『最強の魔法使い』よ。まだ魔力酔いを起こさせる未熟者のくせに」

 久々にその名を新聞で見た時、リリアは気分が悪くなって愚痴った。学院デビューだというのに、嫌な前触れだと思った。

 あれからちょうど一年、令嬢として、王宮の近くにある学院に通うことになった。

 高度教育が受けられる三年制の学院に、今期、勉強に集まった令息令嬢は約百五十人。その中でリリアは、サイラスと二回目の対面を果たした。

 もちろん、すぐに目をそらして言葉など交わさなかった。

 ――サイラスの一件で、結婚なぞクソくらえと闘志に火が付いていた。

 この一年、リリアは学院に入るためだけに猛烈に勉強に打ち込んだ。領地からはかなり遠い距離だが、空を飛べば一時間もかからない。

「私、どうせなら領主になるわ。この婚約が終わったら、父様の手伝いをがんがんする。後継者として領地経営に励んで、ゆくゆくは伯爵になるの!」

 嫁ぐか家を継ぐかと言われれば、数少ない女領主になってやろうではないか。

 学院があるのは王都の大都会だ。そんなところへなど通いたくなかったが、将来父の仕事を手伝うには必要だったから、通う決意をしたのである。

 それから学院生として、週に数回、希望する科目の授業を受ける日々が始まった。

 狐の耳も隠さなかったし、髪だって他の令嬢達みたく飾ったりしなかった。一人だけ存在が浮いていたが、つんっとして平気で過ごした。

 それに合わせて、リリアはこれまで断っていた社交デビューも果たした。父ツヴァイツァーの少ない社交に付き合い、パーティーや茶会の出席についていった。

 今後は、婚約者として最低限のパートナー出席は求められる。

 エスコートされる義務はないし、一緒に待ち合わせての会場入りもしなくていい。ただ、同じ場所へ、招待された婚約者の一人として足を運ぶ。

 だが、敵地を知るためには必要なことだった。

 ――私は、逃げたりなんかしない。

「リリア、本当に大丈夫かい?」
「ええ、平気よ。父様、見ててちょうだい。私は誰にも負けないわ!」

 ツヴァイツァーは娘を心配したが、リリアは闘う気満々だった。

 十二歳で大泣きしたことはリリアの失態だった。大妖怪の母、そして伯爵の父が誇る娘として、誰にも負けてやらないと改めて強く決意したのだ。

 人間界に滅多に来られない母に、いつか胸を張ってこう自慢してやるつもりだった。

『おーっほほほほ! 人間なんて、私の敵じゃなかったわ!』

 ……みてろよ、あんのクソ王子め。

 婚約の期日は、リリアが十六歳を迎えるまでだ。彼女は、誕生日を迎えたら即、サイラスに恥をかかせつつの、婚約破棄を叩き付けてやるつもりでいた。

 獣耳付きで、しかも時々空を飛んでいる姿も目撃されているリリアは、滅多に顔を出さない第二王子の婚約者としても注目を集めた。

 それでも毅然とし、ツヴァイツァーの娘として立派に振る舞った。

 そして何度目かの社交の場で、サイラスと遭遇し、ようやく彼と言葉を交わすことになった。

 この婚約は、リリアを守るため、ツヴァイツァーが国王と結んだ〝契約〟である。それと同時にサイラスにとっても、王族としての習慣を守るために必要なものだ。

 婚約者として言葉を交わさなければならない状況だった。だから二人は、初対面の頃より一年分の成長を見せて、冷やかな表情ながら対面を守って社交辞令をした。

 ――のだが、かなり辛辣な言葉のやりとりだった。

「殿下が来ているだなんて、存じ上げませんでしたわ」
「奇遇だな、俺もだ。先に参加者名簿に目を通していてもよさそうだが、無能ならその執事を連れる意味はないと思うがな」
「彼は、わたくしの教育係です。うっかり電撃を放ってしまう前に、失礼致しますわね」

 それは、周りで聞いていた者たちを凍り付かせるほどだった。

 二人の仲の悪さは、数回の顔合わせを経て知れ渡った。

 社交界へ出席する時、彼女のそばには必ずアサギが付いていた。
 リリアが一度も婚約者にエスコートされず、常に執事を連れていたのも、社交界で第二王子との不仲説の原因に一役買った。

 ずっとそばにいられないツヴァイツァーの代わりに、教育係のアサギが面倒をみる。そして時には、必要になった際の臨時エスコート役も引き受けた。

 ――レイド伯爵家の執事は、あやかしである。

 見合いの一件で知られたことで、獣耳付きのリリアとセットになったその姿を、多くの人がチラ見した。

 どうせ、ただいるだけでも見られてしまうのだ。

 リリアは、自分の将来のために勉強に励み、売られた喧嘩は全部買って言い負かした。一年も経つ頃には、ツヴァイツァーが心配に思わないほどたくましい令嬢になっていた。

 しかしその翌年、十五歳になって事情は変わってくる。

 リリアは、婚約者という立場が、どれほど面倒臭いのか悩まされることになった。


「……『あなたは妻に相応しくない』って……わざわざ手紙を入れられてもね」

 学院で、いつもの一番後ろの席に座ったら文句の手紙が。外を歩けばひそひそ話をされ、令嬢達が強気で嫌味ったらしく言ってくるようになった。

 結婚を強く意識する令嬢が増えたせいで、とばっちりが、かなりウザい。

 十五歳をこえても、サイラスとの関係が凍えているのを知っての上だろう。チャンスとばかりに蹴落としに出られている感じがした。

 リリアとサイラスの婚約は、宰相のハイゼン達など一部の人間にしか知らされていない仮のものだ。

 十六歳になれば、簡単に解消できるよう婚約が交わされている。

 もしくは、魔力酔いを起こすために触れさせられず、令嬢をエスコートできないでいるサイラスの症状が落ち着き、妻にする令嬢を決め次第に解消の運びとなる。

 でも令嬢達は、政略結婚としてリリアが第二王子サイラスと結婚する、と信じているのだ。


 ――妖怪国と繋がりを保つために、と。

             ※※※

「んなことあるわけないじゃん、バカじゃないの?」

 十五歳と数ヶ月、リリアの苛々はマックスだった。令嬢達が聞こえるようにこそこそ話していたその内容を思い返すと、腹立たしい。

「妖怪国との繋がりをたもつだの、強化するだの、私一人でそんな変化を与えられるはずがないじゃない。ちっくしょー嫌だけど婚約者なの!」
「姫様、もう少し声を抑えましょうね。令嬢の仮面がはがれちゃってますんで」

 今日は、王宮で第一王子の婚約祝いが開催されていた。

 その会場で、若葉色の外向けドレスで身を包んだリリアは、壁際でしゃがみ込んで不貞腐れていた。不機嫌な顰め面も、以前より美しさに磨きがかかっている。

 父が社交をしている間、自由行動を取っていた。自分からガンガンあしらっていく、というのもすっかり面倒臭くなって不参加だ。

 そんな彼女の隣には、同じようにアサギが壁に背をあてて品なくしゃがんでいた。時々、目の前のテーブルの間を通り過ぎていく王宮の使用人に、へらりと笑いかけてフォローを入れる。

「あ、大丈夫です。気にしないでくださーい」

 参加者達も、テーブルの向こうに隠れている二人を見掛けるたび、リリアの不穏な空気にも気付いて素早く見なかった振りをしていた。

 アサギは、何人目かの給仕に「ドリンクは不要です」と仕草で伝えると、投げ出している腕を少し持ち上げてリリアに言った。

「でも、しょうがないじゃないですか。いちおう姫様は書面上、彼とは婚約者同士ってことになっているんですから」

 確かにそうだ。

 しかし、リリアには、その事実とは別で思うところがあるのである。
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