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(10)告白
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見知らぬ送り主から、その手紙の返事が届いたのは、八月上旬のことだった。
その間、最終選考に残った作品の読み込みと、随筆の仕事が立て続けにあり、柳生はそれまで手紙の件を思い出す暇がなかった。もう既に終わったことだと思っていたから、一週間ほどで古い記憶の一つになってしまっていたせいでもある。
何かと忙しくて、考える余裕がなかったからでもあった。ヨーロッパに出向いていた苅谷が帰国した際には、海辺でバーベキューという運びになったし、別の出版社の雑誌で天体観察について執筆するための取材に出掛けたりと、ほとんど物想いに耽る時間もない日々が続いていたせいだろう。
勿論、その間も毎度のように、岡村という存在が絡んでもいた。あいつ、本当は暇であるに違いない、と確信めいた苛立ちを覚えたほどである。
ひどく忙しかったというのに、岡村は都合など関係なく毎日電話を寄越してきて、柳生の行く先々に現れ、ある時はケーキや珈琲を持って家を訪ねてきた。柳生は後少しのところで己の冷静さを見失い、彼の上司等に「あいつを忙しくさせてくれ」と直談判するところだった。
手紙が届いたその日は、雲一つないよく晴れた夏空が広がっていた。
徹夜でエッセイを書いていた柳生は、そのまま夜を明かしてしまい、朝一番に、明るくなり始めた空に薄れゆく星の輝きをしばし眺めて「ああ、夜が明けてしまったのだな」と呟いた。
窓を開けると、しっとりと湿った風が肌に絡みついた。仕事を終えた達成感もあって、穏やかな朝であると感じていた時、マナーモードに設定していた携帯電話が、着信を知らせる画面表示と共に書斎机の上で大袈裟に震えた。
柳生は徹夜明けの坐った目で、書斎机の脇に置かれた己の携帯電話を覗きこんで、たっぷり十数秒ほど眺めることになった。そこに表示されていた名前は『岡村』である。
あいつに携帯電話の番号を教えたのは誰だと、回転の鈍くなった頭で真っ先にそう考えた。こんな時間に電話連絡というのも礼極まりない。そして、先月からほぼ毎日、岡村と連絡を取り合っているという事実が恨めしかった。
いや、しかし奴も大人である。緊急の連絡だったら困るだろう。数日前に渡した別件の食事処の随筆の件も脳裏に浮かび、柳生は電話に出た。
「柳生だが。こんな時間に一体なんの用だ?」
「あぇ? う~ん…………まちがえた…………………」
岡村の眠たげな声が「むにゃむにゃ」と電話越しに続いたかと思うと、続いてプツリと通信が途切れた。
しばし柳生は「ツーツーツー」と鳴る携帯電話を見下ろし、ゆっくり頭の中で現状を思い返した。つまり、あの男はあろうことか、寝ぼけて間違え電話を掛けてきたのだろう。
途端に彼は「この野郎!」と携帯電話を床に叩きつけていた。防水タイプで頑丈なボディを持った携帯電話は、そのまま床をバウンドして柳生の脛をしたたかに打ち、言葉にならない激しい痛みに襲われて一人で悶絶した。
一睡もしていない状態だったので、その痛みだけで彼の脳が完全に覚醒することはなかった。じんじんと続く鈍い痛みと、辛い眠気が思考の半分以上を占めていた。
空気の入れ替えのために冷房を止めて窓を開け、冷水を飲んでも瞼は重いままだったし、浅い苛立ちで気分は最悪だった。
新聞を読んで、一通りニュース番組を見たら寝よう。
柳生はこの時まで、そう考えていた。それが最善の方法のように思えたし、心身共に受けたダメージのままでは、快適な睡眠なんて取れそうにもない。
とはいえ、いつもなら新聞を先に読むのだが、徹夜明けの胃袋が途端に猛烈な空腹を訴えてきたので、柳生は朝食としてトーストとベーコンと卵を焼いて食卓についた。
すると食事によって眠気が飛んでしまい、身体が薄らと汗ばんでいて、身体中に強いニコチン臭も染み込んでいるのを自覚した。たまらず我慢出来なくなり、そのままシャワーを浴びに向かった。
ニュース番組をゆっくりと見ることができたのは、すっかり昼のような日差しが照り出した頃だった。室内の冷房を稼働させて、ソファでしばし寛いでいると、次第に心地良い眠気が込み上げてきた。
そういえば新聞を読んでいなかったと思い出したのは、意識を没する直前のことだった。午前十時前後から始まる、やけに明るい調子の総合情報番組が始まる賑やかな声とスタート音楽で目が覚めた。
ようやくそこで、柳生は重い足を引きずって新聞を取りに向かった。玄関でスリッパを履き換えていると、扉越しにバイクが停まる音と、郵便ポストに郵便物が届けられる気配を感じた。
外に出て確認してみると、押し込められた新聞の上に、厚みのある茶封筒が一緒に挟みこまれていた。それを引っ張り出し、見知らぬ送り主の名に首を傾げつつ、玄関に引き返した。
宛先名には、ハッキリと『柳生静様』とあった。字は丁寧で美しく、口の細いボールペンでバランス良く書かれている。
柳生はリビングに向かいながら、茶封筒の裏表をしげしげと眺めた。テーブルに新聞を置いて、立ったまま無造作に封筒の口を破り開けると、数十枚にも及ぶ便箋が出てきて、彼はその冒頭を目に留め「あッ」と声を上げた。
――『奥様と娘様であると偽ったこと、誠に申し訳ございませんでした。』
手紙の文章はそう始まっていた。封筒に記載されている字と同じで、丁寧で美しく癖はなかった。
――『亡くなってしまった人を私が騙るなど、決して許されないことでしょう。
許して欲しいという、都合の良いことは望んでおりません。ただ、あなた様に謝罪と、少し長くはなってしまいますが、私の話を聞いて欲しいと思い、こうして手紙をしたためさせて頂きました。』
柳生は、膝から力が抜けるままソファに腰を落とした。
それは謝罪から始まる、長い長い告白の手紙だった。
◆◆◆
私は1970年代に山形県で生まれました。父も山形の人間で、大きな農家の次男坊でしたが、山形で旅館を経営している母のもとへ婿養子として嫁ぎ、母方の姓を名乗っています。
私は末の子でしたので、兄弟の誰よりも自由な暮らしを送っていました。旅館を手伝った記憶はほとんどなく、父の実家である大きな農園によく遊びに行って、ちょっとした手伝いだけで果物を食べたり、日常生活を満喫していたと思います。
私は隣の県の大学へと進み、そのままそちらで就職もしましたが、長男と次男は地元に残り、現在は共同で両親の旅館を経営しております。
人並みに女性との付き合いはありましたが、私は誰よりも振られる数の多い男でした。自分で述べるのも情けない話なのですが、異性の友人や同僚から言わせると、私はどうも『男らしくない人間』なのだそうです。
最近は、草食男子という言葉もありますが、それは若い男だから幾分か許される言葉であって、結婚を意識する年齢の男には、求められないとのことでした。
私は先に語ったように、不自由なく生きてきました。大多数の男達が持つような競争心といったことが苦手で、昔から本を読み、一人で気ままな散歩をすることが好きな子供でした。特に読書は、今でも好奇心や感情を満たす最高の楽しみです。
大学を卒業してから、ずっと一つの会社に勤めております。特に男であれば、必ず高い目標を持たされましたし、営業成績といった社内の制度に慣れることも大変苦労致しました。
時間に余裕が持てるようになったのは、三十を過ぎた頃です。書店へ通って本を購入し、暇さえあれば読み耽る毎日は、これまでの頑張りがあったからこそです。ゆっくりできる時間に貪るように読み耽る本や文学誌は、私の最大の娯楽です。
私が彼女と初めて出会ったのも、ほとんど毎日通っていた書店でした。購入しなくとも、ついつい立ち寄ってしまうほど品揃えも素晴らしい本屋でしたし、おかげで自然と店員や店長の顔も覚えてしまいました。
購入する本の数も多かったものですから、良いお客として店長には好かれていたようです。彼は確かに愛想が良く、新刊本の入荷予定を楽しげに語る男でもありました。
恐らくは、本に対して私と同じ情熱を持った人だったのでしょう。レジ先であれだけ話せる相手というのを、私は生まれてこのかた出会ったことがありません。
初めて彼女を見た時は、――こういっては失礼かもしれませんが、若いアルバイトが多い中で、珍しく上の年齢層だなあと思いました。
レジの打ち方もひどく不器用で、どうも雑務に慣れていないような印象を受けました。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」が上手く言えなくて、けれど、それでも必死にやろうとする姿勢に好感を覚えました。
彼女は新しい環境と人間に対して、見知りをしていましたが、しばらくもしないうちに、人柄の良さが客に好かれていったのです。
年上の彼女のことが、好きであることに気付いたのは、出会った年の秋のことでした。書店に足を運んだ際に、ふっとそれに気付かされて、つい勢いで食事に誘ってしまったのですが、断られた時は、顔から火が出るほど恥ずかしかったです。
その時は仲の良い「書店員」と「常連客」でしたから、その関係を壊したくなかったというのも本音でした。告白しておきながら、僕が思わず「忘れて下さい」と言うと、彼女は余計に困ったように微笑みました。
「おばさんなんかを誘っても、あまり得はないし、利口とも言えないわ」
そう言って、彼女は心配げに私を窘めたのです。
「あなた、結婚の経験はおあり? 私は約十八年も寄り添った人がいました。あなたは、こんなにもお若いけれど、私はすっかりくたびれたおばさんでしょう? 中学二年生の娘もいますから」
私は、しばらく女性とは縁がない日々を過ごしていましたから、まずは彼女の教えを素直に受け止めて、恋と錯覚してしまっているのかなとじっくり考えてみました。
けれど、それは思い違いではなかったのですね。自分自身びっくりするほど、彼女への想いは、日に日に増すばかりだったのです。
町中で彼女と偶然居合わせて、それからようやく友達からのスタートを切りました。晴れて恋人同士になったのは、翌年の春先のことです。
彼女の娘は、真っ直ぐ相手を見る少女で、顔を合わせた時は少なからず緊張してしまいました。あの子はしばらく私を観察し、そしてニッと笑ったのです。
「いいんじゃない? それに、お母さんが決めたことだもの。私は反対しないよ」
恋人としての短い時間を二人で、そして祭りや映画といったイベントには、自然と三人で参加しました。
娘さんには友達も多くありましたから、たとえば祭りの場合だと会場まで一緒に行き、少しすると二手に別れてそれぞれで過ごし、帰りには合流してドライブがてら帰宅という感じだったのです。
その年の夏の終わり、私達は籍を入れて夫婦となりました。
私の一軒家を二人は気に入ってくれて、私が暇がてら手入れをしている庭先が、特に彼女達のお気に入りのようでした。小さな畑の野菜の世話と収穫を喜び、娘さんも進んで土を触っていました。
娘さんは、将来は農家の主人の嫁になるのだと、私によくそう言っていました。大自然に囲まれて暮らし、自分で作った果物を、毎日飽きずに食べられるような生活が夢なのだそうです。
その為に、学業の傍ら農業について勉強している、という彼女の告白には驚かされました。当時、娘さんはまだ中学三年生でしたから、穏やかな田舎で静かな暮らしを送りたいという夢は、若い女の子が思い描く夢とは思えなかったのです。
けれど母親であるアキコさんは、娘さんの夢に好意的で「あなたが嫁いだら、私は大きな白い犬を飼うわ」と語っていました。娘さんは小さな犬を希望しておりましたから、意見の相違から、すぐに犬を飼うという選択は見送られていました。
私の家には多くの本がありましたが、彼女達と一緒に暮らしてからは、部屋の片隅やタンスの上など、あらゆる所に本が積み上げられるという状況は改善されました。
夜中の空いた時間を読書にあてている私は、すっかり読みこんでしまうと、ついつい積み上げた本や、ひっぱり出したままの本の片付けを忘れてしまいがちなのですが、彼女はいつも手早く整頓したのです。
本の扱いには手慣れているようでした。さすが書店に勤めていただけはあるなぁ、と私は思っていました。
彼女はこれまで「バツイチのおばさん」とは言いましたが、前夫とのことについては全く口にしませんでし、私は今の彼女を心底愛していましたから、あえて尋ねませんでした。だからこの時は、まさか私生活で培った整理整頓能力だとは知らなかったのです。
時々、娘さんの方が思い出したように、過去について口にしましたが「あれは食べたことがある」「あそこへは行ったことがある」「小学生当時に見ていたアニメ」など、簡潔された自己の経験談くらいなもので、前の父親と比べる発言はしたこともありませんでした。
私は家族共々認める読書家ですが、一番に尊敬している作家がいます。あたりかまわず読みまくっているイメージを持たれますし、現に彼女も娘さんも「どの作家が好きなの?」と尋ねるのではなく、「ノージャンルの活字中毒」と私のことを表現しましたが、私はずっと一人だけ、特別に追っている作者様がいるのです。
確かに、好きな作家はたくさんいます。ミステリー、恋愛、ファンタジー、怪奇など、各ジャンルに何人もの素晴らしい作家がおりますから、私の書斎机に一番近い本棚は、彼らの特等席でした。
面白かった本は自然とその棚に集まり、熱がようやく冷めると、新しい本と取って替わります。しかし、どんなに年月が過ぎて古くなろうとも、その本棚から決して抜けてはならない作家が一人だけいたのです。
彼の名前は、柳生林山(やぎゅうりんざん)――私が敬愛する大作家です。
彼のデビュー作『砂漠の花』は、読書に対する私の概念をすっかり変えてしまった作品でした。その世界感に繋がる物語『紅の雨が乾ききる丘』は最高傑作とまでいわれ、現在もその人気は絶えません。
イベント会場にいち早く並んで得られたサインは、その二冊の書籍にしっかり残されていて、今でも私の大切な宝物です。
連載誌はすべて取ってありましたし、ちょっとした寄稿が載ったものやインタビュー記事が載った雑誌も、特等席の本棚に大切に保管してありました。何度読み返しても飽きません。
彼女は、古い雑誌がぎっしりと詰められた本棚には感心しないようでしたが、私が定期的にきちんと埃を払っていることには評価してくれていたようで、一度だけ「片付けたら?」とは言いましたが、それ以降は何も言いませんでした。
私は、作家の柳生林山に惚れこんでいましたが、最近は、彼の最新刊が出ないことを心配していました。インターネットを駆使して情報を探って見たのですが、次期連載雑誌もどうやらないようでした。
随筆やコラムなどは続いていたので、ありがたく購読していたのですが、文学作品の話題はふっつり途切れてしまっていました。
彼女と出会い、結婚生活をスタートしたばかりの頃は、何もかもが新しくて忙しい日々でしたから、私の好奇心や欲求は少し息を潜めていたのだろうと思います。
そういえば最後に彼の新刊を読んだのは、ずっと前だと自覚してしまってからは、なんだかそわそわしたり、今日も進展なしかと一人落胆したり、気だるい眠気を覚えつつソファの上で過ごしたりしてしまいました。
季節はそうしている間にも移ろい、娘さんは高校受験を迎えて無事に進学しました。私は管理職に落ち着いていたので、妻と過ごす時間が多くなりました。
それは、娘さんが高校一年生になった、ある日の夕暮れのことです。
夕食時間に帰って来る娘さんの帰宅と、夕飯の仕上がりをリビングのソファで待ちつつ古雑誌を読んでいた私が、たまらず「書かないなぁ」と呟いたところで、妻がどうしたのと尋ねてきました。
料理の準備に忙しい彼女に相談するのは、申し訳なくも思いましたが、自分には敬愛する作家がいること、新しい作品が読みたくてたまらないのだが、連載もなく書き下ろしの一つもまだ出ていないのだ、と私は初めて溢れる想いと共に伝えました。
彼女は沸騰する鍋の具合を耳で計りながら、黙って私の話を聞いていました。私がすべて話し終えると「なんだ、そんなこと」と溜息混じりに言い、キッチンに戻るために立ち上がりました。
「あの人は幸せな家庭だとか、そういった経験も努力もしない人だったから。たぶん、もうそれ以上の想像力が続かなかったんでしょう」
「あれ? 君は先生を知っているのかい?」
「あら、言わなかったかしら」
歩き出そうとしていた彼女は、肩越しに私を振り返ると、静かな眼差しを向けてこう答えました。
「その人、私の元夫なの。それだけのことよ」
私は大きな驚きと共に、あんぐりと口を開けて、しばらく言葉が出てきませんでした。妻の姿が奥へと消えた時に、ようやくその事実を頭で理解することができて、どうしても話が聞きたくて慌ててキッチンまで追いかけました。
その時の私は、まるでサンタクロースに会った母親に、尋ねる子供のようだったに違いありません。鍋の中を少しかき回していた彼女は、こちらを振り返ると、なんだか可笑しそうに、それでいて困ったように笑いました。
「そうねぇ。あの人は鈍感で、不器用で、頑固な人だったわ」
彼女はそれとなく語りました。大学当時、出会った時に「あっちへ行け」という男は彼くらいなもので、周りの人間が『静(しずか)』という名前を忘れてしまうほど、名に似つかぬ凶暴な顰め面をさげた頑固者であったらしい、と言うのです。
「しずか?」
「そう、静寂のセイと書いて、一文字で『静(しずか)』。――そうね、今思えば、彼をそう呼んであげられたのは、私くらいなものだったかしらね」
彼女はそう言って、顔を歪めるように微笑みました。
ああ、もう話したくないのだなと察して、私はそれ以上尋ねることができませんでした。だって、愛し合っていたから、二人は結婚したはずなのです。
前の夫に対して、彼女が今、どう思っているのかは訊けませんでした。そこに私が知るような、憎悪はないような気がしたからです。名前を呼んであげていたのが自分だけだったと語った時、彼女の皮肉そうに笑みは、彼女自身にも向けられたものにも感じましたし、どこか同情しているようにも思えました。
私が捨てずに取ってある古い雑誌や本に対して文句を言わないのは、もしかしたら、そういった理由があったのかもしれません。
妻が少し席をはずしている間に、私は娘さんと二人きりになったのを見計らって、それとなく『前の父親』について尋ねてみました。すると、娘さんはきょとんとして「頑固者だから、友達も少ない人だったよ」とだけ簡単に言いました。
私が話の先を促すと、彼女は「そうだなあ」ともう少し考えてくれました。
「お父さんは男だから、私の気持ちを理解してくれないところもあったし、毎日忙しそうにしていて、思い出に残るようなことも特になくて。でも、厳しい人だったけど、酷いことをされたのは一度だってなかったんだよ。今こうして振り返ってみるとね、単に不器用な人だったのかなぁって、そう思うの」
お父さん、元気にしてるかなぁ――と娘さんは呟きました。
「私、今度手紙でも出してみようかな?」
その時、戻ってきた妻が「やめておきなさい」と強く言いました。
「手紙なんて出しても、あの人はきっと『なんだこれは』くらいにしか思わないわよ」
「読んでもらえれば、それだけでいいんだよ。元気にしてるよって伝えられるだけでも、私はいいと思うけどな」
娘さんは、歯を見せて笑いました。この子は可愛らしい顔をして、なかなか少年じみた仕草を時折見せたりします。顔の雰囲気はどことなく妻に似ているのですが、性格はまるで違うようです。
妻は、しばらく考えていました。スカートの裾を指に絡めて、ちらりと私に目を向けます。前の夫に手紙を出すなんて、はたして許されることなのだろうかと、その目は私に問いかけてもいるようでした。
「いいんじゃないかな。手紙を送ってごらんよ、アキコさん」
「あなたは、あの人のファンだからってそういう――」
「いやいやいや、誤解だよ。僕は、別にそういうのではなくて……」
私はこの時、作家の柳生先生ではなく、彼女の元夫という点で考えていました。新しい夫として彼女と結婚しているだなんてファンレターに書いてしまったら、返って先生から不評を買うのではないか、と想像してヒヤリとしたほどです。
結局答えが決まらないまま、私達の小さな家族会議は、そこでお開きとなりました。娘さんは学校の宿題を終えたら早々に就寝するといって席を立ち、私は自分の部屋に行って二時間ほど読書をしてから、寝室に向かいました。
珍しいことに、いつも一番に眠ってしまう妻が、その日はベッドに一人腰かけて私を待っていました。
「どうしたの。眠れなかったのかい?」
「手紙を出そうと思って、書いていたのよ」
彼女は、視線を落としたまま、ぽつりと言いました。
「寂しい人だから、手紙の一つでも必要にしているんじゃないかと、そう思っただけなの」
見せられた官製ハガキの宛先には、『柳生静』としっかり入っていました。けれど、裏面には素っ気ない文章が少し書かれているだけです。送り主の名前には彼女の名前がありましたが、住所の記載はありませんでした。
新しい生活先の住所を書くのは、なんとなく気が引けるのだそうです。「個人情報だもの」と彼女は言い、私に「明日ついでに出してきて」と預けました。
私はその翌日、会社に向かう途中でそれを郵便ポストに投函しました。
返事をもらうことが出来ないようになっていましたから、きちんと届いたのか、読んで頂けたのか、私は数日間ひどく気になって仕方がなかったのですが、娘さんは冷静でした。
「住所は変わっていないはずだから、ちゃんと届くと思うよ。だって、お母さんが『住所は書かない』って決めたことだもの。お父さんのことを一番よく知っているのは、お母さんだと思うから、きっと大丈夫だよ」
初めて出会った時よりも、ほんの少し大人びたように微笑んだ娘さんのその時の姿を、私は未だに忘れられません。
思えば娘さんが「私も今のうちに手紙を書いて、送った方がいいような気がするなぁ」と思案の呟きをこぼした時、それを薦めてあげれば良かったのかもしれません。
私達は二泊三日の旅行を計画していて、その準備で忙しくもありました。妻は娘さんに、秋の中間テストはしっかり受けることと、学校を四日、週末の休日を含めると六日は休むのだから、宿題といった提出物はきちんと済ませて旅行に必要な物は準備しておきなさい、と言っていましたから。
他人の運命に、否応なしに巻き込まれてしまう未来が待っていると知っていたら、もっと違っていたでしょう。私はその未来を回避するために、あらゆることをやってのけたはずです。
けれど、妻から「旅行に行きたい」と誘われて、楽しげにパンフレットを覗き込む二人に、はたして私は「行くのはやめよう」と言えたでしょうか。
平日の方が混雑もないだろうからと提案した娘さんの意見を、三人でゆっくり昼食をとれるなんて素敵ねと言った妻の微笑みを曇らせてしまうことなど、やはり私には出来なかったかもしれない、とも思うのです。
旅先への出発した当日、二人は車の中で、これからの行き先に期待と希望を膨らませていました。そして、二人の笑顔が悲鳴に変わった一瞬の後――
私は大切な家族を、永遠に失ってしまったのです。
二人が死んだあとの日々は、目まぐるしく過ぎていきました。葬式の手続きなどは両親がサポートしてくれて、家族の誰よりも早い二人の死を親族達は悲しんでいました。
その間にも、友人や会社の関係者、警察、彼女と付き合いのある人達や、娘さんのクラスメイト達や教師といった学校関係者達が出入りし、誰も私に一人きりの時間を与えてくれませんでした。
一緒に暮らし始めて約一年。私の家には、二人の匂いや思い出が、たくさん染みついていました。たった一年ほどしか共に暮らせなかった悲しみと、自分だけ悲惨な事故から生還した絶望が、眠りから目覚めるたび、二人の死を思い出させて私の心を何度も砕いて押し潰しました。
しばらくは、会社にも行けませんでした。上司は私に気を遣ってくれて、しばらくの間は長期休暇という形で暇をくれました。
無事に初七日が過ぎてしまった後も、私は目覚めるたび辛い現実を一時忘れ、二人の姿を探したりしました。我が家に似合わぬ仏壇を見つけて、二人の遺影に目を留め、見せつけられた現実を前に一人で泣き続けました。
事故の際にガラスの破片で瞼の上を切ってしまいましたが、幸いにも神経は無事で眼球にも傷はありませんした。全身打撲と胸骨のわずかなヒビ、車のフロントが大破した衝撃で挟まれた左足も、骨折程度で済んでいました。
左腕は筋肉を裂くほどの酷い裂傷であったにもかかわらず、手も足も全てリハビリで元に戻ると、医者は告げました。
「運が良かったですね」
老いた医者は、遠慮がちでしたが、確かにそう言いました。私の身体に、取り返しのつかない故障は一つも残らないのです。けれど神様はどうして、その運を少しでも、彼女と娘さんに分け与えてくれなかったのでしょうか?
二人の分まで、しっかり生きなきゃいけないよ――周りの人達からそう言われるたび、良心が私の胸を切り裂きました。
あの子は、まだ高校一年生だったのです。妻だって、これからの人生を幸福に生きる権利があったはずです。それなのに神様は、どうして私だけを救い出したのでしょうか。二人が助かるというのなら、私は死の傷みや恐怖すら受け入れたのに。
後悔は、次々に襲ってきました。
日中問わず私は苦しみ、悲しみのどん底を這いまわりました。
夢の中で幸福な日々の続きを見られたかと思うと、それは突如として現実の悪夢に豹変し、私はそのたび飛び起きずにはいられませんでした。日々が過ぎていくだけ二人との思い出が鮮明に蘇って、その喪失感は計り知れないほどでした。
それでも世界は回り続けていました。季節は秋から冬へと変わり、いつの間にか刺すような冷気が、白い吐息と共に町を染め上げていました。
一人の生活にようやく慣れ始めても、女性物のマフラーや手拭いを見ると、つい二人のことを考えてしまいます。
――そういえば、去年プレゼントにマフラーを贈った時は、すごく喜んでいたな。あの桃色と赤のストライプも、二人にさぞ似合うだろう。
――ああ、今年もクリスマスのイルミネーションがあるんだっけ。三人で行けたら、どんなに楽しかっただろうなあ……
気付けば、手付かずの本が埃をかぶっていました。それを目に留めた私は、自分があんなに熱を上げていた趣味を今まで忘れて、日々を死んだように過ごして仕事へ行き、ご飯を食べ、身なりを整えて、家事をこなし、シャワーを浴びて、ソファかベッドで眠っている毎日であることに気付きました。
その時、私は唐突に、柳生先生のことを思い出しました。彼女と娘さんが言っていた『不器用』という言葉が、ふと私の脳裏をかすめたのです。
離婚された年から、先生は新作をお書きになっていないのではないだろうか?
私は、彼女が約二十年を共に過ごした『柳生静』を知りません。作品を通して私が抱いている先生の印象が、間違っていないとするならば、という考えに辿りつきました。
文学作品を書かなくなった推測については、私が一方的に慕っているからこその発想だったのかもしれません。私は作品以外の何も知らないでいるのに、この時、一人で暮らす先生の寂しげな後ろ姿を、鮮明に想像することが出来たのです。
ひどく申し訳ない気持ちと悲しみが、私を激しく揺さぶりました。
彼女が私に預けて出した官製ハガキが返ってきていないということは、きっと先生のもとへ届いたのでしょう。
妻があの後、二通目の官製ハガキにペンを走らせて、結局本文を書かないまま引き出しにしまっていたことを思い出した私は、慌ててそれを探しあてると、ハガキとペンを用意して黙々と机に向かっていました。
それは虚しいばかりの空想でした。二人が生きている別の未来を思い描き、まるで妻が生きているような文章を泣きながら書きました。けれど止められなかったのです。私が現実を受け入れたくないほど、二人を深く愛していたからでしょう。
そのハガキを出し終えた後、ようやく私の胸に強い罪悪感が込み上げました。良心だけしかないと疑いもせずにやった自分の行為の恐ろしさに、遅れて気付いて愕然としました。
送り主の住所を書かなかったとはいえ、私は先生から断罪の手紙が届くのではないかと恐怖しました。既に亡くなっている『アキコさん』を偽って手紙を出すだなんて、許されるはずがありません。
私は後悔する一方で、彼女達の未来を想像せずにはいられませんでした。彼女達が思い描いて望んでいた先の生活を思いました。
そして家族を失った深い悲しみの底から現れたのは、やはり先生に対して申し訳ないと思う気持ちでした。あの日、旅行なんて行かなければ、大型トラックの事故に巻き込まれることもなく二人は死んでいなかった、と……
せめて何かしてあげられたらと考えた時、思い浮かんだのはあの手紙のことでした。愚かにも私は再びペンを取り、彼女達を想いながら、新たな便りを書き上げていったのです。
もう、何度やめてしまおうかと罪悪感に悩まされましたが、結局止めることは出来ませんでした。私は彼女の姿を瞼の裏に思い浮かべ、成長した娘さんの美しい未来を思い描き続けました。
嫁いだという設定で送った娘さん手紙の住所は、私の実家の住所の番地だけを除いたものです。終わらせなければならないと分かっていながら、その踏ん切りがつかなかった私に残された、唯一の方法だとも思えたのです。
奥様と娘様のふりをして手紙を送り続けていた私が、このような手紙を送ることは許されないでしょう。罵られ、非難されることは重々承知しております。罵倒と拳の制裁も、あなたの気が済むまですべて受け入れる覚悟です。
実はどうしても、あなた様にお渡ししたい物があるのです。
本当は直に会って謝罪し、手渡したいと思っているのですが、それを望まないだろうとも考えて、こちらから郵送させて頂く用意も出来ています。
誠に勝手ではございますが、ご返答お待ちしております。
藤森(ふじもり)カナメ
その間、最終選考に残った作品の読み込みと、随筆の仕事が立て続けにあり、柳生はそれまで手紙の件を思い出す暇がなかった。もう既に終わったことだと思っていたから、一週間ほどで古い記憶の一つになってしまっていたせいでもある。
何かと忙しくて、考える余裕がなかったからでもあった。ヨーロッパに出向いていた苅谷が帰国した際には、海辺でバーベキューという運びになったし、別の出版社の雑誌で天体観察について執筆するための取材に出掛けたりと、ほとんど物想いに耽る時間もない日々が続いていたせいだろう。
勿論、その間も毎度のように、岡村という存在が絡んでもいた。あいつ、本当は暇であるに違いない、と確信めいた苛立ちを覚えたほどである。
ひどく忙しかったというのに、岡村は都合など関係なく毎日電話を寄越してきて、柳生の行く先々に現れ、ある時はケーキや珈琲を持って家を訪ねてきた。柳生は後少しのところで己の冷静さを見失い、彼の上司等に「あいつを忙しくさせてくれ」と直談判するところだった。
手紙が届いたその日は、雲一つないよく晴れた夏空が広がっていた。
徹夜でエッセイを書いていた柳生は、そのまま夜を明かしてしまい、朝一番に、明るくなり始めた空に薄れゆく星の輝きをしばし眺めて「ああ、夜が明けてしまったのだな」と呟いた。
窓を開けると、しっとりと湿った風が肌に絡みついた。仕事を終えた達成感もあって、穏やかな朝であると感じていた時、マナーモードに設定していた携帯電話が、着信を知らせる画面表示と共に書斎机の上で大袈裟に震えた。
柳生は徹夜明けの坐った目で、書斎机の脇に置かれた己の携帯電話を覗きこんで、たっぷり十数秒ほど眺めることになった。そこに表示されていた名前は『岡村』である。
あいつに携帯電話の番号を教えたのは誰だと、回転の鈍くなった頭で真っ先にそう考えた。こんな時間に電話連絡というのも礼極まりない。そして、先月からほぼ毎日、岡村と連絡を取り合っているという事実が恨めしかった。
いや、しかし奴も大人である。緊急の連絡だったら困るだろう。数日前に渡した別件の食事処の随筆の件も脳裏に浮かび、柳生は電話に出た。
「柳生だが。こんな時間に一体なんの用だ?」
「あぇ? う~ん…………まちがえた…………………」
岡村の眠たげな声が「むにゃむにゃ」と電話越しに続いたかと思うと、続いてプツリと通信が途切れた。
しばし柳生は「ツーツーツー」と鳴る携帯電話を見下ろし、ゆっくり頭の中で現状を思い返した。つまり、あの男はあろうことか、寝ぼけて間違え電話を掛けてきたのだろう。
途端に彼は「この野郎!」と携帯電話を床に叩きつけていた。防水タイプで頑丈なボディを持った携帯電話は、そのまま床をバウンドして柳生の脛をしたたかに打ち、言葉にならない激しい痛みに襲われて一人で悶絶した。
一睡もしていない状態だったので、その痛みだけで彼の脳が完全に覚醒することはなかった。じんじんと続く鈍い痛みと、辛い眠気が思考の半分以上を占めていた。
空気の入れ替えのために冷房を止めて窓を開け、冷水を飲んでも瞼は重いままだったし、浅い苛立ちで気分は最悪だった。
新聞を読んで、一通りニュース番組を見たら寝よう。
柳生はこの時まで、そう考えていた。それが最善の方法のように思えたし、心身共に受けたダメージのままでは、快適な睡眠なんて取れそうにもない。
とはいえ、いつもなら新聞を先に読むのだが、徹夜明けの胃袋が途端に猛烈な空腹を訴えてきたので、柳生は朝食としてトーストとベーコンと卵を焼いて食卓についた。
すると食事によって眠気が飛んでしまい、身体が薄らと汗ばんでいて、身体中に強いニコチン臭も染み込んでいるのを自覚した。たまらず我慢出来なくなり、そのままシャワーを浴びに向かった。
ニュース番組をゆっくりと見ることができたのは、すっかり昼のような日差しが照り出した頃だった。室内の冷房を稼働させて、ソファでしばし寛いでいると、次第に心地良い眠気が込み上げてきた。
そういえば新聞を読んでいなかったと思い出したのは、意識を没する直前のことだった。午前十時前後から始まる、やけに明るい調子の総合情報番組が始まる賑やかな声とスタート音楽で目が覚めた。
ようやくそこで、柳生は重い足を引きずって新聞を取りに向かった。玄関でスリッパを履き換えていると、扉越しにバイクが停まる音と、郵便ポストに郵便物が届けられる気配を感じた。
外に出て確認してみると、押し込められた新聞の上に、厚みのある茶封筒が一緒に挟みこまれていた。それを引っ張り出し、見知らぬ送り主の名に首を傾げつつ、玄関に引き返した。
宛先名には、ハッキリと『柳生静様』とあった。字は丁寧で美しく、口の細いボールペンでバランス良く書かれている。
柳生はリビングに向かいながら、茶封筒の裏表をしげしげと眺めた。テーブルに新聞を置いて、立ったまま無造作に封筒の口を破り開けると、数十枚にも及ぶ便箋が出てきて、彼はその冒頭を目に留め「あッ」と声を上げた。
――『奥様と娘様であると偽ったこと、誠に申し訳ございませんでした。』
手紙の文章はそう始まっていた。封筒に記載されている字と同じで、丁寧で美しく癖はなかった。
――『亡くなってしまった人を私が騙るなど、決して許されないことでしょう。
許して欲しいという、都合の良いことは望んでおりません。ただ、あなた様に謝罪と、少し長くはなってしまいますが、私の話を聞いて欲しいと思い、こうして手紙をしたためさせて頂きました。』
柳生は、膝から力が抜けるままソファに腰を落とした。
それは謝罪から始まる、長い長い告白の手紙だった。
◆◆◆
私は1970年代に山形県で生まれました。父も山形の人間で、大きな農家の次男坊でしたが、山形で旅館を経営している母のもとへ婿養子として嫁ぎ、母方の姓を名乗っています。
私は末の子でしたので、兄弟の誰よりも自由な暮らしを送っていました。旅館を手伝った記憶はほとんどなく、父の実家である大きな農園によく遊びに行って、ちょっとした手伝いだけで果物を食べたり、日常生活を満喫していたと思います。
私は隣の県の大学へと進み、そのままそちらで就職もしましたが、長男と次男は地元に残り、現在は共同で両親の旅館を経営しております。
人並みに女性との付き合いはありましたが、私は誰よりも振られる数の多い男でした。自分で述べるのも情けない話なのですが、異性の友人や同僚から言わせると、私はどうも『男らしくない人間』なのだそうです。
最近は、草食男子という言葉もありますが、それは若い男だから幾分か許される言葉であって、結婚を意識する年齢の男には、求められないとのことでした。
私は先に語ったように、不自由なく生きてきました。大多数の男達が持つような競争心といったことが苦手で、昔から本を読み、一人で気ままな散歩をすることが好きな子供でした。特に読書は、今でも好奇心や感情を満たす最高の楽しみです。
大学を卒業してから、ずっと一つの会社に勤めております。特に男であれば、必ず高い目標を持たされましたし、営業成績といった社内の制度に慣れることも大変苦労致しました。
時間に余裕が持てるようになったのは、三十を過ぎた頃です。書店へ通って本を購入し、暇さえあれば読み耽る毎日は、これまでの頑張りがあったからこそです。ゆっくりできる時間に貪るように読み耽る本や文学誌は、私の最大の娯楽です。
私が彼女と初めて出会ったのも、ほとんど毎日通っていた書店でした。購入しなくとも、ついつい立ち寄ってしまうほど品揃えも素晴らしい本屋でしたし、おかげで自然と店員や店長の顔も覚えてしまいました。
購入する本の数も多かったものですから、良いお客として店長には好かれていたようです。彼は確かに愛想が良く、新刊本の入荷予定を楽しげに語る男でもありました。
恐らくは、本に対して私と同じ情熱を持った人だったのでしょう。レジ先であれだけ話せる相手というのを、私は生まれてこのかた出会ったことがありません。
初めて彼女を見た時は、――こういっては失礼かもしれませんが、若いアルバイトが多い中で、珍しく上の年齢層だなあと思いました。
レジの打ち方もひどく不器用で、どうも雑務に慣れていないような印象を受けました。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」が上手く言えなくて、けれど、それでも必死にやろうとする姿勢に好感を覚えました。
彼女は新しい環境と人間に対して、見知りをしていましたが、しばらくもしないうちに、人柄の良さが客に好かれていったのです。
年上の彼女のことが、好きであることに気付いたのは、出会った年の秋のことでした。書店に足を運んだ際に、ふっとそれに気付かされて、つい勢いで食事に誘ってしまったのですが、断られた時は、顔から火が出るほど恥ずかしかったです。
その時は仲の良い「書店員」と「常連客」でしたから、その関係を壊したくなかったというのも本音でした。告白しておきながら、僕が思わず「忘れて下さい」と言うと、彼女は余計に困ったように微笑みました。
「おばさんなんかを誘っても、あまり得はないし、利口とも言えないわ」
そう言って、彼女は心配げに私を窘めたのです。
「あなた、結婚の経験はおあり? 私は約十八年も寄り添った人がいました。あなたは、こんなにもお若いけれど、私はすっかりくたびれたおばさんでしょう? 中学二年生の娘もいますから」
私は、しばらく女性とは縁がない日々を過ごしていましたから、まずは彼女の教えを素直に受け止めて、恋と錯覚してしまっているのかなとじっくり考えてみました。
けれど、それは思い違いではなかったのですね。自分自身びっくりするほど、彼女への想いは、日に日に増すばかりだったのです。
町中で彼女と偶然居合わせて、それからようやく友達からのスタートを切りました。晴れて恋人同士になったのは、翌年の春先のことです。
彼女の娘は、真っ直ぐ相手を見る少女で、顔を合わせた時は少なからず緊張してしまいました。あの子はしばらく私を観察し、そしてニッと笑ったのです。
「いいんじゃない? それに、お母さんが決めたことだもの。私は反対しないよ」
恋人としての短い時間を二人で、そして祭りや映画といったイベントには、自然と三人で参加しました。
娘さんには友達も多くありましたから、たとえば祭りの場合だと会場まで一緒に行き、少しすると二手に別れてそれぞれで過ごし、帰りには合流してドライブがてら帰宅という感じだったのです。
その年の夏の終わり、私達は籍を入れて夫婦となりました。
私の一軒家を二人は気に入ってくれて、私が暇がてら手入れをしている庭先が、特に彼女達のお気に入りのようでした。小さな畑の野菜の世話と収穫を喜び、娘さんも進んで土を触っていました。
娘さんは、将来は農家の主人の嫁になるのだと、私によくそう言っていました。大自然に囲まれて暮らし、自分で作った果物を、毎日飽きずに食べられるような生活が夢なのだそうです。
その為に、学業の傍ら農業について勉強している、という彼女の告白には驚かされました。当時、娘さんはまだ中学三年生でしたから、穏やかな田舎で静かな暮らしを送りたいという夢は、若い女の子が思い描く夢とは思えなかったのです。
けれど母親であるアキコさんは、娘さんの夢に好意的で「あなたが嫁いだら、私は大きな白い犬を飼うわ」と語っていました。娘さんは小さな犬を希望しておりましたから、意見の相違から、すぐに犬を飼うという選択は見送られていました。
私の家には多くの本がありましたが、彼女達と一緒に暮らしてからは、部屋の片隅やタンスの上など、あらゆる所に本が積み上げられるという状況は改善されました。
夜中の空いた時間を読書にあてている私は、すっかり読みこんでしまうと、ついつい積み上げた本や、ひっぱり出したままの本の片付けを忘れてしまいがちなのですが、彼女はいつも手早く整頓したのです。
本の扱いには手慣れているようでした。さすが書店に勤めていただけはあるなぁ、と私は思っていました。
彼女はこれまで「バツイチのおばさん」とは言いましたが、前夫とのことについては全く口にしませんでし、私は今の彼女を心底愛していましたから、あえて尋ねませんでした。だからこの時は、まさか私生活で培った整理整頓能力だとは知らなかったのです。
時々、娘さんの方が思い出したように、過去について口にしましたが「あれは食べたことがある」「あそこへは行ったことがある」「小学生当時に見ていたアニメ」など、簡潔された自己の経験談くらいなもので、前の父親と比べる発言はしたこともありませんでした。
私は家族共々認める読書家ですが、一番に尊敬している作家がいます。あたりかまわず読みまくっているイメージを持たれますし、現に彼女も娘さんも「どの作家が好きなの?」と尋ねるのではなく、「ノージャンルの活字中毒」と私のことを表現しましたが、私はずっと一人だけ、特別に追っている作者様がいるのです。
確かに、好きな作家はたくさんいます。ミステリー、恋愛、ファンタジー、怪奇など、各ジャンルに何人もの素晴らしい作家がおりますから、私の書斎机に一番近い本棚は、彼らの特等席でした。
面白かった本は自然とその棚に集まり、熱がようやく冷めると、新しい本と取って替わります。しかし、どんなに年月が過ぎて古くなろうとも、その本棚から決して抜けてはならない作家が一人だけいたのです。
彼の名前は、柳生林山(やぎゅうりんざん)――私が敬愛する大作家です。
彼のデビュー作『砂漠の花』は、読書に対する私の概念をすっかり変えてしまった作品でした。その世界感に繋がる物語『紅の雨が乾ききる丘』は最高傑作とまでいわれ、現在もその人気は絶えません。
イベント会場にいち早く並んで得られたサインは、その二冊の書籍にしっかり残されていて、今でも私の大切な宝物です。
連載誌はすべて取ってありましたし、ちょっとした寄稿が載ったものやインタビュー記事が載った雑誌も、特等席の本棚に大切に保管してありました。何度読み返しても飽きません。
彼女は、古い雑誌がぎっしりと詰められた本棚には感心しないようでしたが、私が定期的にきちんと埃を払っていることには評価してくれていたようで、一度だけ「片付けたら?」とは言いましたが、それ以降は何も言いませんでした。
私は、作家の柳生林山に惚れこんでいましたが、最近は、彼の最新刊が出ないことを心配していました。インターネットを駆使して情報を探って見たのですが、次期連載雑誌もどうやらないようでした。
随筆やコラムなどは続いていたので、ありがたく購読していたのですが、文学作品の話題はふっつり途切れてしまっていました。
彼女と出会い、結婚生活をスタートしたばかりの頃は、何もかもが新しくて忙しい日々でしたから、私の好奇心や欲求は少し息を潜めていたのだろうと思います。
そういえば最後に彼の新刊を読んだのは、ずっと前だと自覚してしまってからは、なんだかそわそわしたり、今日も進展なしかと一人落胆したり、気だるい眠気を覚えつつソファの上で過ごしたりしてしまいました。
季節はそうしている間にも移ろい、娘さんは高校受験を迎えて無事に進学しました。私は管理職に落ち着いていたので、妻と過ごす時間が多くなりました。
それは、娘さんが高校一年生になった、ある日の夕暮れのことです。
夕食時間に帰って来る娘さんの帰宅と、夕飯の仕上がりをリビングのソファで待ちつつ古雑誌を読んでいた私が、たまらず「書かないなぁ」と呟いたところで、妻がどうしたのと尋ねてきました。
料理の準備に忙しい彼女に相談するのは、申し訳なくも思いましたが、自分には敬愛する作家がいること、新しい作品が読みたくてたまらないのだが、連載もなく書き下ろしの一つもまだ出ていないのだ、と私は初めて溢れる想いと共に伝えました。
彼女は沸騰する鍋の具合を耳で計りながら、黙って私の話を聞いていました。私がすべて話し終えると「なんだ、そんなこと」と溜息混じりに言い、キッチンに戻るために立ち上がりました。
「あの人は幸せな家庭だとか、そういった経験も努力もしない人だったから。たぶん、もうそれ以上の想像力が続かなかったんでしょう」
「あれ? 君は先生を知っているのかい?」
「あら、言わなかったかしら」
歩き出そうとしていた彼女は、肩越しに私を振り返ると、静かな眼差しを向けてこう答えました。
「その人、私の元夫なの。それだけのことよ」
私は大きな驚きと共に、あんぐりと口を開けて、しばらく言葉が出てきませんでした。妻の姿が奥へと消えた時に、ようやくその事実を頭で理解することができて、どうしても話が聞きたくて慌ててキッチンまで追いかけました。
その時の私は、まるでサンタクロースに会った母親に、尋ねる子供のようだったに違いありません。鍋の中を少しかき回していた彼女は、こちらを振り返ると、なんだか可笑しそうに、それでいて困ったように笑いました。
「そうねぇ。あの人は鈍感で、不器用で、頑固な人だったわ」
彼女はそれとなく語りました。大学当時、出会った時に「あっちへ行け」という男は彼くらいなもので、周りの人間が『静(しずか)』という名前を忘れてしまうほど、名に似つかぬ凶暴な顰め面をさげた頑固者であったらしい、と言うのです。
「しずか?」
「そう、静寂のセイと書いて、一文字で『静(しずか)』。――そうね、今思えば、彼をそう呼んであげられたのは、私くらいなものだったかしらね」
彼女はそう言って、顔を歪めるように微笑みました。
ああ、もう話したくないのだなと察して、私はそれ以上尋ねることができませんでした。だって、愛し合っていたから、二人は結婚したはずなのです。
前の夫に対して、彼女が今、どう思っているのかは訊けませんでした。そこに私が知るような、憎悪はないような気がしたからです。名前を呼んであげていたのが自分だけだったと語った時、彼女の皮肉そうに笑みは、彼女自身にも向けられたものにも感じましたし、どこか同情しているようにも思えました。
私が捨てずに取ってある古い雑誌や本に対して文句を言わないのは、もしかしたら、そういった理由があったのかもしれません。
妻が少し席をはずしている間に、私は娘さんと二人きりになったのを見計らって、それとなく『前の父親』について尋ねてみました。すると、娘さんはきょとんとして「頑固者だから、友達も少ない人だったよ」とだけ簡単に言いました。
私が話の先を促すと、彼女は「そうだなあ」ともう少し考えてくれました。
「お父さんは男だから、私の気持ちを理解してくれないところもあったし、毎日忙しそうにしていて、思い出に残るようなことも特になくて。でも、厳しい人だったけど、酷いことをされたのは一度だってなかったんだよ。今こうして振り返ってみるとね、単に不器用な人だったのかなぁって、そう思うの」
お父さん、元気にしてるかなぁ――と娘さんは呟きました。
「私、今度手紙でも出してみようかな?」
その時、戻ってきた妻が「やめておきなさい」と強く言いました。
「手紙なんて出しても、あの人はきっと『なんだこれは』くらいにしか思わないわよ」
「読んでもらえれば、それだけでいいんだよ。元気にしてるよって伝えられるだけでも、私はいいと思うけどな」
娘さんは、歯を見せて笑いました。この子は可愛らしい顔をして、なかなか少年じみた仕草を時折見せたりします。顔の雰囲気はどことなく妻に似ているのですが、性格はまるで違うようです。
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「いいんじゃないかな。手紙を送ってごらんよ、アキコさん」
「あなたは、あの人のファンだからってそういう――」
「いやいやいや、誤解だよ。僕は、別にそういうのではなくて……」
私はこの時、作家の柳生先生ではなく、彼女の元夫という点で考えていました。新しい夫として彼女と結婚しているだなんてファンレターに書いてしまったら、返って先生から不評を買うのではないか、と想像してヒヤリとしたほどです。
結局答えが決まらないまま、私達の小さな家族会議は、そこでお開きとなりました。娘さんは学校の宿題を終えたら早々に就寝するといって席を立ち、私は自分の部屋に行って二時間ほど読書をしてから、寝室に向かいました。
珍しいことに、いつも一番に眠ってしまう妻が、その日はベッドに一人腰かけて私を待っていました。
「どうしたの。眠れなかったのかい?」
「手紙を出そうと思って、書いていたのよ」
彼女は、視線を落としたまま、ぽつりと言いました。
「寂しい人だから、手紙の一つでも必要にしているんじゃないかと、そう思っただけなの」
見せられた官製ハガキの宛先には、『柳生静』としっかり入っていました。けれど、裏面には素っ気ない文章が少し書かれているだけです。送り主の名前には彼女の名前がありましたが、住所の記載はありませんでした。
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けれど、妻から「旅行に行きたい」と誘われて、楽しげにパンフレットを覗き込む二人に、はたして私は「行くのはやめよう」と言えたでしょうか。
平日の方が混雑もないだろうからと提案した娘さんの意見を、三人でゆっくり昼食をとれるなんて素敵ねと言った妻の微笑みを曇らせてしまうことなど、やはり私には出来なかったかもしれない、とも思うのです。
旅先への出発した当日、二人は車の中で、これからの行き先に期待と希望を膨らませていました。そして、二人の笑顔が悲鳴に変わった一瞬の後――
私は大切な家族を、永遠に失ってしまったのです。
二人が死んだあとの日々は、目まぐるしく過ぎていきました。葬式の手続きなどは両親がサポートしてくれて、家族の誰よりも早い二人の死を親族達は悲しんでいました。
その間にも、友人や会社の関係者、警察、彼女と付き合いのある人達や、娘さんのクラスメイト達や教師といった学校関係者達が出入りし、誰も私に一人きりの時間を与えてくれませんでした。
一緒に暮らし始めて約一年。私の家には、二人の匂いや思い出が、たくさん染みついていました。たった一年ほどしか共に暮らせなかった悲しみと、自分だけ悲惨な事故から生還した絶望が、眠りから目覚めるたび、二人の死を思い出させて私の心を何度も砕いて押し潰しました。
しばらくは、会社にも行けませんでした。上司は私に気を遣ってくれて、しばらくの間は長期休暇という形で暇をくれました。
無事に初七日が過ぎてしまった後も、私は目覚めるたび辛い現実を一時忘れ、二人の姿を探したりしました。我が家に似合わぬ仏壇を見つけて、二人の遺影に目を留め、見せつけられた現実を前に一人で泣き続けました。
事故の際にガラスの破片で瞼の上を切ってしまいましたが、幸いにも神経は無事で眼球にも傷はありませんした。全身打撲と胸骨のわずかなヒビ、車のフロントが大破した衝撃で挟まれた左足も、骨折程度で済んでいました。
左腕は筋肉を裂くほどの酷い裂傷であったにもかかわらず、手も足も全てリハビリで元に戻ると、医者は告げました。
「運が良かったですね」
老いた医者は、遠慮がちでしたが、確かにそう言いました。私の身体に、取り返しのつかない故障は一つも残らないのです。けれど神様はどうして、その運を少しでも、彼女と娘さんに分け与えてくれなかったのでしょうか?
二人の分まで、しっかり生きなきゃいけないよ――周りの人達からそう言われるたび、良心が私の胸を切り裂きました。
あの子は、まだ高校一年生だったのです。妻だって、これからの人生を幸福に生きる権利があったはずです。それなのに神様は、どうして私だけを救い出したのでしょうか。二人が助かるというのなら、私は死の傷みや恐怖すら受け入れたのに。
後悔は、次々に襲ってきました。
日中問わず私は苦しみ、悲しみのどん底を這いまわりました。
夢の中で幸福な日々の続きを見られたかと思うと、それは突如として現実の悪夢に豹変し、私はそのたび飛び起きずにはいられませんでした。日々が過ぎていくだけ二人との思い出が鮮明に蘇って、その喪失感は計り知れないほどでした。
それでも世界は回り続けていました。季節は秋から冬へと変わり、いつの間にか刺すような冷気が、白い吐息と共に町を染め上げていました。
一人の生活にようやく慣れ始めても、女性物のマフラーや手拭いを見ると、つい二人のことを考えてしまいます。
――そういえば、去年プレゼントにマフラーを贈った時は、すごく喜んでいたな。あの桃色と赤のストライプも、二人にさぞ似合うだろう。
――ああ、今年もクリスマスのイルミネーションがあるんだっけ。三人で行けたら、どんなに楽しかっただろうなあ……
気付けば、手付かずの本が埃をかぶっていました。それを目に留めた私は、自分があんなに熱を上げていた趣味を今まで忘れて、日々を死んだように過ごして仕事へ行き、ご飯を食べ、身なりを整えて、家事をこなし、シャワーを浴びて、ソファかベッドで眠っている毎日であることに気付きました。
その時、私は唐突に、柳生先生のことを思い出しました。彼女と娘さんが言っていた『不器用』という言葉が、ふと私の脳裏をかすめたのです。
離婚された年から、先生は新作をお書きになっていないのではないだろうか?
私は、彼女が約二十年を共に過ごした『柳生静』を知りません。作品を通して私が抱いている先生の印象が、間違っていないとするならば、という考えに辿りつきました。
文学作品を書かなくなった推測については、私が一方的に慕っているからこその発想だったのかもしれません。私は作品以外の何も知らないでいるのに、この時、一人で暮らす先生の寂しげな後ろ姿を、鮮明に想像することが出来たのです。
ひどく申し訳ない気持ちと悲しみが、私を激しく揺さぶりました。
彼女が私に預けて出した官製ハガキが返ってきていないということは、きっと先生のもとへ届いたのでしょう。
妻があの後、二通目の官製ハガキにペンを走らせて、結局本文を書かないまま引き出しにしまっていたことを思い出した私は、慌ててそれを探しあてると、ハガキとペンを用意して黙々と机に向かっていました。
それは虚しいばかりの空想でした。二人が生きている別の未来を思い描き、まるで妻が生きているような文章を泣きながら書きました。けれど止められなかったのです。私が現実を受け入れたくないほど、二人を深く愛していたからでしょう。
そのハガキを出し終えた後、ようやく私の胸に強い罪悪感が込み上げました。良心だけしかないと疑いもせずにやった自分の行為の恐ろしさに、遅れて気付いて愕然としました。
送り主の住所を書かなかったとはいえ、私は先生から断罪の手紙が届くのではないかと恐怖しました。既に亡くなっている『アキコさん』を偽って手紙を出すだなんて、許されるはずがありません。
私は後悔する一方で、彼女達の未来を想像せずにはいられませんでした。彼女達が思い描いて望んでいた先の生活を思いました。
そして家族を失った深い悲しみの底から現れたのは、やはり先生に対して申し訳ないと思う気持ちでした。あの日、旅行なんて行かなければ、大型トラックの事故に巻き込まれることもなく二人は死んでいなかった、と……
せめて何かしてあげられたらと考えた時、思い浮かんだのはあの手紙のことでした。愚かにも私は再びペンを取り、彼女達を想いながら、新たな便りを書き上げていったのです。
もう、何度やめてしまおうかと罪悪感に悩まされましたが、結局止めることは出来ませんでした。私は彼女の姿を瞼の裏に思い浮かべ、成長した娘さんの美しい未来を思い描き続けました。
嫁いだという設定で送った娘さん手紙の住所は、私の実家の住所の番地だけを除いたものです。終わらせなければならないと分かっていながら、その踏ん切りがつかなかった私に残された、唯一の方法だとも思えたのです。
奥様と娘様のふりをして手紙を送り続けていた私が、このような手紙を送ることは許されないでしょう。罵られ、非難されることは重々承知しております。罵倒と拳の制裁も、あなたの気が済むまですべて受け入れる覚悟です。
実はどうしても、あなた様にお渡ししたい物があるのです。
本当は直に会って謝罪し、手渡したいと思っているのですが、それを望まないだろうとも考えて、こちらから郵送させて頂く用意も出来ています。
誠に勝手ではございますが、ご返答お待ちしております。
藤森(ふじもり)カナメ
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