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12話 かなり厄介な嫡男様、続いての課題

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 確かに女の子ではあるようだが、改めてまじまじと見てもそう分からない。

 エリザは、女性恐怖症である彼の女性探知能力の凄まじさを実感した。治療係をして大丈夫なのか不安になる。

 その時、ジークハルトの肌に、徐々に小さな赤い斑点が浮かび始めるのが見えた。

(あっ、蕁麻疹が出るのは本当だったんだ……)

 鳥肌を鎮めるみたいに腕をさすり出した彼の肩が、小さく震え出した。恐怖心からくるものだと感じてハッとする。

「大丈夫ですよ、私がいますから」

 かわいそうになって、安心させるように声をかけた。

 すると、彼の震えが不意に収まった。それを見たサジが、珍しいものを目撃したと言わんばかりに顎を大きく撫でる。

「長年の幼馴染であるルディオ坊やの声しか聞かなかったのに、会って二回目ですげぇ信用されてるんだな。さすが強い魔法使い様だ」

 事実は魔法使いではないので、なんだかそわそわした。

「『魔法使い様』と呼ばなくてもいいですよ」
「謙虚だなぁ。魔法使いは強いほど偉いんだ、堂々と胸を張ってりゃいいのさ。噂の内容がどうであれ、魔物を一瞬で塵にしちまえるのは事実なわけだろ?」
「確かに魔物は灰になりますが……」

 灰にするわけではなく、勝手になるのだ。

(そもそも私は魔力を持っていないからなぁ)

 魔法使いだなんて自分から名乗ると、詐欺みたいな感じがして後ろめたいのだ。

 かわいそうではあるが、症状の確認のため、その後も検証は続いた。

 ジークハルトは甲冑を着込んで顔さえ見えない女性に悲鳴を上げ、扉の向こうで談笑するメイド達の声に身体を震わせた。

 蕁麻疹は、浅ければ十分ほどで引くことが分かった。

 しかし甲冑の手袋越しだろうと、僅かにでも触れると容赦なく蕁麻疹が現れることも理解した。

(これは、かなりの重度だな……)

 自分が治療係なのはまずいのでは、という不安が再び頭をもたげた。

 そしてラドフォード公爵が用意した、最後の仕掛け。

 ジークハルトは仕組まれているとも知らず、最後に庭をエリザに案内したところで、庭師の孫の女の子達が三人はしゃぐ姿に遭遇した途端、精神的な過労の限界に達したのか倒れてしまった。

 普段からそうなのか、慣れたように屋敷の兵がやって来て彼を運んだ。

 今回屋敷に出入りしていた女性達は、全てラドフォードが雇った舞台女優達だ。彼を交えて挨拶がされたのだが、一人、二階の寝室でうんうんうなされているだろうジークハルトが哀れに思えた。

 目の当たりにした彼の症状は、想像を上回る厄介さだった。

(ヘタレであることを考慮して、やっぱり少々荒治療でも女性に慣れてもらうしかないのかなぁ)

 その前に、短い間とはいえ自分が治療に協力するのは不安があるけれど。

「婚約者候補も出揃っているので、ぜひよろしくお願いしますね」

 セバスチャンに残る屋敷の案内をされながら、ラドフォード公爵の意志を代弁されて、まいった。

(バレるまでは、やるしかないかぁ)

 図書室で素晴らしい膨大な書物の山を見て、少し勇気が出たのだった。

            ◆

 三日ほどは、仕事のリズムや暮らしに慣れるのにせいいっぱいで、とくに何か行動を起こすこともではないまま過ぎていった。

 専属の治療係として、まず朝一番にジークハルトの私室へと向かう。

 彼の起床を扉前で待ち、出て来たら挨拶をしてその日のスケジュールを聞く。女性恐怖症の症状が見られたら手帳にメモしつつ、彼が屋敷にいる間はそばにいて話し相手になった。

 今のところ、それくらいしかできていない。

 平日、ジークハルトは王宮で近衛騎士として仕事しているのだ。

 ルディオは、毎日屋敷にやって来た。女性避けを加勢しているのか、帰って来る時には一緒にいた。大抵は帰る時間までジークハルトとチェスをしていて、エリザはそばで読書をしながら雑談に加わったりする。

 でも、それだけだ。方法を考え続けている。

(そろそろ、治療係としてことを起こしたいところだな)

 治療係となって三日目の夕刻、二人がチェス盤を睨み合う中、エリザは治療用メモ帳を眺めながら考えていた。

 その時、セバスチャンに呼ばれた。

 いったん席を外して案内されたのは、ラドフォード公爵の書斎だった。

「ここ三日ほど、職場でもジークの調子はいいそうだ。使者が報告を持ってきてくれたよ。ありがとうエリオ」

 いつまで経ったも呼ばれ慣れない男性名に、彼女は鈍く反応する。

「はぁ、そうなのですか。私はとくに何もしていないのですが……」

 毎日ジークハルトに、令嬢にしつこく話しかけられただとか、メイド達の視線が居心地悪いだとか、情けない泣き言を聞いている程度だ。

(まぁ、それがストレスの解消になってはいるかな)

 つまり、主人のように彼の動向に常に付いている状況は、少しは役に立てていると思っていいのかもしれない。

「明日、王宮で舞踏会がある。そこにも同行してもらいたい」
「はぁ、王宮、ですか……」

 あまりにも住んでいる世界が違う話で、実感で持てない。

「えっと、普段はルディオがサポートしていた感じですか?」

 舞踏会というと、ルディオがこぼしていた愚痴に含まれていた話題だ。参加を嫌がって引っ張って連れていったり、フォローが大変なのに卒倒したり。

 そう思い返していると、ラドフォード公爵が「そうだ」と言った。

「ジークには、今回ももちろん出席してもらうのだが、この三人の婚約者候補には今度こそ挨拶してもらいたいのだ」

 そう言って見せられたのは、三人の少女の姿絵だった。

 セバスチャンの説明によると、右から順に侯爵令嬢、大臣の娘、古い歴史を持つ伯爵令嬢と、家柄も容姿も彼に相応しい少女達だとか。

 貴族にとって、婚約を抜きにしても家と付き合いがあるに越したことはない。

「話してみて、好感を覚える可能性だってありますもんね」

 どの子も美人だと思って、エリザは姿絵を興味深く見つめる。

「そうだね。私も息子の恋の可能性の幅を狭めたくない」

 彼自身、息子が男性との恋愛を望んでいるわけではないと聞いたので、余計にその思いが強いのだろう。

「ジークも、社交ができないわけではないのだよ。女性への配慮だって理解はしているし、愛想よくもできる。ただ、女性と一対一だと十分以上は厳しい」
「十分……ですか」

 呆れた声がこぼれた。

 とはいえ、あそこまで女性が苦手な彼にしてはと褒めるべきだろう。十九歳の現在まで、女性恐怖症だと知られないまま社交義務もこなしている。

「頑張れば、いや触ったりしなければ震えと蕁麻疹が出ないようにはできる、か……」

 それなら行けるかもしれない、と前向きに考える。

(慣れれば問題ない気がする。これはもう、荒治療でぐいぐい行くしかないな)

 その一方で、ラドフォード公爵は不安そうな表情で続けた。

「君には舞踏会でジークが彼女達と話せるよう、治療係として活動をサポートして欲しいと思っている」
「普段は、ルディオがやっている?」

 好奇心もあって確認してみると、彼がちょっと間を置く。

「……まぁ、そうだね。彼にも苦労をかけている。【赤い魔法使い】が次の治療係になったと噂になっているから、君にも迷惑はかけてしまうかもしれないが……」

 つまり注目される可能性がある、ということだろう。

 厄介ではあるが、一時的なものだと思えば気も軽いかもしれない。エリザ自身は注目を受けるような人物ではない。

(魔法使いだと、勘違いされているのがそもそもの原因)

 しかし魔物が滅してしまう現象に関しては、恐らくは聖女である母の影響だ。
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