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8話 顔合わせ終了、からのお菓子タイムです?
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目隠しって、試したことがあるのだろうか?
というか、とエリザは思う。
(女である私を前に逃げ出さないということは、彼は私に魅力がないばかりか、女性としての気配さえ欠けていると言いたいのかな?)
それを表に出してしまわないように、ひとまずにこっと笑顔を作った。
事情を知らないジークハルトが首を傾けるそばで、ルディオが『目が笑ってねぇよっ』と視線で伝えてくる。
エリザは笑顔を向けて、目線で『黙れ』と返した。
(――考えられる症状の原因は、二つ、か)
ルディオが静かになってすぐ、エリザは考える。
視覚的に女性であると認識した途端に、恐怖心を煽られること。そして気配だけで身体が震えることから、肉体的にも異性という存在も受け入れられなくなっていること――。
「症状は気絶と、それから蕁麻疹でしたか」
「触れられた部分から、場合によっては全身まで広がります」
「ああ、ショックの度合いで、ということでしょうね」
とすると、やはり彼の恐怖心が鍵になっているのだろう。
ふむふむと考えるエリザを、ジークハルトがまたしても意外そうに見つめる。ルディオも「専門家っぽい」と呟いていた。
(私は専門家でも魔法使いでもなくて、魔術師の弟子だよ)
エリザは素人であるので、詳細に分析と治療方法を導き出すのは難しい。
精神的な問題であれば、その手の専門家に消化しきれていない記憶をどうにかしてもらう方が早いと思う。
好奇心の強い彼女としては、ふと、男と思われている状態で触ったら無意識に耐性がついたりしないかな、と素人的な方法が脳裏をよぎった。
「蕁麻疹は、全ての女性に対して発症するのですか?」
紅茶カップを持ち上げつつ、質問だけしてみた。
するとジークハルトが、頼りなさそうな声で「はい」と小さく言った。
「その、お恥ずかしい話しなのですが……従姉妹であろうと出てしまいます」
オーケー、これは触らない方が絶対に良い。
男だと思われていようが、ダメな気がする。エリザは自己完結して、不作法にも紅茶をぐいーっと豪快に飲み干した。
(面談は、三十分くいらだと公爵様と決めていたっけ)
ふと、先日の打ち合わせを思い出す。
ラドフォード公爵の話では、ストレスがどうとかで、どの治療係候補も面談は三十分以内にするようにしていたと言っていた気がする。
(話はだいたい聞けたし、そろそろ帰ろうかな)
その時、新しい紅茶と別の皿が乗った盆を持ってセバスチャンがやって来た。倒れたままの扉を器用に踏み越えて向かってくる。
(……あれ? お代わりなんて聞いてないけど?)
セバスチャンが、初めて見るニコニコとした笑顔でエリザを見降ろした。
空になったティーカップを置き、退出のタイミングを考えた矢先だったのでエリザは困惑した。
「新しい紅茶と、こちらのクッキーをどうぞ」
「いや、あの、私はそろそろ――」
エリザが断ろうと両手を胸に上げた途端、ジークハルトがクッキーを手に取った。先に手本を見せるよう齧って、微笑む。
「侍女長モニカの手作りクッキーです。とても美味しいですよ、どうぞ」
「はぁ。手作りなんですね……」
先日、覗き見して目元にハンカチを押し当てていたメイド達を思い返す。
いや、そうではなく、なぜ面談相手にクッキーを勧められているのか。
「好きだろ? 食べてけって」
ルディオが言う。
(あ。出すならクッキーで、とでも言ったんだな?)
まったく、人の個人情報を勝手に流さないでほしい。
長居する気がなかったエリザは、気が進まないままクッキーを口に運んだ。だが、一口食べて大きな赤い瞳を見開く。
「うわっ、美味しい! しっかり甘くてびっくりしました」
素直な感想を口にした。
その厚みがあるクッキーは、新しく淹れてもらった紅茶に蜂蜜を入れない方がよく合う。
(さすが貴族の屋敷に出される高級菓子)
ジークハルトが、その様子にまた驚かされたような顔をした。やがて小さく噴き出して言う。
「僕の話しを聞くだけではつまらないでしょうから、甘くて美味しいので、好きなだけ召し上がってください」
「そんなことはないのですけれど――有り難くいただきます」
エリザが小さな口でもそもそと食べている間に、ジークハルトは、最近は周りから特に結婚しろと言われることが多いのだという悩みをこぼし始めた。
話を聞くに、結婚はしなければならないとは分かっていて、彼自身も結婚願望がないわけではなさそうだ。
こちらの公爵家の方針が、義務的な政略結婚でないらしい。
ジークハルトは暖かな家庭を持ちたい、という希望はあるようだった。
(なんか――思っていたよりも普通、かも?)
そんな悩み話は、年頃の男女と変わらないように思えた。
結婚なんて絶対にしたくない、と嘆くほど女性を心から毛嫌いしている感じはない。メイドがいるからという理由だけで、部屋に引きこもるみっともなさを省けば、ただ恋愛に臆病なヘタレだ。
「――エリオ、顔に気持ちが出てる」
「――だから、読むなっての」
クッキーを食べながら言い返したものの、物珍しげな感じで眺めているルディオが気になった。
まぁ、何はともあれ面談が無事に済んでよかった。
初対面の魔法使いにストレスが爆発して暴れるだとか、いくつか想定していた最悪な状況は全て避けられたことには安堵する。
(うん、そうならないとは限らないから辞退しよう)
二杯目のティーカップも、クッキーと共にぺろりと完食してしまった。
「ジークハルト様、本日はお話をありがとうございました。顔を会わせてすぐ、プライベートな事を聞き出してしまい、すみませんでした」
立ち上がり、退出の挨拶をしつつ心から詫びを伝えた。
謝られるとは思っていなかったのか、ジークハルトが「とんでもない」と慌てたように言った。
「えっと、僕の方こそ一階でお待ちしていなくて申し訳なかったと思ってます。あっ、見送りますよ」
「あ、お気遣いなく。大丈夫です」
「ジーク、俺が見送るから扉のことセバスチャンさんによろしく。夕食前の仕事をしているメイド達にうっかり会いたくないんだろ?」
それは事実だったようで、ジークハルトは「それなら……」と言って、座ったまま見送った。
ルディオが見送りのために立ち上がる。
入れ違いでセバスチャンが入室するのを見つつ、エリザはルディオと共に部屋を出た。
「やっぱり俺の勘は正しかったなぁ。初対面でジークが拒絶しなかった治療係って、お前が初めてだぜ」
二階の廊下を歩きながら、ルディオが緊張もほぐれた様子で頭の後ろに手を組む。
そう言われて初めて、エリザは面談も危険だったと勘ぐった。
クッキーを持ってきたセバスチャンが笑顔だったのは、第一印象は良好だったようだと満足したからだろう。
「……一応訊いておくけど、他の人はどうなったの?」
「大抵は話してもらえないし、十分も待たずに部屋を追い出される。しつこく聞き出そうとする奴には力づくで、という暴挙に出るな」
そういったことは、前もって警告して欲しかった。
まるで嵌められたようじゃないかと、エリザは憮然と唇を引き結んだのだった。
というか、とエリザは思う。
(女である私を前に逃げ出さないということは、彼は私に魅力がないばかりか、女性としての気配さえ欠けていると言いたいのかな?)
それを表に出してしまわないように、ひとまずにこっと笑顔を作った。
事情を知らないジークハルトが首を傾けるそばで、ルディオが『目が笑ってねぇよっ』と視線で伝えてくる。
エリザは笑顔を向けて、目線で『黙れ』と返した。
(――考えられる症状の原因は、二つ、か)
ルディオが静かになってすぐ、エリザは考える。
視覚的に女性であると認識した途端に、恐怖心を煽られること。そして気配だけで身体が震えることから、肉体的にも異性という存在も受け入れられなくなっていること――。
「症状は気絶と、それから蕁麻疹でしたか」
「触れられた部分から、場合によっては全身まで広がります」
「ああ、ショックの度合いで、ということでしょうね」
とすると、やはり彼の恐怖心が鍵になっているのだろう。
ふむふむと考えるエリザを、ジークハルトがまたしても意外そうに見つめる。ルディオも「専門家っぽい」と呟いていた。
(私は専門家でも魔法使いでもなくて、魔術師の弟子だよ)
エリザは素人であるので、詳細に分析と治療方法を導き出すのは難しい。
精神的な問題であれば、その手の専門家に消化しきれていない記憶をどうにかしてもらう方が早いと思う。
好奇心の強い彼女としては、ふと、男と思われている状態で触ったら無意識に耐性がついたりしないかな、と素人的な方法が脳裏をよぎった。
「蕁麻疹は、全ての女性に対して発症するのですか?」
紅茶カップを持ち上げつつ、質問だけしてみた。
するとジークハルトが、頼りなさそうな声で「はい」と小さく言った。
「その、お恥ずかしい話しなのですが……従姉妹であろうと出てしまいます」
オーケー、これは触らない方が絶対に良い。
男だと思われていようが、ダメな気がする。エリザは自己完結して、不作法にも紅茶をぐいーっと豪快に飲み干した。
(面談は、三十分くいらだと公爵様と決めていたっけ)
ふと、先日の打ち合わせを思い出す。
ラドフォード公爵の話では、ストレスがどうとかで、どの治療係候補も面談は三十分以内にするようにしていたと言っていた気がする。
(話はだいたい聞けたし、そろそろ帰ろうかな)
その時、新しい紅茶と別の皿が乗った盆を持ってセバスチャンがやって来た。倒れたままの扉を器用に踏み越えて向かってくる。
(……あれ? お代わりなんて聞いてないけど?)
セバスチャンが、初めて見るニコニコとした笑顔でエリザを見降ろした。
空になったティーカップを置き、退出のタイミングを考えた矢先だったのでエリザは困惑した。
「新しい紅茶と、こちらのクッキーをどうぞ」
「いや、あの、私はそろそろ――」
エリザが断ろうと両手を胸に上げた途端、ジークハルトがクッキーを手に取った。先に手本を見せるよう齧って、微笑む。
「侍女長モニカの手作りクッキーです。とても美味しいですよ、どうぞ」
「はぁ。手作りなんですね……」
先日、覗き見して目元にハンカチを押し当てていたメイド達を思い返す。
いや、そうではなく、なぜ面談相手にクッキーを勧められているのか。
「好きだろ? 食べてけって」
ルディオが言う。
(あ。出すならクッキーで、とでも言ったんだな?)
まったく、人の個人情報を勝手に流さないでほしい。
長居する気がなかったエリザは、気が進まないままクッキーを口に運んだ。だが、一口食べて大きな赤い瞳を見開く。
「うわっ、美味しい! しっかり甘くてびっくりしました」
素直な感想を口にした。
その厚みがあるクッキーは、新しく淹れてもらった紅茶に蜂蜜を入れない方がよく合う。
(さすが貴族の屋敷に出される高級菓子)
ジークハルトが、その様子にまた驚かされたような顔をした。やがて小さく噴き出して言う。
「僕の話しを聞くだけではつまらないでしょうから、甘くて美味しいので、好きなだけ召し上がってください」
「そんなことはないのですけれど――有り難くいただきます」
エリザが小さな口でもそもそと食べている間に、ジークハルトは、最近は周りから特に結婚しろと言われることが多いのだという悩みをこぼし始めた。
話を聞くに、結婚はしなければならないとは分かっていて、彼自身も結婚願望がないわけではなさそうだ。
こちらの公爵家の方針が、義務的な政略結婚でないらしい。
ジークハルトは暖かな家庭を持ちたい、という希望はあるようだった。
(なんか――思っていたよりも普通、かも?)
そんな悩み話は、年頃の男女と変わらないように思えた。
結婚なんて絶対にしたくない、と嘆くほど女性を心から毛嫌いしている感じはない。メイドがいるからという理由だけで、部屋に引きこもるみっともなさを省けば、ただ恋愛に臆病なヘタレだ。
「――エリオ、顔に気持ちが出てる」
「――だから、読むなっての」
クッキーを食べながら言い返したものの、物珍しげな感じで眺めているルディオが気になった。
まぁ、何はともあれ面談が無事に済んでよかった。
初対面の魔法使いにストレスが爆発して暴れるだとか、いくつか想定していた最悪な状況は全て避けられたことには安堵する。
(うん、そうならないとは限らないから辞退しよう)
二杯目のティーカップも、クッキーと共にぺろりと完食してしまった。
「ジークハルト様、本日はお話をありがとうございました。顔を会わせてすぐ、プライベートな事を聞き出してしまい、すみませんでした」
立ち上がり、退出の挨拶をしつつ心から詫びを伝えた。
謝られるとは思っていなかったのか、ジークハルトが「とんでもない」と慌てたように言った。
「えっと、僕の方こそ一階でお待ちしていなくて申し訳なかったと思ってます。あっ、見送りますよ」
「あ、お気遣いなく。大丈夫です」
「ジーク、俺が見送るから扉のことセバスチャンさんによろしく。夕食前の仕事をしているメイド達にうっかり会いたくないんだろ?」
それは事実だったようで、ジークハルトは「それなら……」と言って、座ったまま見送った。
ルディオが見送りのために立ち上がる。
入れ違いでセバスチャンが入室するのを見つつ、エリザはルディオと共に部屋を出た。
「やっぱり俺の勘は正しかったなぁ。初対面でジークが拒絶しなかった治療係って、お前が初めてだぜ」
二階の廊下を歩きながら、ルディオが緊張もほぐれた様子で頭の後ろに手を組む。
そう言われて初めて、エリザは面談も危険だったと勘ぐった。
クッキーを持ってきたセバスチャンが笑顔だったのは、第一印象は良好だったようだと満足したからだろう。
「……一応訊いておくけど、他の人はどうなったの?」
「大抵は話してもらえないし、十分も待たずに部屋を追い出される。しつこく聞き出そうとする奴には力づくで、という暴挙に出るな」
そういったことは、前もって警告して欲しかった。
まるで嵌められたようじゃないかと、エリザは憮然と唇を引き結んだのだった。
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