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1話 死の森に住む【男】の赤い魔法使い

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 レヴァン王国は、魔法使いが存在している大陸だ。

 王家を含めて国民の二割が魔法の素質を持ち、国の技術や医療の発展、魔物の駆除にも努めてきた。その傾向からか、特徴として、身分制度とは別に『魔法使い』は強いほど賢者のごとく尊敬される傾向にあった。

 人の住んでいない場所で発生し続ける魔物は、彼らを長年悩ませ続けている永遠の敵みたいなものでもあった。

 そこに一番か就くしたのが、魔物を滅することができる魔法使い達だ。王国軍の他、民間でも、魔法を使える傭兵達が駆除して報酬を得るシステムが整っていた。

 王都の大きな隣町にも、厄介で広大な湿地帯の深い森が広がっていた。

 光りが入らないほど深く、毎年無残な死体が発見され、見回りの騎士団も注意を呼び掛ける危険区域に指定されていた。

 よって未開拓なその森は【死の森】と呼ばれていた。

 だがここ二年、森の町側で死臭がぴたりと起こらなくなった。

 家賃もいらないのならしばらく勝手に住んでもいいのか、と尋ね、そこに住み始めた変わり者の魔法使いがいると噂になった。

 目撃した住民や傭兵曰く、それは赤い髪と目をした最強の魔法使いである、と。

『無詠唱で強化魔法を発動し、片手一つで森の木を薙ぎ倒していた』
『その魔法使いは、魔物が徘徊する夜の森の中を平気で出歩くほどの奇人だ。それほどまでに強い魔法使いなのだろう』
『片手で魔物を滅するほどの魔力量を持った、規格外の恐ろしすぎる男である』

 だが、それはもちろん彼らのイメージでしかない。

 魔術師団の制服であるマントコートを着たエリザ――改め、活動用の偽名『エリオ』は、日中の買い物で噂を聞くたび「誰だソレ」と思う。

 女性の平均身長よりもちょっと低め、全体的に見ても華奢だ。

 そもそも魔法使いではないのだが、そうなると魔物を倒せる理由が少々厄介だ。

(――この国には、聖女がいない。魔術師も)

 そこで結局、自分に関わる変な噂については口を閉ざしている。説明しようにも、師匠ゼットと森を転々として教育を受けていたのでこの国に詳しいわけではない。

 ただ、予想外だったのは赤い髪と目が悪目立ちすることだ。

 おかげで、どこを散策しても目印みたいに「赤い魔法使いだ!」と子供に憧れの目で指を差された。

 赤い髪と赤い目は、レヴァン王国にはない色だったらしい。
 そこで気付くと、【赤い魔法使い】と呼ばれるようになってしまっていた。

「――まぁ、私がちょっと長いしすぎたのも原因か」

 そこにはちょっと、事情がある。

 ゼットと別れて、一人でいることに寂しくなった時があった。それがちょうど、王都隣のこの町にきた時だ。

 当時、エリザはまだ十六歳だった。誰か話し相手が欲しかった。

 そんな時に、出会いが会ったのだ。

(でも、そろそろ旅の続きをしなくちゃなー)

 魔物を倒すだけで明日の飯が食エリザのは有難いが、永住先だって決めていない。決めるためにも色々とみないとなぁと思った。

 食料品を抱え直し、人々のちらちら見ていく目を無視して足速に進む。

 【死の森】に近づくほど建物は減り、とうとう人の姿はなくなる。

 だが家まで続く道の森の入り口に、ふと一人の騎士が立っていることに気付く。彼が気付いて手を上げた。

「よっ、エリオ」

 それは、ここにきて初めてできた友達だった。

 一つ年上の十九歳、ルディオ・バーナー。短い癖毛のブラウンの髪と、活発そうな輝きを宿したとび色の瞳をしている。
 そして彼は、唯一『エリオ』が女性であることを知っている人間でもあった。


 彼との出会いは、約二年前にエリザが来て少しの時だった。
 騎士の訓練生だった彼が友人らと歩いていたところ、森から飛び出してきた魔物に襲われたようなのだ。

 友人をどうにか逃がした彼は、大きな獣型の魔獣に剣ごとのしかかられて危険な状態だった。

 そこに、エリザが登場したのだ。

『よいしょーっ』

 掛け声と共に、魔物の横っ面を両足で飛び蹴りした。そして倒れたところで、直に手で触れて魔物を消滅させた。

 森から道路側へとなぎ倒されていた木に関しては、馬車の邪魔になると思って森に放り投げた。

 こういう時は、怪力の指輪は本当に便利だと痛感するのだ。

 すると、当時また少年だった彼がぽかんと口を開けてエリザを見ていた。。

『……あの、もしかして【死の森】に住んでいるっていう〝恐ろしい赤い魔法使い様〟ですか? どうして小さいの?』
『初対面に向かって『小さい』とか失礼じゃない!?』
『魔法で縮んでるの?』
『おいコラああああああ! 私は元々このサイズだバカヤロー!』

 とにかく、ルディオの第一印象は『素直過ぎじゃない?』だった。

 振り払おうとしたら、わくわくして後ろをついてきた。

『おぉ、俺より身長が低い。子供じゃん』
『君だって子供じゃん。……訓練生?』
『うん、そう。どうしてフードを被ってるんだ? せっかく綺麗な髪なのにさ』
『悪目立ちするみたいだし、あまり宣伝して歩きたくないから』
『ふうん? ワインみたいな赤は珍しいけど、首都には赤毛混じりも少なくともあるから、全然変じゃないと思うけどなぁ』

 彼情報で、赤毛交じりの髪は少数存在することを知った。

 けれどびっくりしたのは、直後の彼の言葉だった。

『なぁ、というかさ、魔法使い様って魔女様だったのか?』

 十人中十人は性別を間違えてくるので、驚いた。
 それから、彼には男性名偽名の『エリオ』だと教えて、ひょんなことからお喋り友達になってしまったのだった。


 そんなことを思い出しながら、エリザは森に入って十分の距離にある寝床兼小屋に彼を案内する。
 そこは昔、討伐のための待機所として使われていたらしい。

 もう誰も使っていなさそうだったので、『しばらくここに住んでいいか』と確認して寝泊まりしている。

 最小限の家屋しかない手狭な室内だ。中央にある小さな円卓の椅子が一つ増えたのは、ルディオという訪問客が現れてからだった。

「で? 今日もまた例の愚痴?」
「そ! さすが分かってるじゃん」

 椅子を引いた彼に、紅茶の茶葉を持ってきたと笑顔で手渡され、エリザは途端に顰め面も終わって受け取る。

 実は、彼は伯爵家の三男だった。
 エリザが買えない高い値段の紅茶缶を、来訪料のようにお土産で持ってきてくれた。

「初めて押しかけてきた時も、そうだったじゃん」

 エリザは、切れそうだった新たな紅茶の追加を眺める。
 それを、小さな円卓に頬杖をついたルディオが微笑ましげに見つめた。

「ふふふ、嬉しそう」
「うるさい」

 そこまで顔に出ていないはずだが、と思いつつ準備に取り掛かる。

 その時でさえ、エリザは師匠からもらった魔術師団の団員マントコートは取らなかった。一人で生きていくための教えだ。

 実は、初めて出会った日の翌週に、ルディオは突然訪ねてきた。

『俺、毎日すごく苦労しててさ……愚痴が言エリザ奴もいないから、もう辛くって。頼むエリオッ、俺の悩みを聞いてくれ!』
『……はい?』

 それから、手土産を持って好きなだけ喋っていく日々が始まった。

 どうやらルディオには、親同士の付き合いがある幼馴染がいるらしい。相手は上の身分の公爵家で、はじめはお目付け役のように引き合わされたのだとか。

(でも友達思いのいい奴だから、そんなこと関係なくなっちゃったんだろうな)

 話を聞きながら、エリザはそんなことを思ったものだ。

 公爵家嫡男様は綺麗な顔をしていて、幼い頃から女性を引き寄せる体質だったようだ。

 歳の離れた双子の美貌の姉たちに遊ばれ、多くの令嬢に追い駆け回された。
 女性に強い苦手意識を持ち、八歳でついに恐怖症になってしまった。

 そこまでは同情を誘う話なのだが、その青年、話を聞くに結構カオスだった。
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