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蒼緋蔵邸の三人(2)

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 二階の部屋で、蒼慶達と桃宮一家の交流会が行われている中。

 本館に戻った雪弥は、半円形状の大階段の途中で、宵月と並んで腰かけていた。どちらも膝を抱えるようして座り、階上の開かれた大扉の向こうから、時々こぼれてくる笑い声にぼんやりと耳を傾けている。

「兄さん達、結構話し込んでいるみたいですね」
「そのようですね」

 時々、廊下や大階段を通って行く使用人達が、驚いたように二人を見ては、そそくさとその場を去っていっていた。

 それがとうとう五組に達した時、雪弥は自分よりも座高のある宵月の横顔へ目を向けた。「唐突で申し訳ないんですけど」と前置きしながらも、勝手に自分の隣に座った彼からぎこちなく視線をそらして、この状況に対する思いを口にした。

「…………宵月さん、これ、なんかおかしくないですか?」
「何がでしょう?」

 さらりと返されて、雪弥はピキリと青筋を立てた。

 どこか変態的に兄を慕っている彼が、昔から悪目立ちするような状況を作ったり、こちらをドン引きさせるか怒らせるのはしょっちゅうあった。そして、今だって、わざとくっついて座っているという事にも気付いている。

「蒼緋蔵邸の使用人の中で、一番偉い仏頂面のおっさんが、こうして階段に直に腰を下ろして、僕と並んで座っている事がだよ」

 過去を思い返しながら、雪弥は忌々しげに指摘した。しかし、隣に座っている彼の方へ視線を戻して睨み付けてやる、という行動には出られなかった。何故なら、至近距離から彼に鋭い目を向けられているのを、横顔にひしひしと感じていたからだ。
 今度は見過ぎだよ、と言いたくなった。階段下を通過していった六組目の女性使用人が、何事なんですかソレ、と言わんばかりに二度見してきたのが見えて、この状況が心底嫌になった。

「……あのですね。僕の横顔を見ても、何も面白い事はないですよ、宵月さん」
「よくお気付きになられましたね」
「真横からガン見されていたら、誰でも気付くわ。というか、言っているそばから近づけてくるな」
「白髪でもお探してあげようと思いまして」
「どんだけ暇してんですか」

 雪弥は、少し尻の位置を横にずらしてから、宵月を見つめ返した。真顔のままでいる彼が目に留まって、思わず口から溜息がこぼれ落ちた。

「宵月さん、昔からずっと忠犬のごとく張りついているのに、兄さんのところに行かなくてもいいんですか? あんた、あの人の執事でしょう」
「必要とされていれば、気配で探知出来ます。あの方は今、わたくしを必要としておりません。それに、引き続きあなたのそばにいて監視せよ、というご意思を魂で感じ――」
「そうですか」

 雪弥は、続く宵月の台詞を遮って、強制的に会話を終わらせた。

 時刻は、既に昼前である。当初は、後で電話越しに怒られるのを覚悟で、宵月と取っ組み合ってでも帰ろうかなぁと思っていたのが、先程見付けた仔馬の変死体を見てから、帰るに帰れなくなってしまっていた。

 宵月が他の男性使用人に指示を出して、地下のどこかへ移動させていた仔馬の死に方は、明らかに普通ではないだろう。その不安要素を、残したままにしておけない。

 とはいえ、兄の方はやたら長話をしているらしい。

 報告するという宵月と待ちながら、雪弥はそれを思って膝の上に頬杖をついた。ここに待機状態を初めてから、結構時間が経っている気がする。

「ケーキばっかりで、腹って膨らむのかねぇ」
「蒼慶様は、甘い物を滅多に召し上がりませんから、こうなる事を見越して、前もって間食をなさっておりました。さすがは蒼慶様です」
「ふぅん? じゃあ兄さんは涼しい顔で、紅茶か珈琲だけを飲んでいるわけか」

 雪弥はそう呟いて、宵月が「普段は珈琲ですが、今は皆様に付き合って紅茶です」と教える言葉を聞き流し、少し考えてみた。

 先程の茶会でケーキを沢山食べていたが、腹は全然膨らんでいなかった。亜希子と緋菜には「あれだけ食べて苦しくないの」と、胃袋の容量を心配されたが、雪弥としては、彼女達が「ケーキでお腹いっぱい」とした感想が信じられないでいる。

「蒼慶様に比べて、雪弥様は恐ろしい量のケーキを食べておられましたね」

 ぼんやりと思い返すその横顔から、心情を察したように賢い執事がそう言った。

「見ているこちらが、気持ち悪くなるほどの清々しい食べっぷりで、全く貴方様にはいつも驚かされます。――甘い物がお好きですか?」
「なんか失礼な言い方されたような気がするけど、まぁ、そうですね。甘い物は嫌いじゃないですよ、美味しいし」

 それにしても、まだまだ待つのだろうか。

 雪弥はそう思って、答えながらスーツの内側のポケットから携帯電話を取り出した。人前で個人的にチェックするのも失礼になったりするのかな、と考えていたから、普段は人前でそれを手に取る事も少ない。ただ、ここには自分と執事しかいないのだし、ついでに連絡が入っているかも確認したかったのだ。

 すると、こちらに向けられていた宵月の顔面が、より真顔になった。

「雪弥様。なんですかその気持ち悪――あなた様と組み合わせると、更にビジュアルに違和感を覚えるストラップ人形は?」
「え? 『白豆』ですけど」

 雪弥は、きょとんと視線を返して、そう答えた。言い直す前の宵月の反応が気になったが、そういえば『飼う』のは初めてだったから、それで訊いてきているのかなと思った。
 説明してあげた方が優しいだろう。しかし、手短に伝えられるような言葉がすぐに浮かんでこない。どうまとめたものだろうかと考えていたら、しばしの停止状態でいた宵月が、どうしてかそっと顔をそらして、片手で押さえた。

「…………その頭髪もないマスコットを、どうお思いなのでしょうか」
「なんか、言い方が変じゃないですか? まぁ、ほら、じっと見ていたら結構可愛いでしょう」
「わたくしは、雪弥様の将来が心配です」
「なんで将来を心配されてるんだよ。それに、僕はもう立派な大人だからな」

 幼い頃と全く同じ台詞を聞いた雪弥は、間髪入れず突っ込んだ。呑気な表情でぶらさがっている『白豆』を今一度見ると、飼い主としてペットが嫌な視線に晒されるのを防ぐべく、携帯電話をスーツの内側へとしまい直した。

 その時、階上の大扉が開閉する音が上がって、雪弥と宵月は肩越しにそちらへ目を向けた。
 楽しげな声が近づいてきたかと思ったら、廊下を客室の方へ向かい出した桃宮夫婦の姿が見えた。こちらに気付いた紗江子が、少し驚いたように目を丸くする。

「まぁ、そんなところでお座りになられて、一体どうされましたの?」
「その、えぇと特に理由はないのですが――」
「こうして雪弥様と二人で、親睦を深めていた最中だったのです」
「嘘をつくな、親睦どころか警戒心と溝が深まったわ」

 雪弥は、間髪入れず言い返した。そろそろ兄も出てくるだろうと思って、立ち上がった宵月に続いて階段を上がったところで、額の汗を拭っている桃宮と目が合った。
 ぎこちなく愛想笑いを浮かべられ、疲れているのかなと思いながら小さく会釈を返す。すると、彼の隣にいた桃宮婦人である紗江子が、声を掛けてきた。

「雪弥様、覚えていらっしゃいますか? 紗江子と申します。二度ほど、こちらでお会いした事があるのですよ」
「すみません……あの、実は覚えていなくて、ですね……」
「そうですわよね。あなた様はお小さかったですし、お会いした時は、紗奈恵様の後ろに隠れておいででしたわ」

 一瞬、自分の耳を疑った。

 まさか、母と一緒にいる時に会っていたらしいとは思わなかった。遠目から見掛けただけでなく、実際に言葉まで交わした事もあるのだろうかと、意外な事実に目を丸くする。

「母さんを知っているんですか?」
「ご挨拶程度ですけれど、こちらでお会いしました。とてもお綺麗な、心優しい女性でしたわね」

 そう答えた紗江子の優しげな瞳が、少し悲しげに細められた。今は亡き人であるのを知っているのか、控えめに微笑んだだけで、それ以上の言葉を続けてくる様子はない。
 一緒にいるだけで、温かさが移ってくるような不思議な穏やかさを感じた。老いの線が刻まれたふっくらとした顔、上品な眼差しと慈愛が覗く微笑。まるで見つめている相手すべてに、『愛おしい』と語りかけてくるような目だ。

 姿形に類似点があるわけでもないのに、どうしてか母の事が思い出されて、雪弥はひどく懐かしい気がして目を細めた。こんな風に誰かに見つめられたのは、十数年ぶりだと気付いて何故だか切なくなる。

「母をそんな風に言ってくれて、ありがとうございます」

 宵月がそばに控えている中、しばらく間を置いてぎこちなく笑った。すると、紗江子が愛おしむように微笑み返してきた。

「またこうしてお会いできて、本当に嬉しいですわ」

 不思議だ。見れば見るほど、なんだか、どことなく母と似てくる気がする。

 もし母の紗奈恵がまだ生きていたら、こんな風に歳を取っていたのだろうか。そう想像した雪弥は、彼女に母の声まで重ねようとした自分に気付いて、小さく苦笑した。久しぶりに強く懐かしさを思い出して、胸が痛かった。

「僕もですよ」

 どうにか、そう答えた。紗江子が夫の腕を取って「それでは、失礼しますわね」と、共に別れの挨拶をして、二階の廊下を客室の方へ向けて進んでいった。

 その後ろ姿を、雪弥は知らず目で追ってしまっていた。今まで母の面影を探した事はなかったのに、当時の事が蘇って胸が冷たく沈んだ。

「おい」

 不意に、不機嫌な声が聞こえて我に返った。数秒遅れで振り返ってみると、いつの間に出てきたのか、そこには仏頂面をした兄の蒼慶が立っていた。

「何やら、外が騒がしかったようだが」

 しばしこちらを見ていた蒼慶が、ふいと視線をそらして宵月に尋ねる。

「桃宮様とのお話しは、もうよろしいのですか?」
「もう済んだ。長びく報告でなければ、すぐに話せ」

 彼がそう言ってから、偉そうな態度で腕を組んだ。なんがた少し機嫌が悪そうだった。
 口を開いたら余計に怒らせてしまいそうな気もして、雪弥は説明を宵月に任せると、階段の中腹まで降りて再び段差に腰かけた。報告の合間に、チクチクと嫌味を言われてはたまらないし、すぐに終わる話も終わらないだろう。

 階段の上で、蒼慶と宵月の小さな声を聞きながら、身体を休めるように姿勢を楽にして、まだ明かりの灯っていないシャンデリアを見上げた。

 思えば、こうやって蒼緋蔵家の中でゆっくり寛いで座っているなんて、変な感じだった。数日前の仕事の最中、第三者として蒼慶や父と電話で話していたのが、随分前の事のように思えてくる。

「…………僕がここにいるなんて、違和感しかないなぁ」

 つい、ぼんやり口の中で呟いた。

 まるで戦乱時代の名残のように、高い塀に囲まれた蒼緋蔵邸の敷地。目の届くところには、滅多に顔を合わせる事もなかった蒼慶や宵月がいて、少し歩けば会える距離に亜希子と緋菜もいて、遅くには父も帰って来る『家』に、今、自分はいるのだ。
 なんだか変な感じだなぁ、と思う。父、母、兄、妹が揃う大きな家の中に、こうして自分がいる事に違和感があった。


 雪弥はしばらく、階段の中腹に腰を下ろして待っていた。数分ほどで「おい、貴様も来い」と蒼慶に呼ばれて、仕方なく立ち上がって階段を上がった。


「宵月から報告は受けた。実を言うと、『複数の刺し傷』『水分がすべて引き抜かれた』特徴を持った動物の死骸に関しては、年内にウチの当主・及び『各役職』が代変わりをする旨を発表してから、この地区でたびたび発見されている」

 つまり初見ではないのだ、と蒼慶は言った。

 一体どういう事だろうか。そう思った雪弥は、先程驚いていたのは『知っている謎の死に方』だったからかと察して、宵月へと目を向けた。今回の仔馬の死骸も確認している彼が「変死の状況は酷似しています」と、その説明を引き継いだ。

「はじめは村落の犬や猫が数匹、次の週にバスが通っている役場あたりで山羊が二頭。そのあと、じょじょにこちらへと向かうように、その不自然な動物の死骸が上がり出して調べていた矢先でした」
「家の名が知られているほど、敵も増える。当主や次期当主の私も、例外ではない。だから少し警戒してはいたが、まさか屋敷の敷地内で出るとは思わなかったな」

 宙を見やって、蒼慶が思案気に口にした。

 蒼緋蔵のように大きな財力と権力を有した一族や、社会的に高い地位にある場合、誘拐や暗殺などの危険性が少なからずある事は、雪弥も仕事がら理解している。けれど、よく知っているからこその疑問もあった。

「もし雇われの暗殺者がいたとして、普通は証拠になるような異変は残さないんですけどね。動物を使って殺し方を試す事はありますけど、その死骸も隠すと思うんだけどなぁ……」
「わたくしどもは、何かしらのメッセージではないかと勘ぐっているのです」
「挑発的な感じのな」

 宵月の意見に対して、蒼慶が間髪入れずに言うと、忌々しげに舌打ちする表情を浮かべた。美麗ながら元々愛想を感じさせない顔なので、凶悪な表情をされると、犯罪者も震えんばかりの怒気をまとう。

 昔から思っていたけど、兄さんって、嫌だと思った事を隠さない人だよなぁ……。

 雪弥は幼い頃、彼が亜希子によく足を踏まれて『教育指導』されていた事を思い出した。兄にそんな事が出来るのは、彼女くらいなものだった。まさか二十八歳になる今でも、それが続いているとは思わないけれど。

「まだ人の変死体は上がっておりませんが、蒼慶様は警戒すべきだと考えておりました。その矢先、こうして敷地内で起ってしまったわけです」

 集中力がそれてしまった雪弥に、宵月がそう話しを続けた。

「そもそも、そういった異常が蒼緋蔵邸(ここ)で確認された事は、これまでありませんでした。しかし出てしまった以上、原因を突き止めるまでは、亜希子様と緋菜様の安全もお約束出来ない状況でもある、という事です」
「早急に解決すべきだと、二人は考えているわけですね」

 雪弥は考えつつ、相槌を打った。敷地の外で見られた動物の変死体が、殺害予告として使われているのだとしたら悪質だろう。よほど腕に自信がある暗殺者の説も浮かぶが、この状況だと、狙われている対象が数人、もしくは数組になる。

 それを察したように、蒼慶がこちらを見てこう言った。

「私が次の当主として近々就任する事を公表した時期と、桃宮前当主から来訪の予定を告げられたタイミングは、ほぼ同時だ」
「知ろうと思えば、前もって日時を調べられる状況ではあったんですね?」
「その通りだ。それに、うちの情報が漏れていないという保証もないしな。――桃宮一族も、名を知られている名家の一つだ。当主を交代したのは今年の話で、彼が狙われる可能性もある」

 タイミングから推測するのなら、狙いがこちら側である可能性も高いという。みすみす桃宮家の客人に何か起こったら、三大大家の一つである蒼緋蔵の力が疑われるのだとか。
 当主と内部の『役職』も大きく交代するのも目前で、それを良く思わない者達も存在している。そう淡々と説いていた蒼慶が、独り言のようにこう続けた。

「外で動物の変死体が続けて発見された際、父上は動揺しているようだった。だが私が、何か心当たりでもあるのかと尋ねると、知らないと言う」

 そこで蒼慶は言葉を切って、難しい表情をした。
 兄が、このように眉間の皺を深めて考え込む様子は珍しい。雪弥は不思議になって、尋ねてみた。

「父さんが、何かしら隠し事をするとは思えないけどな。そういった事件とも無縁の土地だから、村落の人達を心配したんじゃないかと思いますよ」
「よく知っているな、こちらで何も起こっていないと」
「そりゃあ、まぁ気にかけてチェックはしていますからね」

 雪弥は、隠す事でもないかと思って、正直に答えた。この土地やその周辺、または父達に何かしら不利になる問題や兆候があるようだったら、すぐに『ナンバー4』に知らされるように手筈は整えてあった。

 宵月が見守る中、蒼慶は美麗な顔を顰めたものの「まぁいい」と、片手を振って話しを再開した。

「今回の仔馬の件からすると、その原因不明の死骸を作り出している何者かが、この屋敷の内部に入り込んだのではないかとは考えている」

 今朝から今にかけて、この短い間に六回、門扉は開かれた

 そう言って、彼は手の長い指を立てた。

「早朝一番に当主、次に分家の連中が分けて来訪。そして宵月が、お前を連れて戻って来て、その後――桃宮家がやって来た」
「なんだか、やけに最後を強く言ってきましたね」
「桃宮家を追ったか、付いてきた可能性も想定される。つい先程、あの一家が泊まっていた旅館で、死体が出たらしいという知らせをもらった」

 しれっと言ってきた兄に驚いて、雪弥は「それ、本当ですか?」と尋ね返してしまった。騒ぐなと言わんばかりに、蒼慶が眉をぐっと寄せてこう続ける。

「動物の変死と関連があるのかは知らん。ただ、死に方が少し似ているという事で、床下から発見されたというその遺体を、急ぎ調べてもらっているところだ。ざっと見ただけでは死亡日時、性別も年齢も分からない状態らしい」
「そんな捜査状況、警察がよく教えてくれましたね」
「協力にあたってくれている他の名家に、前もって声をかけていた。そこから寄越されている人間だからな、気付いてすぐに連絡をくれたようだ。向こうの方で情報規制もかけて、まだ他には知らされていない状況だ」
「…………隙のない情報網が怖い」

 大家とか名家の繋がりって、特殊機関みたいな組織的なものだったりするのだろうか。雪弥は、顔を伏せて本気で考えかけた。そもそも、先手を打って社交上の手腕まで発揮している兄が恐ろしい。

 すると、蒼慶が「おい、全部口から出ているぞ」と、苛々した低い声で言った。そばで宵月が「ほんとに、昔から変わりませんな」と相槌を打つ。

「双方の事件に繋がりがあるのか、偶然タイミングが重なっただけの別件かによっても、私の推測は大きく変わる。狙われているのは桃宮前当主か、蒼緋蔵の現当主である父上なのか、次期当主としてある私か。それとも、母上や緋菜を含む蒼緋蔵家そのものなのか」
「旅館の件がどちらであるにせよ、気が抜けない状況であるわけですね」

 雪弥はそう相槌を打ちながら、天井へと目を向けた。思わず「一体、何が起こっているんだろうなぁ」と呟く。何せ最悪なパターンなど、考えたらきりがないだろう。同じように、蒼慶が気難しい表情を廊下へと向ける。

 兄弟が揃って会話を途切れさせたところで、宵月が一つ頷いてこう言った。

「防犯カメラやセキュリティーは、命までは救ってくれませんからね」

 それから、彼は腕時計をチラリと見やって、主人にこう提案した。

「遅めに設定している昼食時間まで、私と雪弥様は少し時間があります。蒼慶様が次のご予定にかかっている間に、敷地内に他の異変がないか見て参りましょう」

 亜希子や緋菜達に悟られないように動くから、そんなに時間はかけられないだろう。けれど、現時点で他に異変がないか、他の使用人に事情を打ち明けて動いてもらうより、気配に敏感な自分達がざっと敷地内の様子を直に見てきた方が早い。

 雪弥はそう考えながら、こちらは了承だけれどそれでいいか、と確認するべく兄に目を向けた。こちらを見つめ返してきた蒼慶が、ジロリと睨むようにして頷き返してきた。
 それだけで終わるかと思ったら、彼がおもむろに口を開いた。

「勝手な事はするなよ。異変を見付けたとしても、すぐに動くな。塀に穴一つ開けようものなら、殺す」
「兄さん、どんだけ僕のこと信用がないんですか……」

 というか、塀をむやみに壊すなんてしませんよ、と雪弥は困ったように呟いた。一体どういう状況で、こちらからだいぶ距離がある高さ数メートルの塀まで行き、打ち砕くというのだろうか。温厚な弟に対して、ひどい言いようだと思った。

 考えている事が表情に出ている彼を、宵月が横目に見やった。けれど何も指摘しないまま、当主不在の間ここの全てを任されている蒼慶に、執事らしく次の予定を確認したのだった。
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