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エピローグ(上)モブ転生は、思わぬ幸せな結婚へ

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 主人公のレイニア・バクーイル男爵令嬢は、たった三日の法廷でいくつかの重い罪状名が確定した。

 反対意見はなく、大神殿側も「相応の償いを」としたことから決断は早かった。

 【神樹】の穢れを浄化した功績から処刑処分はまぬがれたが、終身刑用としては国内でもっとも重い、海に作られた地下五十階の魔法の牢獄入りが決定した。彼女は最後まで、世界は自分中心に回っているのだと主張を崩さなかった。

 法廷で再会した両親や親族たちに、ただのキャラクターなのにとレイニアに言われ、咽び泣いていたという記事が新聞に取り上げられていた。

「説得も、話し合いによる罪の悔い改めも彼女には無理だ。話を聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。俺は、もう二度とあの女には会いたくない」

 律儀にも進行を伝えに来てくれるバグザが、転移魔法で一時立ち寄ったバルコニーでそう話していた。

 罪人を送り届ける召喚魔法の監督責任者として、王都支部の召喚師団特務隊長バクザが選ばれていた。収監当日、結婚の準備や打ち合わせの中で顔を合わせた際、アードリューもこんなことを言った。

「死罪は免れたとはいえ、恩赦が与えられるような何かが起こらない限りは一生外の世界には出られないだろう」

 レイニアが、人々に赦される日はくるのだろうか。

(――彼女が、いつか幸せになる日がきますように)

 そう、シルフィアは静かな祈りを捧げることしかできなかった。


 一方でシルフィアとクラウスの結婚式は、王家のおかげでスムーズに日取りも確定した。

 事情を『二人にだけは』と王宮で伝えられた両親は、対面した国王と王妃、そして二人の王子に仰天していた。けれど大神殿というとんでもない格式高い豪勢な挙式となったのも、納得いったようだった。

 式場は、大神殿が場を貸し与えたいと申し出て、王家が中継ぎに入った。

 そうしてクラウスが了承する形で合意された。

 それはシルフィアへの今回の迷惑について、大神殿からの詫びを、夫である白騎士の彼が正式に受け入れ和解を意味もしていた。

【白騎士、婚約者のシルフィア・マルゼル伯爵令嬢と大神殿にて挙式が決定。ここでの結婚式は両陛下以来の大きなもので――】

 新聞は嫌なニュースが続いていたから、二人の結婚話に盛り上がった。

 わざわざ大神殿側が場を貸し与えた。結界に関わったと公表しているようなものではないかとシルフィアは心配したが、それよりも目の前にやってこようとしている素敵な家庭を持つ夢に胸が躍ることになる。

 驚くことに、クラウスは両家がそろった席で正式に結婚の挨拶を済ませると、屋敷を購入したのだ。

「結婚するのだから、これくらい用意しないと」

 シルフィアは大変恐縮したが、その心意気は嬉しかった。

 マルゼル伯爵は大変満足していた。

「結婚する前から息ぴったりの活動をしてくれたと、王家からも改めて謝状が来ていた。お前たちなら、良き夫婦になれるだろう。クラウスならシルフィアを幸せにしてくれると私も確信している」

 シルフィアは感動し、巣立つ別れの日を思って父と涙を浮かべて抱きしめ合った。母も珍しく瞳を潤ませて微笑んでいた。

 その後ろで、なぜか弟のドミニクが、バルロやリーシェたちに抑えつけられて何やら泣き喚いていたけれど。

「姉上が白騎士のものになるなんて、嫌だあああぁぁ!」

 今回シルフィアは、弟の言葉がばっちり聞こえていた。

(……ごめんなさいねドミニク、もう私は彼のものなの)

 シルフィアはほんのり頬を朱に染めて思った。その幸せそうな恥じらいの表情に、ドミニクがショックを受けていたのは気づかなかった。

「坊ちゃまも、跡取りとしてしっかりがんばってくださいねっ」

 リーシェはにこにこしてそう慰めていた。

 彼女は結婚するシルフィアについていくことが正式に決まった。マルゼル伯爵家で結婚報告が行われた際、約束通りもちろんついていくと、彼女はみんながいる場で進み出てそう申告してくれた。シルフィアはとても嬉しかった。

 結婚式が週末に迫ると、引っ越しの準備も本格的になった。

「お父様、お母様。私は妻として、クラウスをこの先も支えていきます」

 お茶の席で、シルフィアは改めて両親にそう約束した。

「この前のような危険なことは、して欲しくないけどね」

 隣からクラウスに肩を抱き寄せられた。

 そのことについてドミニクは知らないから、リーシェが彼の耳を後ろから両手で塞いでいた。

「さすがは君のメイドだ」
「ありがうございます。ですが、その約束はでまきませんからね」

 毅然と告げたシルフィアに、クラウスが目を丸くする。マルゼル伯爵が困った表情をする。

「可愛いシルフィアや、それは父も同意見だぞ」
「お父様の頼みでも、無理です」
「シルフィア、ここは父君の意見をのんだ方がいい、君は――」
「いいえ、お父様であってもクラウスであっても説得には応じませんから」

 シルフィアはきっぱりと断った。

「愛しい人を身を挺して助けるのは、当たり前です。愛しているのですから、そんな酷な約束はできませんし、私は今後だってクラウスを助け続けます」

 何があろうと、二人でこの先の人生を進んでいくと決めたのだ。

 シルフィァは隣の彼を見上げた。クラウスが目を合わせた拍子に、こらえきれず揃ってくすぐったそうに破顔する。

 クラウスの唇がそっと寄る。ドミニクの悲鳴が上がった。

 その悲鳴は自分の両目を覆ったマルゼル伯爵もだった。先日の両家の食事でも同じことをして、エンゼルロイズ伯爵に呆れられていた。

(離れるのは寂しいけれど、門出が嬉しいわ)

 聖女が現れてから延期になっていた結婚。


 ――いつか結婚する。

 その約束が、とうとう果たされる時がきた。


 ◇∞◇∞◇

 迎えた挙式当日は、驚くほど澄んだ青空が上空には広がっていた。

 国民たちは『本当の聖女様の結婚を天空が喜んでおられるのだ』と騒いでいた。とはいえ大神殿で〝奇跡〟を起こしたのは誰か、明確には口にしない。

 姿を見て知っている者は知っているが、シルフィアが望んだ幸せのため、遠くから優しく見守る所存だ。

 魔物を一匹さえ入れない強固な国の結界は、聖女の幸せがあってこそ。

 それとはまったく別に、白騎士の方も〝男限定で〟注目されていた。

 シルフィアの美しさに想いを寄せていた大勢の男たちが、挙式目前、白騎士へ文句と祝福を言いながら酒を飲んで嘆いた王都の社会現象は――また別の話だ。

「変に見えない? 大丈夫かしら」

 そして挙式まで間もなく、シルフィアは大神殿の支度室で何度も姿見を見るほどに緊張していた。

 デザインを選んだあと、何度か試着だってしたのに横姿や後ろ姿を眺める。

 それをクラウスは、椅子にこしかけて幸せそうに眺めていた。

 しかしシルフィアの上げられたヴェールの裾を持っているリーシェが、もう何度目だろうと言わんばかりに「はぁ」と気の抜けた返事をする。

 控え室に訪れたドミニクも、疑問腑をいっぱい頭に浮かべて言う。
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