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六章(8)急展開した事件と、二人の『聖女』
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考えている暇はない。進まなければ世界が作り変えられてしまう。
走るシルフィアの道を作るように、サラが清々しいほど男たちを吹き飛していく。
「あっ――いたわ!」
神官たちの壁を抜けた。視界が一気に広がった時、シルフィアは大岩まであと数メートルの距離にレイニアの姿を見た。
「やめて!」
だめ、そんな重いでシルフィアはがむしゃらに走った。
「白騎士の婚約者! 振り返らないで真っすぐ進んで! そうすればきっと間に合う!」
後ろからサラの助言が力強く飛んでくる。
後ろから神官は追いかけてこない。彼女が引き留めてくれているのだろう。
乱闘の騒ぎから離れて左右の視界もクリアになる。シルフィアは、振り返って舌打ちしたレイニアと目が合った。
だがその時、開けた視界の隅にハッと目を引き寄せられた。
目を走らせるとこちらとは反対側にある入り口から、突入してくる白騎士部隊の姿があった。先頭にいるのはクラウスだ。
(――クラウス)
神官や召喚師団の向こうにいるクラウスも、真っすぐシルフィアを見た。
彼の目が安堵に緩められる。
だめ、お願い、緊張を解かないで、シルフィアは柱の影から神官が槍に変えた神棒を投げる光景に、胸がどくんっと不安の鼓動を打った。
その一瞬、時間の流れがシルフィアにはゆるやかに見えた。
槍は、隊長であるクラウスを狙って真っすぐ飛んでいく――。
「――だ、だめえええええっ!」
シルフィアはスカートを翻して一目散に引き返した。
がむしゃらに彼のもとへと走った。ただただ必死だった。大きな怪我をする。もしかしたら彼が死んでしまうかもしれない。
そんなことはだめだ。彼は、生きなければならない人。
(ああお願い、どうか奇跡を)
愛しているのだ。心から、彼を愛してる。
シルフィアは心から奇跡を望んだ。
(自分はどうなったっていい、だから私に、どうか彼を守らせて――)
直後、彼女は〝光〟を見た。
それはシルフィアの身体から発されたものだった。正気をなくしていた神官たちが反応し、なんだと驚く声も聞こえてきた。
その次の瞬間、シルフィアはクラウスと槍の前に転移していた。
「――は」
クラウスから、そんな声が聞こえた気がした。
気のせいかもしれない。シルフィアは迫りくる槍を見た途端、無我夢中で大きく両手を広げて、自身の胸を差し出していたから。
ザクッ、と布が割ける音が身体に響いた。強い衝撃を胸に受けて、一瞬両足が床から浮く。
クラウスの絶望と驚愕が混じった悲鳴が上がった。
(ああ、私……間に合ったんだわ)
自分の胸にも深々と刺さった槍を見た時にシルフィアが思ったのは、それだった。
何もかも光景がゆっくりに見えた。
力なく宙を踊る自分の手。リューイと顔見知りの騎士たちが、神官の向こうの入り口から駆け込む光景。彼らもまた絶望の表情を浮かべていた。
「シルフィア!」
一瞬で時間の流れが戻ってきた。崩れ落ちたシルフィアを、クラウスが後ろで支えた。彼は抱き留め、よろけるようにして膝を落とす。
「ああそんな、だめだ……だめだシルフィア」
抱いた彼の声も、すべて鈍く聞こえる。気丈なはずの彼の目に、涙が浮かぶのをシルフィアは見た。
「どうして、どうしてこんな……!」
クラウスは悲痛な表情を浮かべていた。
「……ごめんなさい、クラウス」
シルフィアは短い呼吸を繰り返しながら「こほっ」と乾いた咳をもらした。
「あなたを、愛しているの。私だってあなたを守りたいのよ」
呼吸も苦しいのに、うまく息も吸えないのに、愛する人の無事を見届けたらほっとして涙がこぼれた。
クラウスの絶望した目から涙が滴り落ちた。彼が泣いているのを見たのは初めてかもしれないと、シルフィアは場違いにも考えてしまう。
「クラウス! ぼうっとすんな、まずは槍を抜くんだ! 止血魔法ができる者はっ」
駆けつけたリューイがクラウスの向かいで膝をつく。彼が顔を向けるとバクザが、一人の部下を呼び「とっとと行け!」と命じる。
(ああ、こんなこと、している時ではないの)
人が集まる中、シルフィアは向こうを見た。
そこには立ち止まり、青ざめているレイニアの姿があった。目が合うと彼女がハッとしてスカートを持ち、背を向ける。
(だめ、お願い)
誰か、彼女を止めて。
シルフィアは口を力なくぱくぱくと動かす。
「シルフィア俺を見ろっ、意識を失ってはだめだっ」
伸ばした手をクラウスに取られた。
見たい。死ぬのなら最期に。でも、そんな時間は残されていないのだ。シルフィアは大岩に両手を伸ばすレイニアを見ていた。
(ああ、神様、どうか――)
ここにいるみんなが頑張っている。
その努力が報われて欲しい。みんな、幸せに生きて欲しい。
(私はどうなってもいいの。あなたはクラウスを助けるチャンスをくれた、だから神様、あなたがいるのなら助けて)
そんな決死の〝祈り〟を、シルフィアが心から抱いた時だった。
天上から、ラッパと美しい鐘の音が鳴り響いた。
まだ動き続いていた最後の神官たちも耳を抑えて動きを止めた。それは讃美歌のように場に降り注ぐ。
『命を投げ出してでも愛する者を守ろうとした娘よ』
続いて降ってきたのは強烈で神聖な〝声〟だ。
『シルフィア・マルゼル、そたなこそ本物の聖女。世界の平和を心から祈ったその願い、聞き届けた』
同じく大音量に足を止めて耳を塞いでいたレイニアが「そんなっ」と悲鳴を上げた。
「私こそが聖女なのよ! 私が、この世界の主人公なのにっ!」
バクザたちが奇怪な者を見る目でレイニアを見る。
突如、大岩から放たれた眩い光が近くにいたレイニアを弾き飛ばされた。
光を受けた瞬間に神官たちが正気に戻る。
「……同調、している」
彼らは大岩と同じく、強く温かな光をまとったシルフィアを見ると、おぉと揃って手を合わせ膝をついた。
(ああ、温かいわ)
自分の胸がどうなっているのか分からない。
自分の胸部を見てみると、そこにあった槍は抜けていた。光が集まって止血し、ひどい傷が、みるみる治っていく。
「――シルフィア」
声につられて目を上げたら、こすったような血の跡を頬につけたクラウスがいた。
シルフィアを抱えている彼の両手は血に濡れていた。見開いたクラウスの綺麗なブルーの目が、くしゃりとしてまた涙を目に浮かべた。
けれどそれは悲痛でも絶望でもなく、安堵と喜びのものだった。
(愛する人を、みんなを守りたい)
どくん、と鼓動のような光の波紋がシルフィアから放たれた。
誰もが驚いて身構えたが、走り抜けていった光に触れた者たちの怪我はみるみるうちに消え、傷ついていた服さえも修復してしまう。
彼女は大岩に降り注いだ大きな力が、そこからさらに自分の中へ入ってくるを感じた。
自分を通して、大きな存在が魔法を超してくれようとしている。
(力を貸してくれるから、聖女は魔法が使えるんだわ)
そう実感した直後、彼女を中心にして大神殿から光が放たれた。
その強烈な光は、王都中の者たちが見た。
建物から溢れ出た閃光は輝きをまとって旋回し、やがて天へと伸びた光は雲を蹴散らし、大神殿の上空を中心に大空を駆けていった。
美しいその光景は、全国民が〝奇跡〟として目の当たりにすることとなった。
その光は、不思議な鐘の音を大地へと響かせてどんどん伸び広がり、間もなく国境の魔法使い部隊が国中を覆うのを確認。
そうして国を覆う、清浄な気をまとった巨大な一つの結界となった。
◇∞◇∞◇
走るシルフィアの道を作るように、サラが清々しいほど男たちを吹き飛していく。
「あっ――いたわ!」
神官たちの壁を抜けた。視界が一気に広がった時、シルフィアは大岩まであと数メートルの距離にレイニアの姿を見た。
「やめて!」
だめ、そんな重いでシルフィアはがむしゃらに走った。
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だがその時、開けた視界の隅にハッと目を引き寄せられた。
目を走らせるとこちらとは反対側にある入り口から、突入してくる白騎士部隊の姿があった。先頭にいるのはクラウスだ。
(――クラウス)
神官や召喚師団の向こうにいるクラウスも、真っすぐシルフィアを見た。
彼の目が安堵に緩められる。
だめ、お願い、緊張を解かないで、シルフィアは柱の影から神官が槍に変えた神棒を投げる光景に、胸がどくんっと不安の鼓動を打った。
その一瞬、時間の流れがシルフィアにはゆるやかに見えた。
槍は、隊長であるクラウスを狙って真っすぐ飛んでいく――。
「――だ、だめえええええっ!」
シルフィアはスカートを翻して一目散に引き返した。
がむしゃらに彼のもとへと走った。ただただ必死だった。大きな怪我をする。もしかしたら彼が死んでしまうかもしれない。
そんなことはだめだ。彼は、生きなければならない人。
(ああお願い、どうか奇跡を)
愛しているのだ。心から、彼を愛してる。
シルフィアは心から奇跡を望んだ。
(自分はどうなったっていい、だから私に、どうか彼を守らせて――)
直後、彼女は〝光〟を見た。
それはシルフィアの身体から発されたものだった。正気をなくしていた神官たちが反応し、なんだと驚く声も聞こえてきた。
その次の瞬間、シルフィアはクラウスと槍の前に転移していた。
「――は」
クラウスから、そんな声が聞こえた気がした。
気のせいかもしれない。シルフィアは迫りくる槍を見た途端、無我夢中で大きく両手を広げて、自身の胸を差し出していたから。
ザクッ、と布が割ける音が身体に響いた。強い衝撃を胸に受けて、一瞬両足が床から浮く。
クラウスの絶望と驚愕が混じった悲鳴が上がった。
(ああ、私……間に合ったんだわ)
自分の胸にも深々と刺さった槍を見た時にシルフィアが思ったのは、それだった。
何もかも光景がゆっくりに見えた。
力なく宙を踊る自分の手。リューイと顔見知りの騎士たちが、神官の向こうの入り口から駆け込む光景。彼らもまた絶望の表情を浮かべていた。
「シルフィア!」
一瞬で時間の流れが戻ってきた。崩れ落ちたシルフィアを、クラウスが後ろで支えた。彼は抱き留め、よろけるようにして膝を落とす。
「ああそんな、だめだ……だめだシルフィア」
抱いた彼の声も、すべて鈍く聞こえる。気丈なはずの彼の目に、涙が浮かぶのをシルフィアは見た。
「どうして、どうしてこんな……!」
クラウスは悲痛な表情を浮かべていた。
「……ごめんなさい、クラウス」
シルフィアは短い呼吸を繰り返しながら「こほっ」と乾いた咳をもらした。
「あなたを、愛しているの。私だってあなたを守りたいのよ」
呼吸も苦しいのに、うまく息も吸えないのに、愛する人の無事を見届けたらほっとして涙がこぼれた。
クラウスの絶望した目から涙が滴り落ちた。彼が泣いているのを見たのは初めてかもしれないと、シルフィアは場違いにも考えてしまう。
「クラウス! ぼうっとすんな、まずは槍を抜くんだ! 止血魔法ができる者はっ」
駆けつけたリューイがクラウスの向かいで膝をつく。彼が顔を向けるとバクザが、一人の部下を呼び「とっとと行け!」と命じる。
(ああ、こんなこと、している時ではないの)
人が集まる中、シルフィアは向こうを見た。
そこには立ち止まり、青ざめているレイニアの姿があった。目が合うと彼女がハッとしてスカートを持ち、背を向ける。
(だめ、お願い)
誰か、彼女を止めて。
シルフィアは口を力なくぱくぱくと動かす。
「シルフィア俺を見ろっ、意識を失ってはだめだっ」
伸ばした手をクラウスに取られた。
見たい。死ぬのなら最期に。でも、そんな時間は残されていないのだ。シルフィアは大岩に両手を伸ばすレイニアを見ていた。
(ああ、神様、どうか――)
ここにいるみんなが頑張っている。
その努力が報われて欲しい。みんな、幸せに生きて欲しい。
(私はどうなってもいいの。あなたはクラウスを助けるチャンスをくれた、だから神様、あなたがいるのなら助けて)
そんな決死の〝祈り〟を、シルフィアが心から抱いた時だった。
天上から、ラッパと美しい鐘の音が鳴り響いた。
まだ動き続いていた最後の神官たちも耳を抑えて動きを止めた。それは讃美歌のように場に降り注ぐ。
『命を投げ出してでも愛する者を守ろうとした娘よ』
続いて降ってきたのは強烈で神聖な〝声〟だ。
『シルフィア・マルゼル、そたなこそ本物の聖女。世界の平和を心から祈ったその願い、聞き届けた』
同じく大音量に足を止めて耳を塞いでいたレイニアが「そんなっ」と悲鳴を上げた。
「私こそが聖女なのよ! 私が、この世界の主人公なのにっ!」
バクザたちが奇怪な者を見る目でレイニアを見る。
突如、大岩から放たれた眩い光が近くにいたレイニアを弾き飛ばされた。
光を受けた瞬間に神官たちが正気に戻る。
「……同調、している」
彼らは大岩と同じく、強く温かな光をまとったシルフィアを見ると、おぉと揃って手を合わせ膝をついた。
(ああ、温かいわ)
自分の胸がどうなっているのか分からない。
自分の胸部を見てみると、そこにあった槍は抜けていた。光が集まって止血し、ひどい傷が、みるみる治っていく。
「――シルフィア」
声につられて目を上げたら、こすったような血の跡を頬につけたクラウスがいた。
シルフィアを抱えている彼の両手は血に濡れていた。見開いたクラウスの綺麗なブルーの目が、くしゃりとしてまた涙を目に浮かべた。
けれどそれは悲痛でも絶望でもなく、安堵と喜びのものだった。
(愛する人を、みんなを守りたい)
どくん、と鼓動のような光の波紋がシルフィアから放たれた。
誰もが驚いて身構えたが、走り抜けていった光に触れた者たちの怪我はみるみるうちに消え、傷ついていた服さえも修復してしまう。
彼女は大岩に降り注いだ大きな力が、そこからさらに自分の中へ入ってくるを感じた。
自分を通して、大きな存在が魔法を超してくれようとしている。
(力を貸してくれるから、聖女は魔法が使えるんだわ)
そう実感した直後、彼女を中心にして大神殿から光が放たれた。
その強烈な光は、王都中の者たちが見た。
建物から溢れ出た閃光は輝きをまとって旋回し、やがて天へと伸びた光は雲を蹴散らし、大神殿の上空を中心に大空を駆けていった。
美しいその光景は、全国民が〝奇跡〟として目の当たりにすることとなった。
その光は、不思議な鐘の音を大地へと響かせてどんどん伸び広がり、間もなく国境の魔法使い部隊が国中を覆うのを確認。
そうして国を覆う、清浄な気をまとった巨大な一つの結界となった。
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