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六章(6)急展開した事件と、二人の『聖女』

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 だんだん大神殿の大きな入り口が近づいてくる。

「聖女の話を聞いただろうし、クラウスは恐らく大神殿の中だと思う。気をつけろよ、魔法が使える班がいくつか突入したが、神官がどれくらいいるのかも予測できない。お前がどうするのか知らないが、殿下とお前を信じていいんだな?」

 無我したらただじゃおかないぞと、リューイの目が最終確認してきた。

 腹に回された彼の腕の力が強まって、本当は離したくない、と語ってくる。

「信じていいわ! 私は聖女を追うっ」

 彼女を、【神聖なる祈りの場】に入れてはいけない。

(これ以上の地獄が、きっとその先で待ってる)

 リューイが苦渋にくしゃりと目を細め、それから「くそっ」と頭を振り、シルフィアを降ろす準備をする。

「お前を騒ぎのド真ん中に置いていくとか、今後二度と、絶対にしねぇからな!」

 まるで叱るみたいにそう言われて、シルフィアは場違いにも嬉しくなった。

(あなたは最高の友人だわ。信じてくれて、ありがとう)

 リューイが大神殿の入り口へと馬を寄せた、速力をやや落とし、一瞬のタイミングでシルフィアを降ろす。

 そのまま彼の軍馬は大神殿の前を横切っていった。

 シルフィアは見送ることなく大神殿へと飛び込んだ。リーシェの選んでくれたブーツのおかげで、走りやすい。

 大神殿の中は白で統一されていて、天井が高く、人々の争う様子もよく見えた。

(――なんて、ひどいの)

 まるで戦争だとシルフィアは身震いする。

 触れば解けるのではないか。一瞬、彼らを先に助けられないだろうかと良心が揺れた。

 だが近くを通過した際、攻防を繰り広げる神官にとくに変化がなかったことに気づいてハッと身が強張った。

 いつもと、違う。

 これまで魔法を解いた人たちは、シルフィアが近づくだけで諍いの雰囲気を解いた。

(聖女が大神殿に入った時に魔法を放った……それだけで以前の魔法よりも強く?)

 触れて、正気に戻らなかったら。

 そう考えてゾッとした。レイニアはこの世界のヒロインだ、対するシルフィアは魔法なんて使えない。ここに入っても何も感じていない。

 でも、始めないまま諦めるなんてしたくない。

 シルフィアは一人の神官に目をつけた。だが後ろから近づこうと向かった時、突如、廊下の柱から出た足に引っかかった。

「あぅっ」

 勢いのまま前方に転がった。

 床はつるりとしているが、硬くて、打った全身から痛みが走る。

「無駄よ。転生者の〝聖女もどき〟じゃ解けないわ」

 場違いな少女の声にハッと見上げる。

 そこには、戦いの場に合わない美しいドレスを来た令嬢がいた。

 日本人に寄せた違和感のない黒っぽい焦げ茶色の髪、愛らしい目鼻立ちの美少女――主人公のレイニア・バクーイルだ。

 彼女の可憐な目は、今やシルフィアを憎悪で睨みつけている。

「あなたが私の邪魔をした転生者ね。まず私のもとから離れていったのは【白騎士】だった、まさかとは思ったけど乗り込んできたということは正解でしょ?」

 シルフィアはぐぐっと四肢に力を入れ、立ち上がる。

「こんなこと、やめて」
「嫌よ。私がこの世界の主人公なのに、どうして好きにしちゃいけないの? 甘々だけずっと見ていたいと思っていたの! この力を使えば面倒な交流も踏まずモテモテになるし、最高だわ!」

 レイニアが手を握ってきゃーっと黄色い声を上げる。

 何も、考えていない。シルフィアは話が通じない子供を相手にしているのを感じて、愕然とした。

 彼女はこの世界を、コントローラー一本で好きにできるゲームだと思っているのか。

「みんな主人公が大好きな本来あるべき姿に私が魔法で戻してあげるの。ただ、あんたは誤算だったわ、浄化の力を持っているせいで駒たちが反応しないから、邪魔をしないように私が直々に手を下すことにしたの」
「えっ」

 だから大神殿に降り立ってから、まだ誰も目を向けてこないでいたのか。

 その時だった。脇から一人の神官が飛び出してきた。

「お前など聖女ではない!」

 神官の神棒がレイニアに向かう。彼女は驚かず、すっと右手を上げた。

「ハルジオ、私を守りなさい!」

 直後「御意」と低くていい声が聞こえたシルフィアは、神官が防御した神棒と共に、吹き飛ばされる光景を見て悲鳴を上げた。

 そこに現れたのは、攻略対象の第二王子護衛部隊長ハルジオだ。

「な、なんてひどい……」
「ひどいわよね。神官のくせに、主人公様の私に手を上げようだなんて。心が強いとだめみたい、でも――【神聖なる祈りの場】なら、聖女である私の力が最強になるわ」

 シルフィアはハッと動いたが、ハルジオが剣の切っ先を向けて動けなくなる。

「……私を、殺すの?」
「殺すことはしないわ。私が聖女でなくなったら困るじゃない」

 シルフィアが困惑を浮かべると、レイニアは「ゲームとか映画のお決まりを知らないの?」と気を良くして話す。

「聖女は清らかな人間って決まってるし、罪を犯す行為はきっとだめなのよ。それから、純潔ね。そこはネックだけど、主人公の聖女でいるためには仕方ないわよね。そうそうっ、物語を修正しながらあなただってもとのモブに戻ってもらわなくちゃ」
「え……?」
「あんたが聖女でなくなれば、これからする私の魔法だって効くでしょ?」

 どうやって、と頭に浮かんだ時にレイニアが悪意たっぷりの笑みで手を合わせる。

「男とシたら聖女の資格はなくなる。私の邪魔をしたから、一回痛い目みせたいとずっと思っていたのよ」

 まさか、と思ってシルフィアは背筋が冷えた。

 同時に頭の中には、彼女の説明の矛盾点も起こってぐるぐると忙しく回った。

「ねぇハルジオ、私のために、彼女の純潔を奪ってちょうだい」

 レイニアが、人形のように佇んでいるハルジオの頬をいやらしく撫で、甘く囁く。

「御意」

 彼が持っていた剣を落とした。

 シルフィアは咄嗟に身を翻したが、後ろからハルジオが腕を回して掴まえる方が早かった。

「触れても魔法は解けないわよ! それじゃあ公開プレイを楽しんで」

 レイニアが高笑いを上げて通路の奥へ走っていく。

「あっ、だめ」

 追い駆けなければならないのに、ハルジオにそのまま押し倒された。

 そもそもシルフィアは頭の中がかなり混乱していた。

(か、彼女が純潔を守っているのは分かったけど、――そもそも私、初めては終わっちゃっているのですけれど!?)

 シルフィアはクラウスと関係を持ったが、そのあとも普通に治すことができていた。

 するとハルジオが、スカートをむんずと掴んだ。

「えっ、すぐそこからっ? ――じゃなくて、だめ!」

 ぐいーっと引っ張られたシルフィアは、ぞわっと嫌悪感が走って慌ててスカートを両手で押さえる。

 クラウス以外に触られたくない。

 シルフィアは初めて行為するのが〝怖い〟と思った。この行為は神聖であるべきだ。愛情をもって二人がするから、尊いのだ。

「嫌、……だめ、お願いだから、ハルジオ様やめてっ」

 咄嗟に彼の手に触れてみたが、効果は何も現れずシルフィアは絶望した。

 だがその時、一つの声が彼女の心に光を与えた。

「俺の婚約者に乱暴をするとはっ、愚か者が!」

 馬乗りになっていたハルジオの横っ面が、拳で吹き飛ばされた。現れたクラウスが、続いて彼の腹部を蹴り上げてさらに吹き飛ばす。

(まぁ……白騎士が、グーパンチでのうえキックで………)
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