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六章(4)急展開した事件と、二人の『聖女』

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 ただのお遊びで済まないような、大人の女性だと考えつかないような、今以上にとんでもないことを考えそうな――。

「すでに捜索はかけてあるが、ここに集まったのは次代国王を支える優秀な者たちだ。君たちにも、今すぐレイニア嬢の捜索に加わって欲しい」

 アードリューはもう『聖女』とは言わなかった。弟の心境を案じてのことだろう。

 クラウスたちが彼の目を見て了承を答えた。

「それからシルフィア嬢、君にはしばらく私と共に避難してもらいたい」
「えっ、私ですか……?」
「誰が自分の魅了を解除してしまえるのか、もしかしたらレイニア嬢が探す可能性もある。君に何かあれば聖女の魔法は永遠に解けない」
「少し彼の別荘でゆっくりしてもらうだけだよ」

 安心して、とミュゼスター公が笑いかけてきた。

「先にアルベリオ殿下たちとも話したが、魔法が使えないアードリュー殿下にも念のため隠れてもらうことにした。彼が聖女の魔法にかけられてしまったとあれば、今後の私の計画が崩れることになりかねない」

 シルフィアはハッとした。

「……聖女様を、裁くのですね?」
「ああ、罰は平等に。それに君を巻き込んだ手前、危険になると分かって対策も取らないわけにはいかないからね。白騎士にもそう約束して協力に了承してもらっているし」
「えっ」

 クラウスを素早く見ると、彼が切実な表情で微笑みを浮かべる。

「アードリュー殿下のところで避難させてもらえるのなら、俺も安心だ。彼のところの護衛部隊には一流の魔法使い部隊も揃っている」

 どうして反対しないの、第一王子と一緒に行くことになるのに。

 まさかこれからすぐ離れ離れになるとは思っていなかった。

 クラウスも同じタイミングで話を聞いたはずなのに、彼はすべて受け入れて騎士として務めを果たそうとしている。

 離れたくない、ここにいさせて、と思う。

「でもっ」
「君が大事なんだ、シルフィア。どうか安全なところにいてくれ」

 身を乗り出したシルフィアを押し留めるように、クラウスが肩を掴んだ。

「もし聖女が君に何かしたとあったら、……俺はきちんと罪を償わせられるか分からない」

 彼がシルフィアの左手を取って、指輪に唇を押し当てた。

「クラウス……」

 バミュロが小さく口笛を吹いた。場の状況を見守っているバクザが、見慣れない様子でそろりと視線を逃がす。

 その唇の熱に、シルフィアはクラウスの想いが強く伝わってきた。

 彼も平気ではないのだ。彼女のためを想ってここで一度離れようとしている。

 クラウスは聖女だろうと剣で斬ると言っているのだ。それだけ、シルフィアのことを大切にしてくれている。

(どれくらい避難していなければいけないの?)

 シルフィアは魂が半分に切り裂かれる痛みを覚えていた。

 でも、覚悟を決めて指輪に愛を口づけまでした騎士様の想いを、彼女が無碍にしてしまうわけにはいかない。

「……気をつけてくださいね」
「もちろんだ。俺は、君と結婚するのだから」

 彼に優しい瞳で見つめ返された。シルフィアは喉元まで『嫌、離れたくない』という言葉が込み上げて胸を締めつけられた。

 涙腺が潤んで、たまらずクラウスを抱きしめる。

 バクザが涙を誘われて鼻をこすりながら、言う。

「大丈夫だ、シルフィア嬢。この前の借りは返す。何かあれば俺も召喚師団特務隊長として、魔法で白騎士を支えてやる」

 彼の頼もしい言葉に、シルフィアは涙目で微笑み返した。

 あとはミュゼスター公の方で話すことになり、シルフィアはアードリューと共に執務室を出た。そして、あとで迎えに行くと告げた彼とそこでいったん別れた。

 ◇∞◇∞◇

 屋敷に戻ったら大変な騒ぎになった。『娘の身の安全のため』と言われて両親も弟も動揺していたが、そんな時間もないと言わんばかりに騎士たちが淡々と荷造りをした。

 安全のため、どこへ向かうのかは教えられない。

 メイドの同行も許されないとのことで、リーシェも心配した。

「荷造りだけはしっかりさせていただきますからっ。あ、それから動きやすい靴にしましょう!」

(ごんめなさい、リーシェ)

 詳細は何も話せないのに、身支度まで整える彼女に涙が出そうになる。

 どこかへ行く時はいつだって一緒だった。結婚する際には、ついていくとまで言ってくれた大切なメイドだ。

 胸が不安に鼓動し続けているのを感じていた。

 リーシェに相談したくてたまらない。

(――行きたく、ない)

 胸にある苦しい感じは、『本当にこのままクラウスにすべて任せて自分だけ退場してしまっていいのか』という迷いだった。

(ミュゼスター公様に考えがあるのなら、私が邪魔してはいけない……第一王子に魔法がかけられてしまうことを絶対に起こしてはいけないのは分かってる、でも……)

 二人の秘密の活動をここであっさり終えてしまっていいのか。

 目撃情報を探られたら、レイニアはシルフィアに辿り着いてしまうだろう。だから念のため自分は屋敷から移動する。

 そう頭で分かっていても、心が納得できずざわついている。

 気が進まない。足が、重い。

 ほんの少し前まで、愛し合って温もりを感じていた人。その人を自分はここへ置いていくのか。

 考えるだけでずぐりと胸が苦しくなる。

 愛ゆえに、こんなにも離れがたいのだろうか。

(私のただの我儘? だとしたらリーシェに『行かない』なんて言えない……)

 ほどなくして、シルフィアを迎えに王家の馬車が到着した。

 玄関ホールでアードリューを出迎えた家族は、緊張気味に挨拶をしていた。

 大神殿が絡んでいるので簡単には口にできないことを、アードリューも申し訳なさそうに思っているみたいだった。


 護衛つきの馬車は、アードリューとシルフィアを乗せると、馬の蹄と車輪の音を響かせて王都離れるようにどんどん道を進んだ。

 車窓のカーテンの隙間から流れていく風景が、馬車の速さを物語っていた。

 じっとしていても事態が進んでいくことに焦らされ、胸でぐるぐると騒ぐ想いと、感情の整理がつかず苦しい。

 切羽差詰まったようない表情を、アードリューが気づいた。

「すまない、急ぎになってしまったな」
「いえ、殿下は何も」

 シルフィアは顔を彼の方へ向け、笑顔を作ってみせた。

(モブの私が、まさか畏れ多くも第一王子殿下と一緒に行動することになるなんて……)

 こうも原作と違うと、未来が見えないことへの不安が大きい。

 いったい主人公のレイニアは、最後のハーレム要員を連れてどこへ行ってしまったのか。  

(私が離れていいの?)

 クラウスのそばにいないと、残っていないと、そう急かされるような不安が胸でどくどくと鼓動を打ち続けている。

 シルフィアがいても何もできないのは分かってる。

 でも、クラウスが心配してくれたのと同じだ。だからこんなに胸がざわつくのか。

(もし、彼の方にこそ危険があったら――)

 考えがうまくまとまらない。急すぎて、現実に追いつかず思考疲れを感じた。

(いえ、日中にした〝運動〟のせいね)

 そう考えた時、シルフィアはハタと気づく。

(あれ? でも私、屋敷でも問題なく支度に奔走していたわよね?)

 普通、あれだけの行為をしたのなら、先日まで処女だったシルフィアには厳しいものがあると思うのだ。

 それなのに、普通に動けている。

 転生者の特典である【聖女の浄化の力】が関わっていたりするのだろうか。
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