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五章(2)モブに転生した令嬢は、真実と愛を見つける

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(ここは王宮で、しかも第二王子を待っている大事な任務中なのに私ったら)

 任務に入ろうとするのをクラウスの引き締まった雰囲気から感じていた。

 それを残念に思っていることにもシルフィアは胸がばくばくしてしまったが、彼に気づかれないように澄ました顔を作る。

「いいえ、無理なんてしていません」
「そうか」

 と、彼が離れる間際にシルフィアの腕を引き寄せた。

「――続きは、あとで」

 逃がさないと彼の手の強さが伝えてきている気がした。

(彼も同じ気持ちだった? もしかして、今も……?)

 シルフィアはなかったことにするチャンスを見失った気がした。

「なぜ俺まで会談に出なければならない! あんなの兄上に任せておけ! そろそろ戻られるだろう!」

 聞こえてくる声はゲームと同じ第二王子アルベリオだ。アードリューは国王の名前で第二王子を引っ張り出すと言っていた。

「殿下、どうか声をお抑えくださいませ、もし廊下で誰かが聞いていたら――」
「聞いていたらなんだというのだ? レイニア嬢のそばに行きたい」
「殿下」

 困り果てた王室執事長の声が小さくなり、そして出ていく。

 鍵をかける間を置いたのち、クラウスがシルフィアに『いいか』と一つ頷きかけ、彼女が応えると堂々タンスの戸を開いた。

「アルベリオ殿下、ご無沙汰しております」

 苛々した様子で会談席の手前をぐるぐると歩いていたアルベリオが、ギョッと見てくる。

「なっ、なぜタンスからお前が出てくるんだ!?」

 このゲームのメインヒーローで、第二王子アルベリオ・クロレツオ。彼もまたとても美しい男だ。

 聡明で博識な兄王子に対し、何者にも屈しない強さを目に宿した魔法使いの騎士王子だ。だというのに、今の彼の瞳には卑屈そうな疑い深さがあった。

 シルフィアは近づくなと言わんばかりのアルベリオに躊躇したが、クラウスは足を止めずずんずん向かっていった。

「手っ取り早く済ませます。不敬に取られる言葉をシルフィアに言わせてしまわないよう、そしてあなた様が嫌な気持ちを抱く時間をできるだけ短くさせるだけです。ですので、アルベリオ殿下にはご了承いただきたい」
「な、何をだ。意味が分からないぞ。陛下はいったいどこだっ」

 クラウスはそれには答えず「御免」と告げると、あっという間にアルベリオを後ろから拘束した。

 その手腕にシルフィアは呆気に取られた。手を握るまで苦労するだろうと推測していたが、まさか彼がそんな強硬手段に出るのも予想外だった。

「おいっ、白騎士! こんなことをして許されると思うなよ!」
「あなた様が正気に戻られたあとでしたら、いくらでもお叱りは聞きましょう」
「なんだと?」

 クラウスは平然と彼から視線を外し、シルフィアを見た。

「シルフィア」
「あっ、はい!」

 慌てて駆け寄る。するとアルベリオが激しく抵抗した。

「やめろ! 俺はレイニア嬢以外の女になぞ触らん!」
「好きなだけ喚いてください。ですが拘束を抜けてシルフィアに手を振り上げようものなら容赦なく腕を折りますからね。あとで回復魔法をかければいいことですし」
「お前は鬼か!」
「俺はとにかく早く終わらせたいんですよ」
「だからっ、わけがわからんことを――」

 アルベリオがぎくんっとした。シルフィアは彼の目がまっすぐこちらを捉えたのを見て、申し訳ない気持ちになる。

「殿下、ご挨拶はこのあとさせていただきます。失礼いたします」

 クラウスに後ろから羽交い絞めにされている状態なので、顔に触れるしかない。緊張しつつ両手を伸ばすと、アルベリオが不意に静かになる。

「なんだ? とても、心が穏やかになるような――……」

 彼の視線がシルフィアの手に集中した。

(これが、浄化力?)

 不思議に思いながらも『どうか戻って』と思いを込めてそっと頬に触れると、下で拳を作っていたアルベリオの手が解かれた。

 彼の瞳の淀みが引いていくのが分かった。

「俺はいったい……どうなっていたんだ?」

 クラウスが慎重に手を離す。アルベリオがハタと気づき、呆然と彼を振り返る。

「アルベリオ殿下、どうか落ち着きを。何やら我々の身にとても奇怪なことが起こっていたようです」
「お前も?」
「はい、ですから心境はよく理解できます――このあとアードリュー第一王子殿下から説明が」
「そうか、兄上が……」

 アルベリオは名前を聞いた途端に落ち着きを強めた。よほど兄のことを信頼しているのが見て取れた。

「ん? ところで彼女は」

 足を動かそうとしたアルベリオの目が、ふとシルフィアに留まる。

「俺の婚約者です。マルゼル伯爵家の、シルフィア・マルゼルと言います」

 目を丸くした彼に、シルフィアはスカートの左右を少しつまんで、レディの挨拶の一礼を取った。

「簡略的なご挨拶を申し訳ございません。マルゼル家の長女、シルフィアです。クラウスの婚約者にございます」
「アルベリオ・クロレツオだ。こんなところで会うとはな。いや、君の名前はよく知っている。女性の交友もない白騎士が兄上のそばで騎士業を積んでいる時も、しょっちゅう口にしていた令嬢の名前で――おっと」

 アルベリオが視線をずらしてすぐ口を閉じた。そこには、王子様を見つめていい視線とは思えない極寒のクラウスがいた。

「……クラウス、すまなかった。だからその剣の講師をしていた時の目はやめてくれ。兄上の次にお前が怖い」
「失礼ですね。いえ、先程の非礼をお詫び申し上げます、アルベリオ殿下」

 クラウスが騎士の礼を取る。アルベリオは『なんだかなぁ』と口元が若干引き気味だった。

「アードリュー殿下、そしてミュゼスター公から『正気に戻ったのなら至急〝いつもの隠し部屋〟に来い』と言伝です」
「そ、そうか。分かった。シルフィア嬢も苦労をかけたな、人に見られて困るようなら隠し通路から外に出るといい」

 やはり兄弟だなと、シルフィアはアードリューから聞いていた話を思い返した。

 アルベリオに見送られて、クラウスと隠し通路から部屋を抜け出した。


 そこは人が一人通れる幅になっていた。壁の向こうからは王宮内の物音や、人々の声が聞こえてくる。

 だが、感心している暇はなかった。クラウスはどんどん進んでいく。

(なんだか、急いでる……?)

 迷子になったらアウトだと、複雑に入り組んだ薄暗い通路でかの背中を見失わないよう、速足でついていくのに必死だった。

 王宮の裏口には、帰るための馬車が一台用意されていた。

「ミュゼスター公に指示を受けまして」
「そうか。ご苦労」

 クラウスはそこにいた警備兵に鷹揚に頷くと、シルフィアを馬車へと乗せ、続いて自分も乗り込んだ。

 この馬車が、彼の馬車が停めてある養護院まで送り届けるみたいだ。

 そう思っている間にも馬車は走り出し、王宮の建物の後ろが離れだす。

(感謝の言伝くらいは頼みたかったわ……)

 なんともそっけない気がした。警備兵の姿が小さくなっていくのを車窓から気にして眺めていたら、突然クラウスによってカーテンが閉められた。

「えっ、どうし――あっ」

 隣まで移動してきたクラウスが、シルフィアを抱きしめた。

「馬車が走っているのに、危ないですよ」
「危ないことはない。今日の君との活動はここで終えるわけだが……残る時間を、俺と過ごしてくれないか?」

 心臓がばっくんとはねた。

 緊張が伝わったのか、そんなシルフィアの身体を彼は一層強く抱く。

「先程の、続きがしたい」
「っ」

 先程を思い返すと、今の二人では、それだけでは終わらない予感があった。
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