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五章(1)モブに転生した令嬢は、真実と愛を見つける

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 すぐに王宮へと向かうことになった。

 いったんクラウスの馬車を養護院に預け、第一王子アードリューの馬車に全員で乗り込んで出発した。

 車内では、第二王子を呼び出す算段などが男たちの間で忙しなく話し合われた。

 一人目と二人目が確実に解けた。なのでアードリューとしては、自分の弟を元に戻して仲間に引き込みたい考えもあるのだとか。

「私は弟の力を買っている。だから王の座を譲った――なんとも嘆かわしい」

 指で目頭を押さえ、重々しい息をもらした彼にシルフィアは言葉が見つからなかった。弟のことが気がかりなのだろう。

 彼の話によると、第二王子アルベリオは聖女にべったりだという。

 レイニアが浄化の力の使い方を学ぶべく王宮へ上がったその日から、公務を疎かにし、彼女から引き離すのさえ難しい現状だとか。

「王宮に迎えられた日から?」
「ああ。聖女が緊張すると言い、説明のため我が弟が他の者たちを部屋から出した。部屋から出てきた時にはすでにそうだったようだ」
「それは……おかしいですね……」

 物語の流れ的にも、とシルフィアは心の中で続けた。

 ゲームでは、王宮に上がった主人公は物語で恋に落ちることができる七人のイケメンと執務室で揃って、対面することになる。

【自分が聖女になったのも信じられないのに、魔法が使えるようになったというのも実感が湧かないし、というかどうして私がイケメンたちと過ごすなくちゃならないの!?】

 それがゲームのオープニングだった。

(主人公が二人きりにしてと言った……特訓前なのに力の使い方を知っていた、やっぱり私と同じ転生者……?)

 彼女も未来は知っている。でも幸いにして、今のシルフィアと同じで予測なんてもうできない。

 ゲームのシナリオは大きく違ってしまった。

 第一王子が大貴族と攻略対象を救うために動き、聖女の力を一部持ってしまったシルフィアも、婚約者と手を取り合って頑張っている。

 クラウスの手は、シルフィアの手を握り続けていてくれていた。

 不安も全部請け負うと、隣に自分がいるから安心してくれと言わんばかりに、強く。

 と、シルフィアは考え事が霧散した。ハッと視線を上げると、二人の間の座面で重なり合った手を大貴族のミュゼスター公が、意味深な笑みを浮かべて見ている。

『よかったね』

 彼の唇が、ゆっくりとそう動く。

 祝福するつもりはあるらしい。シルフィアは緊迫の空気なのに赤面がこらえきれず、アードリューも少し癒された様子で小さく笑っていた。


 それから間もなく、シルフィアはクラウスと一緒に、王宮の二階にあるとある美しい会談部屋に潜伏していた。

 案内役に見られないよう、中身を空にされた大きなタンスの中に隠れている。

 念には念を入れ、第二王子アルベリオに逃げられないよう、外から協力者の近衛騎士が扉の鍵を掛けてから対面をする予定だった。

 どれくらい待つのかは分からない。

 アルベリオの説得には苦労するだろう。協力をしてくれた王室執事長も、こちらに案内した際にレイニア以外とはまともに口を聞きたがらないほどだと涙を見せた。

「大変ね……」

 まるでレイニアのハーレムは『私だけ構って』の現れそのものにも見える。

 そんなことゲームにはなかった。薄暗いタンスの中、光が差し込む戸の隙間を一緒に覗き込んでいたシルフィアは、吐息をもらす。

「あの時のことなら、本当にすまない」
「いえ、クラウスのことを思い出したわけじゃなくて、この不思議な魔法のことです。みんな生きて意思を持っている一人の人間なのに、まるで物みたいに所有している感じなのが……悲しいなと思って」

 何が楽しいのか分からない。他の人と話す意思さえ奪うことが顕著に出ていたロジェを思い返すと、それが許せないともふつふつ思う。

 どうにか、しなければと思う。

(私はこの世界が、――そしてクラウスも好きだから)

 シルフィアも自分の意思で彼と生きると同じように、この世界で、みんな、それぞれ自由に幸せになって欲しい。

「……君は」

 声が聞こえて、見つめていた戸に大きな手が添えられた。見上げるとクラウスが白髪をさらりと揺らしてこちらを覗き込んでいる。

「クラウス?」
「俺は……君こそが聖女かもしれないという話は、頷ける気がするんだ」
「えっ、どうして」
「君は優しい。心が揺さぶられるほどに、俺は何度も君の人柄に惹かれている」

 彼の手がシルフィアの金髪をそっと手に取る。

 狭いタンスという密室のせいだろうか。まるで髪に触れた熱が身体に回ってくるような錯覚を受けた。

「でも遠い存在になって欲しくないからミュゼスター公たちに何も言えなかった。そうしたら君が……謙虚にも地位を望まず、普通の幸せを求めたいと言った君の言葉は、だから嬉しかった」

 彼の唇が、強くシルフィアの髪に押しつけられる。

「聖女となった時の輝かしい未来よりも、君が、俺自身を選んでくれたようで」

 まるで口に触れられているようにシルフィアの胸は早鐘を打った。美しい彼の髪への口づけは、愛を乞い願う騎士様みたいだった。

「……わ、たしは、とっくにあなたを選んでます」

 震える唇をそっと開いたら、胸が熱くなって、気持ちが伝わって欲しいという想いでもっと声が出ていた。

「クラウスとの未来が、私にとって一番輝いて見えるものです」
「欲しがってくれている?」
「欲しいです、だってあなたが……結婚して欲しいと私との未来を望んでくれたから。ずっと隣で見てきたあなたとなら、私も幸せになれるんです」

 否応なしにそばで憧れを抱かされた。そして、好きになった。

 クラウスが素早く残っていた手でシルフィアの背を抱き寄せ、噛みつくように荒々しく唇を奪った。

「んっ、んん……っ、ん、んぅ」

 二人の唇が強く重なった時、シルフィアのこらえていた一線は呆気なく崩壊した。彼が何度も唇を重ね合わせてくるので夢中になってキスをする。

 胸がきゅぅっと甘くときめき、涙まで出そうになった。

「あっ――ン」

 大きな声が出そうになった瞬間、彼がシルフィアを正面から抱き上げて、声は彼の舌に攫われていった。

「欲しい、君が。好きだシルフィア」

 下腹部にぐっぐっと彼の腰を押しつけられる。

 身体の奥がじんじんと甘く疼く。激しいキスの合間、何度も熱く『好きだ』と囁かれた。

 今の状況も、場所も、忘れていた。彼と密着していると幸せな気持ちがした。

(だめ、くらくらして、何も考えられな……)

 その時、外で音がして二人はハッと我に返った。

 じっとしていると、案内する王宮執事長の声と、刺々しい言葉を返している青年の声が聞こえてきた。

「――殿下がいらしたようだ」

 クラウスが、ややあって静かに熱を孕んだ息を長く吐いた。

「そ、そうみたいですね」

 なんてことをしていたんだとシルフィアは恥ずかしくなる。

 とにかく、頬の熱を下げないと。そう思って両手で顔を覆い深呼吸をした。

「大丈夫そうか? すまない、無理をさせた」

 室内の人の気配に耳を傾けながら、クラウスがシルフィアの頬を撫でる。

 違うのだ。無理なんてしていない。あの一瞬、宿のベッドに共に倒れ込む気持ちでいた自分が恥ずかしすぎるだけだ。
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