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四章(11)聖女とモブ転生者、そして気が気でない白騎士様

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 誠実で、思ったら口にする人。特別だからこそ怖がり、愛しいからこそ心をかき乱されるのだろう。

「……私も、好きですよ、クラウス」

 とても神聖な愛を二人の間に感じ、気持ちのまま彼に答えた。

 心からの愛の言葉は、驚くほど慈愛の響きをもっているように感じた。

 見つめ合っているとクラウスの目が熱を帯びる。シルフィアも胸が熱くなった。

「シルフィア」

 彼が甘く囁いて顔を寄せる。シルフィァもたまらない気持ちになって『少しだけ――』と思い、二人の唇が触れ合おうとした時だった。

 馬車が停止するのを感じた。続いて、扉がノックされる。

「クラウス様、ご到着いたしました」
「……続きは、あとで」

 ぐっとこらえるみたいにクラウスが離れた。シルフィアは下車をエスコートされている間もずっと耳朶が熱を帯びていた。


 養護院では一通りの視察は終わったようだ。護衛騎士に奥の個室へ案内されると、そこにはアードリューと紅茶を飲んでいるミュゼスター公がいた。

「ご苦労だった。座るといい」

 アードリューに促されて、簡易テーブルを囲む椅子の一つにシルフィアも腰掛ける。彼女の席を引いたのち、クラウスも腰を下ろした。

 クラウスは二人目についてすぐ報告へと入った。

 聞き終わったミュゼスター公はご満悦の表情だった。

「やはりか。成功するとは思っていたよ、我々の方でもシルフィア嬢の存在についてはだいたいの目途が立ったところだからね」
「それは、どういう……?」
「君も、その存在は確かに聖女だということだよ」

 その仮説に、シルフィアはひゅっと息をのむ。

「……ほんの少し、力を持ってしまっただけの可能性は」
「それしか考えられないのだ」

 アードリューが気遣うような声で言った。

「君は力の使い方を知らないが、話しているだけで聖女の強力な魔法が解けだす。それは君の持っている力が強い可能性を元大神官も述べた。まとっている空気そのものに浄化作用があるのは、まさに聖女らしい本質だとも言える」

 そして触れることにより、その浄化作用が相手の身体に確実に作用してレイニアの聖女の魔法を溶かしてしまう。

 アードューの説明を、クラウスが難しい顔で考え込む。

「レイニア嬢の力は確かだ。だから、〝異例に二人〟と我々は考えた。私は彼女が聖女なのは大神殿の儀式に参加して見ていた。だが、聖女の力というものは魔力とは違う。だから君とレイニア嬢どちらが、と優劣を比べる検査の術も存在しない」

 聖女であるという唯一の確認方法は、シルフィアもゲームの画面を通して知っていた。

 大神殿には【神樹】の他に、代々の聖女が祈りに使っていたとされている【神聖なる祈りの場】あるのだ。そこには神が遺したとされる聖遺物の岩が存在していて、それに触れると聖女なら反応する。

 その場所は【神樹】よりも前の遺物であることは調査結果が出ていた。

(私が転生者であるせいで、特典のようなものがついて私も聖女に……?)

 モブ根性があるシルフィアには信じがたいし、正直――信じたくない。

「たまたま、聖女様の魔法が打ち消せるだけだと思います。私は聖女様のお力と相性が悪いのかもしれません」

 笑って誤魔化した。魔法を使えないのは事実なので可能性はゼロではない。

 クラウスもアードリューも、目を丸くしている。ミュゼスター公が「ふうん?」と意外そうに片眉を上げた。

「どうしても聖女にはなりたくないように聞こえるなぁ」

 時間がないせいか、それとも彼はシルフィアが聖女であれば都合のいいなんらかの計画でも企てようとしていたのか、直球だ。

 ――そんなの、冗談じゃないとシルフィアは思う。

「正直に言えば、そうです。困ります。憶測を並べられて私も聖女だなんて大それたことを言われても、困ります」
「君が通うだけでその場が浄化される可能性があるのだから、魔法が使えなくとも聖女としての真の役割だと思うけどねぇ」
「ミュゼスター公様」

 シルフィアがきつめの声で呼ぶと、クラウスが驚いたみたいに見てくる。ミュゼスター公は肩を竦めただけだった。

「聖女は大神殿側のトップだ。王妃に次いで女性の権力者とも言えるよ?」
「私は、偉い女性になりたいと思っているわけではありません。ごく普通に結婚をして、夫を支えて……そんな、幸せな家庭を守っていける女性になりたいだけなのです」

 話しながら『ああ、そうか』とシルフィアは気づかされる。

(それが今、私が心に抱いている本心なんだわ)

 この世界では振られるモブだと思っていた。でも、今、シルフィァの隣には活動が始まってからもずっと寄り添ってくれているクラウスがいる。

「私が今日二人目の魔法を解いたのは事実です。ですがそれは、生粋の聖女ではないから本物の聖女の力を消してしまうと、そうお考えくださいませんか」
「だがねシルフィア嬢――」
「ミュゼスター公、我々は一人の令嬢を巻き込んだ。そのううえ聖女などと、大神殿にも関わることにまでがんじがらめにして自由を奪うつもりか?」

 ようやくミュゼスター公が圧のある雰囲気を解いた。

「分かったよ。とにかく、まぁ、君は残る面々も元に戻せると自信を持って取り掛かればいい」
「ありがとうございます、ミュゼスター公様、殿下」
「いや、こちらこそ不安をかき立ててすまなかったな。大神殿側の恩情を受けているレイニア嬢の今後のことはミュゼスター公と話すとして。残すところはあと二人だ。急ぎ取り掛かってもらいたい」

 その時、アードリューが考え込んでいるクラウスに気づく。

「何か考え事か?」
「あっ、いえ、何もありません」
「それならいいが、集中してくれ。今度は我が弟だ」

 第二王子、アルベリオ・クロレツオ。

 王位継承権第一位にして、次期国王が確定している人物だ。シルフィアは緊張した。

「できれば今すぐ、私と共に王宮へ向かって欲しい」
「すぐ、でございますか……?」

 手紙にはなかった予定で動揺する。

 クラウスが表情を引き締めて姿勢を正した。

「殿下、何かあったのですか? だから、二人目が成功したらここへ来るよう、俺たちを呼んだのですね?」
「ああ、そうだ。もう何度目の公務放棄だと、父上がとうとう〝切れた〟。シルフィア嬢なら正気に戻せることは昨日と一昨日に実証された。臣下らも彼女を近づけることには今なら反論しない――急ですまないが、頼まれてくれるか」
「もちろんです」
「わ、分かりました」

 クラウスに続き、シルフィアも背を伸ばして答えた。

「そうわけだ、ミュゼスター公。側近らへの対応は頼んだぞ」
「本物の聖女、と明かした方が話が早かったんだけどなぁ」

 ミュゼスター公が面倒そうに後頭部を撫でる。

 そのためだけに聖女であると納得させようと思っていたのだろうか。

(そもそも、私は聖女モドキの方が正しい気がするのよね)

 転生者の特典でついでに、と考えれば腑に落ちる。自分が大それた存在なんてそもそもありえない。シルフィアは、ミュゼスター公はもしかしたらとんでもない人なのかもしれないと、父の心境が少し分かった気がした。
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