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四章(8)聖女とモブ転生者、そして気が気でない白騎士様

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 翌日、アードリューから一人目の魔法解除の指示書――という知らせが届いた。

 聖女たちが王宮に帰還したというニュースを新聞で見た少しあとのことだ。

 帰還したばかりの聖女が一日休みをもらう今日から、シルフィアはハーレム、つまり攻略対象たち一人ずつに会っていくことになった。

(彼とあんなことがあったとはいえ、気を引き締めないと)

 手配された公園広場で一番目に会ったのは、お色気担当の攻略対象である優男ルカディオだ。

 ミュゼスター公が『シルフィアから一人できてと手紙をもらった』というふうに仕組んだそうで、パーティーで見かけた彼女に期待していた感じだったので利用するらしい、とはアードリューからの知らせにも書かれていた。

 まさか魔法にかかっているのに他の女性も口説くなんてあるのだろうかと、シルフィアは思っていたのだが、

「まさかの婚約者の監視つき……白騎士も一緒かよ……」

 ルカディオの高かったテンョンが、みるみる落ちていくのが分かった。

 シルフィアは、この呆気ない呼び出しの成功にも呆れている。

「俺がいて、何か不都合なことでも?」

 クラウスが見下ろし、すぅっと僅かに目を細める。ルカディオの色気担当の優しい美貌が「ひぇ」と引きつる。

「いや、その、パーティーで見かけた時すごく美人で、しかも手紙で実は僕に気があると感じるいじらしさがまた可愛くて――」
「あ?」

 クラウスの空気が凍えるなり、ルカディオが「誤解だったみいただ」と背を伸ばした。

 シルフィアは、隣に立つ予定ではなかった婚約者を困ったように盗み見る。

(そもそも相手に警戒させたり動揺させないために、本来は私が一人で面会していく予定だったはずだけれど……)

 今回の解除の件で、アードリューからクラウスは護衛を一任された。

 今朝届いた手紙にもそう書かれていて、シルフィアはてっきり離れて見守るのかと思ったのだが、

『俺は隣から離れないからなっ』

 と言ってクラウスは聞かなかった。

(でも驚いた、向かい合って話しているだけで正気に戻っている感じがあるわ)

 レイニアのもとにすぐ行きたいのにとピリピリしていたルカディオの目は、今や会話ができるくらい落ち着いて、二人をしっかり認識しているのが見て取れる。

「ルカディオ様、握手してくださいませんか?」
「あ、うん、僕は別に構わないけど」

 答えた彼が、その際に、大変気になった様子でクラウスを見た。

「……あのさ、君らは破局したと聞いたのだけれど」
「破局していない。今もラブラブの婚約者同士だ」

 クラウスが腕を組み、凄みがが二割増しになった。ルカディオが口元をひくつかせる。

「なぁシルフィア嬢……? 彼はどうしたんだ? こんなに怖い形相をする男ではないと思っていたんだが。しかも今『ラブラブ』って言ったか? 白騎士が?」
「お、おほほほ、気にしないでくださいまし」

 とにかく〝任務〟を遂行するため、シルフィアは彼の手を握った。

 すると二人の前で、ルカディオに変化が現れた。

 彼の目に、日中の明るさがようやくすべて差し込むようになったみたいな輝きが宿ったのが見えた。

「白騎士? 僕は……」

 彼が戸惑い気味にクラウスを見る。

 ――正気に戻ったのだ。

 その不思議な現象を目の当たりにしてクラウスも目を瞠っている。シルフィアも、アードリューとミュゼスター公の話が事実だと改めて突きつけられて驚いた。

(やはり彼にも魔法がかかっていたんだわ)

 彼らは攻略対象だ。自分の意思で〝聖女〟に惚れ込んでいるのなら、と思ったがその希望もあやしくなってきた。

 そもそも、早すぎる。

 ゲームと違って【神樹】のイベントクリア前のハーレムエンドだった。

 本来は、主人公が小さなイベントをクリアして好感度を上げていく。

(そしてハーレムに収まっていったのは、ピンポイントで〝ゲームの攻略対象〟だけ――……)

 そこを考え、シルフィアは嫌な予感がした。

 原作でレイニアはとても優秀な聖女だと褒められなかった気がする。

 初日からゲームにはなかった暗示のような魔法を使えている。無駄なく的確に攻略対象を一人ずつなのも気になった時だった。

「……待て。ちょっと待った、僕はなんで大勢の恋人を振ったんだ!?」

 大きな声にびくっとした。いつの間にか目の前にクラウスが立って、ルカディオとシルフィアを引き離していた。

「大勢いるのか? お前はほんと呆れた男だな」
「デートしてくれる女性をキープしておくのは当然だろう!」
「まぁ、とにかく俺が知っているルカディオで間違いないな。シルフィア、彼はこういう男だ、仲良くしないように」
「な、なんて心が狭い男なんだっ。こんなに美人なのに僕がいたから紹介しなかったのか!?」
「お前だけでなく、全員だ」

 ルカディオが信じられないと目を剥く。シルフィアは頬を朱に染めた。

「とにかく、手短に説明するから聞け。これは第一王子アードリュー殿下と、ミュゼスター公から伝えるよう言われてている言葉だ」

 ルカディオが名前を聞いた途端に気を引き締めた。

 もし、その者が本当に魔法にかかっていて正気に戻ったのなら、伝える内容は決められていた。

『事情があること。説明はいずれミュゼスター公から知られること。とにかく騒ぎ立てず、聖女に正気に戻ったことが知られないようにすること』

 その協力をお願いすると、ルカディオは真剣な顔で頷いてくれた。

「まるで恋の精霊の魅了みたいだな。戻ってきてもずっとバクザを見ていないわけも納得がいった。彼は、嘘が下手だからね」

 ルカディオは「明日から気が重い」とぼやいていた。

 レイニアは【神樹】の穢れを払って聖女としての存在を証明した。明日から、王宮で国のために祈る聖女としての公務が始まる予定だ。

「とにかく、君を送り届けたら殿下には報告する」
「ありがとうございます、クラウス」

 連絡係はクラウスにと決められていた。シルフィアの存在が知られて、危険に巻き込まれないためだった。

 ◆◆◆

 一度別れたあと、その日の夜にクラウスが屋敷を訪ねてきた。

「夜に訪ねてきたうえっ、部屋で姉上と二人きりになるなんて!」
「まぁまぁ落ち着けドミニク」
「父上はどうして平気なのですか!」

 食事も終わって家族の団欒を過ごしている時だった。マルゼル伯爵が笑顔なのもドミニクは許せないらしい。

 未来の結婚相手として時間を割き、大切にしていることが伝わっているせいだろう。

 クラウスと初めて共に果てた日、自宅でも少しゆっくりしていった彼とマルゼル伯爵はいい感じで会話をしていた。

「すまない、長居はしないから」

 二階の私室に入るなり、クラウスが申し訳なさそうに言った。

「いいえ、大丈夫です。殿下から何か?」
「一人目のルカディオが治っていることを殿下もご確認された。明日、二人目が組まれているわけだが、もし治ったのなら養護院の方へ来て欲しいそうだ」

 一人掛けソファに座ったクラウスは、少し落ち着かない様子で紅茶を飲む。

(ふふ、彼が座っていると小さく見えるわ)

 急だったので席を用意できなかったのだが、かえって面白い光景が見られた。シルフィアは知らず微笑んでしまう。
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