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四章(1)聖女とモブ転生者、そして気が気でない白騎士様

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「反省して努力してるってか? そもそもさ、彼女があっさり婚約破棄を受け入れたのも信用されてないからだろ。未練がないから『ノー』を突きつけた。信頼してもいないのに、お前の言葉が彼女に受け入れられると思うか?」
「えっ……」

 シルフィアの反応が好感触すぎて、浮かれて考え及んでいなかった。

 思い返せば『違うんだ』と話しをした際、彼女も不思議がっている様子だった。

 それなのに、追って確認される言葉ももらっていない。

(俺は彼女に一分一秒でも時間を割くべきだと考えていたが……そもそも奇妙な出来事を信じてもらえないと、触れて想いを伝える行為も意味がない……?)

 昨日、二人の距離を親密な行為と共にぐっと縮められたのでは、と思ったのはクラウスだけだったのか。

 リューイが「ふんっ」と鼻息をもらした。

「少し過去の方だって反省しろ。お前は、婚約者という肩書きに甘んじていた」
「そう、だな……それは俺も最近思ったよ」

 シルフィアはデートも楽しそうだった。

 節度を持った距離を好むレディが多いと教えられてきたものの、手を繋いでみると彼女は恥じらいつつも嬉しそうにしていた。

(シルフィアはああいうことも好きなのに、俺は、ずっとしてやれなかったんだな)

 初めてのデートで痛感させられた。

 騎士だからこうでなくてはだとか、レディだから気安く触れてはいけないだとかいう誰がいつ決めたのかも分からない一般論なんて要らなかった。シルフィアがどんなことを好まなくて、どんなことを好んでいるのか――。

 それだけが重要だったのだと、クラウスは二人にとって大事なことを学んだ。

(だからこそ俺は、全力でくどく)

 今のところクラウスにとっての懸念は彼女の弟くらいだ。あとは、シルフィアが他の男に目がいかないよう全力で自分に繋ぎ止める。

 とにかく、しばらく社交からは離そう。

 意外と押しに弱いらしい彼女に、他の男を近づけないようにして――。

「隊長、今よろしいですか?」
「なんだ?」

 ノックの音に気づいて顔を上げると、部下が扉から顔を覗かせた。

「今、婚約者様がいらしていて……」
「何? シルフィアが?」

 クラウスは思わず腰を上げた。

「はい。それで、その……隊長に急ぎでアードリュー・クロレツオ第一王子殿下からの言伝がある、と」

 場に、しばし理解を必要とした沈黙が漂った。

「――は?」

 固まっていたクラウスはようやく声が出た。

 アードリューはこの国の第一王子で、彼より一つ年下の美しく聡明な王子だ。それが、なぜ、シルフィアと会ったのか。

 リューイが戸惑い気味に「何がどうなって」と呟いて、ハッと口に手をやる。

「まさか、破局話を聞いて殿下が名乗り上げたとか?」
「そんな物騒な憶測はやめてくださいリューイ先輩っ、絶対に違うと思います!」
「あっ、隊長!」

 事務官が気づいて立ち上がったが、クラウスは出入り口にいた部下に駆けつけ「シルフィアのもとへ案内しろ」と告げながら共に走り出していた。


 このあと、まさかシルフィアを王宮で騒がれているイケメンたちに会わせなければならない事態になるなんて、この時クラウスは思ってもいなかったのだった――。


 ◆◆◆

 聖女が第二王子たちと出発した。

 王都では朝に届いた新聞でもその話題が一面記事を飾っていた。これで【神樹】の心配ごとは消え去り、国内で増え始めている魔物の被害も収束するだろう、と。

 それはまさにゲーム通りだったのだが、祝うような大声援を背景に、シルフィアは主人公と入れ違うように裏門から王宮へと上がっていた。

「それでは白騎士殿、よき一日を」

 シルフィアの隣で裏門の警備に通行証を見せたのは、クラウスだ。警備兵たちは彼がいつも通り王子か国王に顔を出しに来たと思ったようだ。

 それは正しいのだが、普段とやや状況が違っている。

 白い廊下に上がって人が絶えたところで、隣からそっと溜息が聞こえた。

「はぁ……なぜ、アードリュー殿下のところへ連れて行かないといけないのか……」

 シルフィアは困った表情を浮かべる。

(私もどうしてこうなったのか分からないわ……)

 本日、朝食が終わって間もなくクラウスが迎えにきた。

 もちろん両親も理由を知らない。先日から誠心誠意行動を見せることが続いているので、またデートだと二人は思っているみたいだった。

 クラウスは溜息が尽きないし目もあまり会わない。

(よほど連れてきたくない事情でもあった?)

 シルフィアは気にしてちらりとクラウスを盗み見る。

 急なことを申し訳なく思っていた。婚約者なので連れてきてくれと頼まれたことを、負担に思っているのだろうか。

 と考えたものの、直後に勘違いだと気づく。

「……俺の天敵になりえるイケメンに会わせたくない……王位を譲った聡明な殿下とか、心意気の騎士っぷりには負ける気がする……」

 いったい、彼は何と張り合っているのか。

 シルフィアは顔が赤くなってクラウスから視線を外す。彼はただただ心配みたいだ。

『まさか嫁ぎ先に名乗り出られたのか!?』
『……はい?』

 彼にアードリューの言葉を伝えに行った際、なぜか第一王子に結婚先の相手として打診されたと勘違いされた。

『俺は君と結婚したくてたまらない! 結婚したい気持ちは本物なんだ!』

 あの冷静沈着な白騎士であるはずのクラウスに手を両手で握られ、大勢の白騎士部隊員たちが行き交う一階ロビーで叫ばれた。

 シルフィアは一瞬わけが分からなくて言葉が出なかった。

 開口一番、部隊員たちの大注目の中で愛を叫ばれてただただ恥ずかしかった。

『クラウス? あのね、私がここへ来たのは――』
『信じて欲しいっ、俺がベッドで君に触れて伝えた言葉も想いも事実だ!』
『きゃあっ、待って待ってストップですっ』
『俺は君と結婚したい、君以外なんて考えられない。どうか第一王子の縁談なんて断ってくれ、彼のことは尊敬しているが君を奪われるなんて嫌だっ』
『ちょっと待って――』
『いいや、やめない。この前の発言で君を混乱させてしまったのは分かる。心から謝ろう。謝罪が足りないのなら全身全霊で償う。うまく説明できないが、あの言葉は、俺のものではないんだっ。どうか信じてくれ。俺は、君が心底可愛くてたまらないんだ。君が愛おしくて、離れても君のことばかり考えている』

 シルフィアはもう首まで真っ赤になっていた。周りの騎士たちが「お~」やら「あいつ必死だな」やら言っていたのも恥ずかしくてたまらなかった。

 結婚しないと告げたのは〝王宮で起こっているという奇妙な現象〟によるもの。

 その可能性を知ったあとだったから、彼女はクラウスが迎えにきた姿を見ただけでまたどきどきが再発した。

 騎士たちが顔見知りという反応でクラウスに挨拶していく。

 少し進むと、近衛騎士が立つ厳重な警備の通路に差し掛かった。

「アードリュー殿下と約束しているのだが、いらしているか」
「もちろんです。話はうかがっています」

 こちらへ、と近衛騎士は小声で答えて二人を案内する。

 進んだ先にあったのは金色の装飾も美しい扉を持った部屋だ。近衛騎士が声を掛け、中から了承の言葉があって扉が開く。

「あっ」

 シルフィアと、室内から目が合ったバクザの声が重なった。

「あー……この前はすまなかったな」

 扉が閉まると室内には三人が残された。彼が気まずそうに立ち上がると、クラウスが真っ先尋ねる。

「バクザ、アードリュー殿下は?」
「今日の話し合いに参加するもう一人、ミュゼスター公を秘密の通路から迎えに。それからシルフィア嬢には、改めてお詫びを申し上げる。そして助かった、ありがとう」

 召喚師団特務隊長のローブマントの裾を床につけ、最上位の謝辞を示したバクザに、シルフィアは驚く。
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