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三章(1)白騎士様が私に甘すぎる

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 聖女のハーレムの噂は、今日も出回っている。

 彼女は実に優秀で、もう【神樹】の浄化に行けそうだとか。

 今日行われるという王宮の大会議で、出発のスケジュールが確定するのではないかと新聞に書かれていて、マルゼル伯爵家の朝食の席でも話題に上がっていた。

 父は嫌味も交えて話題に出したのだと思う。

 一度クラウスが〝気を向けた女性〟。とはいえ国内全域にわたって魔物避けの効力を発揮する【神樹】にダメージがあった時、奇跡のように現れる【聖女】だ。悪く言うものではないという空気は屋敷内にも漂ってはいた。

 とはいえシルフィアは、聖女の話題が出ても上の空だった。

 そもそも彼女はゲームで、今日の大会議で七人のイケメンが聖女と共に大神殿に行くことが決定することは知っている。

(そのはず……なのだけれど)

 ゲームと違っているのは、デートから昨日までの三日間、クラウスシルフィアの機嫌を取ろうとして毎日屋敷に足しげく通っていることだった。

 あれから彼は、溜まっていた仕事に追われながらも毎日屋敷に立ち寄った。

 まずは巡回の道中の花屋で見つくろったというささやかな花束、次が菓子、続いて花の香りがするハチミツをプレゼントした。

 一般の令嬢であったら価格の安さなどが目についたことだろう。

 しかしながらシルフィアをよく知っているマルゼル伯爵も含め、母も屋敷の者たちもクラウスに『大きな丸』を評していた。

(ああもうっ、どうして好みどんぴしゃで贈ってくるのっ)

 大会議の件の話が食後の話題に再登場しても、シルフィアはクラウスの方へ意識が向いていた。

 シルフィアは彼のプレゼントに胸をきゅんきゅんさせられていた。

 困ってしまうほど高価なものではなく、受け取っても嬉しいささやかなもの。

 自分のために選んでくれたというのがまたポイントだ。喜んでくれると嬉しいなとはにかみ笑顔に浮かべて、イケメン騎士様が照れつつ優しさ全開で手渡してくるとか、ときめかないはずがない。

「……お、おかしな状況だわ。ありえない」

 両親を心あらずで見送ったシルフィアは、思わず頭を抱える。

 どきどきと困惑で頭の中はいっぱいだ。ハーレムエンドに加わった婚約者が、大会議の前日までどうしてアプローチしているのか。

「そうですか? ふふ、それだけお嬢様にぞっこんなのでは」

 リーシェにはそう見えるらしい。シルフィアは紅茶を淹れ直した彼女を見る。

「あやしいとか思わない……? クラウスってあんなに表情が柔らかい人だったかしら?」
「一度突き放したところで、真実の愛がどこにあるのか気づかれたんですよ!」

 すると主人たちがいなくなった屋敷で掃除を始めていたメイドたちも「ロマンチックですよね!」と声を揃えてきて、シルフィアは驚く。

「ロ、ロマンチック?」
「そうですよ。しばらく離れている間によその女性が魅力的に移るのは、まぁ普通の男性だとありありですし」
「シルフィア様、つまりクラウス様も男だったということですよ」

 同年齢なのにさそ当然みたいにリーシェにさらりと言われたシルフィアは、口を強く閉じて咽るのをこらえた。

 男だった、というのは夜会の日に実感したことだった。

 白騎士は社交辞令であっても女性の手さえ握らない超堅物キャラ……だったはずなので、そこもシルフィアは困惑中だ。

 彼はゲーム通り一度レイニアを選んだでいる。

 この休む暇もない甘々攻撃も何か裏があるのでは。そう疑いにかかっても納得できない自分がいた。

(あの白騎士が嘘なんて吐ける?)

 よく知っている相手だからこそ否定がすぐ浮かぶ。

 そうすると悩みはループし、クラウスが考える暇さえ与えさせずどきどきさせるせいで頭の中を整理するのも追いつかない。

(でも今日は絶対に来ないから、いったん頭の中をリセットできる……!)

 本日は、王宮で聖女の出立日が決定される。聖女の〝浄化〟に同行できるなんて名誉あることだと、攻略対象の七人が大神殿の行き来まで手伝うことを名乗り出る。もちろんそこには【白騎士】であるクラウスの姿もあった。

 日常を過ごせば、どきどきさせられっぱなしの胸もようやく落ち着くだろう。

 シルフィアは午前中クラウスのことを忘れることにして、両親のためにお菓子を焼いて心を鎮めた。

「おぉっ、シルフィアの菓子は久しぶりだ」

 帰ってきた際にマルゼル伯爵も喜んでくれた。母も父の食べっぷりに珍しく付き合う姿勢を取り、バルロに午後の休憩で軽食をと指示していた。

「ドミニクは学校が早く終わる予定ですよね? 久しぶりに一緒に外出しようかしら」
「何? 出掛けたいのか? 帰るまであと一刻はある、それなら父と出掛けよう」
「お父様と?」
「私も少し時間がある。美味しすぎて菓子も全部食べてしまったし、いい運動だ。正直、最近ドミニクばかり構っていて父は寂し――痛い!」

 ソファに一人で座っていた母が肘置きから手を伸ばし、一人掛けソファで寛いでいた父の太腿の肉をつねった。

「あなた、シルフィアはもう成人のレディよ」
「うぅ、でもまだまだ可愛い私の娘だもんっ」

 シルフィアが小首を傾げたその時、唐突に訪問を知らせるベルが鳴った。

 可哀そうな者を見る目で主人を眺めていたバルロが、このゆっくりしている時間に誰だろうと不信感を浮かべて「見てまいります」と出ていく。

 間もなく、驚いたような声がリビングまで鈍く響いてきた。

「……何かしら?」

 シルフィアが気にしてティーカップを置くと、向かいで母がピンときた様子で言う。

「あなた、見ていらっしゃい」
「はい。もちろんです」

 二人は社交から戻って間もない。ゆっくりしていて欲しい。

 バルロが大きな声を上げるのも滅多にないことだ。成人した伯爵家の娘として、シルフィアはバルロの対応を助けに向かう。

 スカートを持って速足で進んだ。だが廊下を曲がって玄関ホールへ出たところで、飛び出してきた長身の男とぶつかりそうになった。

「きゃあ! ――て、クラウス?」
「まだ、誰とも予定を立てていないなっ?」

 両肩を掴んで支えるなり、クラウスが真剣な顔を寄せてそう聞いてきた。

「え、えぇ、とくにはまだ……」
「よかった」

 彼が詰めていたような息をほっともらした。

 そうとう急いで来たらしい。彼の紫が混じったような白髪は少し乱れている。後ろからバルロが「急に入られても困りますっ」なんて言って顔を出す。

「すまなかった。」
「何か、急ぎのことでも?」

 彼が挨拶もそこそこに屋敷内に突入してくるなんて初めてのことだ。肩越しに振り返ってバルロに短く詫びるクラウスを見て、シルフィアは心配になる。

 するとクラウスが肩を掴んだまま、顔をこちらに戻してきた。

「今日はドミニクの学校が早く終わるんだろう?」
「……そうですけれど、それが何か?」

 正直、予想していた緊急事態とは程遠い質問でシルフィアは困惑する。

「彼に先を越されては困る。君は『まだ』だと答えた。つまり弟と予定を入れようとでも考えていたのだろう?」
「はい、そうです。よくお分かりになりましたね」
「君は弟のことを優先する。彼のことはかなり甘やかすからな」

 彼の目は真剣だが、そのせいでいよいよ表情と台詞が噛み合っていない気がした。

「一般的だとは思いますけれど。可愛い弟ですもの」
「だからこそ強敵だ。あれは本気で狙いにくるかもしれない」

 真面目な声の調子なのに、早口で言ってきた内容が意味不明だ。
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