上 下
13 / 49

二章(7)白騎士様が「挽回のチャンスを」とすがってくる

しおりを挟む
「そ、その……殿方の楽しみかもしれませんが私も、文学は好きなのです……」

 前世では国語が好きで、社会人になっても詩や文学を読むのは楽しみだった。思えばこの世界の令嬢は、どちらかといえば演劇が好きかもしれない。

「知らなかったな――俺自身をアピールしたいのに、会うたび君に感心させられてる」

 彼が身を寄せてきた。

「クラウス……? 酔ったのですか?」
「ごめん、我慢できそうにない」

 熱っぽいブルーの瞳はワインのせいかしらと眺めていたら、クラウスが肘置きを掴み、シルフィアの顎にもう一つの指をかけた。

 え、という声は、次の瞬間口に重なっていた彼の唇に吸い込まれていた。

 ほんの少しだけワインの香りがした。

 それから、続いて感じたのは彼がまとう上品な香りに包まれるような感覚だ。

 舞台側で芸術品の展示が再開したのか熱気に沸いた。誰にも知られないまま重なっていた影が、そっと離れる。

(――唇を、奪われたのだわ)

 クラウスはシルフィアの前からどかなかった。まるで感想をうかがうような彼の強い眼差しを受け、シルフィアは何をされたのか理解した瞬間に真っ赤になる。

 とにかく顔を隠したい。咄嗟に背もたれへ寄ったら、彼が両手を座席の背もたれについた。

「逃げないで」

 左右を囲われてしまって、シルフィアは正面の彼を見つめなければならなくなった。

「キスをしよう」

 緊張気味におずおずと見つめ返した直後、そう告げられて心臓がはねる。

「ど、どうして……だって今までそんなことしなかったに」
「俺は今までだってしたかったよ。けれど年下だから配慮せよと、君の父に言われていた」

 本当なのか分からない。シルフィアは混乱していた。

 そもそも彼には主人公の聖女がいるはずで、好きでもない女性にキスなんて彼はできない人のはずで――。

「シルフィア」

 目をそらしてすぐ、顎を優しく支えらて視線を戻される。

 舞台からもれてくる明かりを遮った彼のブルーの目は、ゆらゆらと揺れているように見えた。

 彼の言葉は嘘だと思えない。緊張に、こくりと喉を鳴らす。

「……あの、こんなところで」
「左右はしきりがある、会場内は薄暗い。みんな舞台に集中して誰も気づかないよ」
「で、ですが」
「シルフィア、すまない、我慢ができない。君が嫌でなければさせて欲しい」

 強く告げられて心が揺れる。クラウスが、シルフィアの片方の肩にかかっている金髪をひと撫でした。

 これまで手を握るのもあまりなかった。

 彼は潔白で、堅実で、婚約者同士がするような恋人らしい触れ合いもしない【白騎士】で。

 そもそも不意打ちで唇に触れるなんて、ずるい。

 彼の距離が近くて、どきどきしている鼓動まで聞かれてしまいそうだ。こんな攻めモードの【白騎士】なんて、シルフィアは知らない。

「…………わ、かりました」

 熱っぽい雰囲気に呑まれるみたいにすぐそこの彼に答えたら、彼の唇が先程よりしっかりと重ねられた。

「――ん、ぅ」

 あまりに深い密着だったせいで、しっとりと互いの口が塞ぎ合わされた時に恥ずかしい息が鼻からもれた。緊張に強張ったら『大丈夫だから』と告げるみたいに、唇を重ねなおされてついばまれる。

 優しく触れられて嫌なんて思うはずがない。

 背がふるっと震える。それは緊張だけではなく、甘やかな感覚を覚えてのことだった。

(まだ終わらないの?)

 緊張でどうにかなりそうなのに、密かにキスをしていることに胸が甘く高鳴った。会場では大目玉の展示品でも出たのか人々の熱気が増す。

 クラウスが構わずシルフィアの髪や耳をくすぐりながら、繰り返し唇を合わせる。

「あっ……ん……」

 下唇をちゅ、とゆっくりはまれたシルフィアは自分の声に驚いてハッとする。

「ご、ごめんなさい、変な声が」
「いいよ。変じゃない、とても可愛い」

 慌てて唇を離した直後、かけられた言葉に耳朶がかっと熱くなった。

「可愛いよ。だから、もっと聞かせて欲しいな」

 クラウスが顔を引き寄せて再び唇が重ね合わされ際、ぬるりと熱い物が差し込まれる。

「んぅっ?」

 びっくりして咄嗟に両手が前に出ようとした直前、彼の身体でソファに固定された。抵抗する隙間もなくなってしまって、シルフィアは彼のロングコートを握るしかできない。

 侵入してきたクラウスの舌はたやすく咥内をなぞった。

 強引さも感じる積極的な彼の行動にときめきも込み上げる。初めての感覚に竦むと『大丈夫だから』と告げるみたいに、彼は舌先を気持ちよくこすり合わせてくる。

「んっ……んん……ふぁ、ん」

 互いの咥内で舌がくちゅくちゅと鳴るいやらしい音に、蕩けそうになる。

(これがキス……気持ちいい……)

 うっとりとした心地になって、初めてのキスの感触に会場のことなんて頭から遠ざかる。

「震えるくらい、気持ちいい?」
「はっ、ぁ……きもち、いい……あ、ン……」

 離れた舌に『もっと』という気持ちになって、自分でも分からないうちに答えていた。

 クラウスがぞくっとしたように色香を増す。

「それなら、もっと俺を味わって――」

 甘く囁く彼の声にシルフィアは抗えなかった。

 彼が抱き寄せてきたので、彼女もまたどきどきと震えている手を彼に回して、キスを受け入れる。すると気持ちよさが身体を満たした。

 まるで甘美な酒みたいに『もっと』と味わっていたくなる。

 彼とキスをする時間が伸びるほど気持ちよく、その先のさらなる快感を知りたくなるとクラウスがさらにいやらしさを増してくれる。

(まさか【白騎士】が、こんなにも色っぽいことができるなんて……)

 もうこれ以上は、と思って身を引こうとしたら、彼が追い駆けて全身が甘く震えるほどのキスにシルフィアを溺れさせた。

 自分が、彼にキスをされていることへの驚きもあった。それと同時に、力が入らないくらい腰砕けにさせられていることにも心底びっくりしていた。

 彼の男性的なその意外すぎる一面に、シルフィアは一層ときめきを覚えた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。  無言で睨む夫だが、心の中は──。 【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】 4万文字ぐらいの中編になります。 ※小説なろう、エブリスタに記載してます

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...