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二章(7)白騎士様が「挽回のチャンスを」とすがってくる
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「そ、その……殿方の楽しみかもしれませんが私も、文学は好きなのです……」
前世では国語が好きで、社会人になっても詩や文学を読むのは楽しみだった。思えばこの世界の令嬢は、どちらかといえば演劇が好きかもしれない。
「知らなかったな――俺自身をアピールしたいのに、会うたび君に感心させられてる」
彼が身を寄せてきた。
「クラウス……? 酔ったのですか?」
「ごめん、我慢できそうにない」
熱っぽいブルーの瞳はワインのせいかしらと眺めていたら、クラウスが肘置きを掴み、シルフィアの顎にもう一つの指をかけた。
え、という声は、次の瞬間口に重なっていた彼の唇に吸い込まれていた。
ほんの少しだけワインの香りがした。
それから、続いて感じたのは彼がまとう上品な香りに包まれるような感覚だ。
舞台側で芸術品の展示が再開したのか熱気に沸いた。誰にも知られないまま重なっていた影が、そっと離れる。
(――唇を、奪われたのだわ)
クラウスはシルフィアの前からどかなかった。まるで感想をうかがうような彼の強い眼差しを受け、シルフィアは何をされたのか理解した瞬間に真っ赤になる。
とにかく顔を隠したい。咄嗟に背もたれへ寄ったら、彼が両手を座席の背もたれについた。
「逃げないで」
左右を囲われてしまって、シルフィアは正面の彼を見つめなければならなくなった。
「キスをしよう」
緊張気味におずおずと見つめ返した直後、そう告げられて心臓がはねる。
「ど、どうして……だって今までそんなことしなかったに」
「俺は今までだってしたかったよ。けれど年下だから配慮せよと、君の父に言われていた」
本当なのか分からない。シルフィアは混乱していた。
そもそも彼には主人公の聖女がいるはずで、好きでもない女性にキスなんて彼はできない人のはずで――。
「シルフィア」
目をそらしてすぐ、顎を優しく支えらて視線を戻される。
舞台からもれてくる明かりを遮った彼のブルーの目は、ゆらゆらと揺れているように見えた。
彼の言葉は嘘だと思えない。緊張に、こくりと喉を鳴らす。
「……あの、こんなところで」
「左右はしきりがある、会場内は薄暗い。みんな舞台に集中して誰も気づかないよ」
「で、ですが」
「シルフィア、すまない、我慢ができない。君が嫌でなければさせて欲しい」
強く告げられて心が揺れる。クラウスが、シルフィアの片方の肩にかかっている金髪をひと撫でした。
これまで手を握るのもあまりなかった。
彼は潔白で、堅実で、婚約者同士がするような恋人らしい触れ合いもしない【白騎士】で。
そもそも不意打ちで唇に触れるなんて、ずるい。
彼の距離が近くて、どきどきしている鼓動まで聞かれてしまいそうだ。こんな攻めモードの【白騎士】なんて、シルフィアは知らない。
「…………わ、かりました」
熱っぽい雰囲気に呑まれるみたいにすぐそこの彼に答えたら、彼の唇が先程よりしっかりと重ねられた。
「――ん、ぅ」
あまりに深い密着だったせいで、しっとりと互いの口が塞ぎ合わされた時に恥ずかしい息が鼻からもれた。緊張に強張ったら『大丈夫だから』と告げるみたいに、唇を重ねなおされてついばまれる。
優しく触れられて嫌なんて思うはずがない。
背がふるっと震える。それは緊張だけではなく、甘やかな感覚を覚えてのことだった。
(まだ終わらないの?)
緊張でどうにかなりそうなのに、密かにキスをしていることに胸が甘く高鳴った。会場では大目玉の展示品でも出たのか人々の熱気が増す。
クラウスが構わずシルフィアの髪や耳をくすぐりながら、繰り返し唇を合わせる。
「あっ……ん……」
下唇をちゅ、とゆっくりはまれたシルフィアは自分の声に驚いてハッとする。
「ご、ごめんなさい、変な声が」
「いいよ。変じゃない、とても可愛い」
慌てて唇を離した直後、かけられた言葉に耳朶がかっと熱くなった。
「可愛いよ。だから、もっと聞かせて欲しいな」
クラウスが顔を引き寄せて再び唇が重ね合わされ際、ぬるりと熱い物が差し込まれる。
「んぅっ?」
びっくりして咄嗟に両手が前に出ようとした直前、彼の身体でソファに固定された。抵抗する隙間もなくなってしまって、シルフィアは彼のロングコートを握るしかできない。
侵入してきたクラウスの舌はたやすく咥内をなぞった。
強引さも感じる積極的な彼の行動にときめきも込み上げる。初めての感覚に竦むと『大丈夫だから』と告げるみたいに、彼は舌先を気持ちよくこすり合わせてくる。
「んっ……んん……ふぁ、ん」
互いの咥内で舌がくちゅくちゅと鳴るいやらしい音に、蕩けそうになる。
(これがキス……気持ちいい……)
うっとりとした心地になって、初めてのキスの感触に会場のことなんて頭から遠ざかる。
「震えるくらい、気持ちいい?」
「はっ、ぁ……きもち、いい……あ、ン……」
離れた舌に『もっと』という気持ちになって、自分でも分からないうちに答えていた。
クラウスがぞくっとしたように色香を増す。
「それなら、もっと俺を味わって――」
甘く囁く彼の声にシルフィアは抗えなかった。
彼が抱き寄せてきたので、彼女もまたどきどきと震えている手を彼に回して、キスを受け入れる。すると気持ちよさが身体を満たした。
まるで甘美な酒みたいに『もっと』と味わっていたくなる。
彼とキスをする時間が伸びるほど気持ちよく、その先のさらなる快感を知りたくなるとクラウスがさらにいやらしさを増してくれる。
(まさか【白騎士】が、こんなにも色っぽいことができるなんて……)
もうこれ以上は、と思って身を引こうとしたら、彼が追い駆けて全身が甘く震えるほどのキスにシルフィアを溺れさせた。
自分が、彼にキスをされていることへの驚きもあった。それと同時に、力が入らないくらい腰砕けにさせられていることにも心底びっくりしていた。
彼の男性的なその意外すぎる一面に、シルフィアは一層ときめきを覚えた。
前世では国語が好きで、社会人になっても詩や文学を読むのは楽しみだった。思えばこの世界の令嬢は、どちらかといえば演劇が好きかもしれない。
「知らなかったな――俺自身をアピールしたいのに、会うたび君に感心させられてる」
彼が身を寄せてきた。
「クラウス……? 酔ったのですか?」
「ごめん、我慢できそうにない」
熱っぽいブルーの瞳はワインのせいかしらと眺めていたら、クラウスが肘置きを掴み、シルフィアの顎にもう一つの指をかけた。
え、という声は、次の瞬間口に重なっていた彼の唇に吸い込まれていた。
ほんの少しだけワインの香りがした。
それから、続いて感じたのは彼がまとう上品な香りに包まれるような感覚だ。
舞台側で芸術品の展示が再開したのか熱気に沸いた。誰にも知られないまま重なっていた影が、そっと離れる。
(――唇を、奪われたのだわ)
クラウスはシルフィアの前からどかなかった。まるで感想をうかがうような彼の強い眼差しを受け、シルフィアは何をされたのか理解した瞬間に真っ赤になる。
とにかく顔を隠したい。咄嗟に背もたれへ寄ったら、彼が両手を座席の背もたれについた。
「逃げないで」
左右を囲われてしまって、シルフィアは正面の彼を見つめなければならなくなった。
「キスをしよう」
緊張気味におずおずと見つめ返した直後、そう告げられて心臓がはねる。
「ど、どうして……だって今までそんなことしなかったに」
「俺は今までだってしたかったよ。けれど年下だから配慮せよと、君の父に言われていた」
本当なのか分からない。シルフィアは混乱していた。
そもそも彼には主人公の聖女がいるはずで、好きでもない女性にキスなんて彼はできない人のはずで――。
「シルフィア」
目をそらしてすぐ、顎を優しく支えらて視線を戻される。
舞台からもれてくる明かりを遮った彼のブルーの目は、ゆらゆらと揺れているように見えた。
彼の言葉は嘘だと思えない。緊張に、こくりと喉を鳴らす。
「……あの、こんなところで」
「左右はしきりがある、会場内は薄暗い。みんな舞台に集中して誰も気づかないよ」
「で、ですが」
「シルフィア、すまない、我慢ができない。君が嫌でなければさせて欲しい」
強く告げられて心が揺れる。クラウスが、シルフィアの片方の肩にかかっている金髪をひと撫でした。
これまで手を握るのもあまりなかった。
彼は潔白で、堅実で、婚約者同士がするような恋人らしい触れ合いもしない【白騎士】で。
そもそも不意打ちで唇に触れるなんて、ずるい。
彼の距離が近くて、どきどきしている鼓動まで聞かれてしまいそうだ。こんな攻めモードの【白騎士】なんて、シルフィアは知らない。
「…………わ、かりました」
熱っぽい雰囲気に呑まれるみたいにすぐそこの彼に答えたら、彼の唇が先程よりしっかりと重ねられた。
「――ん、ぅ」
あまりに深い密着だったせいで、しっとりと互いの口が塞ぎ合わされた時に恥ずかしい息が鼻からもれた。緊張に強張ったら『大丈夫だから』と告げるみたいに、唇を重ねなおされてついばまれる。
優しく触れられて嫌なんて思うはずがない。
背がふるっと震える。それは緊張だけではなく、甘やかな感覚を覚えてのことだった。
(まだ終わらないの?)
緊張でどうにかなりそうなのに、密かにキスをしていることに胸が甘く高鳴った。会場では大目玉の展示品でも出たのか人々の熱気が増す。
クラウスが構わずシルフィアの髪や耳をくすぐりながら、繰り返し唇を合わせる。
「あっ……ん……」
下唇をちゅ、とゆっくりはまれたシルフィアは自分の声に驚いてハッとする。
「ご、ごめんなさい、変な声が」
「いいよ。変じゃない、とても可愛い」
慌てて唇を離した直後、かけられた言葉に耳朶がかっと熱くなった。
「可愛いよ。だから、もっと聞かせて欲しいな」
クラウスが顔を引き寄せて再び唇が重ね合わされ際、ぬるりと熱い物が差し込まれる。
「んぅっ?」
びっくりして咄嗟に両手が前に出ようとした直前、彼の身体でソファに固定された。抵抗する隙間もなくなってしまって、シルフィアは彼のロングコートを握るしかできない。
侵入してきたクラウスの舌はたやすく咥内をなぞった。
強引さも感じる積極的な彼の行動にときめきも込み上げる。初めての感覚に竦むと『大丈夫だから』と告げるみたいに、彼は舌先を気持ちよくこすり合わせてくる。
「んっ……んん……ふぁ、ん」
互いの咥内で舌がくちゅくちゅと鳴るいやらしい音に、蕩けそうになる。
(これがキス……気持ちいい……)
うっとりとした心地になって、初めてのキスの感触に会場のことなんて頭から遠ざかる。
「震えるくらい、気持ちいい?」
「はっ、ぁ……きもち、いい……あ、ン……」
離れた舌に『もっと』という気持ちになって、自分でも分からないうちに答えていた。
クラウスがぞくっとしたように色香を増す。
「それなら、もっと俺を味わって――」
甘く囁く彼の声にシルフィアは抗えなかった。
彼が抱き寄せてきたので、彼女もまたどきどきと震えている手を彼に回して、キスを受け入れる。すると気持ちよさが身体を満たした。
まるで甘美な酒みたいに『もっと』と味わっていたくなる。
彼とキスをする時間が伸びるほど気持ちよく、その先のさらなる快感を知りたくなるとクラウスがさらにいやらしさを増してくれる。
(まさか【白騎士】が、こんなにも色っぽいことができるなんて……)
もうこれ以上は、と思って身を引こうとしたら、彼が追い駆けて全身が甘く震えるほどのキスにシルフィアを溺れさせた。
自分が、彼にキスをされていることへの驚きもあった。それと同時に、力が入らないくらい腰砕けにさせられていることにも心底びっくりしていた。
彼の男性的なその意外すぎる一面に、シルフィアは一層ときめきを覚えた。
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