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二章(4)白騎士様が「挽回のチャンスを」とすがってくる

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 思わず視線を落とした。嫉妬だなんて醜い。そう分かっているのに、溢れてくる感情が止まらない。

(恋はしていないと言っていたけど……ゲームでは、そうだもの)

 まるで初恋が自分ではないことを拗ねているみたいだ。

 こんな感情を抱き続けて彼と一緒にいられない。苦しいだけだ。そんな結婚生活も、後悔もしたくない。

「あそこで何か飲もうか。女性に人気らしいよ」

 ハタと視線を上げ、クラウスが右手で指差した方を見た。

 そこにはシルフィアが勉強の移動でよく立ち寄って休憩していた店があった。あそこの外テラスがお気に入りだった。

 そうしていると巡回だったリューイたちとも会えて賑やかだったから――。

「私も知っている店です」
「そうなのか?」

 彼は意外そうだった。けれど、その感想はまさにシルフィアのものだ。

(どうして、彼が)

 どくんっと胸が嫌な鼓動を立る。

 直前まで踊っていた心がすぅっと落ち着いていくのを感じる。

「……オーナー様は女性ですから一人でも入りやすくて。私こそ、クラウスが女性向けのお店を知っているのも意外でした」

 彼は『人気らしい』と、誰かから聞いたような口ぶりだった。喉が緊張に震える。

「どなたからか、聞いたのですか?」

 どこかの女性に、という押さえた言葉と共に主人公の存在が脳裏を過ぎる。

 クラウスがしばし間を置き、それから溜息混じりに言った。

「白状すると、リューイだ」
「えっ、リューイ?」
「まぁ彼だけではないな。巡回のたび、みんなが女性の喜びそうな店やらをいちいち口にしてきていた。俺があまりに騎士業に専念していたせいだろうなとは、今となっては反省を覚える経緯だ」

 彼は決まり悪そうな声だった。だがシルフィアは、聞きながら心がみるみうちに晴れていくのを感じた。

(ああ、私って単純なのかも)

 彼の言葉を真っ向から受け止めて、喜んでいる自分がいる。

 そういうところもまた弟を心配させるのかもしれない。

「君も入ったことがある店だと言うし、よければ君のおすすめがあれば知りたいんだが、このままあちらに決めてしまっていいかな?」
「もちろんです」

 年上の彼から頼られたのが嬉しくて、シルフィアは率先して彼の手を引いた。

 顔見知りの女性店主に、本日の紅茶のブレンドを聞く。そしておすすめのケーキも三種類注文し、クラウスをいつも座っているコテージ席へと誘った。

 間もなくケーキもすべて揃った。これで二人しばし休憩だ。

「あっ」
「どうしたの? 食べられそうにない?」

 シルフィアは「そうでなくて」と首を振った。

「私は別腹ですけれど、クラウスは食べられそうですか? 昼には早すぎますし……」

 すると彼が、安心たみたいに笑った。

「もちろん。君のおすすめというのなら何店舗でも、全部食べるよ」

 大袈裟だ。しかしケーキを大きく開けた口に放り込んで「ほら、美味しい」と言った彼を見て、シルフィアはそわそわした。

 なんというか、今日は会ってからずっと彼からデートの空気を感じる。

(超絶堅物だったのに柔和さまで加わって……ああ、これはモテるわ)

 今になって実感する。きちんとデートを過ごしてみると婚約者のハイスペックさに心がかき乱されてばかりだ。

「今度は芸術館まで歩いてみようか」
「そうですね」

 ケーキを食べていると彼との会話もまた元の調子に戻っていった。

 この店のケーキは小さくカットされていて、種類が多く食べられるよう配慮されている。

(小さいのも可愛いし、見た目も可愛い。それでいて幸せな甘い美味しさだなんて)

 うっとりして食べ終わったシルフィアは、クラウスに了承を取ったと言わんばかりに恋人繋ぎをされて固まった。

「え、……え?」
「どうした?」
「いえ、別に……」

 まさかの、また、なんて思い歩きながらも繋がれた手を見てしまっていた。

 顔見知りの女性店主に微笑まれ、会計は彼持ちで、シルフィアはとことんデート感を突きつけられて戸惑いと恥じらいの顔で外へ出る。

 散策が再開されたが、やはりクラウスは手を離してくれなかった。

 けれど歩いているうちに、彼のリードにすっかり楽しまされて手への緊張はまた消える。

 見慣れた王都の景色なのに、彼といると新鮮で発見ばかりしている気がした。

「あの彫刻は虎だと思っていたんだが、そうか、犬だったか……」
「全然違います。名物の、忠犬です」
「俺はあまり文学には精通していないからなぁ」

 というよりは、ロマンチックなことに全然関心がないのだ。シルフィアはこっそりくすりと笑ってしまった。

 ゲームの通り彼は堅物すぎた。令息なのに女性を楽しませる話題の一つとして文学も読まないなんてと、彼の母が両家の食事会で何度か言っていた。

 だというのに、クラウスは何度もあっさりそれを覆してくる。

「絵画でも見ようか。まだ時間はある」

 腕を抱き寄せて上から彼に囁かれ、シルフィァはどきっとした。

「い、いえ、クラウスは絵画に興味がないでしょうから……」
「君は興味がある?」

 早く離れて欲しいのに彼は追って尋ねてくる。

「えぇと、描かれた歴史とかなら」

 やや早口で答えると、彼がようやく傾けていた頭を起こしてくれる。

「そうか、君は絵の背景も見るのか……ふむ」

 まるで情報を頭にでも叩き込むみたいに、彼は呟いている。

(びっ……くりしたわ)

 シルフィアはその隙に、彼とは反対方向へぎゅんっと顔を向けて密かに深呼吸する。

 まるで恋人みたいな距離感だった。なんだかロマンチックではなかっただろうか。

(いえ一瞬だけどっ。えぇぇ、私がちょろすぎるの?)

 まるで意中の好みをさりげなく探っているようにも感じた。彼のイメージにはなかったせいで心臓がばくばくしてそんな妄想に飛んでしまうのだろうか。

 彼を意識しすぎではないか。少し離れようか、そうシルフィアは考えて、くっつきすぎにも感じる彼の腕を見た。

(彼も歩きづらいかもしれないし――)

 だが動いたその時、近くの人のひそひそ声が聞こえて心臓がはねた。

「やっぱりぎこちないわね」
「ほら、だってあの二人、破局したと聞いたわ」

 どうやら注目は集めていたらしい。こっそり見てみると、道行く若い男たちもこちらをうかがっていた。

「別れたはずなのに何をしているのだろうな」
「マルゼル伯爵の雷が落ちたんだろうな。相当お怒りだと噂に聞いたぞ」
「ああ、それで機嫌取りに一緒に? とっとと別れろ、ひどい振り方をしたと聞いたぞ」

 同じく、クラウスもばっちり耳で拾ったようだ。

「耳に痛い……」

 視線を戻すと、クラウスの肩が弱々しくやや下がっている。

「こ、こうしているから余計に目立つのです。ですから、手を――」
「離さないよ」

 ほどきかけたシルフィアの手を、彼が掴んだ。

「周りにどう言われても俺は遠慮しない」

 しっかりと握り直されたクラウスの手に優しい力が入る。

 握った彼の手からは『離れなくていい』と感じた。シルフィアは人々の視線を集めているのに、と頼もしさに胸が高鳴った。

「…………ど、どうしてですか?」

 ずるい質問だろうかと思ったものの、止められなかった。

 前世でも三十代まで生きた。彼が言わんとしていることは察せる。でも悪いと思いつつ、彼から聞きたいと思った。

 ときめく情熱的な言葉を向けられた経験は、前世でもなかったから。
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