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二章(3)白騎士様が「挽回のチャンスを」とすがってくる

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「ひゃっ」
「シルフィア、チャンスをくれないか。俺は、どうしても君と結婚したい」

 確かに指先にキスはしなかったが、もはやする寸前ほどに近い。

 クラウスの表情は真剣だった。彼のブルーの瞳に映し出された自分の顔が、赤いことをシルフィアは見た。

「結婚相手は俺でいいと君に認めてもらえるまで、俺は誠意を示し続けよう。諦めるつもりはないし、かといって君が頷くまで婚約者として努力を惜しまない――頼む」

 異性にそう懇願されたのも初めてだった。

 子供だった頃と違って、彼の手の温もりだけでなく視線までも妙にシルフィアの鼓動をどっどっと速めてくる。

 わけが分からない。彼の言い訳も、戻ってきたと思ったら熱烈に結婚相手に求められていることも。

「……わ、分かりました、クラウス」

 真っ赤になったシルフィアは、どきどきしすぎた心臓の音に思わず了承してしまった。


 謝罪を受け入れてすぐ、クラウスがシルフィアを連れてマルゼル伯爵たちに報告した。

 そして話し合いの報告を待っていた家族の前で、あろうことか彼はシルフィアをデートに誘っていいかと許可を求めた。

(ど、どうしてそんなことに……!)

 明日の午後、王都を歩く時間を作ってくれるという。

 クラウスが迎えにくることになった。シルフィアは待ち合わせ案を出したが、クラウスは固く譲らなかったし、マルゼル伯爵も彼の『紳士が迎えるべき』に力強く同意していた。

 少し前までの怒鳴り声を思い出すと、シルフィアはそれ以上口を挟めなかった。

 ◇∞◇∞◇

 というわけで翌日、クラウスとデートをすることになってしまった。

 朝食後に身支度を進めながら、ゲームではあり得ない展開に、シルフィアは現実味がなくて呆然としていた。

(結婚しないつもりなのに、デートに応じてしまったわ……)

 何か裏があるのでは、本当の気持ちとしては聖女が好きなのでは――。

 そんな思いがぐるぐると頭の中を回っている間にも時間がきて、クラウスがきっかり十分前に迎えきた。

「お嬢様を大切に送り届ます」
「うむ。報告はバルロから聞くからな。しっかりするように」
「はい」

 クラウスと父のやりとりを、シルフィアは何も言えないまま見守っていた。

 昨日みたいに父の怒りが爆発しないだけマシだ。今日追い払われなかったことに対しては、シルフィアもバルロたちと同じくほっとしていた。

(学校に行くまでドミニクが騒いではいたけれど……)

 弟の『信用できない』という言葉は、一理ある。

 だが迎えにきた軍服姿の婚約者を目に入れた途端に、シルフィアの胸はどきどきと音を立て始めていた。

 クラウスは仕事だったのに、途中の時間をシルフィアとの散策のために空けてくれたのだ。

(デートっぽいわ)

 社交会の女の子たちのお喋りで、よく聞いていた平日の日中デートだ。

「さあ、行こうか、シルフィア」

 振り返り、向けられた優しい笑みに心臓がばっくんとはねた。

「……は、はい、クラウス」

 差し出された彼の白い手袋に、いつもみたいな『ザ・令嬢』の営業スマイルを出す余裕もなく、ぎこちなく指先を乗せた。

 近場の散歩だから、長距離移動用に馬車を使う必要はない。

 屋敷では両親たちとの間に会話があったものの、二人になった途端シルフィアはクラウスとの間にぎこちない沈黙ができるのを感じた。

 いつも、どうやって彼に話を振っていたのか思い出せない。

 これまでクラウスは忙しくしていたし、シルフィアも勉強を理由に必要最低限の社交や家族のイベント事以外は求めなかったから――つまるところ婚約者同士らしい二人だけで決めたデートは初めてなのである。

(そもそも手っ……彼、手を繋いだままなのですけれど!)

 彼は超堅物の真面目系攻略対象。これまでそれぞれの目的地まで短い移動を共にしたことはあったが、隣に並んで歩いていただけ。

 それなのに、屋敷を出る前からずっと手を繋いでいた。しかも、恋人繋ぎだ。

 そのせいで余計に意識させられて落ち着かないのかもしれない。

「あのっ、……もう、いいですよね?」

 人々が行きかう道にとうとう限界が来て尋ねたら、クラウスが不思議そうに視線を返してきた。

 シルフィアは自分たちの繋がったままの手を見て、そして離さそうとした。

「よくないよ。このまま行こう」

 クラウスの手があっという間に繋ぎ直した。最後、ぎゅっと握られてシルフィアの心臓が変なはね方をした。

「シルフィアは、俺と手を繋ぐのも嫌?」

 彼に困ったような表情で控えに微笑みかけられた。まるで落ち込んだみたいだと感じた瞬間、シルフィアは自分からも慌てて繋ぐ。

「そっ、そんなことはありませんっ」
「そうか。よかった、ならこのままで構わないね」

 彼がにっこりと笑いかけてきた。なんだか『してやられた感』を覚えるのは気のせいか。

 けれど、嫌な感じは一つもない。

「こうして君とゆっくり二人で歩くのは、初めてだな」

 表情豊かで、そして積極的。自分からそう話しながら前を向いたクラウスの優しくて美しい横顔にさえシルフィアは頬が熱くなる。

(……こ、この人、本当にクラウスなのよね?)

 こんなクラウス、シルフィアは知らなかった。

 彼は女性に興味を持ちそうにもない聖人みたいな騎士様だった。

 だというのに話題に困らないよう配慮し、珍しく会話をリードするように話しを続けた。「あれを見て」と言って、シルフィアの目を楽しませるのも上手だ。

 はじめ緊張と戸惑いがあったものの、気づいたらシルフィアはクラウスに乗せられて興味津々と町中を眺めていた。仕事や勉強関係では歩かない通りを歩き、並んでいる雑貨店や小物店の賑わいの空気を楽しみ、彼に誘われて一緒に二人で店先まで行って、足を止めてじっくり見もする。

「この置物、君の部屋にも似合いそうだ」
「買ってどうするのですか。私は、無駄遣いはしない主義です」
「そうか。……やはり意外としっかりしているんだなぁ」

 彼は店先から離れる際、困ったようにそんなことをもらした。

「私がしっかりしていては、困るのですか?」

 まだ子供だと思っているのだろうかと勘ぐって、思わず可愛くないことを尋ねてしまう。

「糸口というか、君の攻略の仕方というか」
「……はい?」
「女性に何かすることを考えたことがなかったから、加減が難しいな」

 正直者で嘘を吐かない男なので、考え事を口に出しているのだろうか。不思議に思ってじっと見つめていたら、彼がハッと一度口を閉じた。

「……俺は、口に出ていたか?」
「はい」
「…………忘れてくれ。すまない」

 なぜかクラウスが顔を向こうへと向け、残っている手をあてる。

 シルフィアは気にしていられなかった。

(ゲームで見た堅物の白騎士様と違い過ぎるわ……)

 自分のために父に頭を下げにきた、時間を作ってくれた。彼を意識して過剰にどきどきしている気がする。

 弟が心配するのも無理はないかもしれない。

 前世では恋愛経験ゼロのアラサーだった。他の異性と一緒にいられて嫌とか言われただけで、つい心が揺れてクラウスに対して敏感になっているみたいだ。

 ――でも彼が変わったのは、主人公に恋心を抱いたからでは?

 納得いく辻褄が頭に浮かんだ瞬間、シルフィアは胸がきゅうっと切なくなった。
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