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二章(1)白騎士様が「挽回のチャンスを」とすがってくる

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 結婚相手は君だと、わけの分からないことを言われた日の夕刻。

 シルフィアは玄関ホールで父のブチ切れた声を聞いた。いったい何があったのか見に行ってみれば、クラウスから手紙が来たそうだ。

「は? ――彼が、来る?」

 母が、明日謝罪したいと書かれていたと教えてくれた。

 まずはシルフィアと話しをさせて欲しいこと、それでいて求婚受けの緊急停止を要求してきたのだとか。

 クラウスのそんな手紙は、エンゼルロイズ伯爵家が動くまで婚約破棄を待とうと決めたマルゼル伯爵の怒りを爆発させた。

「つまり聖女である男爵令嬢に夢中になっていた自分は悪くないと? 私に謝罪も挨拶もなくシルフィアに結婚をしないと勝手に告げておきながら、我が可愛い娘には婚約者らしく振る舞えと言いたいのかあんの※※※はああああ!」

(これ、放送事故並みのやつ……)

 シルフィアは前世で聞いた久々の罵詈雑言の一句に驚いたし、リビングから恐々と覗いていたドミニクも目を丸くしていた。

「それ以上醜態を言わないでくださる? ドミニクの教育に悪くてよ」

 母がマルゼル伯爵の頭に扇を落として、終わらせていた。

(また話したいなんて……どうして?)

 謝罪も意味が分からない。シルフィアは数時間前に続き、疑問が増した。

 ◇∞◇∞◇

 その頃、リューイは白騎士部隊の執務室で、呆れとも哀れとも取れない眼差しで隊長の執務席についているクラウスを眺めていた。

「――んで、謝り倒すことにしたと?」

 室内から他の者たちが帰るなり尋ねると、高速で書類を片付けているクラウスが頷く。

「そうだ」
「でもさ、お前もよく分かっていない『意識も記憶も曖昧?』なやつの方が、結構大問題だと思うけどな」

 一度、クラウスから手短に聞かされたもののリューイも何がなんやら……と状況がひたすら〝謎〟だった。

「それを証明している時間はない。そんなのは後で考える」
「そんなのってお前な……」
「俺はシルフィアと結婚したいんだ。必死にもなる」

 書類の処理をクラウスは目にも止まらない速さでし続けているので、きっぱり答えてきたその言葉は本心なのだろう。

 リューイは白騎士部隊でクラウスと再会した際、胸倉を掴まれて『見合いをするな』と脅された。

 あの場で誤解であると明確にしなかったのは、少しお灸を据えてやろうと思ったからだ。

 クラウスの珍しい表情の変化からしても本気なのだと分かって困惑している。彼も怒れる人間なんだなと場違いにも感心した。

 見合いを兼ねての顔合わせではなかったと誤解も解けたが、問題はそのあとだった。

 同期たちは『事情を説明しろ』とクラウスに詰め寄った。

 そうして信頼がある者たちを集めてクラウスは、今日まで白騎士部隊にこなかった理由について語った。彼は、そもそも〝カレンダーの日付が二週間近くも進んでいることに昨日気づいた〟そうだ。

 なんだか現実味がなくて、みんなぽかんとしていた。

 そんな話あるだろうかとリューイも半信半疑だ。

 聖女は絶世の美少女なのだと第二王子も吹聴しているらしい。さらに聖女と呼ばれるに相応しい性格をしているというのなら、女に欠片の興味さえ抱かなかった【白騎士】が惚れてもおかしくはない。

 他の同期たちはシルフィアが傷ついたことを思って『今はノーコメント』を貫き、白騎士部隊内のぎすぎす感は最悪だと言ってもいい。

「お前は『そんなの』って言ったけどさぁ……潔白を証明したらオズワルドたちも許してくれるぞ。それにお前の話がもし事実なら、仕事も投げ出して聖女様に夢中な他の男たちも同じな可能性とか――」
「そんなのは今、マジでどうでもいい」

 リューイはクラウスの『マジ』を聞いて、口元がひくついた。

「マルゼル伯爵なら、最短で婚約解消の処理までする。時間的な猶予は一切ない」
「あー……まぁ、確かにやりかねないな」
「だから俺は自分が潔白だと証明することに時間を割くよりも、誠意を示して行動しまくるのが先なんだっ」

 そういうことなら、リューイもこれ以上は何も言えない。

 結婚しないと言ったのは自分の意志ではなかった。そのクラウスの発言が嘘か誠かは分からないが、シルフィアを優先するというのなら上出来だ。

「溜まってる書類、俺も手伝うよ」

 彼女との時間を彼が少しでも作れるように、リューイは親友のため残業週間を覚悟した。

 ◇∞◇∞◇

 シルフィアが困惑している間にも翌朝がきてしまった。

 なぜかクラウスが謝罪にくるという事態になった。来訪するなり彼は玄関ホールで土下座してきて、彼女は驚いた。

「事情を説明したい、チャンスをください」

 何度も彼はそう述べた。マルゼル伯爵は、土下座し続けているクラウスのその頭を今にも踏みつけんばかりに怒り続けていて話にならない。

 二人で話すよう母が父を抑えながら告げた。

 父からの怒鳴り声を土下座で真っ向から受け止め続けているクラウスを見ていると、シルフィアも心が揺れて救出するのかぜ優先だと思えた。

 ひとまずクラウスが手紙で希望していた通り、客間で二人きりになった。

「先日は本当に申し訳なかった。結婚をしないという話については、どうかなかったことにして欲しい」

 向かいのソファに座った途端、クラウスがまたしても頭を下げて深く詫びてきた。

 シルフィアはまた激しく動揺した。彼女にとって八歳年上のクラウスは、いつだってとても大人で、清く正しくて謝罪の姿なんて似合わない。

 そもそも、そんなことを望まれても困る。

(ハーレムエンドを迎えた婚約者が、どうして戻ってきたの ゲームが終わった先は書かれていないから分からない……どうして……)

 クラウスも追い返されないか気にして必死なのだろう。膝に置かれた手は、力が入っていて全然頭を上げてくれる気配がない。

 シルフィアはこちらに案内した際、リーシェに紅茶の指示もしなかった。

 長居させるつもりがないことは、彼も肌で感じているだろう。

 考えてふと、あることをが頭に浮かんだ。残念な気持ちになって小さく溜息がこぼれると、クラウスの肩がビクッと揺れた。

「……将来性を考えて結婚だけはする方向で戻ってきたのですか?」
「は」

 彼が頭を上げ、ぽかんと口を開ける。

「聖女様へ恋をしているのに、形だけ私と結婚しようと?」
「ま、待て、いったいなんの話――」
「そんなこと私だけでなく聖女様にも失礼です。私も、他の誰かと恋をしている人とは、結婚したくありません」
「恋なんてしていない!」

 大きな声で遮られて身体が強張ったシルフィアに、クラウスが少し浮いた腰をすぐ戻す。

「す、すまない、違うんだ。俺は他の女性に気をやったことはない」
「ですが」
「本当だ、信じて欲しい。俺は王宮での任務が始まってからも、君と結婚する気持ちは変わらなかった」

 主人公と恋に落ちるまでは、とシルフィアは心の中でつけ足した。

 疑心暗鬼が顔に出ていたのかクラウスが言う。

「俺を疑う気持ちはよく分かる、だが、俺の話を聞いてくれないか。説明させてくれないか」
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