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一章(4)振ったはずの騎士様……が、私に関わってきます

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 別れを告げられた日の印象からして、もう彼は、シルフィアとは話す気持ちにすらないだろうと考えていたから。

 その悪目立ちしてしまった報いが自分に返ってきているのだろう。

「お嬢様、追加で手紙が届きました」

 リビングのソファでテーブルから目をそらしていたシルフィアは、バルロが置いた手紙の束を見て眩暈がした。

 そこにはお誘いの手紙やら招待状やらが山になっていた。

 できるだけ積極的に話すようにはしていたし、一通か二通見合いに繋がるような連絡をもらえたら……なんて思っていただけに、朝から続く手紙の束が予想外すぎて、まず何からどう手をつけていいのか分からない。

「…………もう、これで最後よね? もうないわよね?」
「さあ。午後の便がまた三時間後にありますから、なんとも」

 ひとまず昼食を終えるまで様子を見ていたものの、とんでもない量になって慄く。

「まさかここからすぐ見合い相手なんて選ばないよね!? 姉上すぐ婚活なんてしなくていいんだよっ」

 先程学校から帰ってきたばかりだというのに、ドミニクが力いっぱい励ましてくれる。

「ありがとう。でも私も十八歳を超えたわ。早いうちに探さないと、相手が見つからなくなって大変でしょう?」
「やだやだ見ちゃだめ!」

 シルフィアが開封されてある手紙の一つを持ち上げた途端、ドミニクが横から取り上げる。

 そのそばからバルロがすかさず彼に軽く拳を落とした。

「いったあ!」
「姉の邪魔をしてはいけません」
「だって……! せっかく僕にもチャンスがきたのにっ!」

 悲痛な声が上がる。コツコツと手紙の開封作業を続けているリーシェが「チャンスなんてもとよりありませんけれど」とひやっと呟くが、ドミニクは聞いていない。

「ねぇ姉上っ、相手がみつからなくなったら……ぼ、僕が結婚する! だからしばらくゆっくりしてよ? 男と会うなんて反対っ」
「ふふっ、ドミニクは本当に優しいのね。でも可愛い弟とは結婚できないわ」

 前のめりになっていたドミニクが、絶句する。

「……シルフィア様、自然とお振りになられましたね」
「何が? でもほんと、どうしたものかしら。まずは一人でも会う人を決めなさいとお母様に課題を出されているし、いい案ない?」

 リーシェが困ったような顔をした。

「そうですね……まずお話ししたことがある人と分けますか?」

 話したこともない紳士からも多く見合いを匂わせる手紙が届いていた。まずはデートして互いを知ってみないか、と。

 母には、全部の手紙にきちんと返信するのが立派なレディだと言われた。

「ふぅ……伯爵家の名前ってすごいのねぇ」

 ひとまず昨日話した人と、そうでない人を分けることから始めながら感心した。まさか自分が、こんなにも手紙をもらう日がくるとは思っていなかった。

「失礼ですがお嬢様、彼らは昨日のあなた様の美しさに――」
「人気の美男美女は毎日こんなにもらっているのかしら。私、平凡でよかったわ」

 バルロが口を閉じ直す。彼に、向かいのソファへと引きずられていたドミニクが「え」という顔をした。

(私にはモブ位の立場の方が生きやすいわね)

 振られるだけのモブでほんとよかったと、シルフィアはこれまでの静かな暮らしを思った。

「ふふ、でも嬉しいわね。私とお見合いしてもいいという優しい方々がこんなにもいるなんて。気の合う方と出会えるといいのだけれど」
「姉上っ、知らない男は警戒した方がいいです!」

 ドミニクが素早くシルフィアの隣に戻ってきた。両手で彼を捕らえようとして逃げられたバルロが、舌打ちしている。

「私みたいな女性に送ってくださるんだもの。きっといい人よ」
「いえ、ですから、姉上はめちゃくちゃ美じ――」
「あら、リューイからも手紙がきているわ」
「は、――はあああああ!?」

 白騎士部隊ではクラウスと同期であり、シルフィアも婚約した年からずっと仲良くしてもらっていた。リューイはとても気さくなでいい友人で――。

「すけこまし野郎だ!」
「ドミニク?」

 突然立ち上がった弟に、シルフィアは驚く。

「あいつっ……姉上に全然興味がないと言っておきながら、ここで名乗り上げて……! ぼ、僕なんてできないのにっ」
「坊ちゃま、お気を確かに」

 何やらドミニクがぷるぷると震え、メイドたちが「よしよし」と言いながら彼を囲んで慰めにかかる。

(泣きそうに見えたけど、気のせいだったみたい)

 昔から何かとつっかかっていたから『却下』と言いたかったのだろう。

 でもリューイなら家族ぐるみでよく知っている相手だ。シルフィアは弟が大反対する中、婚活の一番目に彼と話すことを決めた。


 返事を送ったその日、早々に白騎士部隊員が訪れてリューイからの返事を持ってきた。翌日には会う時間を作ってくれるという。

 巡回途中に立ち寄ってくれた白騎士部隊員は困惑していた。

 どうやら白騎士部隊では破局説が信じられていないようだと、シルフィアは感じた。

 翌日、待ち合わせ時間に噴水広場へと向かった。

 学生だった頃は一人でも歩かせてくれたものの、護衛としてメイドが二人、男性の使用人が一人、離れて同行した。

 成人した伯爵令嬢だ。そして〝結婚相手も白紙になってフリー〟。もしものことがないようにという配慮もあるだろう。

 王都は白騎士部隊がみていて、治安のよさは国内一だと言われている。

 近場であれば夫人や令嬢が単身歩くのも日常の風景の一つだった。

(ああ懐かしいわ)

 間もなく噴水広場が見えてきた。レンガでお洒落な模様が描かれた円形状の広場、休憩しつつ風景が楽しめる複数のベンチ。その中央に大きな噴水がある。

 そこは目立つので恋人、または友人同士の待ち合わせ場所でも有名だった。

 シルフィアも学生時代からよくそこを使っていた。

「リューイ!」

 待ち合わせていた年上のその人は、噴水のベンチ状に作られた縁に腰かけていた。姿が見えて手を振ると気づいて応え返してくる。

「こんなところでごめんな。カフェとかにしたら、見合いだと勘違いされるかと思ってさ」
「あら、見合いではなかったのね」

 リューイが明るいブラウンの目を、困り気味に優しく細める。

「泣いていたら涙を止めるために結婚してもいいくらい俺にとっても、他の白騎士部隊員にとっても、つき合いの長い唯一の女友達だよ」

 彼が隣を手で勧めたので、シルフィアはひとまず腰掛けた。

 リューイはクラウスと同年齢で同期だ。名家の三男で、騎士として実力で隊長の補佐官の一人を務め、班のリーダーとしても活躍している。

「忙しい中、ごめんなさい」
「いいんだって。ショックだったんじゃないかと思ってさ――大変になっているみたいだけど、大丈夫か?」
「私は平気よ。吹っ切れたから大丈夫なの」

 ありがとう、とシルフィアは微笑み返した。彼はその様子を探るみたいにじっと見つめ、それから「確かに平気そう……?」と首を捻って話す。

 クラウスが屋敷に訪れて『結婚しない』と告げた件は噂で聞いているらしい。

 聖女の教育の件が終わったら結婚するかもと推測されていたから、目撃情報も見間違いじゃないかと部隊内でも争論になっていたとか。

「かといって、当のクラウスもしばらくしたら全然来なくなったしな。真実を聞きようがない」

 リューイは彼に対して怒っているみたいだった。
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