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一章(3)振ったはずの騎士様……が、私に関わってきます

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 すると令嬢たちが「今よっ」と彼らの隙間から割り込んで助け出してくれた。

「あ、ありがとうございます」
「大変でしたわね。シルフィア様は今日で一番の人気だと思いますわ」

 気にした様子で彼女たちは言葉を切って微笑む。

 マルゼル伯爵家は今後、婚約者捜しが再開となる。確かに自分についている伯爵家という肩書きは魅力だろう。

(よかった。私でもまだ良縁を探せるチャンスがあるみたい)

 容姿も気にする人もいるので、あとは平凡でもいいと思ってくれる心の広い男性と出会う機会を探さないと……。

 シルフィアは前世の記憶があるので、形だけの貴族の結婚は遠慮したかった。

 令嬢たちが喉を潤してと果実ジュースの入ったグラスを渡してくれた。

「でも、人気を盗られてたのはいい気分ですわ」
「大きな声では言えませんけれど確かに……」

 会話が再開したと思ったら、意味深な頷き合いがあってシルティアは気になった。

「聖女様、あんなに男性を連れてパーティーに堂々いらっしゃるなんて、少々どうかと思いましたし……」
「えっ、聖女様がいらしているのですか?」

 耳を澄ました矢先、シルフィアは驚きのあまり少し大きな声が出てしまった。彼女たちも目を丸くする。

「ご存じなかったのですか?」
「え、ええ。まさか積極的に出歩いているのもイメージが……」

 ゲームではデートイベントはあるが、第二王子たちが指導している魔法訓練期間中にはないはずの行動でもあった。

「ごめんなさい、破局を突きつけられたばかりですのに」
「あ、大丈夫です。もう終わったことですから」
「え、で、ですが」
「結婚しないと言われましたので、クラウスとはお互いに話し合って、納得したうえでお別れをしました。もう彼とは関係ありません」

 彼女たちを安心させたくてそう笑いかけたのに、いつの間に聞き耳を立てていたのか、令息たちが令嬢たちを失礼にも押しのけた。

「え! それでは婚約破棄待ちなのは本当のことで?」
「シルフィア嬢、これからぜひ庭園を見に行かれませんか?」
「私はその傷ついた心を癒していけたらと。今度観劇などいかがですか――」

 令嬢たちから非難が上がっている。男性たちはその背景にも構わず、なんだか騒ぎでも起こったみたいな質問の嵐だ。

(こ、……ここはいったん撤退しましょう)

 自分のせいで他の婚活中の人たちの邪魔になってもいけないし――と思った時だった。

「シルフィア!」

 聞き慣れた声にシルフィアの耳がぴくっと反応する。

 振り返ってみると、集まった人だかりをかき分けてマントを揺らしながら向かってくるクラウスの姿があった。

 驚いたものの、レイニアがいると聞いたときから彼もいることは推測していた。

「エンゼルロイズ卿、ごきげよう」

 どうしたのかと尋ねようとしたら、彼がむっと眉を寄せてシルフィアの腕を掴んだ。

「とにかく、こちらへ」

 紳士たちだけでなく、令嬢たちにまでブーイングを受けたクラウスは、彼らをそっけなく一度目に留めた。

「あとは皆様でお楽しみを」

 彼は平然とシルフィアの手を引いて人混みを歩きだす。

 誠実で人当たりのいい彼にしては、どこか冷たい言い方だとシルフィアは思った。

「どうして君がここへ?」

 連れていかれたのは飲料が置かれたテーブルのそばだ。振り返られると同時にクラウスに眉を顰められて、シルフィアはさすがに嫌な気持ちを抱く。

「私が単身で来てはいけないことはないでしょう?」

 数日前に破局した仲だ。そう思って告げたのに、彼がますます顰め面をする。

 思わず腹が立ってきて嫌味っぽく言い募ってやった。

「あなたこそ来ているではありませんか。聖女様とご一緒だとはうかがっていますが?」
「俺は護衛だ。第二王子殿下らもご一緒されるている。騒がしいと殿下が気づいて、そうしたら君が来ていると声が聞こえて俺が見に来たんだ」

 それが、シルフィアのもとに移動してきた理由らしい。

 悪びれもなく答えてきたクラウスに、自分ばかり正当化しているのを感じてシルフィアは残念な気持ちが込み上げた。

 彼は護衛と言っているが、集団デートの間違いだろう。

(もう他人だと思おうとしたのに、どうして婚約者みたいに非難するの?)

 クラウスに初めて向けられた非難の目に胸が苦しくなる。

 シルフィアの方こそ、まだきちんと心の中で折り合いがつけられていないみたいだ。

「もう帰ろうと思っていたところです。エンゼルロイズ卿、さようなら」

 咄嗟に視線をそらして辞する。だが彼のそばを通り抜けようとしたら、目の前に彼がずいっと移動して壁を作った。

「なんです?」

 シルフィアが見上げると、彼が苦しそうに眉を寄せる。

「先程から思っていた。……その『エンゼルロイズ卿』というのは、なんだ? 君は今まで俺をクラウスと呼んできたはずだ」
「これまではそうでしたが、もう違いますから」
「だから、どうしてだ」

 話を彼は聞いているだろうか。疑問符がたくさん頭に浮かんだ。

「だって、あとはあなたと婚約破棄するだけの間柄ですから、きちんと距離を取るのは当たり前の話でしょう?」

 そう告げた瞬間、クラウスが分かりやすいくらい固まった。

「…………シルフィア、それは」

「あなたは私とは結婚しない、そうおっしゃいましたよね?」

 周りの貴族たちが話すのをやめて、好奇心たっぷりに見つめてくる。それを気にして一度見たクラウスが、視線を戻して重そうに口を開く。

「……確かに、言った」
「ですから私も、次の結婚相手を探します」
「次の……」

 なぜかクラウスが徐々に視線を落として、頭でしっかり理解したいと言わんばかりに思い詰めた顔で言葉を繰り返す。

「なぜここに来たのかとあなたは尋ねましたけれど、私は、私と結婚してくださる殿方を見つけるために来ました」

 非難されるいわれはないことをはっきりと告げておいた。

 クラウスが目に分かりやすいくらい硬直した。こんなにも冷静ではないクラウスの様子は珍しい。

(まさか状況を理解していないわけではないはずだし)

 かえって心配になってきたその時、周りがかなりの勢いでざわついた。

「なら、やはり彼女は結婚する相手を探しているのかっ」
「あんな美女だったら、ぜひともうちの息子に紹介しなくては――」

 喜々とした男たちのやりとりにクラウスがハッと振り返り、何か言いかけたが、そのまま顔色がさーっと青くなる。

 まるでショックか衝撃でも受けているみたいにも見えるが、それはシルフィアの方だ。

(彼は、自分の婚約者なのだと止めもしない……)

 惨めだった。まだこの左手の薬指から婚約指輪が外れていないのに、婚約者を前にしてシルフィアは周りの男たちに見合いの話をされている。

「それではさようなら」

 彼の中ですでに意味のないものになっている指輪を隠すように拳を作り、シルフィアはさっと背を向けた。

「エンゼルロイズ卿も、聖女様とお幸せに」

 さよなら、もうあなたのことは考えない――。

 シルフィアは突きつけられた現実に否応なしに悲しくなってしまい、愛想笑いさえクラウスに残さずに会場を辞した。

 ◇∞◇∞◇

 その翌日、シルフィアはしょぼくれていた。

 綺麗に関係を終わらせたのに、クラウスと〝言い合い〟をしてしまった。

(彼と再会し言葉まで交わすなんて、予想外のことだったせい……?)
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