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「もう少しで成人の儀だ。お前さん達には、きっと沢山の仕事が見つかるだろう」
成人の儀まで数日に迫ったある日、十六歳になったデイビー達は広場に集められた。村長は一人一人に言葉を送りながら、大人になっていく少年達のために、今日で最後となる教えを説いた。
中でも村長は、デイビーには立ち向かう勇気と優しさが、オーティスは勇気と力強さがあると褒めた。特にオーティスは「先頭に立ち、皆を引っ張っていくリーダー的存在になるだろう」と褒められ、他の少年達を喜ばせた。
「俺、オーティスになら喜んでついて行くよ!」
そんな言葉が絶えない中、オーティスはただ黙ってじっと村長の瞳を見つめていた。
デイビーは、皆から少し離れたところに座って村長の話を聞いていた。褒められた嬉しさがあったのも束の間、オーティスをちらりと見やったあと、彼は表情を曇らせた。どんなに木登りが上手くとも、彼が持っている心の強さや行動力には、到底かなわないだろうと思ってしまったからだ。
オーティスには、一声で場と人を動かす力がある。内気だったデイビーが、こうして広場で村長の話を聞く年頃になった時、それが嫌で家の後ろで座っていたら面識もなかった彼が、突然現れてこう言ったのだ。
「六歳から村長の話を聞きく決まりになっているのに、お前は何をやっているのだ! さぁ、立て!」
同じ六歳とは思えないほど、たくましい男の子は、そうデイビーを一喝して強引に手を引いた。当時「嫌だ、行きたくない」と必死に抵抗したデイビーの手を、彼は強く引きながら「ご両親に迷惑をかけたいのか」とだけ告げた。
あの頃のデイビーは、その意味を幼いながらに悟って口をつぐみ、恐る恐る広場へと踏み出したのだった。そこに集まった見知らぬ子供達の中に飛び込んでみると、不思議とはじめに感じていた恐怖もなくなっていた。
――「構えるから怖くなるのだ。自分は自分、相手は相手だ」
あの日、そばにいたオーティスは、相変わらずの顰め面でそう言った。
デイビーはその日から、外へ行く事が怖くなくなった。特に話の出来る友人がいなくても、擦れ違うおじさんやおばさんに会って言葉を交わすだけで楽しい、という事に気付かされたのだった。
そこまで考えて、デイビーは「おや?」と小首を傾げた。
確かに、あれがオーティスとデイビーの出会いであった。でも当時の二人は、競い合うような仲でもなく、同じ年頃の少年達との間に、決定的ないざこざがあったわけでもない。
「僕は今、どうしてオーティスに嫌われているのだろうか? それに、どうして彼らは、僕を目の敵みたいに見るんだ?」
デイビーは、一番近くで村長の話を聞いている少年達をちらりと見やった。ふと、自然に自分の顔が顰められている事に気付いて、ハタとする。
「――ああ、そうか。僕の方が、彼らを良く思っていないのかもしれない」
デイビーは「人の良いところを探せば好きになる」といった父の言葉を思い出した。それを心掛けて再び少年達の方を見たが、彼はまた顰め面を作ってしまっていた。
あいつらに良いところだって?
そんなのあるもんかい!
だから良いところを探せないのは自分のせいじゃない。そう思って心の中で叫んだ時、村長が、ふと「登り名人デイビー」の事を話し始めた。
デイビーは、自分の名が出た事に驚いて、目を丸くしてハッと村長の方を見た。
「デイビーの挑戦は、確かに危険なものだったが素晴らしい成功でもあった。わしは途中で転げ落ち、身体中を傷だらけにしたものだが、デイビーは無傷で戻って来た。その勇気は、大人になっても大きく成長し続けるだろう」
褒めるように村長が拍手をした。促された周りのあの少年達も、渋々デイビーを振り返って拍手をする。デイビーは嬉しさと恥ずかしさに俯きながらも、村長に「ありがとうございます」と言葉を返した。
先程までの気持ちはどこかへと吹き飛び、デイビーは一気に気分が良くなってしまった。村長に「岩山を登った時はどうだった」と尋ねられ、「登っただけです」ともごもご答えた。しかし村長が尋ねるごとに気分は高まり、気付くと少年達の誰よりも陽気に話し始めていた。
「夜にパンを持って家を抜け出したんです。少し肌寒かったけれど走ったので全然平気でした。目の前で見ると、随分高い山だなぁと思ったのですが、登ってみるとひとたび感想を忘れて、ただ一心に登りました。手で掴むと欠けそうになった岩も、勿論ありました。でも僕は冷静だったので、慌てる事もなく手を伸ばして――だからこそ登れたのだと思います」
オーティスを除いた少年達は、ポカンとして「デイビーがこんなにも話し上手なのは知らなかった」と彼を見つめていた。身振り手振り話したデイビーは気分が良く、話し終わると魅力的な笑顔で村長を見つめ返していた。
けれど、ふと我に返ったデイビーは、いつの間にか自分が立っている事に気付いて慌てて腰を降ろした。そんな彼を茫然と見つめていた少年達の顔が、だんだんといつもの「面白くない」という表情に変わっていく。その後ろから、村長が喉から笑うような声を上げた。
デイビーは恥ずかしかったが、それでも胸は誇らしい気持ちでいっぱいだった。真っ直ぐ顔を上げると、面白くなさそうな顔をした少年達を見つめ返した。『僕は僕なのだ。文句があれば言うがいい』そういう顔をしたデイビーの目に負けた少年達が、すごすごと村長へと視線を戻していく。
その時、デイビーは、オーティスがじっとこちらを見ている事に気付いた。見透かすような鋭い瞳でこちらを見つめているオーティスに、デイビーは思わず唾を飲み込んだ。
彼が緊張を感じ始めた時、オーティスが次の話へと移った村長へと顔を向けた。他の少年達よりも飛び出た彼の後ろ頭を見たデイビーは、ホッと息をこぼした。
「あの目、まるで鋭く突きさすようで怖かったなぁ」
そうこっそり呟いたデイビーは、「もしかしたら、僕の方がオーティスを苦手になっているのかなぁ」と、ふと、そんな事を思ったりした。
成人の儀まで数日に迫ったある日、十六歳になったデイビー達は広場に集められた。村長は一人一人に言葉を送りながら、大人になっていく少年達のために、今日で最後となる教えを説いた。
中でも村長は、デイビーには立ち向かう勇気と優しさが、オーティスは勇気と力強さがあると褒めた。特にオーティスは「先頭に立ち、皆を引っ張っていくリーダー的存在になるだろう」と褒められ、他の少年達を喜ばせた。
「俺、オーティスになら喜んでついて行くよ!」
そんな言葉が絶えない中、オーティスはただ黙ってじっと村長の瞳を見つめていた。
デイビーは、皆から少し離れたところに座って村長の話を聞いていた。褒められた嬉しさがあったのも束の間、オーティスをちらりと見やったあと、彼は表情を曇らせた。どんなに木登りが上手くとも、彼が持っている心の強さや行動力には、到底かなわないだろうと思ってしまったからだ。
オーティスには、一声で場と人を動かす力がある。内気だったデイビーが、こうして広場で村長の話を聞く年頃になった時、それが嫌で家の後ろで座っていたら面識もなかった彼が、突然現れてこう言ったのだ。
「六歳から村長の話を聞きく決まりになっているのに、お前は何をやっているのだ! さぁ、立て!」
同じ六歳とは思えないほど、たくましい男の子は、そうデイビーを一喝して強引に手を引いた。当時「嫌だ、行きたくない」と必死に抵抗したデイビーの手を、彼は強く引きながら「ご両親に迷惑をかけたいのか」とだけ告げた。
あの頃のデイビーは、その意味を幼いながらに悟って口をつぐみ、恐る恐る広場へと踏み出したのだった。そこに集まった見知らぬ子供達の中に飛び込んでみると、不思議とはじめに感じていた恐怖もなくなっていた。
――「構えるから怖くなるのだ。自分は自分、相手は相手だ」
あの日、そばにいたオーティスは、相変わらずの顰め面でそう言った。
デイビーはその日から、外へ行く事が怖くなくなった。特に話の出来る友人がいなくても、擦れ違うおじさんやおばさんに会って言葉を交わすだけで楽しい、という事に気付かされたのだった。
そこまで考えて、デイビーは「おや?」と小首を傾げた。
確かに、あれがオーティスとデイビーの出会いであった。でも当時の二人は、競い合うような仲でもなく、同じ年頃の少年達との間に、決定的ないざこざがあったわけでもない。
「僕は今、どうしてオーティスに嫌われているのだろうか? それに、どうして彼らは、僕を目の敵みたいに見るんだ?」
デイビーは、一番近くで村長の話を聞いている少年達をちらりと見やった。ふと、自然に自分の顔が顰められている事に気付いて、ハタとする。
「――ああ、そうか。僕の方が、彼らを良く思っていないのかもしれない」
デイビーは「人の良いところを探せば好きになる」といった父の言葉を思い出した。それを心掛けて再び少年達の方を見たが、彼はまた顰め面を作ってしまっていた。
あいつらに良いところだって?
そんなのあるもんかい!
だから良いところを探せないのは自分のせいじゃない。そう思って心の中で叫んだ時、村長が、ふと「登り名人デイビー」の事を話し始めた。
デイビーは、自分の名が出た事に驚いて、目を丸くしてハッと村長の方を見た。
「デイビーの挑戦は、確かに危険なものだったが素晴らしい成功でもあった。わしは途中で転げ落ち、身体中を傷だらけにしたものだが、デイビーは無傷で戻って来た。その勇気は、大人になっても大きく成長し続けるだろう」
褒めるように村長が拍手をした。促された周りのあの少年達も、渋々デイビーを振り返って拍手をする。デイビーは嬉しさと恥ずかしさに俯きながらも、村長に「ありがとうございます」と言葉を返した。
先程までの気持ちはどこかへと吹き飛び、デイビーは一気に気分が良くなってしまった。村長に「岩山を登った時はどうだった」と尋ねられ、「登っただけです」ともごもご答えた。しかし村長が尋ねるごとに気分は高まり、気付くと少年達の誰よりも陽気に話し始めていた。
「夜にパンを持って家を抜け出したんです。少し肌寒かったけれど走ったので全然平気でした。目の前で見ると、随分高い山だなぁと思ったのですが、登ってみるとひとたび感想を忘れて、ただ一心に登りました。手で掴むと欠けそうになった岩も、勿論ありました。でも僕は冷静だったので、慌てる事もなく手を伸ばして――だからこそ登れたのだと思います」
オーティスを除いた少年達は、ポカンとして「デイビーがこんなにも話し上手なのは知らなかった」と彼を見つめていた。身振り手振り話したデイビーは気分が良く、話し終わると魅力的な笑顔で村長を見つめ返していた。
けれど、ふと我に返ったデイビーは、いつの間にか自分が立っている事に気付いて慌てて腰を降ろした。そんな彼を茫然と見つめていた少年達の顔が、だんだんといつもの「面白くない」という表情に変わっていく。その後ろから、村長が喉から笑うような声を上げた。
デイビーは恥ずかしかったが、それでも胸は誇らしい気持ちでいっぱいだった。真っ直ぐ顔を上げると、面白くなさそうな顔をした少年達を見つめ返した。『僕は僕なのだ。文句があれば言うがいい』そういう顔をしたデイビーの目に負けた少年達が、すごすごと村長へと視線を戻していく。
その時、デイビーは、オーティスがじっとこちらを見ている事に気付いた。見透かすような鋭い瞳でこちらを見つめているオーティスに、デイビーは思わず唾を飲み込んだ。
彼が緊張を感じ始めた時、オーティスが次の話へと移った村長へと顔を向けた。他の少年達よりも飛び出た彼の後ろ頭を見たデイビーは、ホッと息をこぼした。
「あの目、まるで鋭く突きさすようで怖かったなぁ」
そうこっそり呟いたデイビーは、「もしかしたら、僕の方がオーティスを苦手になっているのかなぁ」と、ふと、そんな事を思ったりした。
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