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鬼と着物とその話
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青いスポーツカーは、あれから三車線の国道を真っすぐ走り続けている。
車の走行は、多くもなく少なくもなくといったところだろう。雪弥のいる助手席の車窓からは、向こうの町並みに立派な県警本部の建物も見えた。
「確信を持って車を走らせているようですが、目的地は決まっているんですか?」
ふと、雪弥はそちらから宮橋へと視線を戻して尋ねた。
「彼女が羽織っていた着物を覚えているかい?」
宮橋が、一度だけチラリと横目に見て確認してくる。
昨日、追いかけた廃墟ビルでもナナミの姿は見掛けた。その際の薄暗い中でも、やけに着物が鮮明に浮かんでいたのは覚えている。
「上品な柄の着物だったのは覚えていますよ。何か関係が?」
「もしかしたら、という推測が一つある。僕は、あの柄に覚えがあって、あの手の着物と想定したうえで考えると可能性はかなり高い」
宮橋が言いながら、ギアを切り替えた。
「普通、人が〝見えない領域〟に引きずられる場合は、いくつか条件がはっきりしている」
前の車を追い越して、次の車もあっさりと車線変更で追い抜いていきながら、彼がそう言った。
「まず、『言葉によってもたらされる情報』。そして『視覚的な情報』、『物』、『出来事』。だから、もし〝奇妙な事〟の被害を受けたくない場合は、どれも極力避けるに越した事はない」
そこで宮橋が、車の走行を安定させて横目に見てきた。
雪弥は、しばし考える。
「都市伝説とか、コックリさんとかいったものですかね?」
そういえば幼い頃、妹の緋菜が怖がっていた事を思い出す。中学生になった頃にもらった手紙で、学校で流行っているのがちょっと嫌なのだと泣き事も書いていた。
そう思い返していた時、雪弥の耳に宮橋の声が入った。
「まぁそういうものだ。――もしくは〝人を呪う事〟」
なんだか、後半の呟くような声が、やけに耳についた。
雪弥は、一瞬、奇妙な感覚を受けて目を向けた。すると宮橋が「それで、だ」と話を変えるように言ってきた。
「大抵、人ならざるモノへと変わってしまうものは、核になっている【物語】に引きずられて起こる」
物語。
それは彼の口から、たびたび聞く単語だった。本人が疑問に思う事もなく、全てその物語の主人公と同じストーリーを辿っていくもの、なのだとか。
「しかし、彼女がはじめに関わっていたのは『子』の骨だ。それなのに『母鬼』になりかけているという事は、原因は別の何かが関わって引き起こされている」
骨以外の物、と雪弥は口の中で繰り返して思案する。
「そうすると、やっぱり『着物』、ですかね」
思い当たる事と言えば、彼が先に口にしていたそのキーワードだろう。
不思議な感じのする着物だった。まるで幽霊みたいだという印象を覚えたのは、ナナミが私服の上から羽織っていたそれの印象が強かったせいもあるのかもしれない。
「まぁ、君にとっては、奇天烈な話だとは思うがね」
思い返していると、ふと宮橋が言う声が聞こえた。目を向けてみれば、肩をちょっと竦めてみせている。
「宮橋さんがあるというのなら、あるんじゃないですかね」
雪弥はそう相槌を打つと、「それで?」と彼に続けた。
「先程言った『柄に覚えがある』というのは?」
すると宮橋が、少し不思議がるような目を寄越してきた。じっと見つめられて、雪弥は小首を傾げてしまう。
「なんですか?」
「いや? なんというか大抵、そうやってスムーズに話を進めるような反応はされなくてね。君も、大概〝こちら側〟と無縁でないせいかな」
「はぁ。僕は、何かしら、他にリアクションを取った方が良かったんですかね」
あまり質問はするな、と先に言ってきたのは宮橋さんの方では、と雪弥はこっそり思ったりした。
宮橋は「まぁ別にいいよ」と言うと、座席に背を戻していった。少し車のスピードを上げて、のんびりと走っていた前の数台を追い抜いていく。
「彼女が羽織っていたあの着物は、恐らくは『怨鬼の衣』の一つだよ」
怨みに鬼、と語られているタイプの【変身物語の鬼】。
その女性達が着ていた着物は、ひとまとめに『怨鬼の衣』と呼ばれているらしい。有名ないくつかは実在していて、その中には〝存在を確認されていない幻の物も〟あるという。
「実在しているのか分からないのに、幻の物としてシリーズの中に入っているのも、不思議な感じがするのですが」
話を聞き届けたところで、雪弥は素直な疑問を口にした。
「目撃はされているんだよ。ただ、出現する条件が揃うまではこの世に現われないし、事が終わってしまうと、手元に現物として残らないタイプの物なのさ」
「現物として、残らない?」
「この世のものではない着物、と語られている。それは、その着物が元々は『本物の鬼』の物だった、とされているからさ」
この世の物ではなく、鬼が持っていた、物。
だから、この世界から消えてしまう? 雪弥は昨日、少女ナナミの姿を何度も見失った一件を思い返した。
「人じゃなくて、物まで……そんな事、実際あったりするんですか?」
「あるよ。本物の鬼の物であるのなら、それは〝見えない領域〟の物だ。用が終われば、元のあるべき世界へ帰還するから、消えてしまうのは当然の事なのさ」
そうざっくり宮橋が説明する。
雪弥は、やっぱり首を捻った。改めて説明されたところで、考えても分からない。
「消えてしまうのに、実在はしているんですね」
「その辺は、〝君達の知るところの〟魔術やら召喚に近いかもしれないな。実在はしていて、こちらの世界に引っ張られると誰もの目にも映る。だが起因するべき世界は、こちら側じゃないモノ」
含むような言い方だった。けれど雪弥は、そもそも魔術やら〝召喚〟やら、だなんて言葉を特殊機関でも聞いた覚えがない。
「はぁ。よく分からないのですが」
思わず本音を口にすると、宮橋が見当違いだとでもいうように笑う吐息をもらした。
「別に、君が〝そう〟考えるのなら、それでもいいよ。そもそも分からなくてもいい」
「また人の考えを読んだようなタイミング……」
宮橋は、そんな雪弥の疑問の呟きを聞き流して、ギアを変える。
「僕はそうありたいと思った事はないけどね。とある魔術師に役目を押し付けられて、立ち位置的には『魔術師』だ。――魔術師ってのは、理解して欲しくてモノを語るわけじゃない。だから、内容によっては別に君が分からなくてもいいんだよ」
それが、役目の一つみたいなものだから。
そう続けられた言葉が、耳にこびりついた。雪弥は不思議に思って、しばし彼の大人びた端整な横顔を、じーっと見つめてしまう。
「そんな『怨鬼の衣』だが、僕は、その一つが置かれている場所にも覚えがあるんだ」
「え。そうなんですか?」
唐突に切り出された宮橋の本題に、雪弥は少し目を丸くした。
「実在している『鬼の着物』というやつが、本当にこの地区に?」
「勿論、正真正銘の『怨鬼の衣』だ。仕事と趣味をかねて、そういったモノを収集して保管している奴がいてね」
アクセルをやや強めに踏み込んで、宮橋の秀麗な眉がやや寄る。
「昨日、君に接触して来た、あの鬼一族の大男がいただろう」
「ああ、そういえばいましたね。三日後、だなんて、わざわざ〝予告〟されて言い逃げされました」
思い出したら、胸に不快感が蘇ってきた。すると宮橋が「落ち着きたまえ」と横から口を挟んできた。
「ご丁寧に三日〝用意の時間〟をくれたと考えれば、都合がいいだろう。そいつとは別に、魔術に詳しい奴も確実にいる。実在していない物を引っ張り出す事は不可能、とすると、残される可能性は、そこから『怨鬼の衣』が魔術具として持ち出された事だよ」
そういえば、昨夜の廃墟で魔術師がどうのと言っていた。おびき出したのも、あの鬼の一族とかいう大男と同じく、自分が狙いだったのだ、とか。
――とはいえ、腑に落ちない。
雪弥は、車窓に腕をよりかからせて頬杖をつく。窓ガラスに、学生とも間違われそうな小さな顔が映り込んでいて、ちょっとふてくされたような表情が浮かんでいる。
「あんなモノを寄越される覚えも、全くないんですけどね」
「恐らくは、鬼の男とはまた別件の用だろうね。ついでに誘い込んだ感じもある」
宮橋が、覚えがないという雪弥の意見については、肯定するようにそう言った。
「悪趣味であるのを考えると、ただただ前運動がてら、君に〝オモチャをプレゼント〟して、見物したかっただけのようにも思えるんだがね」
まるで独り言のように呟かれる彼の声が、やや低くなる。
雪弥は、ピリッとした空気の変化を感じた。頬杖をといて目を向けてみると、前方を睨み付けている宮橋の美麗な横顔があった。
「宮橋さん、もしかして怒ってます?」
「人を人だとも思わないやり口が、気に入らない。僕は魔術師として中立のつもりだけど、さすがに考えが変わりそうだ」
言いながら、宮橋の手がハンドルをギリッと握る。
「向こうに味方している魔術師風情が〝この僕の〟裏をかいて、悠々と安全な場所で高みの見物をしているかと思うと、心底腹立たしい」
この人、ただ、負かされた感じがして嫌だったりするのかな……。
雪弥は、昨日今日過ごしてきた彼の性格から、判断に迷った。とはいえ、それが個人的な理由なのかどうかは置いても、明確になった点が一つ。
「宮橋さんが、一連の元凶共に対して怒っている、というのは理解できました」
ここにきてようやく、昨夜まで宮橋が口にしていた『君に怒っているわけではない』という台詞を理解できた。
言葉数が多いと思ったら、謎掛けのように少なくもある。
うまく掴めない人だ。魔術とやらの下りについても、よく分からない。だが、少女を意図的に鬼化するために不思議な着物が使われたらしい、とは理解した。
「その着物が、持ち出されたのか否か。だからまずは、置かれているという場所に向かっているわけですね」
前置きの説明もあって、それは正しく理解できた。その不思議な着物とやらが、本当に盗み出されているのかの状況確認も含んでいるのだろう。
雪弥が吐息交じりに納得を伝えると、宮橋が鷹揚に頷いた。
「それが〝どの【母鬼の物語】の着物なのか〟特定出来れば、彼女(ナナミ)が、次に向かう先が分かる」
その説明に、雪弥は「ん?」と疑問を覚えた。
「彼女が、自ら向かう先があるんですか?」
ナナミは、夢でも見ているかのように漂っている感じではなかったのか。てっきり、昨日みたいに捜すのだろうと思っていたから、つい尋ねた。
ふと、はじめて宮橋が、質問に対してやや間を置いた。
「【物語】というのは、過程と、行く先が決まっている、完成された一つの本みたいなものだ」
次の信号がタイミングよく青信号に変わって、そのまま減速しただけでスポーツカーを街中へと曲がらせた彼が、そこでそう口にした。
「従わせるための暗示と、鬼化を進めるための強化の魔術。そうやって無理やり外から【物語】を、捲きで進められているとしたのなら――」
ぷつりと、言葉が途切れる。
その続きを、宮橋は語らなかった。
車の走行は、多くもなく少なくもなくといったところだろう。雪弥のいる助手席の車窓からは、向こうの町並みに立派な県警本部の建物も見えた。
「確信を持って車を走らせているようですが、目的地は決まっているんですか?」
ふと、雪弥はそちらから宮橋へと視線を戻して尋ねた。
「彼女が羽織っていた着物を覚えているかい?」
宮橋が、一度だけチラリと横目に見て確認してくる。
昨日、追いかけた廃墟ビルでもナナミの姿は見掛けた。その際の薄暗い中でも、やけに着物が鮮明に浮かんでいたのは覚えている。
「上品な柄の着物だったのは覚えていますよ。何か関係が?」
「もしかしたら、という推測が一つある。僕は、あの柄に覚えがあって、あの手の着物と想定したうえで考えると可能性はかなり高い」
宮橋が言いながら、ギアを切り替えた。
「普通、人が〝見えない領域〟に引きずられる場合は、いくつか条件がはっきりしている」
前の車を追い越して、次の車もあっさりと車線変更で追い抜いていきながら、彼がそう言った。
「まず、『言葉によってもたらされる情報』。そして『視覚的な情報』、『物』、『出来事』。だから、もし〝奇妙な事〟の被害を受けたくない場合は、どれも極力避けるに越した事はない」
そこで宮橋が、車の走行を安定させて横目に見てきた。
雪弥は、しばし考える。
「都市伝説とか、コックリさんとかいったものですかね?」
そういえば幼い頃、妹の緋菜が怖がっていた事を思い出す。中学生になった頃にもらった手紙で、学校で流行っているのがちょっと嫌なのだと泣き事も書いていた。
そう思い返していた時、雪弥の耳に宮橋の声が入った。
「まぁそういうものだ。――もしくは〝人を呪う事〟」
なんだか、後半の呟くような声が、やけに耳についた。
雪弥は、一瞬、奇妙な感覚を受けて目を向けた。すると宮橋が「それで、だ」と話を変えるように言ってきた。
「大抵、人ならざるモノへと変わってしまうものは、核になっている【物語】に引きずられて起こる」
物語。
それは彼の口から、たびたび聞く単語だった。本人が疑問に思う事もなく、全てその物語の主人公と同じストーリーを辿っていくもの、なのだとか。
「しかし、彼女がはじめに関わっていたのは『子』の骨だ。それなのに『母鬼』になりかけているという事は、原因は別の何かが関わって引き起こされている」
骨以外の物、と雪弥は口の中で繰り返して思案する。
「そうすると、やっぱり『着物』、ですかね」
思い当たる事と言えば、彼が先に口にしていたそのキーワードだろう。
不思議な感じのする着物だった。まるで幽霊みたいだという印象を覚えたのは、ナナミが私服の上から羽織っていたそれの印象が強かったせいもあるのかもしれない。
「まぁ、君にとっては、奇天烈な話だとは思うがね」
思い返していると、ふと宮橋が言う声が聞こえた。目を向けてみれば、肩をちょっと竦めてみせている。
「宮橋さんがあるというのなら、あるんじゃないですかね」
雪弥はそう相槌を打つと、「それで?」と彼に続けた。
「先程言った『柄に覚えがある』というのは?」
すると宮橋が、少し不思議がるような目を寄越してきた。じっと見つめられて、雪弥は小首を傾げてしまう。
「なんですか?」
「いや? なんというか大抵、そうやってスムーズに話を進めるような反応はされなくてね。君も、大概〝こちら側〟と無縁でないせいかな」
「はぁ。僕は、何かしら、他にリアクションを取った方が良かったんですかね」
あまり質問はするな、と先に言ってきたのは宮橋さんの方では、と雪弥はこっそり思ったりした。
宮橋は「まぁ別にいいよ」と言うと、座席に背を戻していった。少し車のスピードを上げて、のんびりと走っていた前の数台を追い抜いていく。
「彼女が羽織っていたあの着物は、恐らくは『怨鬼の衣』の一つだよ」
怨みに鬼、と語られているタイプの【変身物語の鬼】。
その女性達が着ていた着物は、ひとまとめに『怨鬼の衣』と呼ばれているらしい。有名ないくつかは実在していて、その中には〝存在を確認されていない幻の物も〟あるという。
「実在しているのか分からないのに、幻の物としてシリーズの中に入っているのも、不思議な感じがするのですが」
話を聞き届けたところで、雪弥は素直な疑問を口にした。
「目撃はされているんだよ。ただ、出現する条件が揃うまではこの世に現われないし、事が終わってしまうと、手元に現物として残らないタイプの物なのさ」
「現物として、残らない?」
「この世のものではない着物、と語られている。それは、その着物が元々は『本物の鬼』の物だった、とされているからさ」
この世の物ではなく、鬼が持っていた、物。
だから、この世界から消えてしまう? 雪弥は昨日、少女ナナミの姿を何度も見失った一件を思い返した。
「人じゃなくて、物まで……そんな事、実際あったりするんですか?」
「あるよ。本物の鬼の物であるのなら、それは〝見えない領域〟の物だ。用が終われば、元のあるべき世界へ帰還するから、消えてしまうのは当然の事なのさ」
そうざっくり宮橋が説明する。
雪弥は、やっぱり首を捻った。改めて説明されたところで、考えても分からない。
「消えてしまうのに、実在はしているんですね」
「その辺は、〝君達の知るところの〟魔術やら召喚に近いかもしれないな。実在はしていて、こちらの世界に引っ張られると誰もの目にも映る。だが起因するべき世界は、こちら側じゃないモノ」
含むような言い方だった。けれど雪弥は、そもそも魔術やら〝召喚〟やら、だなんて言葉を特殊機関でも聞いた覚えがない。
「はぁ。よく分からないのですが」
思わず本音を口にすると、宮橋が見当違いだとでもいうように笑う吐息をもらした。
「別に、君が〝そう〟考えるのなら、それでもいいよ。そもそも分からなくてもいい」
「また人の考えを読んだようなタイミング……」
宮橋は、そんな雪弥の疑問の呟きを聞き流して、ギアを変える。
「僕はそうありたいと思った事はないけどね。とある魔術師に役目を押し付けられて、立ち位置的には『魔術師』だ。――魔術師ってのは、理解して欲しくてモノを語るわけじゃない。だから、内容によっては別に君が分からなくてもいいんだよ」
それが、役目の一つみたいなものだから。
そう続けられた言葉が、耳にこびりついた。雪弥は不思議に思って、しばし彼の大人びた端整な横顔を、じーっと見つめてしまう。
「そんな『怨鬼の衣』だが、僕は、その一つが置かれている場所にも覚えがあるんだ」
「え。そうなんですか?」
唐突に切り出された宮橋の本題に、雪弥は少し目を丸くした。
「実在している『鬼の着物』というやつが、本当にこの地区に?」
「勿論、正真正銘の『怨鬼の衣』だ。仕事と趣味をかねて、そういったモノを収集して保管している奴がいてね」
アクセルをやや強めに踏み込んで、宮橋の秀麗な眉がやや寄る。
「昨日、君に接触して来た、あの鬼一族の大男がいただろう」
「ああ、そういえばいましたね。三日後、だなんて、わざわざ〝予告〟されて言い逃げされました」
思い出したら、胸に不快感が蘇ってきた。すると宮橋が「落ち着きたまえ」と横から口を挟んできた。
「ご丁寧に三日〝用意の時間〟をくれたと考えれば、都合がいいだろう。そいつとは別に、魔術に詳しい奴も確実にいる。実在していない物を引っ張り出す事は不可能、とすると、残される可能性は、そこから『怨鬼の衣』が魔術具として持ち出された事だよ」
そういえば、昨夜の廃墟で魔術師がどうのと言っていた。おびき出したのも、あの鬼の一族とかいう大男と同じく、自分が狙いだったのだ、とか。
――とはいえ、腑に落ちない。
雪弥は、車窓に腕をよりかからせて頬杖をつく。窓ガラスに、学生とも間違われそうな小さな顔が映り込んでいて、ちょっとふてくされたような表情が浮かんでいる。
「あんなモノを寄越される覚えも、全くないんですけどね」
「恐らくは、鬼の男とはまた別件の用だろうね。ついでに誘い込んだ感じもある」
宮橋が、覚えがないという雪弥の意見については、肯定するようにそう言った。
「悪趣味であるのを考えると、ただただ前運動がてら、君に〝オモチャをプレゼント〟して、見物したかっただけのようにも思えるんだがね」
まるで独り言のように呟かれる彼の声が、やや低くなる。
雪弥は、ピリッとした空気の変化を感じた。頬杖をといて目を向けてみると、前方を睨み付けている宮橋の美麗な横顔があった。
「宮橋さん、もしかして怒ってます?」
「人を人だとも思わないやり口が、気に入らない。僕は魔術師として中立のつもりだけど、さすがに考えが変わりそうだ」
言いながら、宮橋の手がハンドルをギリッと握る。
「向こうに味方している魔術師風情が〝この僕の〟裏をかいて、悠々と安全な場所で高みの見物をしているかと思うと、心底腹立たしい」
この人、ただ、負かされた感じがして嫌だったりするのかな……。
雪弥は、昨日今日過ごしてきた彼の性格から、判断に迷った。とはいえ、それが個人的な理由なのかどうかは置いても、明確になった点が一つ。
「宮橋さんが、一連の元凶共に対して怒っている、というのは理解できました」
ここにきてようやく、昨夜まで宮橋が口にしていた『君に怒っているわけではない』という台詞を理解できた。
言葉数が多いと思ったら、謎掛けのように少なくもある。
うまく掴めない人だ。魔術とやらの下りについても、よく分からない。だが、少女を意図的に鬼化するために不思議な着物が使われたらしい、とは理解した。
「その着物が、持ち出されたのか否か。だからまずは、置かれているという場所に向かっているわけですね」
前置きの説明もあって、それは正しく理解できた。その不思議な着物とやらが、本当に盗み出されているのかの状況確認も含んでいるのだろう。
雪弥が吐息交じりに納得を伝えると、宮橋が鷹揚に頷いた。
「それが〝どの【母鬼の物語】の着物なのか〟特定出来れば、彼女(ナナミ)が、次に向かう先が分かる」
その説明に、雪弥は「ん?」と疑問を覚えた。
「彼女が、自ら向かう先があるんですか?」
ナナミは、夢でも見ているかのように漂っている感じではなかったのか。てっきり、昨日みたいに捜すのだろうと思っていたから、つい尋ねた。
ふと、はじめて宮橋が、質問に対してやや間を置いた。
「【物語】というのは、過程と、行く先が決まっている、完成された一つの本みたいなものだ」
次の信号がタイミングよく青信号に変わって、そのまま減速しただけでスポーツカーを街中へと曲がらせた彼が、そこでそう口にした。
「従わせるための暗示と、鬼化を進めるための強化の魔術。そうやって無理やり外から【物語】を、捲きで進められているとしたのなら――」
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