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19章 抗う者達の戦場(7)

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「おいおいおいッ、こりゃあどうなってんだッ、クソ!」
「――あ。言い忘れてたけど、この場所はマルクが自由に出来るんだって、さっきマルク自身がそう言ってたんだった」
「そういう事は早く言えよ!」
「私は、なんとなくそうじゃないかとは思っていたのだが……」

 セイジが遠慮がちに呟いて言葉を切った。

 それぞれが足を確保し、素早く後方へと目を走らせた。アリスの場所までは、被害は及んでいないようだ。

 恐らく、アリスがいる場所は、偶然にも設定されているセキュリティーの外なのだろう。ひとまずその状況を見て取ったところで、一同は安堵の息を吐いた。きっと、賢い黒猫は安全な場所に隠れているだろうと、エルはそちらの件についても自分に言い聞かせる。

「ログ、彼女の事は頼んでくれるか?」

 揉めている状況でもない。セイジが横目で問いかけると、ログは渋るような間を置いた後、ちらりとエルを見て、「……確かに瓦礫を防ぐにはパワー不足だし、怪力戦力を引っ込めるわけにもいかねぇしな」と顰め面で肯き、アリスの元へ後退した。

 片腕を失った対地上用戦闘機MR6が、身体の向きをエル達の方向へ定めた。

『君達は何も分かっていない。彼女は生きているんだよ。ここへ逃れて、無事でいたのだ』

 地上から上空へ伸びあがった巨大な木の根が、次第にその姿を変え始めた。それは増幅しながら成長すると、根の表面が滑らかな体表へと変わり、腕も足もない動物の胴へと転じた。最後に根の先端部分には頭部が生え、獰猛な大蛇へとすり替わる。

 大地から身体を生やした数十の大蛇が、一斉に三人目掛けて襲いかかった。

 エル達は反射的に地面を蹴りあげ、跳躍して攻撃を回避した。標的を逃した大蛇の強靭な顎が、大地やビルを簡単に噛み砕いた。破壊音が鳴り響き、後方からアリスの悲鳴が上がった。

 ログが舌打ちし、走り出した。彼はアリスの前方に回り込むと、大蛇の破壊によって飛来して来た瓦礫を、鍛え上げた腕と足で打ち砕いた。

 セイジが、大地へ噛みついた大蛇の動きが僅かに止まった隙を逃さず、その胴体を掴み、そのまま持ち上げて近くのビルへと叩き付けた。彼はすぐに体制を立て直すと、二メートルはある大きな防弾ガラスの破片を拾い上げ、続いて迫り来る別の大蛇の頭に向かって振り上げた。

 時速二百キロ以上で放たれたガラス片が、大蛇の首の半分を切断した。大蛇は切断された中骨を剥き出したまま、力を失い地面へと崩れ落ちたが、その切断口からは体液の流れはなかった。

 形ばかりの大蛇達は、蛇独特の威嚇の仕草をせず、開いた口から氷柱のような鋭利な刃を覗かせて、エル達を見降ろした。

 エルは、巨大な大蛇を睨み据えた。蛇は黒い瞳をしており、その体表はタイヤのゴムのように艶のない黒をしていた。

 セイジの戦闘に巻き込まれないよう配慮しつつ、エルは跳躍しながら地上を駆け抜けると、別のビルへ噛みついた大蛇の頭に飛び移り、その脳天にコンバットナイフを突き刺した。

 深く突いたつもりだったが、ナイフの長さが足りなかったようだ。大蛇が、ビルから口を離して暴れ出した。

 こいつらには、痛みという感覚は備わっているのか?

 暴れ狂った大蛇の頭から振り落とされながら、エルは、ふとそんな事を考えてしまった。こちらに顔を向けた大蛇の瞳は混沌のような漆黒で、痛みというよりは、再起不能にされてたまるかという、造られた物が持つ、本能的な強い不快感を覚えているような気もした。

 所詮形だけなので、蛇としての性質が微塵にも設定されていない可能性はある。顔だけ見ると、顔の長い、大きな蜥蜴に見えなくもない。

 エルは地面へと落下しながら、こちらに向けて大きく口を開いた大蛇の喉奥に向けて、残り少ない銃弾を全て打ち込んだ。

『連れ出してやるんだよ、ここから。彼女は、私に生きたいと言ったんだ』

 対地上用戦闘機MR6に搭載されているスピーカーから、マルクの言葉が流れた。大蛇の口内目掛けて全ての銃弾を放ったエルは、その声の直後、後方でガチリ、と装弾される音に気付いて顔を上げた。

 ログが危険を知らせる為に走り出そうとしたが、爆音と破壊音にアリスが悲鳴を上げ、踏み止まった。彼アリスの元へ戻ると、ジャケットを彼女の上にかぶせて抱き寄せながら、戦場に向かって叫んだ。

「ミサイルが来るぞ!」

 群れた大蛇の移動と、破壊された大地やビルの粉塵が、エルとセイジの視界を邪魔していた。二人はログに答える余裕はなく、五感を研ぎ澄ませて身体を動かし、発射されたミサイル弾をどうにか間一髪で避けた。

 着弾したミサイルが、次々にコンクリートと近くの大蛇の腹部を破った。着弾地点の近くにいたセイジの巨体が、爆風をまともに受けて五メートル吹き飛んだ。

 ミサイルの着弾による爆撃で、破壊された小さな瓦礫の一つがエルの額に直撃した。不意打ちの痛みに気取られたのは、ほんの数秒もしない間だったが、注意がそれた一瞬、粉塵から大蛇の胴体が踊り出て、彼女の身体をしたたかに打った。

 エルは、半ば反射的に受け身を取ったが、そのまま近くの瓦礫に叩き付けられた。

 強烈な痛みで目が回り、思考回路が止まりかけた。眼前に迫った大蛇の腹が、エルの身体ごと瓦礫を巻き上げて締め上げる。全身の筋肉や骨が軋み、息が詰まる程の痛みが走り、エルは「ぐぅッ」と呻きをこぼした。

 手も足も出ない状況下で、エルは、無意識にセイジの無事を確認した。

 風で動き回る粉塵の間に目を走らせると、吹き飛ばされた衝撃で地面の上に転がっていたセイジが、腰をさすりつつ立ち上がる姿を見て、思わず安堵の息をこぼした。

 大蛇が顔を持ち上げて、眼前からエルを見据えた。エルは、ようやく自身の問題へと意識を戻し、どうしたものかと考えた。意地でも、痛いなんて言うものかと、痛みに顔を顰めつつも奥歯を噛み締める。

 体勢を立て直したセイジが、遅れてエルの状況に気付いた。彼はすぐさま駆けつけようとしたが、ミサイルが続けて上空から降り注いだ。

 セイジは、妨害行為だと察して舌打ちした。地面に転がっていた数百キロはあろうコンクリートの瓦礫を持ち上げ、それをミサイル目掛けて投げつけ、地上に到着する前に上空で爆発させた。

 エルの位置を確認しつつ、セイジは、地上に転がる瓦礫を押し退け、噛み砕こうと飛び込んで来る大蛇の口から身をかわしながら走った。エルの身体を締め上げる大蛇に向かい、彼は公道にある鉄柱を引きちぎって突き投げたが、別の大蛇が腹に受けとめ、地面に崩れ落ちて彼の進行方向を立ち塞いだ。

 ログが「もう我慢ならねぇッ」と、アリスから手を離し掛け時――

 彼らの頭の中に、聞き慣れた男の声が飛び込んで来た。


――いけませんよ。あなたには、まだアリスを守っていてもらわなければ困ります。


 大蛇に締めあげられるエルの意識が、遠のいたその刹那、その場に流れる空気が不意に変わった。

 漂う風が一変し、冷気を帯びた。

 強烈な殺気に気付いて、ログとセイジはエルへと目を向けた。彼女の瞼が完全に閉じられようとしていた寸前、力を失っていたはずの細い指が、僅かに反応した。
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