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17章 エリスの世界~スウェン~(5)

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「君は『夢人』ではないが、君が動く為のキーワードも恐らく『宿主』だ。そうすると、君の『宿主』はエル君という推測にあたる訳だけれど……だから僕は、てっきり君が特殊な夢の住人で、彼女が必要なのだと思っていたんだ――闇に属するモノの根源だとか、力の発動に必要エネルギーがあるなんて事は予測外だ」

 新しく得た情報が、スウェンの中で嫌な憶測を形作り始めた。ホテルマンの目的がなんであるのかは定かではないが、エルに危害が及ぶ可能性について考えると、勝手に推理へと導く自分の頭の中の思考を、初めて止めたいとも思ってしまった。

 すると、ホテルマンが静かに頭を振った。

「人間が、こちら側の世界を理解する必要はないのですよ。だから、これは私の独り事だと思って聞いて下さい」

 確かに、この世界について全てを理解する必要などはない。ホテルマンは、今スウェンが求め必要としている情報を提供するにあたり、下準備として大まなか情報を開示しているに過ぎないのだ。

 スウェンはそう悟って、言葉なく肯き返して見せた。ホテルマンが普段の茶化すような雰囲気を気して、真面目な双眼を彼に向けた。

「エネルギーの消費もない『夢人』ではないから、私は、今は何もできないのです。あなたは、あなたの任務を早くに遂行する為だけに、私に彼女の『過去』を喰らえとは言えないはずでしょう?」

 ……過去を、喰らう?

 スウェンの視線の問いに気付いたのか、ホテルマンが自身の唇に人差し指をあて、まるで心ない人形のような完璧な微笑を作った。

「そう――それが、あなたが知りたがっていた『私』と『あの子』の関係性ですよ。あの子は私の『宿主』であり、私は力の発動条件として、『過去』の記憶や想いを稼働源とする『闇を統べるモノ』なのです」

 大地が震えたのは、スウェンが言葉を発しようとした時だった。前触れもなく、世界が大きく振動したのだ。

 地震は数秒ほどで収まったが、崩壊の音が尾を引いてスウェンの耳に入り続けていた。彼は、何事だろうかと疑問を覚えて振り返った矢先、飛び込んできた光景に目を見開いた。

 街の中心地から一番離れた土地の側面が、闇色に染まっていた。周囲から砕かれた世界が、その残骸を舞い上がらせているのが視認出来た。

 ああ、なるほど。そういう事か。

 スウェンの推理力が、ホテルマンの力によってバグが修正された今、本来の崩壊が再開されたのだろうと悟らせた。バグには、支柱といったマルクが意図的に組み込んだ余分なものもあるから、それれ全てがなくなってしまえば、『エリス・プログラム』は維持が難しいのだろう。

 ホテルマンに声を掛けようとしたスウェンは、ホテルマンが驚いた顔で別の方向を見ていることに気付いて、口をつぐんだ。彼の薄い唇が僅かに動いたが、スウェンには聞きとる事が出来なかった。

 数秒後、ホテルマンが「やれやれ」と肩をすくめて、スウェンの方へ顔を向けた。

「どうにも、厄介な事になりましたねぇ……『小さなお客様』が、一番乗りでタワーの近くについたようです」
「小さなって……あ、エル君の事か! 分かるのかい?」
「我々は『宿主』から切り離される事はないですから、居場所ならすぐに分かります。彼女の近くで二体の生体反応を感じますので、恐らく肉体ごと入りこんでいる男と、お探しの少女ではないかと思われますが」

 しかし、ホテルマンはそこで、不味い物でも食べたような顔をして言葉を切った。

 スウェンは、途端にエルの身が心配になった。この男は、自分の都合とエル以外の事は微塵すら気にしないだろうから、彼が作り物じみた雰囲気を壊して、表情を歪めるのも全てエルに関わる事だろうと察せたせいだ。

「エル君か? 何か、まずい展開になりそうなのか?」
「……まさかとは思いますが、そうならない可能性もなくはないかな、と考えてしまったものですから」

 ホテルマンは、要領を得ないような呟きをこぼした。

「――それで、貴方様はどうなさるおつもりですか?」
「勝手に話を切り替えるなよ、クソッ」

 スウェンは小さく舌打ちした。このホテル野郎は、まさに自分勝手である。複雑怪奇なルールがあるせいかは知らないが、スウェンが知りたい全部を開示しない傾向にある。

 僕は悪態なんて吐く柄じゃないのにと思いつつ、この時ばかりは、舌打ちを十八番とするログに共感出来た。スウェンは「畜生め」と頭を抱えたが、時間がない事実に思考を切り替えて、ホテルマンを見つめ返した。

「セイジもログも、中心にある塔を目指すだろう。ひとまず君には、僕をエル君のところまで案内してもらう」

 そう言って睨み付けたが、ホテルマンは嘘臭い営業スマイルを浮かべただけで、反論も助言も意見もしなかった。

 いつも重要な点をはぐらかされているような気がする。それでいて、ほとんど嘘は口にしないのだから、多くの情報とキーワードばかりが散りばめられるのだ。スウェンにとっては、一番厄介な相手だった。

 スウェンが諦めたように肩を落とし、改めて道案内を頼むと、ホテルマンは少し間を置いた後、僅かに申し訳ない程度に口角を引き上げて、「さぁ、参りましょうか」と礼儀正しく告げた。
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