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16章 白い大地の駅(7)
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全員が着席したところで、列車が汽笛を上げた。車体下からドラゴンの吐息のようなキラキラと輝く色彩豊かな蒸気を上げ、扉がゆっくりと閉じられた。
白に覆われていた車内の両サイドに、唐突に窓が浮かび上がった。車体がふわりと浮かび上がると同時に、澄んだ透明な青の世界が車窓に飛び込んで来る。窓は触れてみると氷のように冷たかったが、人の体温をもっても、曇り一つ残さなかった。
エルの向かいの席には、セイジ、スウェン、ログが腰を落ち着けていた。車体が飛び上がると同時に、彼らの足元に転がり落ちたホテルマンが、手足を動かせて、どうにかエルの隣の席へと身体を持たれかけた。
窓の外を眺めるエルの隣には、同じように、遠くなってゆく地上を眺めるクロエの姿があった。
車窓からは、地上の白い大地が一望出来た。どこまでも果てしなく続く白が、なんだか感傷的な気持ちにさせて、エルはしばらく目を離せずにいた。スウェン達の側窓からは、遠くなってゆく緑の山々が見える。
「……もう、この景色の続きは造られないんだね」
「ここにいた『夢人』が、『核』をきちんと持って行きましたから、それに相応しい『器』を持った生物といつか巡り合い、彼が見た『夢』の続きを創造するのです。その人間が抱いた夢や、想いや記憶は、そのようにして次の誰かに引き継がれて続いていくのですよ」
ホテルマンが椅子に腰かける事に成功し、彼は足を組むと、改めて窓の外へと目を向けた。
「――美しい場所ですね。世界は広く、空はこんなにも澄む事が出来るなんて、私は知りませんでした」
エルは、ホテルマンを横目に見た。意思のない作り物の顔が、ここではない何処か遠くの世界を眺めているように思えて、ああ寂しい横顔だ、と察して口を噤んだ。
白い列車は、次第に高度を上げて空を進んだ。
昇るほどに空は暗くなり、列車は、しばらくもしないうちに大気圏を抜けた。大小様々な岩が漂う暗闇を、列車は白い輝きを放ちながら上昇し続けた。遠くなった地上の灯りは闇の中にぼんやりと佇み、霞み始めてしまう。
「おい。大丈夫なのか、これ」
ログが懸念の声を上げた。辺りは、既に真っ暗闇だった。
闇に浮かぶ岩や石の中に、剥き出しになった鉄筋コンクリートや、壊れた木材の欠片が混じっていた。
「外の闇に、その身を放り出さない限りは安全です」
ホテルマンが、そう切り出して一同を見やった。
「『仮想空間エリス』は、現在、ひどく不安定で周囲から崩れ始めています。崩れ落ちた世界は、その周囲から少しずつ溶かされ闇に呑み込まれる――闇に姿形はありませんが、彼らは全てを喰らう事だけを許されています。だから人が触れるべきではないのです」
「ここは、仮想空間ではないとう事かな?」
疑問を覚えたように、スウェンが眉を寄せて手短に訊いた。ホテルマンは肯くと、先程の苦戦が嘘のように真っ直ぐ立ち上がり、どこか真剣な眼差しを車窓へと投げた。
「えぇ、違いますとも、『親切なお客様』。この空間は、本来であれば人が渡る事の出来ない、我々の世界の領域なのです」
ホテルマンが、私情の読めない顔で一同を見渡した。
「あるべきはずの扉が、あちらこちらに入り乱れている状況です。皆さん、どうかエリスの世界へ入った際には、落ち着いて下さい。慌てなければ、自分を見失う事はないはずですから」
スウェンが口を開きかけた瞬間、――列車の先頭から、激しい光りが走った。耳元で大きな音が鳴り響き、前触れもなく爆風が吹き荒れた。
息も出来ぬほどの強い風が起こった。目を開けていられない荒々しい風が吹き抜けて、全身を激しく叩く。
エルは、まるで五感を宙に投げ出されるような感覚を覚え、一瞬、自分の居場所を見失いかけた。
しかし、不意に風が止んだ。
どうしてか、焼けたアスファルトと、湿気を含んだ鉄臭い匂いが鼻をついて、エルは恐る恐る目を開けた。
彼女は一人きり、ボストンバッグを身体に提げて、荒廃した都心の真ん中に立っていた。
懐かしい濃厚なその気配を全身に覚えた時、忘れていた過去の一つが、唐突にエルの中に蘇り、息もつけぬ速さで彼女の脳裏を貫いた。
白に覆われていた車内の両サイドに、唐突に窓が浮かび上がった。車体がふわりと浮かび上がると同時に、澄んだ透明な青の世界が車窓に飛び込んで来る。窓は触れてみると氷のように冷たかったが、人の体温をもっても、曇り一つ残さなかった。
エルの向かいの席には、セイジ、スウェン、ログが腰を落ち着けていた。車体が飛び上がると同時に、彼らの足元に転がり落ちたホテルマンが、手足を動かせて、どうにかエルの隣の席へと身体を持たれかけた。
窓の外を眺めるエルの隣には、同じように、遠くなってゆく地上を眺めるクロエの姿があった。
車窓からは、地上の白い大地が一望出来た。どこまでも果てしなく続く白が、なんだか感傷的な気持ちにさせて、エルはしばらく目を離せずにいた。スウェン達の側窓からは、遠くなってゆく緑の山々が見える。
「……もう、この景色の続きは造られないんだね」
「ここにいた『夢人』が、『核』をきちんと持って行きましたから、それに相応しい『器』を持った生物といつか巡り合い、彼が見た『夢』の続きを創造するのです。その人間が抱いた夢や、想いや記憶は、そのようにして次の誰かに引き継がれて続いていくのですよ」
ホテルマンが椅子に腰かける事に成功し、彼は足を組むと、改めて窓の外へと目を向けた。
「――美しい場所ですね。世界は広く、空はこんなにも澄む事が出来るなんて、私は知りませんでした」
エルは、ホテルマンを横目に見た。意思のない作り物の顔が、ここではない何処か遠くの世界を眺めているように思えて、ああ寂しい横顔だ、と察して口を噤んだ。
白い列車は、次第に高度を上げて空を進んだ。
昇るほどに空は暗くなり、列車は、しばらくもしないうちに大気圏を抜けた。大小様々な岩が漂う暗闇を、列車は白い輝きを放ちながら上昇し続けた。遠くなった地上の灯りは闇の中にぼんやりと佇み、霞み始めてしまう。
「おい。大丈夫なのか、これ」
ログが懸念の声を上げた。辺りは、既に真っ暗闇だった。
闇に浮かぶ岩や石の中に、剥き出しになった鉄筋コンクリートや、壊れた木材の欠片が混じっていた。
「外の闇に、その身を放り出さない限りは安全です」
ホテルマンが、そう切り出して一同を見やった。
「『仮想空間エリス』は、現在、ひどく不安定で周囲から崩れ始めています。崩れ落ちた世界は、その周囲から少しずつ溶かされ闇に呑み込まれる――闇に姿形はありませんが、彼らは全てを喰らう事だけを許されています。だから人が触れるべきではないのです」
「ここは、仮想空間ではないとう事かな?」
疑問を覚えたように、スウェンが眉を寄せて手短に訊いた。ホテルマンは肯くと、先程の苦戦が嘘のように真っ直ぐ立ち上がり、どこか真剣な眼差しを車窓へと投げた。
「えぇ、違いますとも、『親切なお客様』。この空間は、本来であれば人が渡る事の出来ない、我々の世界の領域なのです」
ホテルマンが、私情の読めない顔で一同を見渡した。
「あるべきはずの扉が、あちらこちらに入り乱れている状況です。皆さん、どうかエリスの世界へ入った際には、落ち着いて下さい。慌てなければ、自分を見失う事はないはずですから」
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