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13章 冒険は五人と一匹で(6)

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「私は、確かにこの世界に存在するモノですが、貴方達の敵ではない事はお約束致します。けれど、今は全てをお話する事は出来ません」

 ホテルマンはそう言い切ると、右手を胸にあて、顔から作り笑いを消した。

「『彼女』もおっしゃっていたと思いますが、貴方達は早く、アリスという人間の娘を救出するべきです。でないと、本当に間に合わなくなってしまいますよ。人ではない私には、アリスという人間を、この世界から連れ出す事は、絶対に出来ないのですから」

 語尾に冷たい響きが混じった一瞬、その声が、全く別の男のもののように流暢に澄んだ。

 それを自覚したのか、ホテルマンが手で目元を覆い「すみません、少し冷静になりましょう」とほくそ笑んだ。唇だけが見えるさまは別の何者かのようにも見えて、エルに、以前のエリアで見た、あの仮面で仮装していたファントムを連想させた。

「私は、現時点でこれ以上を話す事が出来ないのです。ですから今は、何も聞かないで下さい。この世界の住人として貴方達の力になりましょう。けれど、私は、まだ――」

 ホテルマンの唇が微かに動いたが、離れて座るエルとセイジには、その先が聞こえなかった。

 間近で耳にしたログとスウェンには聞きとれたのか、彼らは、顔を見合わせて怪訝な表情を浮かべた。

「おい、一体どういう事だ」

 ログがホテルマンを問い詰めた時、地響きと共に建物全体が小刻みに揺れた。

 その振動を足元に覚えながら西側の窓を見やったエルは、ハッとして「あれを見て!」と彼らに注意を促した。

 日が沈み始めた西側の海に、マグマの化身のような、巨大な二体の怪物が出現していた。

 西の海に見える光景を前に、エル達は、しばし言葉を失っていた。形は人に近いが、身体中からマグマを噴き出しながら歩く姿は、驚異的で巨大な化け物だった。巨人のようなその怪物の窪んだ眼孔には、燃え続ける太陽に似た赤々とした光が灯っており、彼らが歩くたび、海上には強い蒸気が立ち昇っていた。

「あれは、この世界を守っていた最後の『番人』達です」

 ホテルマンが、冷めた声色でそう言った。スウェンが振り返り、思い付いたように「あれか」と言葉を続ける。

「『夢人』というやつかい?」
「いいえ、彼らは特別な『夢』を守る、『番人』と呼ばれる意思のない兵士です。『仮想空間エリス』の影響を受けて、セキュリティーの一部に取り込まれている状態というところですかねぇ。――この世界の『夢人』は、きちんと夢の『核』を持って離脱出来たようですので、あの『番人』達も崩れかけです」

 再度地響きが上がり、バランスを崩し掛けたエルを、セイジが両手で受け止めた。

 エルはセイジに手短に礼を告げると、ボストンバッグを確保して身体に引っかけた。クロエが駆け寄り、ボストンバッグの中へと身を滑り込ませたところで、彼女はホテルマンの横顔を見つめた。

「ねぇ、『核』って何? そんなに大事な物なの?」
「育てている『夢』の源、といえばいいのでしょうか。『宿主』から、次の『宿主』へ受け継がれるために必要なものです。『核』がなくなってしまえば、その人間の想いや希望に誰も触れる事が出来なくなってしまいます」
「それって、つまりどういうこと?」

 エルが続けて尋ねると、ホテルマンは私情の読めない顔を向けた。

「全ての人間の中から、器となった『宿主』の一切が消え去ります。つまり、忘れ去られるのですよ。彼と共に過ごした幸福な想いの欠片さえ、人々の中には残りません。それが『夢の力』を持つ人間の代償でもあるのです」

 その人間は『いなかった事になる』のだと、彼は静かな声色で淡々と語った。『宿主』としての力と素質を備え、『核』を引き継いで『夢』を育てる彼らを守るために、『夢守』がいる。

 とはいえ、全ての『宿主』が『核』を引き継ぐ器ではない、とホテルマンは独り言のように呟いた。

 『夢人』には、二通りの存在がある。もう一方の稀な素質を持った『宿主』は、夢を育てる事はない。『核』が与えられる人間は、生まれながら死に抱かれていない人間が対象となる……

 そこで、ホテルマンが気付いたように言葉を切り、話題を切り替えるように「さて」とスウェンの方を向いて、胡散臭い営業スマイルを浮かべた。

「あの巨人は、我々を排除するよう半ば強制されておりますが、どうされますか?」
「逃げるに決まっている」

 ホテルマンの奇妙な話に気を取られ、引っ掛かりを覚えて逡巡していたスウェンは、出鼻をくじかれたような悔しさを顔に滲また。

「今から考えるつもりだったんだよ、僕は」
「はあ、左様でございますか。対策と致しましては、感知されない距離まで行くことですかねぇ」

 その時、海岸をゆっくりと進む二体のマグマの巨人が、ゆっくりとこちらへ顔を向け、目標を定めたように重々しい一歩を踏み出した。エルは「ぴゃ!?」と飛び上がり、思わずスウェンの服の裾を引っ張った。

「うわッ、こっちに向かって来てんだけど!?」
「ちょっと君、なんとか出来ないのかいッ?」
「え~、無理ですぅ。私、解析力はありますが、根はコレなんで」

 ホテルマンが、先程の雰囲気を一転させるよう唇を窄め、指先で小さなハートを描いた。

「黒幕だなんて私の性格では無理です。大きなお客様が、すっとぼけた勘違いをされるから誤解を招くのです」
「お前ッ、絶対に他にも色々と隠してるだろうが!」
「きゃー、怖―い」

 ホテルマンはログの拳を軽々に避けると、棒読みで台詞を言って廊下を走り、――梯子のある穴を覗いたところで、演技ではない「ぎゃーッ」という小声を発した。

 近くにいたセイジが駆け寄り、ホテルマンの隣から階下の状況を確認した。彼は目を剥くと、緊張した様子でスウェンを振り返った。

「下がとんでもない騒ぎになってるッ、さっきの吸血獣だらけだ!」
「ひとまず穴を塞――、ってセイジ前!」

 スウェンが指示するよりも早く、吸血獣が獲物に気付いて穴から跳躍した。反射的にエルは飛び出すと、セイジとホテルマンの後ろに素早く回り込み、飛び出して来た吸血獣の頭に見事な踵落としを決めた。

 エルの強靭な一撃を受けた吸血獣が、梯子を登り始めていた他の吸血獣達を巻き込みながら、階下へと叩きつけられた。

 急なアクシデントに遅いセイジを心配していたスウェンが、「エル君さすがだよ!」と安堵の声を上げ、ログが「ナイスだクソガキ!」と、やけに偉そうな態度で言ってのけた。
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