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10章 夢人と宿主~そしてエル達~(3)

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 素早く状況把握を終え、エルは一階を目指すべく階段へ向かいながら、鼠男によって突き出される槍を避け、主に蹴り技を使って、相手の腹部や背骨を強打し再起不能にし、廊下を駆けた。

 エルは、下り階段のある場所まで来たところで、立ち塞がる鼠男達の懐に飛び込び、コンバットナイフで次々に切り裂いた。しかし、いくら倒しても鼠男達は目の前に立ち塞がり、正規の使い方で階段を下るのは無理そうだった。

 そう考えたエルは、ボストンバックを手で引き寄せると、「クロエちょっと揺れるからッ」と一声かけて、床を蹴って宙返りし、邪魔な鼠男を複数蹴り上げつつ、階段の手すりに着地して滑り下りた。

 手すりの上を少し滑り下り、エルは、襲いかかって来た別の鼠男の顔を蹴り上げ、その反動を使って飛び上がった。進行経路に立ち塞がった別の鼠男の両肩に着地し、素早く首をへし折る。

 その一体が崩れ落ちる間際、エルは、階段の状況を改めて確認した。

 徒歩での突破には時間がかかると判断し、階段の縁に両手をついて自身の身体を持ち上げ、回転をつけて別の鼠男の顔面と頭部を踏み台にして、彼女は三メートル下の階段中腹まで飛び降りた。

 階段に着地した瞬間、両サイドから別の鼠男たちが飛びかかって来たが、エルは、コンバットナイフを素早く持ち構えると、華奢な身体を回転させながら、彼らの首の腱を素早く切断していった。

 鼠男達は、血を流す事無く次々に倒れていった。

 その時、クロエが警戒の声を上げた。階段の下から新たな鼠男が出現し、エルを後ろから羽交い締めにしたのだ。

 エルは咄嗟に身を屈めると、後方の鼠男の腹部にコンバットナイフを突き刺した。身体が自由になったチャンスを逃さず、後方からぞろぞろと現れた鼠男達に向かって、すぐさまその鼠男の身体を蹴り飛ばすと、大きく跳躍して、
次の階で待ち構えていた鼠男達の頭を次々に踏み台にしながら、一階ロビーを急ぎ目指した。

 エル以外のメンバーは、既に一階ロビーへ到着していた。先に降り立ったスウェンが、どうやら派手にボズーカ砲を放っているようだ。

 一階は爆炎の匂いが立ち込め、辺りは、エキストラが逃げ惑うというパニック状態になっていた。しかし、一般人の姿は先程に比べて遥かに少なく、大半が鼠男となっていた。

 騒ぎの中、エルは、フロアの中央辺りにセイジの姿を見付けて、目を止めた。セイジは素手で鼠男達を掴んでは、辺り構わず投げ捨てていた。まるで、小さな生き物の如く宙を舞う鼠男達の行方を、エルは思わず目で追ってしまった。

 不意に、エルはある光景に気付いて――「嘘だろ」と血の気が引いた。

 セイジの後方を逃げ惑っていた赤毛の少女が、突然逃げる足を止めたかと思うと、全身を震わせた。その身体は次第に大きく膨れ上がり、顔は動物の体毛に覆われて始め、続いて鼻先が尖り、白い隊服に鉄製の槍を持った鼠男へと転じていた。

「セイジさん、危ない!」

 エルは、叫ぶと同時に駆け出した。自分に向かって襲いかかる鼠男達を素早く蹴ちらすと、勢いよく床を蹴って飛び上がり、セイジの背中から襲いかかろうとした鼠男に、強烈な後方蹴りを入れて弾き飛ばした。

 息を吐く間もなく、エルに向かって別の鼠男が襲いかかった。

 エルは着地した瞬間、コンバットナイフを煌めかせて鼠男の首を切断した。良い切れ味のナイフだと思った。血さえ噴き出さない鼠男の肩に着地し、エルは一旦、武器を口に咥え持った。

 辺りの状況を瞬時に把握しつつ、エルは宙へと舞い上がり、一体、二体、三体、と瞬発力を活かして足を振り上げ、オジサンに一番威力があると褒められていた蹴り技で、続けて鼠男達の脊髄を折っていった。

 数体の鼠男を片付けた後、エルは着地してようやく、コンパットナイフを革鞘に収めて、呼吸と体制を整える事が出来た。

 逃げ惑うエキストラ達の間から、視線を感じて顔をあげたところで、セイジと目が合った。彼の大きな口が何度か開閉したが、辺りがひどい騒音に溢れていた為、お礼を言われたのか、また後で、と言われたのかは聞き取れなかった。

 エルは辺りを確認した。ふと、こちらに向けられているスウェンやログの視線に気付いた。どちらも、これといって伝えたい事はなかったのか、二人の姿は、すぐに乱闘の向こうへと巻き込まれ見えなくなってしまった。

 彼らの位置が、比較的出口に近い方だった事を考えながら、エルは、セイジに対して肯き返し出口へと向かって駆け出した。

 これ以上の戦闘は、クロエの身体には負担となってしまうだろう。エル自身、持久力が続かない可能性も高かったので、彼女は脱出を優先にする事にした。
 
 割れているガラス窓から外に飛び出すと、砂利道が広がっていた。エルは、眼下にある広大な海を眺めつつ、建物から離れるように下り走った。先程の光景からすると、この世界にいるどの人間でも鼠男になり得るだろうから、用心しなければならないだろう。

 鼠男になった分だけ、建物内の客の姿が減少していたのだと推測出来た。あの三人にも伝えた方が良かっただろうかとも悩んだが、自分が引き返したところで「軍人ナメんなよ」とログに舌打ちされる予感を覚えた。スウェンの事だから、真っ先に気付いている可能性もある。

 エルは、低地へと向けて走り続けた。何度か後方を確認したが、敵が追って来る気配はなかった。観光客と屋根の低い家から出てくる住民が、走り去るエルを、不思議そうな顔で見送った。

 しばらく走り続けると、ボストンバックが重く感じ始めた。隠れられる場所を探していると、トタンで造られた個人の工場跡地のような建物がエルの目に止まった。

 そこは車が三台ほど入る程度の、殺風景な砂利道の駐車場があった。ほとんど崩れている塀の隅には雑草が生い茂っており、古びた工場の扉は開き切っていて、少し身を隠すには、都合の良い場所のように思われた。

 エルは、辺りに人がいない事を確認すると、引き戸が外れてしまっている建物の中に足を踏み入れた。

 工場を成しているトタンは、大半が赤茶色に錆びていた。工場内には、屋根の穴からもれる太陽のか細い光りが差しているばかりで、奥に工場用のテーブルが一つ、四方にガラクタが放置され、屋根からは大きな碇が目的もなくさがっていた。

 室内は、外の熱が立ち込めて蒸し熱かった。風が吹いているのがせめてもの救いだ。

 エルは、額から零れ落ちる汗を拭い、クロエをボストンバッグから出してやった。クロエは少し酔ってしまったのか、出てくるなり工場内の白い荒削りのアスファルトの上で横になってしまった。クロエは動物的な警戒心があるため、横になりつつ辺りの匂いを嗅ぎ、物珍しそうに鼻髭を動かせた。

「ごめんね、クロエ。無理させちゃったな」

 エルは詫びた。ちらりと外の様子を窺うが、特に危険はなさそうだったので、疲労した身体を休めるために出入口の影に腰を降ろした。
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