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6章 迷路と残酷な一つの事実(4)
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「――そっか、やっぱり俺は、肉体を持ったままここへ来たんだね」
呟いた納得の言葉が、胸の中にすんなりと落ちて来た。それを始めから彼らが想定していたとすれば、ログが荷物という表現をした事や、スウェンが丁寧に危険性について語った事や、やけに気に掛けていたようなセイジの行動にも説明が付く。
スウェンは初めて集まった際に、エルの掌の傷に気付き、ちらりと確認する素振りを見せていた。もしかしたら彼は、向こうから何かしらの接触がある可能性も高いと考え、エルを身近に置いていたのではないだろうか。
エルは、掌に残る小さな傷の感覚を確かめる為、強く拳を握りしめた。そこから伝わる痺れるような鈍い痛みに、ここにあるのは自分の肉体である事が改めて実感出来た。
守られるつもりもなければ、守られてやる義理だってない。
どうか、クロエと笑ってお別れが出来る、悔いのない最初で最後の旅を――場所が変わろうと志を変えるつもりはないし、心だけは何者にだろうと邪魔が出来ないものだ。
「おい、お前――」
異変に気付いたログが、しまったな、という顔で投げかけた言葉は途中で途切れた。
エルは気迫をまとわせ、が強くテディ・ベアを睨み返した。ボストンバッグから顔を出しているクロエが、エルに声援を送るように陽気に「ニャー」と鳴く。
元は被害者になる予定だった、という事について、今はどうでもいい。
何故なら現在、エルは生きているし、クロエだって怪我一つなく存在している。生きている限り、エルが彼女を守ればいい。
一人と一匹が生きている今、現在も『旅』は続いているのだ。
しかし、知らない間に自分の生死を勝手に決ようとしている者がいて、ログ達という同行者が出来てしまった今も続く『旅』を、向こうの都合で止めさせられるかもしれない、と考えるだけで我慢ならない。
元よりエルは負けず嫌いで、やられっぱなしは性に合わないのだ。
つまりホテルで散々怖い目に遭ったのも、うっかりの誤作動ではなく、向こうの勝手な都合なのだと思うと無性に腹が立って来た。あのテディ・ベアが首謀者ではない事は理解出来るが、人を勝手に材料に例えた台詞は、非常に気に入らない。
オジサンが俺に生きる力をくれたんだ、負けてなるものか!
「――材料とかなんとか勝手に言ってくれるけど、俺はやられっぱなしが大嫌いなんだ。事情は知らないけど、俺の事を勝手にしようだなんて言う奴は、片っぱしからぶっ飛ばしてやる」
エルは、低い声で吐き捨てた。
ログが意外そうに片眉をつり上げ、途端に口角を引き上げて「いい心がけだな」と相槌を打った。
「お前の事、ちょっとは見直してやってもいいぜ、ガキ」
「ガキっていうな。負けっぱなしは俺の性分じゃないって事を改めて思い出したんだ。必ずここから出てやるし、俺を巻き込みやがった奴にも一発決めてくれるッ」
エルが拳を固めてテディ・ベアを威嚇すると、ログが一つ肯いた。
「よし。なら、覚悟は出来てるよな」
「あ?」
途端に、エルは嫌な予感を覚えて彼を見上げた。ログは既に前方に視線を戻しており、不敵な笑みを浮かべたまま、テディ・ベアに向かって一歩前進した。
「スウェン隊長の任務遂行には、この空間が邪魔だ。――だから、さっさと壊させてもらうぜ」
前触れもなく、ログがストレートな宣戦布告をした。
セキュリティーを動かすには、もってこいの敵宣言だったのだろうか。テディ・ベアのまとう空気が一変した事に気付いて、エルは緊張感を覚え身構えた。
テディ・ベアは、頭をぐらぐらと揺らせたかと思うと、自身の解れた首の中に手を突っ込み、そこから鋭利な刃物を取り出した。それは柄の黒い、少し錆びた肉切り包丁だった。
『――させない。守る。連れ出されたくないんだ』
壊れた録音テープのように、テディ・ベアが、脈絡の掴めない呟きを上げた。
すると、草の塀の茂みが揺れて、大きさ不揃いな人形が次々と現れ始めた。ストラップほどの小さな兎の人形や、キャラクター人形、毛糸で出来た小さな熊、ピンクのドレスを着たフェルト生地の女の子、ペンギンや犬や猿といった中型の人形達、木材で出来た同じ顔の兵隊人形……
真新しい物から古びた物まで種類も様々だったが、可愛らしい顔をした彼らは、ナイフやハサミなどの物騒な装備をしていた。
いつか見たホラー映画のような光景の他、恐怖映画に出演していた人形じゃないのかと思うような、壊れかけた顔の怖い人形もいて、エルは危うく卒倒しかけた。
嘘だろ怖いんだけど、マジで直視したくない光景なんですけど!?
育て親であったオジサンが脅かし続けたせいで、エルは、大のホラー嫌いだった。特に、彼がチョイスして見せた恐怖映画に関連するものは完全にダメだ。物理攻撃で倒せそうにない、幽霊やら呪いの人形に関してはトラウマが強い。
「人形といえど、仮想空間の作り物だ。多分、銃も効くだろう」
ほとんど五十センチ以下の敵を眺めたログが、腰の銃を手に取った。人形達はテディ・ベアの前に立ちはだかり、まるで開始の合図を待つ兵隊のように構え始めていた。
エルは恐怖を堪え、強がるように顔を顰めて「どうするんだよ」とログの腰辺りを小突いた。彼は「ふむ」と数秒ほど眉根を寄せ、こう言った。
「仮想空間で行動する場合は、イメージが大事らしい。あいつらが塞ぐ先に目的地があるはずだから、自分の攻撃が絶対に効くとイメージして突き進め」
「……それって、無計画って事じゃないの?」
「金属バットか、リーチのある武器がありゃあ突破出来そうだな」
「お前ッ、俺の話し聞いてないだろ!」
ログは前方を見据えたまま、腰の後ろに手をやった。彼が取り出して一度振るうと、強固な金属の固定音が鳴り響いた。突如として銀色の器具が現れたように見えたが、よく見ればそれは、横縞の黒い持ち手が付いた警棒だった。
ログはそれを、エルに投げて寄越した。エルは慌てて、予想以上にずっしりとした武器を受けとめた。
「思い切り振るえば、細腕でもかなりの攻撃力になる。俺がフォローする――走れ!」
怒号のような合図と同時に、ログが人形の一体を銃弾で吹き飛ばした。エルは、慌ててクロエに「隠れててッ」と言い聞かせ、コンマ二秒半遅れでログに続いて駆け出した。
呟いた納得の言葉が、胸の中にすんなりと落ちて来た。それを始めから彼らが想定していたとすれば、ログが荷物という表現をした事や、スウェンが丁寧に危険性について語った事や、やけに気に掛けていたようなセイジの行動にも説明が付く。
スウェンは初めて集まった際に、エルの掌の傷に気付き、ちらりと確認する素振りを見せていた。もしかしたら彼は、向こうから何かしらの接触がある可能性も高いと考え、エルを身近に置いていたのではないだろうか。
エルは、掌に残る小さな傷の感覚を確かめる為、強く拳を握りしめた。そこから伝わる痺れるような鈍い痛みに、ここにあるのは自分の肉体である事が改めて実感出来た。
守られるつもりもなければ、守られてやる義理だってない。
どうか、クロエと笑ってお別れが出来る、悔いのない最初で最後の旅を――場所が変わろうと志を変えるつもりはないし、心だけは何者にだろうと邪魔が出来ないものだ。
「おい、お前――」
異変に気付いたログが、しまったな、という顔で投げかけた言葉は途中で途切れた。
エルは気迫をまとわせ、が強くテディ・ベアを睨み返した。ボストンバッグから顔を出しているクロエが、エルに声援を送るように陽気に「ニャー」と鳴く。
元は被害者になる予定だった、という事について、今はどうでもいい。
何故なら現在、エルは生きているし、クロエだって怪我一つなく存在している。生きている限り、エルが彼女を守ればいい。
一人と一匹が生きている今、現在も『旅』は続いているのだ。
しかし、知らない間に自分の生死を勝手に決ようとしている者がいて、ログ達という同行者が出来てしまった今も続く『旅』を、向こうの都合で止めさせられるかもしれない、と考えるだけで我慢ならない。
元よりエルは負けず嫌いで、やられっぱなしは性に合わないのだ。
つまりホテルで散々怖い目に遭ったのも、うっかりの誤作動ではなく、向こうの勝手な都合なのだと思うと無性に腹が立って来た。あのテディ・ベアが首謀者ではない事は理解出来るが、人を勝手に材料に例えた台詞は、非常に気に入らない。
オジサンが俺に生きる力をくれたんだ、負けてなるものか!
「――材料とかなんとか勝手に言ってくれるけど、俺はやられっぱなしが大嫌いなんだ。事情は知らないけど、俺の事を勝手にしようだなんて言う奴は、片っぱしからぶっ飛ばしてやる」
エルは、低い声で吐き捨てた。
ログが意外そうに片眉をつり上げ、途端に口角を引き上げて「いい心がけだな」と相槌を打った。
「お前の事、ちょっとは見直してやってもいいぜ、ガキ」
「ガキっていうな。負けっぱなしは俺の性分じゃないって事を改めて思い出したんだ。必ずここから出てやるし、俺を巻き込みやがった奴にも一発決めてくれるッ」
エルが拳を固めてテディ・ベアを威嚇すると、ログが一つ肯いた。
「よし。なら、覚悟は出来てるよな」
「あ?」
途端に、エルは嫌な予感を覚えて彼を見上げた。ログは既に前方に視線を戻しており、不敵な笑みを浮かべたまま、テディ・ベアに向かって一歩前進した。
「スウェン隊長の任務遂行には、この空間が邪魔だ。――だから、さっさと壊させてもらうぜ」
前触れもなく、ログがストレートな宣戦布告をした。
セキュリティーを動かすには、もってこいの敵宣言だったのだろうか。テディ・ベアのまとう空気が一変した事に気付いて、エルは緊張感を覚え身構えた。
テディ・ベアは、頭をぐらぐらと揺らせたかと思うと、自身の解れた首の中に手を突っ込み、そこから鋭利な刃物を取り出した。それは柄の黒い、少し錆びた肉切り包丁だった。
『――させない。守る。連れ出されたくないんだ』
壊れた録音テープのように、テディ・ベアが、脈絡の掴めない呟きを上げた。
すると、草の塀の茂みが揺れて、大きさ不揃いな人形が次々と現れ始めた。ストラップほどの小さな兎の人形や、キャラクター人形、毛糸で出来た小さな熊、ピンクのドレスを着たフェルト生地の女の子、ペンギンや犬や猿といった中型の人形達、木材で出来た同じ顔の兵隊人形……
真新しい物から古びた物まで種類も様々だったが、可愛らしい顔をした彼らは、ナイフやハサミなどの物騒な装備をしていた。
いつか見たホラー映画のような光景の他、恐怖映画に出演していた人形じゃないのかと思うような、壊れかけた顔の怖い人形もいて、エルは危うく卒倒しかけた。
嘘だろ怖いんだけど、マジで直視したくない光景なんですけど!?
育て親であったオジサンが脅かし続けたせいで、エルは、大のホラー嫌いだった。特に、彼がチョイスして見せた恐怖映画に関連するものは完全にダメだ。物理攻撃で倒せそうにない、幽霊やら呪いの人形に関してはトラウマが強い。
「人形といえど、仮想空間の作り物だ。多分、銃も効くだろう」
ほとんど五十センチ以下の敵を眺めたログが、腰の銃を手に取った。人形達はテディ・ベアの前に立ちはだかり、まるで開始の合図を待つ兵隊のように構え始めていた。
エルは恐怖を堪え、強がるように顔を顰めて「どうするんだよ」とログの腰辺りを小突いた。彼は「ふむ」と数秒ほど眉根を寄せ、こう言った。
「仮想空間で行動する場合は、イメージが大事らしい。あいつらが塞ぐ先に目的地があるはずだから、自分の攻撃が絶対に効くとイメージして突き進め」
「……それって、無計画って事じゃないの?」
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ログは前方を見据えたまま、腰の後ろに手をやった。彼が取り出して一度振るうと、強固な金属の固定音が鳴り響いた。突如として銀色の器具が現れたように見えたが、よく見ればそれは、横縞の黒い持ち手が付いた警棒だった。
ログはそれを、エルに投げて寄越した。エルは慌てて、予想以上にずっしりとした武器を受けとめた。
「思い切り振るえば、細腕でもかなりの攻撃力になる。俺がフォローする――走れ!」
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