仮想空間に巻き込まれた男装少女は、軍人達と、愛猫との最期の旅をする

百門一新

文字の大きさ
上 下
16 / 159

4章 仮想空間と『支柱』~ハイソン~(2)

しおりを挟む
 仮想空間は、エリスが亡くなった直後から原因不明の崩壊を始めていたのだ。マルクは、どうやってそれを留め、再稼働にまで至れたのかも謎である。謎ばかりが残る事件だ。

 つらつらと胃に痛い事を考えていたハイソンの横で、クロシマが思い付いたように口を開いた。

「廃止された際、ほとんどの機材は処分されてしまったらしいですが、――こうして、予備の物が残っていて良かったですね」

 ハイソンは、相変わらず呑気なクロシマを睨みつけた。クロシマは、暇があるなら動けよという先輩の意図に気付くと、舌を出して軽く詫び、そそくさとラボを出ていった。

 パソコンの前に残されたハイソンは、珈琲を大量に喉に流し込むと、深呼吸してパソコン画面に向きあった。長さのある机の上には、複数のモニターとキーボードが設置され、珈琲カップの置場もなく様々な資料が乱雑している状況だった。

 簡潔にやるべき事をまとめると、これはゲームのようなものだ。

【仮想空間エリス】を稼働させているプログラムの本体に辿り着くまでに、六つのエリアを突破し、本プログラムを破壊出来ればゲーム・クリア。しかし、それは仮想空間内に潜入した三人が、途中で失敗し、戻って来てしまう事を想定しなければの話だ。

 既に【仮想空間エリス】への入口は残されていない。これは本物のゲームのように、再スタートはきかない任務なのだ。

 大佐直々の命令で、派遣チームはたったの三名組だった。目的地に辿り着くまでに置かれている六つのセキュリティー・エリアについて、上層部への報告の仕方がまずかったのだろうかと、ハイソンは後悔を覚える。

 基本的に、仮想空間は人工知能を搭載された『エリス・プログラム』で全て管理されている。空間内の活動については記録され、空間内の構造は見取り図としてモニターに反映する。

 しかし、セキュリティー・エリアは、全く独立した仮想空間として仕上がっているため、要となっているシステムの基がないこちらでは、踏み込むまでデータの収集と解析が出来ない現状があった。

 現在、モニター状にエラーと表示された歪な形だけの地図には、六つの別エリアが、バグとして付着している様子が映し出されていた。それ以上の詳細データはなく、実際にスウェン達が足を踏み込まなければこちらからアクセスが出来ない。

 六つの各エリアの仕組みは、仮想空間エリスと同じであるが、範囲はどうやらそれほどまで大きくはないらしい、とは分かっている。

 仮想空間は奇跡的に偶然仕上がってしまった代物であるが、その件についても、マルクが一体どうやって、個々の小さな仮想空間を作り上げ、取り込む事が出来たのかも謎だった。

 防衛として置かれたセキュリティーのようだと感じたので、ハイソンは確認された当初、これらを六つの防衛システムと位置付けた。しかし、第一から第六までの仮想空間は、どうやら、元は不安定だった【仮想空間エリス】を再構築する為の柱だとも推測された為、それらに存在するシステムの核を『支柱』と名付ける事にした。

 上層部には一旦、マルクが仕上げた防衛セキュリティーは、侵入者に対し拒絶反応起こす特性がある可能性は伝えていた。支柱をすべて破壊し、『エリス・プログラム』を破壊せよというのが、報告後に上から下った指令だ。

 けれど、新しい仮想空間のデータの解説が進むにつれ、ハイソン達は恐ろしい事実を予感していた。

 現在、第一の支柱、第二の支柱を破壊した事によって、こちらに二つの仮想空間のデータが大量に流れて来ていた。第一の防衛セキュリティーのデータだけでも、恐ろしい事実を推測させるには、十分な内容だった。

 強制的に書き換えられ、稼働させられたマルク特性のプログラムには多くのバグがあり、常に崩壊と再構築が発生していた。それは、現状の仮想空間の構築として一貫性に欠けており、外からの侵入者を排除するプログラが徹底して作動している。

 解析が先に済んでいる第一の仮想空間のデータ状況は、三人の侵入者の行動を感知した直後から、排除行動に移っている事が確認されていた。

 不規則なプログラムの崩壊と再構築は、異常なスピードで不定期に発生しており、一部『エリス・プログラム』からの意思介入も見られたが、マルクが操作しているのか、【仮想空間エリス】本来の防衛セキュリティーが自動作動しているのかは、不明だ。

 仮想空間に入っている被験者にとって、そこはリアルな現実空間となる。モニター上で支柱の場所を簡単に見つけられたとしても、実際に仮想空間内にいる人間にとって、そこまで辿り着くには容易ではない。

 一番目のエリアは、ゲリラの戦場区域だったと報告が入っている。こちらのデータには、被験者の体験している映像までは送信されてこないが、空間構築データから状況は大筋分析出来た。

 空間内には突然森林が開けたり、砂漠地域の街で銃撃戦が続いていたりと、まるで戦場映画を切り取って張り付けたようだった、とスウェンは嗤って報告した。彼らにとって、これまでの本物の戦場に比べると子共騙しのゲーム程のものだったのだろうが……

 二番目のエリアは、いくつかの大通りを持った繁華街だったようだ。シークレットサービスだか、マフィアだか分からない黒服の男たちが、時と場所をかまわずに突如として現れ攻撃して来る世界。舞台は沖縄であるにも関わらず、なぜか黒服の男達は全員が西洋人だ。

 現時点で、研究員たちの中には最悪な推測が出来あがっている。支柱は独立した仮想空間として作動しているものの、基盤であるプログラムに使われている材料や、システムを稼働させている核の正体は……

 ハイソンは、忙しく数字列が流れていく別モニターへ目を向けた。

 無から有を持ちこむ事が出来るなど、世界の法則そのものに逆らっている。マルクは一体何を考え、動いているのか?

 なぜか不意に、所長と仕事の付き合いが始まった頃の事のことを思い出した。思いつきというのは、ちょっとしたきっかけから起こる不思議な現象なのではないかと、彼はハイソンに言った事がある。


――君は奇妙な体験をしたことはあるかね。まるで、そう、未知との遭遇のような。


 夢に限定するならば、ハイソンだって経験がないとはいえない。

 例えば、実家で愛犬が息を引き取った時に見た不思議な夢や、夢で見た自転車事故が現実で起こり、彼自身が痛い思いをした時の事は、今でも印象強く覚えていた。

 ハイソンはふと、「待てよ」と思考を中断した。

 所長の言葉に引き出されるような記憶の一部が脳裏を過ぎったが、それは、すぐに彼の頭を離れていってしまった。研究が凍結され、別の仕事で慌ただしい現実にのまれていた間に、何か、すっかり忘れてしまっている事があるはずだ。

 なんだったろうか。確か夢に関わる、何か妙な経験をした事があるような気がするぞ?

 いつか所長に話してみようかと、心にしまっていた事だったように思う。ハイソンは、どうにか頭を捻ってみたが、内容を思い出せなかった。あの頃はいろいろと慌ただしかったし、十年以上も前の事だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、 【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。 互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、 戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。 そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。 暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、 不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。 凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...