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1章 始まりは白いホテルで(3)
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ランチバイキングについては、以前、クロエを密かに連れ込んだホテルで美味しい思いをした経験がある。大抵、高級レストランのランチやディナーでは禁止されているが、いつだったか、ホテルではないランチバイキングでは、外の席でクロエと食事が出来た事もあるのだ。
「そのバイキングって、まだやっているの?」
「はい! 勿論でございますよ!」
ホテルマンは即答してから、初めて自分の左手首の腕時計で時刻を確かめた。
「今は午後の二時半ですので、一時間はゆっくりお過ごし頂けるかと」
「――値段、訊いてもいい?」
「大人お一人様千百円、猫ちゃん様は四百円で専用の缶詰をお選び頂けます。お席も、猫ちゃん様用に高い椅子をご用意させて頂きますが、どうされます?」
「……それじゃあ、食べて行こうかな」
エルはホテルマンに案内され、ホテルのエントランスへと足を踏み入れた。
※※※
ホワイト・ホテルという名前を持った建物は、外観からは想像もつかないほど、一つのフロアがかなり広く造られていた。
一階の受付を入ってすぐの大広間が、全てランチ会場となっていて、二階、三階には別の会食席も設けられており、四階から上は宿泊施設とサービスルームが設置されているのだと、ホテルマンは、訊いてもいないのにつらつらと語った。
一階の敷地のほとんどを活用されたバイキング形式の大会場は、床は柄の入った赤い絨毯が敷かれ、表道路側はガラス張りになっていた。通りからの差しこむ光の他、高い天井には、明るい照明とシャンデリアが灯っていた。
四人が座れるしっかりとしたテーブル席をメインに、一定の広い間隔を開けて、各テーブル席が会場いっぱいに整列している。
テーブルは重心な造りとなっており、白いテーブルクロスが広げられていた。西洋風にアレンジされた白い鉄作りの椅子は、座席に柔らかいクツションが設けられ、座り心地もなかなか良い。
昼食時間を過ぎているせいか、広い会場には客が少なかった。中年夫婦が三組ほど、夫人同士が二組、スーツの若い営業マンの組み合わせが三人組ほど、珈琲を飲んでゆっくりとしている初老の男と、大学生風の青年が四人で一つの席を囲んで騒いでおり、他は特に談笑もせず座っている外人の三人組があった。
エルとクロエは、外人を含む男三人組みの席から、少しばかり離れた場所に案内された。
こちらの席からは、中央に置かれて漆黒のグランドピアノがよく見えた。残念ながら、本日の演奏時間は終了してしまったようだ。席まで案内してくれた、自称親切で素晴らしいホテルマンが説明した。
「十二時と十三時に一回ずつ演奏されますので、是非、次回もご家族様でお起こし頂いて――」
彼はそう続け、手と手をもみ合わせた。暇なのか、エルが席についても彼は中々傍から離れようとせず、ホテルの自慢話や設備、本日のメニューについて、まるで自分のホテルのように延々と話し続けた。
会場の入り口には、客の飲料が空になったら注ぎたそうと待っているらしい男性ウェイトレスがいた。彼の横に突っ立って、下げる皿はないかと客席をぼんやり見回す別のウェイターもいたが、ホテルマンがその二人にエルの相手を頼む様子はなかった。
「当ホテルのバイキングは、あちらから食器を取って頂き、右手に進みながら料理をお取り下さい。大丈夫です、当ホテルはお客様第一を心掛けておりますので、客数が少なくなった今のお時間でも、きちんとすべてのメニューがご用意出来るよう、コックに作り続けさせて頂いておりますよ!」
ホテルマンの説明は誇張されていて、どこか嘘臭い営業マンのそれに似ていた。いちいち演技かかった喋り方が、どうも鼻につく。
エルは席に腰かけたまま、「はあ」と二回ほど相槌を打ったぐらいだったが、ホテルマンの話は終わりそうにもなかった。エルは思わず心の中でこうぼやいた。
こいつ、話の途中で大丈夫ですって言ったけど、俺は何も質問していないし、質問したいような顔もしてないんだけど……
会場には、静かなクラッシック音楽が流れていた。お喋りを楽しむ客の静かなやりとりや、皿とフォークやナイフが当たる音が上がっている程度で、ホテルマンの意気揚々とした声だけが場違いにも会場に響き渡っている状態だった。
かなり目立っているに違いないと、エルは居心地の悪さに肩をすくめた。しかし不思議と、どの客も自分たちの世界に浸っているようで、こちらに注意を向けては来ない。
少し高い椅子に置かれたバックの中に、一匹くつろいで座っていたクロエが、欠伸を一つした。そろそろ食事にあたりたいのだけれど、と言いたそうな目をホテルマンに向けるが、彼は気付かないでいる。
ホテルマンの話しは、もうしばらく続きそうだった。ホテルの歴史など、エルにとってはどうでもいい話題へと突入していた。
溜息をついて視線を流したエルは、ふと、二つほど離れた席の向こうに座っていた男と目が合った。
彼らは三人組の外国人で、一人は短髪のいかつい日本人風の大きな男、もう一人は暗いベージュ色の癖毛のある短髪をした大柄な外国人、残りの一人は金髪碧眼をしたハンサムな細身の男だった。
三人共、日本人と比べるとかなり背丈があり、そのうち二人は軍人のように鍛えられた大きな身体をしていた。エルは、沖縄の米軍基地の男達だろうか勘繰った。
彼らの中で、こちらに視線を向けていたのは、大柄な暗いブラウン頭をした、彫りが深い外国人の方だった。肌は小麦色で顔には愛想が全くない。眉間の皺どころか、彼は鼻頭にまで怪訝な皺を刻み、煩いと言わんばかりにホテルマンとエルの方を睨みつけていた。
愛想のないその男は、ベージュのシャツに、着慣れたようなジーンズ・ジャケットをはおっていた。袖がまくられ、筋肉が割れた大きな腕が覗いている。
彼は胡散臭いホテルマンを怪訝そうに見つめており、エルと目が合うと片眉を引き上げ「なんだよ」というように顔を一層顰めた。
印象の悪いおっさんだなあ。
彼らは二十代後半か三十代中盤頃だろうと思われたが、エルは、十以上離れているのは明白だと考えて「おっさんめ」と視線で睨み返した。どうにも彼とは馬が合いそうにないと、同伴している別の男達の方へ視線を流した。
彼と同じ席についている大柄な日本人風の男は、迷彩柄の服を上下に着用しており、ポケットの沢山ついたジャケットを、きっちり上まで締めていた。大きな四角い顔が、張り出している頬骨のせいで更にいかつく見える。
日本人独特の角の上った太い眉毛をしていたが、眼差しには思慮深さや謙虚さが窺えた。同席しているブラウン頭の男が、別客であるエルに睨みをきかせていると気付くと、彼はエルを振り返り、申し訳なさそうに笑いかけた。
もう一人の金髪碧眼の男も、日本人風の男の様子に気付いてエルの方を向いた。長身の細身で、身体にフィットした袖の短いシャツと、機能性のあるサバイバル・パンツを履いていた。彼は柔和な笑顔を浮かべていて、三人の中で一番若作りとも言えそうだが、何だか隙が見えない男という印象もあった。
「そのバイキングって、まだやっているの?」
「はい! 勿論でございますよ!」
ホテルマンは即答してから、初めて自分の左手首の腕時計で時刻を確かめた。
「今は午後の二時半ですので、一時間はゆっくりお過ごし頂けるかと」
「――値段、訊いてもいい?」
「大人お一人様千百円、猫ちゃん様は四百円で専用の缶詰をお選び頂けます。お席も、猫ちゃん様用に高い椅子をご用意させて頂きますが、どうされます?」
「……それじゃあ、食べて行こうかな」
エルはホテルマンに案内され、ホテルのエントランスへと足を踏み入れた。
※※※
ホワイト・ホテルという名前を持った建物は、外観からは想像もつかないほど、一つのフロアがかなり広く造られていた。
一階の受付を入ってすぐの大広間が、全てランチ会場となっていて、二階、三階には別の会食席も設けられており、四階から上は宿泊施設とサービスルームが設置されているのだと、ホテルマンは、訊いてもいないのにつらつらと語った。
一階の敷地のほとんどを活用されたバイキング形式の大会場は、床は柄の入った赤い絨毯が敷かれ、表道路側はガラス張りになっていた。通りからの差しこむ光の他、高い天井には、明るい照明とシャンデリアが灯っていた。
四人が座れるしっかりとしたテーブル席をメインに、一定の広い間隔を開けて、各テーブル席が会場いっぱいに整列している。
テーブルは重心な造りとなっており、白いテーブルクロスが広げられていた。西洋風にアレンジされた白い鉄作りの椅子は、座席に柔らかいクツションが設けられ、座り心地もなかなか良い。
昼食時間を過ぎているせいか、広い会場には客が少なかった。中年夫婦が三組ほど、夫人同士が二組、スーツの若い営業マンの組み合わせが三人組ほど、珈琲を飲んでゆっくりとしている初老の男と、大学生風の青年が四人で一つの席を囲んで騒いでおり、他は特に談笑もせず座っている外人の三人組があった。
エルとクロエは、外人を含む男三人組みの席から、少しばかり離れた場所に案内された。
こちらの席からは、中央に置かれて漆黒のグランドピアノがよく見えた。残念ながら、本日の演奏時間は終了してしまったようだ。席まで案内してくれた、自称親切で素晴らしいホテルマンが説明した。
「十二時と十三時に一回ずつ演奏されますので、是非、次回もご家族様でお起こし頂いて――」
彼はそう続け、手と手をもみ合わせた。暇なのか、エルが席についても彼は中々傍から離れようとせず、ホテルの自慢話や設備、本日のメニューについて、まるで自分のホテルのように延々と話し続けた。
会場の入り口には、客の飲料が空になったら注ぎたそうと待っているらしい男性ウェイトレスがいた。彼の横に突っ立って、下げる皿はないかと客席をぼんやり見回す別のウェイターもいたが、ホテルマンがその二人にエルの相手を頼む様子はなかった。
「当ホテルのバイキングは、あちらから食器を取って頂き、右手に進みながら料理をお取り下さい。大丈夫です、当ホテルはお客様第一を心掛けておりますので、客数が少なくなった今のお時間でも、きちんとすべてのメニューがご用意出来るよう、コックに作り続けさせて頂いておりますよ!」
ホテルマンの説明は誇張されていて、どこか嘘臭い営業マンのそれに似ていた。いちいち演技かかった喋り方が、どうも鼻につく。
エルは席に腰かけたまま、「はあ」と二回ほど相槌を打ったぐらいだったが、ホテルマンの話は終わりそうにもなかった。エルは思わず心の中でこうぼやいた。
こいつ、話の途中で大丈夫ですって言ったけど、俺は何も質問していないし、質問したいような顔もしてないんだけど……
会場には、静かなクラッシック音楽が流れていた。お喋りを楽しむ客の静かなやりとりや、皿とフォークやナイフが当たる音が上がっている程度で、ホテルマンの意気揚々とした声だけが場違いにも会場に響き渡っている状態だった。
かなり目立っているに違いないと、エルは居心地の悪さに肩をすくめた。しかし不思議と、どの客も自分たちの世界に浸っているようで、こちらに注意を向けては来ない。
少し高い椅子に置かれたバックの中に、一匹くつろいで座っていたクロエが、欠伸を一つした。そろそろ食事にあたりたいのだけれど、と言いたそうな目をホテルマンに向けるが、彼は気付かないでいる。
ホテルマンの話しは、もうしばらく続きそうだった。ホテルの歴史など、エルにとってはどうでもいい話題へと突入していた。
溜息をついて視線を流したエルは、ふと、二つほど離れた席の向こうに座っていた男と目が合った。
彼らは三人組の外国人で、一人は短髪のいかつい日本人風の大きな男、もう一人は暗いベージュ色の癖毛のある短髪をした大柄な外国人、残りの一人は金髪碧眼をしたハンサムな細身の男だった。
三人共、日本人と比べるとかなり背丈があり、そのうち二人は軍人のように鍛えられた大きな身体をしていた。エルは、沖縄の米軍基地の男達だろうか勘繰った。
彼らの中で、こちらに視線を向けていたのは、大柄な暗いブラウン頭をした、彫りが深い外国人の方だった。肌は小麦色で顔には愛想が全くない。眉間の皺どころか、彼は鼻頭にまで怪訝な皺を刻み、煩いと言わんばかりにホテルマンとエルの方を睨みつけていた。
愛想のないその男は、ベージュのシャツに、着慣れたようなジーンズ・ジャケットをはおっていた。袖がまくられ、筋肉が割れた大きな腕が覗いている。
彼は胡散臭いホテルマンを怪訝そうに見つめており、エルと目が合うと片眉を引き上げ「なんだよ」というように顔を一層顰めた。
印象の悪いおっさんだなあ。
彼らは二十代後半か三十代中盤頃だろうと思われたが、エルは、十以上離れているのは明白だと考えて「おっさんめ」と視線で睨み返した。どうにも彼とは馬が合いそうにないと、同伴している別の男達の方へ視線を流した。
彼と同じ席についている大柄な日本人風の男は、迷彩柄の服を上下に着用しており、ポケットの沢山ついたジャケットを、きっちり上まで締めていた。大きな四角い顔が、張り出している頬骨のせいで更にいかつく見える。
日本人独特の角の上った太い眉毛をしていたが、眼差しには思慮深さや謙虚さが窺えた。同席しているブラウン頭の男が、別客であるエルに睨みをきかせていると気付くと、彼はエルを振り返り、申し訳なさそうに笑いかけた。
もう一人の金髪碧眼の男も、日本人風の男の様子に気付いてエルの方を向いた。長身の細身で、身体にフィットした袖の短いシャツと、機能性のあるサバイバル・パンツを履いていた。彼は柔和な笑顔を浮かべていて、三人の中で一番若作りとも言えそうだが、何だか隙が見えない男という印象もあった。
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