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◇◇◇
帰国をしても、予想に反してとくにすることはなかった。
縁談の候補に挙がっている令息と引き合わせられるのではないかと思って、クローゼットルームも整理したが、母からはとくに集まりや茶会の出席の予定もないと聞かされる。
帰国したばかりなのでゆっくりしているといい、というのが父の意見だ。それは母も同じらしい。
(留学を急きょ終わらせなくても、よかったのではないかしら?)
二日目、シェスティは屋敷の二階にある私室で紅茶を飲んでいた。
なんとも優雅な時間が漂っている。
「暇だわ……」
「それはお嬢様が有能さのあまり、帰国後の片付けも確認も、すべて終わらせてしまったからです」
三年ぶりだというのに、元シェスティ付きのメイドの意見は、手厳しい。
「寂しくなかったの?」
「ええ、寂しかったですよ。あまり間隔もあけずわたくしたちにまで手紙をいただけて嬉しかったのですが……本音を言えば、もう一人忘れているお方がいると思うのですけれどね」
帰国後、友人たちから届いている手紙をまた机に追加したメイドが、疲労感を漂わせて、目頭にきゅっと皺を寄せる。
「え? 誰?」
まるで『嫉妬されて大変だった』という口調だが、覚えがない。
「……いえ、なんでもありません」
メイドがそそくさと出ていく。
(帰ってきてから、ずっとこうだわ)
なぜだか話し相手もしてもらえないので、かなり暇だ。
なのでシェスティは、それを父に伝えることした。
執事に尋ねると正午過ぎに父は一度戻るとのことだ。
シェスティは、時間になるまで一階の蔵書室で待つことにした。その際、父が隠している本がないか、好奇心のまま探すことも忘れない。
「可愛いシェスティ何をしているのかなあああああ!?」
「あ、父様」
シェスティは『しまった』という口調で、そう言った。
「お、お前が蔵書室にいるというから、来てみればっ」
「わざわざ来てくださったんですか? ありがとうございます」
「令嬢ぶった口調でも説得力はないからね!? わ、私は、今や恋愛小説は妻公認! 妻と読んでるの!」
父が半泣きだった。とにかく降りろと、頼むから、危ないしお前に何かあったら泣く、と言いながら脚立の下で騒ぐ。
(もう泣き顔だけど)
と思っていると、兄の声が近付いてくるのが聞こえた。
「あいつが帰ってから早速騒がしいな」
間もなく兄が、ひょこっと蔵書室の扉から顔を覗かせる。
どうやら執事に『どうにかしてください』と引っ張ってこられたらしい。袖を彼に掴まれている。
「シェスティ、もう十八歳なんだから、さすがに書架の上まで覗き込むのはやめよう……」
惨状を見るなり、兄が疲れたような表情を浮かべた。シェスティと同じ金髪は後ろに撫で付けられている。
「おかえりなさい。商談は無事にいきそう?」
「まぁな。お前の助言のおかげで、意外とあっさりまとまった」
「そうでしょ? あの家が言っているアルデー産のことなら、目的は別にあると思ったのよ」
「それで? 何をしてるんだ?」
「お兄様の隠し本もあるかもしれないと思って」
「隠すものは何もないっ」
兄が冷静も吹き飛んだ様子で叫んだ。
「ほら、以前、筋トレの本を――」
「シェスティ!」
黒歴史を掘り返されたと言わんばかりに、今度は兄が涙目になる。
(この父と子、こうするとそっくりなのよね)
その顔が好きで、母が普段からツンとしている、というのは女同士の話しの〝秘密〟である。
父と兄によってシェスティは回収され、蔵書室から出された。
物理的に、二人に上半身と下半身を抱えられ、近くのサロンに連行されているところだ。
「まったく、お前ときたら……その行動力は獣人族の令嬢並みだな……」
「お父様が毎回王宮に連れて行ったおかげですね」
「べ、勉強がてらよかっただろう。殿下を教えている最高の講師に教えをもらえた」
何やら、父が早口になる。
それをシェスティは不思議そうに眺めていた。
「まぁ、そうね。楽しかったわよ。剣術も触らせてもらったし」
「だよな、お前に木刀で追いかけ回されたのを思い出した……」
兄がげんなりとそう言ったところで、シェスティに視線を戻してくる。
「とろでお前は、運ばれ慣れてるな? まさか、アローグレイ家に迷惑はかけていなかっただろうな?」
「普段から報告はいっていたでしょ? 騒がしかったのは、三兄弟のほうよ。ティレーゼと毎回、殴っても全然効果がないあの兄妹をアローグレイ侯爵夫人に協力して集めないと、彼ら全然落ち着きがなくって」
「完璧なあの三兄弟のそんな一面、知りたくなかった……」
何やら憧れでもあったらしい。
(ごめん、兄様)
そんなこんなで、サロンにてようやくシェスティは降ろされた。
「シェスティ、お前がかなり暇をしているのは分かった」
父が、改まった口調でそう言った。
「まさかお前が母の教えを守ってじっとしているとは、私の推測が外れた」
「他に何をすると思っていたのですか。帰宅したばかりで、いろいろと準備もありましたし」
社交用に整えるのは当然である。
「うむ。その報告は受けた。だがな、その、留学するまでずっと付き合いのあった者を一人忘れていないか?」
何やら、そわそわした感じで言われる。
「ずっと……?」
シェスティは、うーんと考えた。
「令嬢友達と会うタイミングは考え中なのよね。母様の茶会が入ったら、そっち優先になるし」
「違う違う、女性のほうではなくっ」
「え? 私の縁談候補の相手がもう決まったんですか? 誰ですか? 付き合いがあるとすると、王宮でよく会っていたアルノー様? それともルドウィック様?」
「そんな恐ろしいこと絶対っ、殿下の前では言うなよ!?」
なぜか兄が口を挟んできた。
「……殿下? そこでなぜカディオのことが出るんですか」
尋ねると、父が大急ぎで「うぇっほんっ」「おっほん!」とうるさい咳払いをする。シェスティも、兄と揃って一時的に耳を両手で塞いでしまった。
「久し振りなのだからと、殿下と交流を持ってはどうか?」
「カディオと? 彼のほうは嫌がると思うわよ」
いつもこうだ。シェスティは、腕を組んでむすっとする。
(どうして周りのみんなは、私と彼が仲良しみたいに接してくるのかしらね?)
留学して三年、友人からも社交シーズンのたびに手紙はもらっていたが、彼だけは音信普通のままだった。
手紙を書こうと思ったことはある。
今、彼がどうしているのか気になった。
でもシェスティから送るのも嫌がられそうだと思ったら、挨拶の手紙さえ送るのは断念したのだ。
だが、兄が勝手に知らせを出してしまったらしい。
再び出掛ける前、次に行く場所用に服を着替えた兄に、忙しそうに伝えられたシェスティは「ええぇ」と思った。
「もう、勝手なことをして……」
兄はすぐ出掛けて行ってしまった。
こんなのは言い逃げだ。明日か明後日に、きっとカディオから嫌がるような手紙の返事が届くはずだ。それを考えると憂鬱になる。
カディオは、礼節はきちんとしている。
両親である国王と王妃の言うことはよく聞くし、国内にいた時は、シェスティ相手にも連休に顔が合わない時には、挨拶の手紙だって律儀に出してきた。
成人を超えて忙しくしているのに、もっと時間が削られるのではないかと、シェスティは心配にもなったものだ。
「お嬢様、本でもいかがですか?」
「……ここでじっとしていろ、と言いたそうね」
「そんなことは」
と言いながら、本を数冊差し出したメイドが顔を背けていく。
父も書斎で仕事だ。
母も、夫人たちの集まりから帰るのはもう少しあとだろう。
(まぁ、時間潰しにはなるわね)
今日届いた手紙もすべて返信し終えてしまったし、父に執務も手伝えるがと申し出たら、大慌てて『殿下からの返事を待ちなさいっ』と言って逃げられた。
(まったくも、すぐ王子様が返事するわけないでしょ)
父は国王の右腕として忙しくしているくせに、王子が忙しいと分かっていないのだろうか?
だが、間もなく馬の嘶きの声が窓越しに聞こえてきた。
何か緊急の知らせだろうか。シェスティがそう訝って、すっかりはまってしまっていた本が顔を上げた時だった。
唐突に、サロンに男性の使用人が駆け込んでくる。
「殿下から手紙が届きました!」
「えっ」
帰国をしても、予想に反してとくにすることはなかった。
縁談の候補に挙がっている令息と引き合わせられるのではないかと思って、クローゼットルームも整理したが、母からはとくに集まりや茶会の出席の予定もないと聞かされる。
帰国したばかりなのでゆっくりしているといい、というのが父の意見だ。それは母も同じらしい。
(留学を急きょ終わらせなくても、よかったのではないかしら?)
二日目、シェスティは屋敷の二階にある私室で紅茶を飲んでいた。
なんとも優雅な時間が漂っている。
「暇だわ……」
「それはお嬢様が有能さのあまり、帰国後の片付けも確認も、すべて終わらせてしまったからです」
三年ぶりだというのに、元シェスティ付きのメイドの意見は、手厳しい。
「寂しくなかったの?」
「ええ、寂しかったですよ。あまり間隔もあけずわたくしたちにまで手紙をいただけて嬉しかったのですが……本音を言えば、もう一人忘れているお方がいると思うのですけれどね」
帰国後、友人たちから届いている手紙をまた机に追加したメイドが、疲労感を漂わせて、目頭にきゅっと皺を寄せる。
「え? 誰?」
まるで『嫉妬されて大変だった』という口調だが、覚えがない。
「……いえ、なんでもありません」
メイドがそそくさと出ていく。
(帰ってきてから、ずっとこうだわ)
なぜだか話し相手もしてもらえないので、かなり暇だ。
なのでシェスティは、それを父に伝えることした。
執事に尋ねると正午過ぎに父は一度戻るとのことだ。
シェスティは、時間になるまで一階の蔵書室で待つことにした。その際、父が隠している本がないか、好奇心のまま探すことも忘れない。
「可愛いシェスティ何をしているのかなあああああ!?」
「あ、父様」
シェスティは『しまった』という口調で、そう言った。
「お、お前が蔵書室にいるというから、来てみればっ」
「わざわざ来てくださったんですか? ありがとうございます」
「令嬢ぶった口調でも説得力はないからね!? わ、私は、今や恋愛小説は妻公認! 妻と読んでるの!」
父が半泣きだった。とにかく降りろと、頼むから、危ないしお前に何かあったら泣く、と言いながら脚立の下で騒ぐ。
(もう泣き顔だけど)
と思っていると、兄の声が近付いてくるのが聞こえた。
「あいつが帰ってから早速騒がしいな」
間もなく兄が、ひょこっと蔵書室の扉から顔を覗かせる。
どうやら執事に『どうにかしてください』と引っ張ってこられたらしい。袖を彼に掴まれている。
「シェスティ、もう十八歳なんだから、さすがに書架の上まで覗き込むのはやめよう……」
惨状を見るなり、兄が疲れたような表情を浮かべた。シェスティと同じ金髪は後ろに撫で付けられている。
「おかえりなさい。商談は無事にいきそう?」
「まぁな。お前の助言のおかげで、意外とあっさりまとまった」
「そうでしょ? あの家が言っているアルデー産のことなら、目的は別にあると思ったのよ」
「それで? 何をしてるんだ?」
「お兄様の隠し本もあるかもしれないと思って」
「隠すものは何もないっ」
兄が冷静も吹き飛んだ様子で叫んだ。
「ほら、以前、筋トレの本を――」
「シェスティ!」
黒歴史を掘り返されたと言わんばかりに、今度は兄が涙目になる。
(この父と子、こうするとそっくりなのよね)
その顔が好きで、母が普段からツンとしている、というのは女同士の話しの〝秘密〟である。
父と兄によってシェスティは回収され、蔵書室から出された。
物理的に、二人に上半身と下半身を抱えられ、近くのサロンに連行されているところだ。
「まったく、お前ときたら……その行動力は獣人族の令嬢並みだな……」
「お父様が毎回王宮に連れて行ったおかげですね」
「べ、勉強がてらよかっただろう。殿下を教えている最高の講師に教えをもらえた」
何やら、父が早口になる。
それをシェスティは不思議そうに眺めていた。
「まぁ、そうね。楽しかったわよ。剣術も触らせてもらったし」
「だよな、お前に木刀で追いかけ回されたのを思い出した……」
兄がげんなりとそう言ったところで、シェスティに視線を戻してくる。
「とろでお前は、運ばれ慣れてるな? まさか、アローグレイ家に迷惑はかけていなかっただろうな?」
「普段から報告はいっていたでしょ? 騒がしかったのは、三兄弟のほうよ。ティレーゼと毎回、殴っても全然効果がないあの兄妹をアローグレイ侯爵夫人に協力して集めないと、彼ら全然落ち着きがなくって」
「完璧なあの三兄弟のそんな一面、知りたくなかった……」
何やら憧れでもあったらしい。
(ごめん、兄様)
そんなこんなで、サロンにてようやくシェスティは降ろされた。
「シェスティ、お前がかなり暇をしているのは分かった」
父が、改まった口調でそう言った。
「まさかお前が母の教えを守ってじっとしているとは、私の推測が外れた」
「他に何をすると思っていたのですか。帰宅したばかりで、いろいろと準備もありましたし」
社交用に整えるのは当然である。
「うむ。その報告は受けた。だがな、その、留学するまでずっと付き合いのあった者を一人忘れていないか?」
何やら、そわそわした感じで言われる。
「ずっと……?」
シェスティは、うーんと考えた。
「令嬢友達と会うタイミングは考え中なのよね。母様の茶会が入ったら、そっち優先になるし」
「違う違う、女性のほうではなくっ」
「え? 私の縁談候補の相手がもう決まったんですか? 誰ですか? 付き合いがあるとすると、王宮でよく会っていたアルノー様? それともルドウィック様?」
「そんな恐ろしいこと絶対っ、殿下の前では言うなよ!?」
なぜか兄が口を挟んできた。
「……殿下? そこでなぜカディオのことが出るんですか」
尋ねると、父が大急ぎで「うぇっほんっ」「おっほん!」とうるさい咳払いをする。シェスティも、兄と揃って一時的に耳を両手で塞いでしまった。
「久し振りなのだからと、殿下と交流を持ってはどうか?」
「カディオと? 彼のほうは嫌がると思うわよ」
いつもこうだ。シェスティは、腕を組んでむすっとする。
(どうして周りのみんなは、私と彼が仲良しみたいに接してくるのかしらね?)
留学して三年、友人からも社交シーズンのたびに手紙はもらっていたが、彼だけは音信普通のままだった。
手紙を書こうと思ったことはある。
今、彼がどうしているのか気になった。
でもシェスティから送るのも嫌がられそうだと思ったら、挨拶の手紙さえ送るのは断念したのだ。
だが、兄が勝手に知らせを出してしまったらしい。
再び出掛ける前、次に行く場所用に服を着替えた兄に、忙しそうに伝えられたシェスティは「ええぇ」と思った。
「もう、勝手なことをして……」
兄はすぐ出掛けて行ってしまった。
こんなのは言い逃げだ。明日か明後日に、きっとカディオから嫌がるような手紙の返事が届くはずだ。それを考えると憂鬱になる。
カディオは、礼節はきちんとしている。
両親である国王と王妃の言うことはよく聞くし、国内にいた時は、シェスティ相手にも連休に顔が合わない時には、挨拶の手紙だって律儀に出してきた。
成人を超えて忙しくしているのに、もっと時間が削られるのではないかと、シェスティは心配にもなったものだ。
「お嬢様、本でもいかがですか?」
「……ここでじっとしていろ、と言いたそうね」
「そんなことは」
と言いながら、本を数冊差し出したメイドが顔を背けていく。
父も書斎で仕事だ。
母も、夫人たちの集まりから帰るのはもう少しあとだろう。
(まぁ、時間潰しにはなるわね)
今日届いた手紙もすべて返信し終えてしまったし、父に執務も手伝えるがと申し出たら、大慌てて『殿下からの返事を待ちなさいっ』と言って逃げられた。
(まったくも、すぐ王子様が返事するわけないでしょ)
父は国王の右腕として忙しくしているくせに、王子が忙しいと分かっていないのだろうか?
だが、間もなく馬の嘶きの声が窓越しに聞こえてきた。
何か緊急の知らせだろうか。シェスティがそう訝って、すっかりはまってしまっていた本が顔を上げた時だった。
唐突に、サロンに男性の使用人が駆け込んでくる。
「殿下から手紙が届きました!」
「えっ」
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