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一章 高校生活一週間目(4)あなたが好きすぎるんです
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押し倒したいなんていうのは、初心な少女の気の迷いだ。それに、まさかあの行動力のままアタックしてくることは、まずないだろう。
保健室に沙羅を残して早々に退出したとき、理樹はそう考えていた。
放課後になってすぐ、沙羅は少しもじもじとした様子でやってきた。彼女が当然のように五組に入ってきたのを目に留めた途端、真顔のまま数秒ほど思考が完全に止まった理樹の隣に、ぴったりと椅子をくっつけて彼女が座った。
帰りのホームルームが終わった直後のことである。
教壇には、まだ生徒名簿も閉じていない二十九歳の男性の担任、杉原がいて、唖然とこちらを見ていた。まだ席を離れていなかったクラスメイトたちも「え」という顔をしたまま、表情が戻らないでいる。
なぜ、こうなっている。
理樹は、恥じらいながら隣の席をキープする沙羅の横で、彼女と全く正反対の温度差ある仏頂面を正面に向けていた。
彼女が教室にきた時点で、隣の様子から意識的に目をそらしていた。いつもよりぐっと近くなった距離感には、先程の『押し倒したいです』の一件で、アタックの勢いがまたしても増したという、嫌な推測だけが浮かんでいる。
前の席からこちらをじっと見つめていた拓斗が、ぱっと口に手をあてた。
「やっべ。もはやツッコミも出てこないくらい腹が捩れそうなんだけど」
「黙れぶっ殺すぞ」
隣の彼女にぶつけられない絶対零度の声色で、理樹は間髪入れず、容赦なく一呼吸でそう言い返した。
「というかさ、マジであの保健室の話し合いで何があったんだ? 俺、てっきり仲違いしたのかと思ってたんだけど」
そう言いながら、拓斗がちらりと沙羅へ目を向ける。
担任教師の杉原が、壇上で「くッ」と目頭を押さえた。
「頼むからイチャラブとかやめてくれ、お前らなんで高校生なのにラブや愛で青春してんだよ。俺なんて年齢イコール独身なんだぞ…………」
目頭を押さえて呟く杉原の肩は、震えていた。
クラスメイトたちは、どうにか表情を戻したものの、口を閉じたままさりげなく理樹と沙羅の様子に注目する。
すると、保健室での行動力を一体どこへやったのか、沙羅がスカートの上で指先を小さく動かせて、何か言いたそうにもじもじとした。ブレザー越しにも分かる形のいい柔らかそうな胸の膨らみが、腕の動きに合わせて寄せられて谷間を深くする。
理樹は視界の端に入る華奢な肩の揺れ具合を、完全に無視する方向で心を無にしていた。
「…………私、九条君が好きすぎるなぁって、再確認しちゃったんです」
沙羅は囁くような声量で言って、頬を染めた。
その様子を目に留めた男子生徒たちが「可愛すぎるだろぉぉおおおお!」と堪え切れずに叫んだ。椅子や机をガタガタと言わせて「目が死ぬッ、やばいくらい天使!」「なぜ九条なんだチクショーッ」と悶絶する。
そのかたわらで、女子生徒たちも「九条君もう付き合ってあげなよ!」「めっちゃ妹にしたい!」と黄色い悲鳴を上げた。とうとう杉原が、壇上にガツンと思い切り額を打ち付けて突っ伏した。
恥ずかしがるくらいなら口にするなよ、わざとなのか?
騒がしくなった教室内で、沙羅の隣にいる理樹だけが真顔だった。わざと味方を増やして、外から逃げ道を断っていこうって魂胆なのだとしたら最強の策士だと思う。
しかし、彼女がそんなことを出来る女でもないと知っていたので、好意を向けられている謎のようなこの現状に、真顔以外の表情も出てこない。
理樹は、正面に顔を固定したままこう言った。
「おい。俺は告白を断ったはずだが」
「好きです」
「お前、俺の話聞いてねぇな?」
その時、廊下を勢いよく駆けてくる足音と共に、男子制服に身を包んだ女子風紀部員――沙羅と同じ一組の青崎レイが教室に飛び込んできた。
「九条理樹! 沙羅ちゃんから離れろこの変態め!」
「――いちおう説明しておくが、これは彼女が田中の椅子を引っ張って、勝手に隣に座っているだけだ」
見てみろよ田中が可哀そうだろ、と理樹は目も向けずに淡々と言った。
クラスメイトである田中は、沙羅に「借りてもいい?」と聞かれて「是非どうぞ!」と答えてから、ずっと座っていなかった。立ったままこちらをチラチラと見て、他のクラスメイトたちと同様に「ああああなんって可愛いんだ」と悶えている状況である。
目の前の席の拓斗が「ストレートに告白されてんなぁ」と笑う顔を見て、理樹は椅子の下から蹴りを入れた。
このままさっさと帰り支度をして出よう。そう思って行動しようとした理樹は、沙羅がそっと身を寄せてきて、その肩が腕に触れた瞬間、真顔のままピキリと硬直して動きを止めた。
その一瞬後、彼はガタリと立ち上がっていた。教壇の杉原に「お前も来たのか青崎……」と言われていたレイが、真っ直ぐ目を向けられていると気付いてすぐ、警戒した様子で顔を顰めた。
「なんだよ、九条理樹?」
途端に、教室が静まり返る。自分の世界に入ってもじもじとしている沙羅を除いた全員が、理樹の次の発言を注目して待った。
理樹は真剣な眼差しをレイに向けたまま、隣の沙羅を軽く指してこう言った。
「――青崎。俺は真っすぐ家に帰る、だからお前は、彼女を連れて教室に戻ってくれ」
同じ一組の生徒で、尚且つ同性の青崎レイに沙羅への対応を丸ごと放り投げる、という決断だと察した男子たちが、嘘だろという顔をした。
「自分で退かせないってことなのか?」
「だとしたら、なんてチキンな野郎なんだッ」
「あいつ、考えるのを放棄して全部ぶん投げやがったぞ」
騒ぎ立てる同性のクラスメイトたちの声を聞きながら、うるせぇ、と理樹は思った。
女子生徒たちが「自分で相手してあげなさいよ」と非難する中、拓斗が平和そうな表情で「なんか珍しい気がする」とよく分からない様子で言って首を傾げた。
保健室に沙羅を残して早々に退出したとき、理樹はそう考えていた。
放課後になってすぐ、沙羅は少しもじもじとした様子でやってきた。彼女が当然のように五組に入ってきたのを目に留めた途端、真顔のまま数秒ほど思考が完全に止まった理樹の隣に、ぴったりと椅子をくっつけて彼女が座った。
帰りのホームルームが終わった直後のことである。
教壇には、まだ生徒名簿も閉じていない二十九歳の男性の担任、杉原がいて、唖然とこちらを見ていた。まだ席を離れていなかったクラスメイトたちも「え」という顔をしたまま、表情が戻らないでいる。
なぜ、こうなっている。
理樹は、恥じらいながら隣の席をキープする沙羅の横で、彼女と全く正反対の温度差ある仏頂面を正面に向けていた。
彼女が教室にきた時点で、隣の様子から意識的に目をそらしていた。いつもよりぐっと近くなった距離感には、先程の『押し倒したいです』の一件で、アタックの勢いがまたしても増したという、嫌な推測だけが浮かんでいる。
前の席からこちらをじっと見つめていた拓斗が、ぱっと口に手をあてた。
「やっべ。もはやツッコミも出てこないくらい腹が捩れそうなんだけど」
「黙れぶっ殺すぞ」
隣の彼女にぶつけられない絶対零度の声色で、理樹は間髪入れず、容赦なく一呼吸でそう言い返した。
「というかさ、マジであの保健室の話し合いで何があったんだ? 俺、てっきり仲違いしたのかと思ってたんだけど」
そう言いながら、拓斗がちらりと沙羅へ目を向ける。
担任教師の杉原が、壇上で「くッ」と目頭を押さえた。
「頼むからイチャラブとかやめてくれ、お前らなんで高校生なのにラブや愛で青春してんだよ。俺なんて年齢イコール独身なんだぞ…………」
目頭を押さえて呟く杉原の肩は、震えていた。
クラスメイトたちは、どうにか表情を戻したものの、口を閉じたままさりげなく理樹と沙羅の様子に注目する。
すると、保健室での行動力を一体どこへやったのか、沙羅がスカートの上で指先を小さく動かせて、何か言いたそうにもじもじとした。ブレザー越しにも分かる形のいい柔らかそうな胸の膨らみが、腕の動きに合わせて寄せられて谷間を深くする。
理樹は視界の端に入る華奢な肩の揺れ具合を、完全に無視する方向で心を無にしていた。
「…………私、九条君が好きすぎるなぁって、再確認しちゃったんです」
沙羅は囁くような声量で言って、頬を染めた。
その様子を目に留めた男子生徒たちが「可愛すぎるだろぉぉおおおお!」と堪え切れずに叫んだ。椅子や机をガタガタと言わせて「目が死ぬッ、やばいくらい天使!」「なぜ九条なんだチクショーッ」と悶絶する。
そのかたわらで、女子生徒たちも「九条君もう付き合ってあげなよ!」「めっちゃ妹にしたい!」と黄色い悲鳴を上げた。とうとう杉原が、壇上にガツンと思い切り額を打ち付けて突っ伏した。
恥ずかしがるくらいなら口にするなよ、わざとなのか?
騒がしくなった教室内で、沙羅の隣にいる理樹だけが真顔だった。わざと味方を増やして、外から逃げ道を断っていこうって魂胆なのだとしたら最強の策士だと思う。
しかし、彼女がそんなことを出来る女でもないと知っていたので、好意を向けられている謎のようなこの現状に、真顔以外の表情も出てこない。
理樹は、正面に顔を固定したままこう言った。
「おい。俺は告白を断ったはずだが」
「好きです」
「お前、俺の話聞いてねぇな?」
その時、廊下を勢いよく駆けてくる足音と共に、男子制服に身を包んだ女子風紀部員――沙羅と同じ一組の青崎レイが教室に飛び込んできた。
「九条理樹! 沙羅ちゃんから離れろこの変態め!」
「――いちおう説明しておくが、これは彼女が田中の椅子を引っ張って、勝手に隣に座っているだけだ」
見てみろよ田中が可哀そうだろ、と理樹は目も向けずに淡々と言った。
クラスメイトである田中は、沙羅に「借りてもいい?」と聞かれて「是非どうぞ!」と答えてから、ずっと座っていなかった。立ったままこちらをチラチラと見て、他のクラスメイトたちと同様に「ああああなんって可愛いんだ」と悶えている状況である。
目の前の席の拓斗が「ストレートに告白されてんなぁ」と笑う顔を見て、理樹は椅子の下から蹴りを入れた。
このままさっさと帰り支度をして出よう。そう思って行動しようとした理樹は、沙羅がそっと身を寄せてきて、その肩が腕に触れた瞬間、真顔のままピキリと硬直して動きを止めた。
その一瞬後、彼はガタリと立ち上がっていた。教壇の杉原に「お前も来たのか青崎……」と言われていたレイが、真っ直ぐ目を向けられていると気付いてすぐ、警戒した様子で顔を顰めた。
「なんだよ、九条理樹?」
途端に、教室が静まり返る。自分の世界に入ってもじもじとしている沙羅を除いた全員が、理樹の次の発言を注目して待った。
理樹は真剣な眼差しをレイに向けたまま、隣の沙羅を軽く指してこう言った。
「――青崎。俺は真っすぐ家に帰る、だからお前は、彼女を連れて教室に戻ってくれ」
同じ一組の生徒で、尚且つ同性の青崎レイに沙羅への対応を丸ごと放り投げる、という決断だと察した男子たちが、嘘だろという顔をした。
「自分で退かせないってことなのか?」
「だとしたら、なんてチキンな野郎なんだッ」
「あいつ、考えるのを放棄して全部ぶん投げやがったぞ」
騒ぎ立てる同性のクラスメイトたちの声を聞きながら、うるせぇ、と理樹は思った。
女子生徒たちが「自分で相手してあげなさいよ」と非難する中、拓斗が平和そうな表情で「なんか珍しい気がする」とよく分からない様子で言って首を傾げた。
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